私の声
どうも。緋絽ともうします。
ようやく更新です!
思えば、どこに行っても、ランセルと周りにはどこか壁があった。
ランセルを連れ出したレオンには、初めからすべてを知られていたため壁を作ることはなかったが、何も知らない他の連中には、表面上は気を許した面を見せても、真の意味で寛げることはなかった。
すべては、この力が原因で。
拾われてすぐの頃、ランセルは何度も失敗した。
捕まえるべき対象を炭にするなんてしょっちゅうで、悪いときには仲間の騎士にも怪我をさせた。今考えると、当時まだ班長の一人だったレオンは、仕事をきちんと遂行できないために相当割りを食っていたはずだった。そんな状況を微塵も感じさせなかったのは、流石としか言いようがない。
ブランをレオンが拾ってからは、ランセルが心を許せるその中にようやく一人増えたが、その後増えることはなかった。
ブランが中に入ったのも、それは奴がランセルと同じだったからだ。同じ、異質さ(・・・)。
二人共、自分を一番怖れている。ブランはランセルとは少し違ったが、他者によって自分が左右されるのを厭っているという意味では変わりなかった。
制御装置で魔法の暴走を止められたとき、こっそり、ランセルは心の底から安堵した。
自分が何をしても止まれない欠陥品じゃないと知ることができたから。
ほんの少しだけ覚えている、あの日の悲鳴。あれを、もう二度と聞かなくて済むかもしれないと、思った。
ドラゴンの災厄。
その一息で山々を焼き、その一閃で大地を裂く。その一歩で地を揺らし、すべてを壊し尽くす。
存在するだけで、人を殺す、竜。それが、竜の本意ではなくても。
ーーーードラゴンの、災厄。
目が覚めると、顔がびしょ濡れだった。
「お目覚めくださいっ、起きるまで何度でもぶっかけます!」
キリカさんが桶らしきものを頭上に掲げて私に向き直っていた。
私は一瞬で状況を理解した。
うん、私びしょ濡れ、彼女水かけ、おーいえー。
「ちょっ、ちょっと待った起きた起きた起きた!! うっ水が鼻にっ、っくしゅんっ」
体を起こした瞬間に盛大にくしゃみが出た。
仰向いていたからか水が鼻の穴を逆流し痛い。
くっ、目覚めてすぐなのにどんだけ災難だ。
周りを見て、まだ建物の外にいることを知る。
どうやら気絶していたのはほんの数分のことのようだ。
爆発によって飛来した石があちこちぶつかったらしく、頭の形が変わるほどぼこぼことたんこぶができている。かなり痛いぞ。許すまじ爆発。
「よかったです。また水を汲んでくるのは堪えますので」
大真面目な顔をしていらっしゃいますが、そこじゃない。
「何が起きたんですか? なんで爆発が……」
「あちらを。ドラゴンが暴れているようです」
「え……」
ドラゴン? そんな馬鹿な、さっきまでそんなの中にいなかった。
そう思ったのに。
私の目に映るのは、毒々しいほどの赤みを帯びた膚を持つ、巨大な竜だった。
煙のなかにいても目立つ鈍く煌々と輝く瞳。
口の端から火を吹き、鋭い爪を持つ足を振り下ろしーーーそれは、圧倒的な強さだった。
あの場にいかなくてもわかる。
あそこにいる人間は、ほとんど助からない。敵も味方も関係ない。
そう思わされるほどの暴力的な強さがそこにあった。微塵も手加減など知らぬ、絶対的な破壊。……勝てるわけない。
肌を震わせる空気に、焼けつくような魔力が漂っているのがわかる。
少しでも吸収すれば、あっという間に私の限界が訪れるだろう。そんな濃密さに息が詰まりそうだ。
「なんで、ドラゴンが……」
「……あれは、きっと……ランセルです。制御装置を、外したでしょう」
私は、レオンの言葉を思い返していた。
ーーーー解除を許可する。
「いや、でも、意識は残せってーーー」
「じゃあ……誰かが、余計に壊したんだわ。…………待って……私を、図書館で連れ去ったのも……これが目的? わざと目立って、ランセルの出動を選択させ、制御装置の解除許可を出させて、それで」
見る間に顔が蒼褪めていく。
それは、私も抱いた疑問の答え。
何故、わざわざ目立つ場所で、キリカさんを拐ったのか。
すべては、ランセルを確実におびき寄せるために。
ある一点を見つめて、彼女の頭が目まぐるしく動いているのがわかる。心なしか彼女の周りが魔力と同じように温かくなったので、吸収してしまわないように力を制御する。
「いえ……きっと、そこまでは見越せなかった……こんな運任せなもの、目的になんてできないはずよ。……じゃあ、きっと、目的は私にあの資料を見せることで揺らぎはない……ということは、これは、おまけ。目立って拐えばもしかしてって程度だったんだわ。運良く出会っちゃったから、力試ししようってところだったのかも」
強く奥歯を噛み締めた。
凄まじい早さで組み立て終わった思考について、彼女は自分の内側で納得したらしい。
「止めなくては。騎士殿、ご助力を願います」
「へっ?」
「私を、彼の元へ、連れていってくださいませんか」
たっぷり5秒は固まった。
さっきから何度も何度もこの人には度肝を抜かれているが、これには及ばない。
兵士でもない女の人が、あの戦地も斯くやと言わんばかりの惨地に、行きたいと申されますか。
私の背中でガラガラ建物が崩れ落ちていく音がしますが。
「いやいやいや! 流石にダメです! 危なくって市民を連れてなんか行けません!」
「大丈夫です、きっとお役に立ちます」
「お役に立とうが立たまいが関係ないんですっ! そもそも、女性を中に連れていくなんて断固反対!」
「貴女も女性ではないですか!」
完全に虚を衝かれた。
初対面で、しかも男装してるのに気付かれたのは初めてだ。これはばつが悪い。
だけど。
だからといって、許可するわけにはいかない。
「私は騎士です! 訓練も受けています!」
彼女は守るべき対象だ。それを危険地へ連れていくとかアホすぎる。
さすがに、私だってやらんぞ。
「わかっています! だからこそ、一人で突っ走りたいところを貴女にお願いしているのではないですか!」
突っ走りたいのか! よくぞ声掛けてくれたよ!
気絶した私を置いて、走り出したいのを必死に堪えて。
私にだってわかる。キリカさんも、ランセルが大事だ。おそらく、ランセルと同じくらい。
それでも、なんとか自分本意で終わらせないように、たくさん考えて、まだここにいること。
それでも。
「っ、だからっ、ランセルは私が助けるのでっ、待っててくださいよ!」
私だって、ランセルから彼女を託されている。
守りたい。お互いにその気持ちがある。
なら、私は守れる方を守る。
「ーーー嫌です! 私だって、彼を、助けたい! 彼を、止められるのは、私だけです!」
絶叫のような声に、私はまたもや虚を衝かれた。
「ランセルは以前、私に言いました。彼を止められるのは、もしかすると私だけだと。あの時は、意味がわかりませんでしたが、今やっと、わかりました」
この力で。
彼の思考を読み取って、ようやく。
「お願いです。彼が彼に戻った時、彼が私の元に、笑ってきてほしい。私がやりたいのは、そのために、彼を元に戻すこと。お願い、します。…………ランセルが私を守るように、私だって、彼を守りたい」
涙で赤くなった瞳に、真っ直ぐな思いだけを載せて。
縫い止められたように、私は目を逸らせなかった。
絞り出したような痛切な声は、私にもわかった。
守られるだけでなく、守りたい。足を引っ張るだけでは、自分を許せない。助けになりたい。
ーーーレオン。
まるで、私の声が、彼女の姿をとって発せられたかのように。
気がつけば、彼女の隣を、走っていた。




