私の怒りと、守護者のきまぐれ
異世界――ティオール国に渡るのはこれで四回目である。
四回目にしてやっと、自分の足で扉をくぐり異世界へと正式な手順に則り、辿り着く。
一回目も、二回目も、三回目も異性に姫抱っこをされてほぼ強制的に連行された過去を思い出し、なにやら悲しくなってくる。
重すぎるため息に、案内役として同行しているエリヤ以外の方々に心配そうな目を向けられるも、それに応える余裕は私にはない。
――――第一声と共に、やると決めている。
殿下から封書を受け取ってから、密かに決意していることがある。
誰にも極力迷惑がかからないように、私に許される範囲内でと頭を悩ませ、たどり着いた答え。
「さあ、春野さん。着きましたよ」
豪奢な扉の前で、エリヤがようやくこちらに視線を向ける。
が、あまりにも私が凶悪な顔をしていたのだろう。他人行儀な微笑みを固まらせ、
「……ほ、ほどほどにしときましょうね?」
私が今から起こす行動をなんとなく察したのか、他の人に聞き取れないようにこそっと、囁いてきた。
入室を促す声がきこえ、開かれる扉の先に目標人物がいることを確認する。
ありがたいことに、部屋には標的以外にも数人いるが、位置的に問題のない場所に全員いらっしゃる。
皆さん、空気を読んでくれて誠にありがとうございます。心おきなく、本懐を遂げれます。
ちらりと、隣の騎士様に視線を向け、声にはせずに唇だけ動かして先ほどの囁きに返事をする。
無、理、と。
そして、行動を開始する。
「シルヴェストロ様っ!」
再会の喜びを他の方々へしっかりとアピールするべく駆け寄る。
「和子」
私の呼び声に反応し、腕を広げて微笑みを浮かべる殿下へと、私は少しも走る速度を落とすことなく思い切り抱き着くと同時に、その勢いのまま、
――――どすっ。
と、鳩尾に拳を入れた。
「……ぐふっ」
もちろん、他の人には気付かれないように絶妙の角度で入れているので問題はない。
遠慮なんて一切してない私の渾身の攻撃に、思わず殿下がふらつくのを素知らぬ顔で心配しておく。
「やだ、私ったら、嬉しさのあまり勢いよく……。殿下、大丈夫ですか?」
無論、見せ掛けだけである。誰が本気で心配なんてしてやるか。
「…………ね、熱烈じゃないか」
「だって、」
追撃ついでに拳をぐりっとさらに押し込んでから距離をとり、トドメとばかりに右足をさりげなく、ぐりっと踏む。
「……ぐっ」
「お会いたくてたまらなったんですもの。喜びを抑えきれない私を許してくださいますか?」
――いいから、さっさとその足をどけないか。
――やだ。小娘のちょっとした仕返しくらい、その身でしっかり受け止めてくださいよ。
周りの面々に聞こえないように、こそこそとお互いを罵り合う。
ちなみに二人とも表情は微笑みをたたえていて、遠目には再会をただ喜んでいるようにしか見えない。
どういう事情で、殿下が私の想い人になったという嘘をつかねばならないのか、じっくりと説明していただきたいが、ギャラリーがいる中で回答をきくのが難しいのは、私でも分かる。
でも、どうしても、この腹黒殿下に一矢報いたかったのだ。
たかが小娘ですが、その小娘の恋心とかを利用しようとしている大馬鹿野郎に。
「だって、春先に学校にわざわざ顔を見せにきてくださってから、一度も会えなかったんですもの」
合格祝いにと学校にふらりと顔を出したのも、この嘘に信憑性を持たす為かと思うと腹立たしい。
久しぶりの王子様の訪問と、狙ったかのように流れる私の恋人情報。殿下の訪問日から、学内ではその話題で大いに賑わった。
私と付き合いのある生徒はエリヤとは別人だと認識していたが、教師を含む多数の学校関係者は殿下と私がただならぬ仲だと勘違いをしているのが現状だ。
「直接お会いしたくて、今日という日を心待ちにしてました」
出会い頭にどんな報復をしてやろうかと、ぎりぎりと怒りに震えるくらいに。
本当なら、そのお綺麗な顔に拳を入れてしまいたかったのを我慢したのだから、これぐらい受け止めやがれ。
「あらあら。殿下の運命の方はかなり情熱的ね」
声をした方へと目を向けると、扇で口元を隠し可愛らしく微笑む絶世の美女がいた。
小首を傾げた際に肩から流れるのは艶やかな金髪。こちらに面白そうに視線を向ける瞳の色は、空の蒼。
「あれ?」
あまりの美貌に目を奪われながらも、目の前の女性にかすかな既視感を覚える。
なんか、この人と似たような雰囲気の人たちに以前囲まれた気がするんだけど?
「お久しぶりです。また、お会いできましたね。殿下の運命であり、守護者様の花嫁でもある希少なお客人」
「……その言い方」
「以前は、分かれた状態でお会いしてますが、わたくしが大元です。バーシスと申します。以後、お見知りおきを」
艶やかに微笑み、挨拶をしてくれるバーシス嬢は、以前お会いした三人の姫よりも、何歳か年上に見えるが、確かにあの姫たちが成長を遂げた姿に間違いない。
「えーと、確かバーシス様は……」
「はい。殿下の婚約者を務めさせていただいております」
…………………。
うん。そんなこと、前も言ってたよね?
ちらりと殿下に目を向け、婚約者がいる殿下に想いを寄せているという設定の私の対処方法を伺ってみる。
が、殿下は面白そうに微笑むだけ。
……え。まさか、私に自分で対処しろとかいう無茶振り?
「……いっ!! 和子、お前っ」
不安そうに服を摘むフリして、しっかりとその身を抓り上げる。
無茶いうなや。打ち合わせしてるならともかく、普通の女子高生にこんなアドリブ求めんな。
「あら、殿下ってば、どうかなさいましたか?」
「くっ……、本っ当にいい性格してるじゃないか」
「やだ、お声が大きいと周りにきこえちゃいますよー。というか、殿下に言われたくないんですけど」
殿下が少し涙目になりながら、私に何かを告げようとした瞬間。
「か――ず――こ――ちゃ――――――んっっ!!!!!!!!」
いきなり出現した人影に、ぎゅうっと抱きしめられた。
「……ル、ルカルフィックさん。お久しぶりです」
殿下から強引に引き剥がされ、ルカルフィックさんに抱き込まれた状態で一応挨拶する。
「今日、遊びに来てくれるってきいててすっごく楽しみにしてたんだ。迎えに行けなくてごめんね?」
今までになく、遠慮の欠片もなく私にぐいぐいと迫ってくるルカルフィックさんに何か不穏なものを感じる。
「えっと、そろそろ離していただけますか」
「なんで?」
ルカルフィックさんは、可愛く首を傾げながらこちらを見下ろしてくる。
「……いえ、なんでって、」
「僕にとって唯一のあなたが目の前にいるのに、どうして離れなきゃいけないの?」
ルカルフィックさんのことばに、周囲の面々がざわついた。
さっきとは何かが違う視線をいくつか感じて、目線だけで様子を伺う。
殿下やエリヤ、バーシス様も驚いた様子を見せているが、彼らのその態度は周囲を欺く為の演技だと悟る。
他の面子――本日初めてお目にかかる方々から、何やら熱い視線を感じる。
「……ルカルフィックさん」
周りに聞こえないように、小さく呟く。
何かを仕掛けるにしても、もう少し説明をして欲しい。ここまで説明されてない状態だと、何をどう振る舞うのが正解なのか読み切れないのですが。
ルカルフィックさんは周囲に視線を巡らし、最終的に腕の中にいる困り顔の私に目を向けてきた。
「ここは、邪魔ものが多いから移動しよっか」
「は?」
何言ってるんですか? と抗議する間もなくぱちんと音がして、いつぞやのように景色が変わっていた。