言葉の足りない人間達の夜
たいっへんご無沙汰しております…! 緋絽と申します。
はんとし、半年も空いていたの……。
新生活が始まり、ちまちま書いていたのに…。
にも関わらず、短いです。
よろしくお願いします。
帰りの馬車に乗り、宿舎に着くまで、レオンは無言だった。
私もなんとなく言葉を発しづらく、無言を貫いた。
自分の正体といったものを、突然知った衝撃が大きかったのもある。けれど1番は、レオンの側にこれからもいられるということが、私を安堵させていた。その安堵で、胸がいっぱいだった。けれど、気付いたことも、あった。それをレオンに、伝えなければならない。そう、考えた。
だから、着いた先が宿舎でなく、レオンの屋敷だったことに気付いたのは、大きな玄関扉が静かに音を立てて閉まった時だった。
「…………は?」
「着いてこい」
二の腕を掴まれ有無を言わせず連れていく。
混乱に占められた私は、それに抗うという選択肢を思い付いた時点で部屋に押し込まれていた。
ベッドに座らされ、レオンが苛立ったようにジャケットを脱ぐ。
一瞬、年頃の娘らしく慌てたが、レオンの様子にすぐにいつものからかいではないと気付く。
レオンは、荒々しい動作でベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「…………で?」
「はぁ?」
一瞬なんのことを聞かれているのかと思った。
しかし、以前も似たような質問をされたことを思い出す。あの時も、レオンはこれしか言わなかった。圧倒的に言葉が足りないのだ。
二度目ともなれば、優秀な伝令役である私は、意図を察することができる。
そう、例えば。
レオンが苛立ちの裏に、焦燥を抱いていることとか。
「………レオン。その、言葉足りないの、どうにかしたら? それが治れば、氷の獅子なんてイタい二つ名、なくなるんじゃないの?」
「……お前な、」
苛立ったように頭をかき混ぜたレオンの手を、掴む。覚悟を重ねて。
「ハルキ?」
「わかってるよ。知りたいのは、何があったか、何を選んだか。……だろ?」
少し、握る力を強める。
思えば私は、いつだって自分で選んだことは無かった。
ここに残ること。レオンのそばに居ること。すべて、レオンが命令の形で叶えてくれた。
けれど、この選択は、私が私の意思で行ったと、今明示しておかねばならないだろう。
「選択肢を、与えられた。2つ。私はね、レオン」
レオンの手を、握り締める。
そばにいてもいいと、許されたこと。
そう言ってくれた、レオンを支えたいと思ったこと。
それが、奪われるかもしれないと思ったら。意地を張るのなんて、まるで無意味だと思った。
「レオン。あんたの傍を、いつだって選ぶ。レオンの傍で、レオンを助けるために、戦う」
世界か、レオン。
私の前にあった選択肢は、実際のところはそれらだった。私は、世界を捨てた。自分のために、選択をした。
レオンではない。私の意思でだ。
深く吸ったはずの息が、喉に詰まる。
「あんたが、好きだからだ。恩とか義理とかじゃない。それも勿論あるけど、大元はそこじゃない」
そんな大義名分にできるような理由じゃない。
瞠目したレオンに、笑いかける。できるだけ、勝気に見えるように。
私は欲しいものを取りに行く。レオンに否定されたって、そうする。レオンの傍を選ぶ。
「だけど、他を切り捨てたつもりもないんだ。私は欲張りだから。知ってるよね? 全部、拾いに行くつもりでいるわけ」
レオンを拾うか、世界を拾うか。その選択肢なら、レオンを選ぶ。だけど、レオンのそばだと、世界を救えないなんてはずがない。だってレオンは、名のない誰かを助けるために騎士になってる。その誰かは、世界と同義だ。
世界までは無理でも。目の前の人に手を伸ばすことくらいは、どこでだってできる。
だから、どうか。
この世界の住人の幸せより、自分の希望を優先させたことを、厭わないで。
「……だから…」
言葉尻を窄めた私に、レオンが溜息をつく。
重ねた手を、レオンが強めの力で握り返す。
知らず俯いていた顔を上げると、こちらを馬鹿にしたような顔で見下ろしているのが見えた。
「さっきからお前がごちゃごちゃ言ってることは、どうでもいい。何と何の選択肢だったのかも、言葉の足りないお前からは聞いてないが、それも関係ないことだ」
「──はあ!?」
一瞬でシリアスな気分が吹き飛ぶ。
こちとら一世一代の告白をしたような気分なんですけど!? それを、お前、どうでもいいとはどういう了見だ。センチメンタルになっていた私の憂いを返せ。
「俺が聞きたかったのは、どういう収束を見せたのかだ。急に選択肢が2つだったとか言われても、てんで見当がつかん」
「ちょっと、酷くない!? 真剣に言ってるんですけど!」
「知るか、興味が無い。ハルキ、何か起きるたびにうじうじと考える趣味はやめろ。誰にも得がない」
趣味とな! 確かに毎度毎度悩んでる気はするけども。お前の語彙センスどうなってんだ!
「趣味じゃねえわ! 悪かったわね、私は何かと悩みがちなんだよ!」
手を振り払おうとして──逆に引き寄せられる。近付いた黒い瞳が私を逃さない熱を孕んでいることに、直前に気付いた。
肩に掴まれていない方の手をついて距離を取ったのに、それが気に入らないとばかりに腰を引き寄せられる。
「今の中で、価値のある言葉は一つだけだ。お前は俺の傍から離れる気は無いということであってるか?」
時間差で、セリフが意味のある言葉になって聞こえた。
確かにそう言った。言ったが、それはシリアスな私の時で。こんな怒ってる時に繰り返されたら、拷問みたいなものだ。
「そ、うだよ」
「虫なのかお前は。聞こえない」
「そうだよ!!」
「怒鳴るな、阿呆」
耳の下に手が差し込まれて体が跳ねる。
またいつも通り虐められると思って目をきつく瞑ったのに、動きがなくて戸惑った。
恐る恐る片目を開けると、何度か見た事のある表情のレオンがいた。
ないと思ってたものを、見つけたような。
「……レオン?」
「………よく、戻ってきた」
今度は私が、目を見張る番だった。
頬を撫でられ、そのまま肩口に引き寄せられる。
「呼び出された理由は、ひとまずいい。話したければ話せ。俺が知りたかったのは、お前が申し訳なさそうに語った方の理由だけだ」
「……へ、」
こめかみにあたった柔らかい感触に、それが唇だと気づく。
慌てて押さえて体を離すが、察していたように力を込められて顔しか上げられない。相も変わらず、黒い瞳いっぱいに私しか映らない。
「レオン」
「隠してるつもりでバレバレなんだ。意味の無いことをするな、阿呆」
擦り寄られて心臓は痛いほどなのに、頭を撫でられ涙が出そうだった。
「……何だそれ、優しくない」
そうか、バレバレだったのか。
もはやここまで来ると、恥ずかしさを忘れる。
「優しくない男に惚れたのはどこのどいつだ」
いつもなら、嫌いだと返す。
だけどそう、もうバレてるなら。それは、意味が無い。
だから、逞しい腕に、手を重ねて。
「ここにいる阿呆だよ。馬鹿野郎」
レオンが、もう一度頬を撫でる。
聞いたこともない上機嫌な優しい声で。
「俺は優しくないから、逃げ道をやらんぞ。嫌だと言っても聞かん」
「それは聞けよ…」
「そんな勿体無いこと、誰がするか」
落ちてきた影を、ようやく私は、何の隔てなく受け止められた。
そうしてレオンは、そばにいろと不遜に権利をくれた。




