女子高生のおもてなし
章タイトル、前話のタイトルを変更しています。
内容は同じです。
「私の名前は和子。不健康で今にも倒れそうなお兄さんの名前は?」
「…………エリヤ、です」
それが、エリヤ・トリルと春野和子との出会い。
全身に衝撃を受け昏倒し、意識を取り戻した自分は仕事し過ぎだろうと、可愛らしい声に罵られていた。
本来であれば道路の真ん中という危険極まりない場所に降り立ちはしないのだが、うっかり目測を誤り、ふいに襲ってきた身体の不調に気をとられて、自動車との接触事故を起こしたのは間違いなく仕事のし過ぎが原因である。
しかし、初対面の、明らかに自分より年下の少女に、あそこまでボロクソに言われると地味にへこんでしまう。
こちらが身体にも心にも痛手を受けて、大人しくしている間に勝手に長期療養を言いつけられるし、和子と名乗る少女の行動力に驚きを隠せない。
和子の父親である高志にも身体を休めること勧められ、殿下と連絡をとった結果、
「いい機会だから、しばらくそっちで休んでいろ」
「色々と投げっぱなしになってる件がありますけど」
あれとか、それとか、そこそこ急ぎだった例の件とか、
「なんとかなるさ。お前の部下には適当に言い訳しとくから、お前からは何も連絡をするなよ。彼奴らにお前がどれだけ一人で仕事を抱え込んでいたか、身をもって知ってもらういい機会だからな」
そんなやり取りがあって、週に一度殿下にだけ連絡をとるという形で、しばらくぶりの休暇というやつを頂いた。
なんとも複雑な状況だが、せっかくもらった長期の休みである。
いい機会だから、酷使していた身体を存分に休ませようと思いを巡らしながら、私の異世界での生活が始まった。
「なかなか薄くならないし」
目の下で堂々たる存在感を示しているクマをなぞりながら、和子が私の顔を覘きこんでくる。
春野家にお邪魔して約二週間。
三食昼寝付きという贅沢極まりない生活をさせて頂いている。ご指導の下、怪我に響かない程度の適度な運動もさせてもらってもいる。
「結構、肌の色艶がよくなったと自分では思うのですが」
「……まだ、合格ラインになってません」
異性と結構な至近距離で会話しているのに、全く動じてない少女に複雑なものを感じてしまう。
ここまで異性として認識されていないのは、自身の魅力が足りていないのか、もしくはそれどころではないくらい健康状態が最悪なのだろうか。
というか、後者に違いない。いや、後者であってくれ。
少しは動揺させてさせたくて、和子の頬にそっと手で触れてみる。
「ん? どうしたの?」
きょとんとこちらを見上げる表情には、こちらの攻撃の意図が一切通じていなくて悲しくなってくる。おかしい、これでも顔はいいほうだと自負しているのに。
「いえ、キレイな肌だなと思いまして」
「そりゃ、十代のぴちぴちの肌と、どっかの仕事大好き健康管理できていない誰かさんの肌が同じとかありえないし」
「……そ、そうですね」
うっ。予想外の反撃が来た。
「朝食用意したら、朝は面倒くさいから食べませんとか抜かしちゃうし。天気もいいし散歩に行こうって誘ったら、仕事以外で外に出るなんて億劫だとか言うし」
「いや、その、」
「向こうでどんな生活をしてたのかな? 今後の参考のために、詳しく教えて頂けると助かるなー」
怒られる。
真実をありのままに伝えたら、確実に怒られる。
特に、こちらに来るまでの一週間の自分の生活状況を教えたら、何時間も説教される未来しか見えない。
「エ、リ、ヤ?」
自分より年下の女性の笑顔に恐怖しか感じないとか、どういうことだこれは。
口元を引き攣らせて、曖昧に笑う自分の頬に和子が手を触れる。
状況だけで判断するならば、お互いが相手の頬に手を添えて見つめ合ってる甘い場面である。
しかし、
「多少健康的に過ごしてよくなってきたと考えても、この肌の荒れ具合からすると、絶っ対に、毎日の睡眠は三時間以下で、前の休みがいつだったか思い出せないくらい連続で働き続け、食事も殆どとらないでいたよね?」
――――怖っ! 怖すぎるっ!!
なんで、肌を見ただけでそこまで正確に真実を突いてくるんですか!!?
普通の学生だよ~とかいいながら、実はあなた魔法使いとか占い師とか特殊な能力をもっているスゴイ能力者で、一般の方じゃないでしょう!?
ぴしりと固まってる私を見て和子が、さらに口元の笑みを深めてくる。
「今の、半分冗談で言ったんだけど、ほぼ当たり、みたいだね」
がしっと、掴まれる両肩が地味に痛い。
「お仕事が本っっっ当に大っ好きなんだね?」
笑顔が、半端なく怖い。
「い、いえ、そこまで大好きでは、」
「でも、睡眠時間より、ご飯食べるより優先しちゃうんでしょう?」
「それ、は、ですね、」
どこまで異世界の少女に自分の身分を明かすかが悩みどころだが、この状況はどんなことを口にしても言い訳にしかとられない自信がある。
こんなヘロヘロな感じですが、向こうでは結構出世して、いいお給料頂いてるんです。だから、仕事の量も多いんですよと言おうものなら、かなりの反撃をくらうに違いない。
「ねえ、知ってる? がむしゃらに頑張ってる本人はいいかもしれないけど、もしも、その人が疲労困憊で倒れたりなんかしたら、周りで心配してる人にどれだけダメージがいくのか分かってるの?」
和子は、浮かべていた笑顔をすっと真剣な表情に切り替える。
肩におかれていた両手は、再び頬に添えられる。
「いきなり、家族が倒れたってことをきかされる身になってみたことある?」
それは、実際に和子が経験したことなのだろう。
こちらに世話になるようになってしばらくして軽い口調だったが、「うちの両親も仕事大好きなんだよねー」と愚痴を言っていたのを思い出す。
何も言えなくて、じっと和子の顔を見つめていると、頬を思い切り抓られた。……もちろん、両方とも。
「いっ!!」
あまりにも遠慮ない力加減に思わず涙目になる。
「……反省した?」
痛みの残る頬をさすりながら、うんうんを力いっぱい頷いておく。
「ま、今のとこはそれで許しておいてあげる。さ、夕飯の買い出しでも行こうか」
和子はさっと立ち上がり、こちらに向かって手を伸ばす。
この仕事大好き人間め……と小さく罵られるのが聞こえたが、あえて聞こえなかったフリをする。
外に出かける時、和子はためらいなく私の手を掴んでくれる。
きっと、異世界を歩くのは不慣れだろうからと、自動車や自転車などから私を守ってくれてるのだろう。……まあ、実際に車に一度轢かれてはいるのだが。
車道側を堂々と歩き、私をエスコートしてくれる可愛らしい姿が微笑ましくて、実はこっちには何度か仕事で来ていて、独り歩きなんて慣れたものなんですと告白していない。
独り歩きだけでなく、家電の使い方なんかも、実はある程度理解できてるのだけど、優しく教えてくれるのをいいことに、できないフリをしてるなんて言ったら、彼女はどうするだろうか。
幼い頃に家を出て、騎士団に飛び込んで、必死に頑張ってきた少年時代。
今になって、こんな風に誰かに大いに世話をやかれてるなんて思いもしなかったが、その触れ合いに心が和んでいる。
こうして彼女と過ごせるのは、神様ってやつがくれたほんの一時だと分かっていても、ずっと続いてほしいと思ってしまう。
やばいな……。
年齢とか、住んでる世界とか、身分とか、色々と障害があるのは分かってるのだけど、日々彼女に惹かれていく。
いつか、向こうに帰った時にも、こんな風に彼女と手を繋いで歩けたらどんなに楽しいだろうと考える。
でも、今はまだ、ためらいがある。
彼女も本気にはとってくれないと分かってるから、軽い調子で問いかける。
「ねえ、和子。いつか、向こうに遊びに来てくださいね。恩返しさせて頂きますから」




