私の決意と、殿下の思惑
第四部、異世界メインの話の開幕です。
四月の始業式。
例年よりも少し気温も高くて、昨年とは違う春の陽気を感じる中、高校生活三年目がはじまった。
生徒会の新年度新規メンバーとの顔合わせや、午後からある入学式の準備。
予想していた通り、新学期初日を慌ただしく過ごす。
「春野」
始業式で使用した備品の片付けで校内を走りまわっていると、今年も担任としてお世話になる新川先生に呼び止められる。
「生徒会長の許可はとったから、ちょっと向こうで特待生の説明すっぞ」
「……うちの会長様、許可のついでに何か言ってやがりましたよね」
いくら春から特待生として忙しくなるとはいえ、あの人が生徒会の仕事を普通にサボらせてくれるわけはない。
会計という身分は後輩に引継ぎすることはできたが、生徒会長様の部下という身分はまだまだ続投な私に遠慮なんてしないだろうしな。
「よく分かってるじゃないか。来月行う生徒総会の資料作成で参考にしたいから、直近五年分の総会の過去データを用意しとけってよ」
あのクソ会長、さりげなく面倒くさい仕事振りやがっって。……あとで絶対に文句言ってやる。
進路相談室に連行され、広げられた資料の多さに絶句する。
「先生、これ、ちょっとですか」
「まあまあまあ。細かいことは気にすんな」
まず視界に飛び込んできた、表書きに最重要と赤文字で書かれた封筒に手を伸ばす。
「これ……」
「それは向こうさんが……というか、シルヴェストロ殿下が必ず向こうへ来るまでに確認するように言ってた書類だな」
「この手の書類って向こうが用意してくださるんですよね」
学校側からの書類もあるが、ティオール国側からの書類もある。
そのすべてが、日本語で書かれている。
「日本語での書類の準備も向こうが?」
「向こうの番人か誰かがだろうな。うちは使者から受け取っただけだからな」
先生が私の言いたいことをなんとなく察したのか、口元に笑みを浮かべる。
「先日発行された腕輪って、文字を解読する力は付いてないんですよね」
「春野のだけでなく、現在発行されてる腕輪には自分の理解できない文字を翻訳してくれる機能は全く付いてないな。耳にした異国の、異世界のことばを理解できるようにはしてくれるがな」
何度か目にする機会のあった、ティオール国の文字で書かれたものを思い浮かべる。
「腕輪がなくても、言語の理解をすることができるのは、」
「その言語を理解してるか、腕輪の能力以上の何かを得ている化け物、だろうな」
ふと頭に浮かんだのは、異世界で何度か会った黒髪の人。
あの人は、どちらなのだろう。
「番人の国家試験に合格したいなら、最低でもひとつの異世界共通言語と英語は腕輪がなくてもしゃべれるレベルに持っていっておけよ」
「……最低ってことは」
「もちろん、書いて読めたらさらにいいし、ひとつとは言わずそれ以上でもいいしな」
思わず遠い目をした私に、先生がさらに追い打ちをかける。
「お前さんに貸し出された腕輪には卒業するまでという返還期限がある。それを忘れるなよ?」
「分かってます、時間に限りがあることは」
「春野がどこを目指すかは知らないが、せっかく与えられたチャンスだ。有効に使えよ」
私の目指す未来。
昨年は、うっすらとしか考えていなかった。
これといった目標もなく、こんな感じだといいなという曖昧で不透明だった未来。
「欲しくて勝ち取った権利です。無駄になんかしません」
覚悟を決めて、先生の目を見据える。
そう。
以前は、ぼんやりと考えていた進路。
エリヤと出会ったことで、その未来に、目指すべき明確な目標が見えた。
――――待っているだけなんて私の性分ではない。
「いい目をするじゃないか」
私の視線を受け止めた先生は、満足そうに微笑む。
「では、説明をしようか」
新川先生の説明から数日後。
第一回目の特別授業の日がついに来た。
右腕に、異世界を渡るための証である金の腕輪をはめる。
初回ということもあって、向こうに行って簡単な説明を受けるだけという、日帰り日程である。
案内された異世界へと繋がる扉の前には、数人の姿が見える。
特待生になってから何度か顔を合わせた、こちら側の番人の方と、鎧姿の人影が三人。
きっと、迎えとして来てくれているのだろう。
たかが小娘の送迎に大業なことをしてくれた、誰かさんの思惑に腹がたつ。
その中に、某金髪の騎士の姿を確認する。
いつものように駆け寄りたくなる衝動を抑え、意識を切り替えるためにひとつ息をつく。
「お久しぶりです。隊長さん。身体の具合はどうですか?」
見慣れた顔に、言い慣れない呼び方で声をかける。
「はい、おかげ様で。春野さんもお元気そうで何よりです。僭越ながら、私が案内させていただきますね」
聞き慣れた声で呼ばれる、いつもと違う呼ばれ方に唇をかみしめる。
――――先日渡された、殿下からの封書に書かれた最重要事項には、
「シルヴェストロ殿下がお待ちですよ」
向けられる他人行儀な笑みに心がざわつくが、今はそれをぐっと胸の奥に押し込める。
私も同じように笑いながら、口先だけの喜びを吐く。
「私、殿下に会えるのを心待ちにしてたんです! 忙しい方なので、中々お会いできなくて……」
エリヤと私の関係を秘密裏にすること。
――――――そして、
「そうですか。シルヴェストロ殿下も迎えに来れないことをさぞ悔やんでいましたから」
――――私が特待生になったのは、殿下という想い人に会いたいが為と偽ってくれという内容だった。




