奇跡は起きない
どうも。緋絽と申します。
大変ご無沙汰しております。お待たせ致しました。
「こちら伝令役クラモチ! 応答を求めます!」
春紀は走りながら伝信装置に呼び掛けた。
これを使えば、何より早く状況を伝えられる。
「こちらアルベルト。報告を求める」
間髪入れず応えた声に、私は泣きそうなほど安堵した。思わずほっと息を吐く。
事は一刻を争う。何せ、ランセルの命がかかっている。
「人質を保護した! 今のところ、私と人質は無事です! ーーーーだけど、ランセルが追っての襲撃を引き受け、戦闘中です。至急、援軍を送ってください」
ああ、お願い。アルベルトに伝えて、ロイさんに伝わるまでどのくらいかかるだろう? 早く、ランセルを助けられるうちに。
「承知した。副隊長に知らせる。ハルキ、君は人質を連れて来られるか」
「死んでも行く!」
「死なれたら困るんだが……」
そのまま切り上げようとした私の手を、キリカさんが押さえた。
「お待ちください! 騎士様にお願いしたいことがあるのです! どうかお話を!」
キリカさんの必死な言葉にアルベルトが冷静な声を返す。
「安全な場所に移動してからでは遅いのか?」
「できれば早急に手を打っていただきたいのです! 事は人命に係わります」
「ーーー手短に述べろ。副隊長に代わる」
安堵したようにキリカさんの手から力が少し抜ける。強張っていた顔にようやく解れが見えた。
キリカさんによれば、彼等はキリカさんの同僚を殺すと言っていたらしい。それはとある条件をキリカさんが呑まなければのことだったらしいが、騎士団の人質として有効ならば、奴等はまた彼らを狙うだろう。
しかし、それが彼女の最も懸念する問題ではなかった。
「私を連れ去った男は、私にある資料を見せました。それは、王立図書館で私が彼に薦めた本の写しでした。それを見て、可能性をすべて答えろと」
細い顎が震えている。
ギルの計画に、不本意とはいえ加担したことを、心の底から悔やんでいる。
つまりそれほどの何かを、彼女は犯した。
キリカさんは、色なしに対して魔力を埋め込む可能性ついて答えた。
難しいが、できないことはないと。実験結果も過去の研究で出ていたため、可能性は低くはないこと。
ただ、それには魔力を受け渡す術者の負担が大きく、魔力を他者に受け渡すことができ、なおかつ自分の命も維持できる量の魔力を保持していなければならないこと。
ーーー例えば、制御ができないほどの魔力を持つ者なら、可能かもしれないこと。
ギルはきっと、ランセルが魔力を制御できないことを、知っている。
あの兵力差。多勢に無勢。例えランセルでも、魔法のように奇跡は起こせない。
そう、奇跡は起きない。
「お願いです……! 彼を、ランセルを、助けて……! 死なせないで、死なせないで、死なせないで! どうかーーー!」
ランセルはきっと、捕まっても屈しない。何を言われても、何をされても、本当は全部守りたい中のもっと多くを守るために、抗い続ける。
その、末路は。
キリカさんの、胸の張り裂けそうな慟哭が、その場をつんざくように響いた。
ただ巻き込んでしまったことによる悔恨だけの言葉ではなかった。それはまるで、彼女の世界の半分を喪ってしまうかもしれないことの怖れ。
「すぐに、援軍を送る。必ず、ランセルは守ります」
ロイさんの力強い声が、強く耳朶を打った。
「ハルキ、彼女を本部へ。先に別動隊をランセルのところへ向かわせるから、送り届けたらハルキも追い付いくこと。いいね?」
「はい」
「キリカさん、大丈夫です。ランセルは、捕まらない。彼は騎士団でも指折りの騎士です。負けませんよ」
ロイさんの言葉に、くしゃりと彼女が顔を歪める。そして不安を残しつつも、少し安堵したように大きく息を吸った。
ふつりと途絶えた電信装置をしまいキリカさんを見ると、祈るように指を組んでいた。
「彼が、彼であるうちに……」
思えば、キリカさんはその力で、わかっていたのかもしれない。
彼が、彼であるうちは、奇跡は起きない。
けれど、彼が彼でなくなった途端に、奇跡が奇跡ではなくなること。
それがわかっていても、彼女が奇跡を望まなかった、そのわけを。
私は、後に知るのだ。
彼女を団員に預けて引き返した瞬間だった。
ドンと、建物の一角が崩れた。




