愛し愛される
どうも。緋絽と申します。
ようやく更新です!
牢の扉がこじ開けられたその日、ランセルは、自分の生まれ育った村が、賊によって全滅していたことを知った。
道理でここ1週間ほど、食事が届かないと思っていた。ただ単に、オレを殺すことにしたのだと考えていた。
枷を外され、久々に外に出たオレの目には、もうかつての自分の住んだ村は映ることはなかった。
例え、罵声と暴力を浴びせる村人であっても。それは確かに、唯一ランセルが持っていた物だった。
“父親であった物”の前で途方にくれたように蹲るランセルの背中に、声がかかる。一見冷徹なようでいて、人を助けるのに躊躇いのない、低い声。
『俺と来るか』
まだ、魔力の制御装置を着けておらず、人と龍の狭間の姿のランセルに。
初めて、手をのばしてくれた人。
あの日から、オレの掌には、少しずつ大切なものが増えた。
例えばその中には、『愛する』ということも、混じっていた。
けれどそれは、しばらくの間、表に出されることはなかった。
愛して愛される可能性の低さを、オレは知っていたから。
「まったく、人っていうのはどこまでも醜悪な生き物だよねえ。力がなくても、力があってもその存在を排除しようとする。何だかんだ理由をつけても、結局のところは自分とは違うからっていうのが本音でしょ? やんなっちゃうよねぇ? ーーーそう思うでしょ、君も」
白銀のまつげに縁取られた瞳が、とろりと蕩けるように細まる。
オレは肩で大きく息をしながら、隙を探した。
時間を稼ぐ。できるだけ長く、しかしーーー自分を忘れない程度の力で。
制御ができるようになったわけじゃない。ほんの少しの誤差で、オレはオレでなくなる。
既に肌には鱗が生え、牙は鋭く尖り、爪は固くなった。
これで人の心を忘れれば、オレは間違いなくただの獣だ。
「とことん気が合わねえな、この若作り白髪野郎が。いい歳こいて、人ってシュウアクだよねとかガキみてえなこと言ってんな、さみーんだよ。だいたい、自分と違う価値観を認められねえのはてめえも同じだろうが。棚上げしてんじゃねえ」
自分と違うものを認められないのは悪だから、そいつらを滅ぼす。それがこいつの考え方だ。オレにはそれは理解できない。
確かに、いくら理解できなくてもやってはいけないことはある。オレはこいつの過去のことを何一つ知らないため、何も知らないくせにと言われればそれまで。
だが、滅ぼすというのは違う。
やられたらやり返すというのは、あまりに短慮だ。
オレの言葉に、ギルシュ・ヴァーリアが眉根を寄せる。
オレとギルシュ・ヴァーリアは似ている。恐らく似たような境遇で育ち、その力で疎まれてきた。
ーーーーだけど、オレはお前とは違う。
ふっと払われた手から、魔法が飛んでくる。他の奴等とも戦っているオレは、避けきれず傷を負った。
まずい。このままじゃ、負ける。
「いいんだよ、ドラゴンになってくれたって。力を抑制しているのは疲れるでしょう? 精神的にも参るだろうし」
「オレのためみたいにそれらしく言ってんじゃねえよ。誰がてめえの意見なんか聞くかよ」
オレが睨んだ部分が燃え盛る。
自分でコントロールが聞かない部分が出てきやがった。このままだと、何でもかんでも灰にしてしまう。
殺すのが目的ではない。捕らえるのが最善の目的。
とことん、オレの能力は捕縛には向かない。
数多いる敵からの攻撃を避けた瞬間、ーーーとんと、まるで小突くように額を押される。
ぴたりと一瞬、体の自由がきかなくなる。
そこを見逃さず、ギルシュ・ヴァーリアはオレの足に、深々と短剣を突き刺した。
「ーーーぐっ……!!」
よろめいたところに足を払われ、オレは背中から倒れ込む。ギルシュ・ヴァーリアはオレの首を掴むと床に押し付けた。
「ーーーひとつ、昔語りをしてあげる。昔々あるところに、白髪の少年がとある貴族の屋敷で生まれました。これまで優秀な武官を輩出していた一族の誇りにかけて、色なしの少年は存在してはいけない者でした。生まれてから冷遇され続けた少年に、ただ一人その兄だけが、愛を差し出してくれたのでした。ーーーしかし、それは、嘘だったのです。愛に餓えていた弟に、気まぐれに愛を与えた兄は、その後まるで楽しい遊戯かのように、弟に絶望を与えました。その絶望とは、愛を消し去り、また、弟の命を消し去ることでした。絶望を抱えた少年は、奇跡的に魔法を内から見つけ出し、命を拾いました。そして誓ったのです。ーーー愛と絶望を与えた兄と、初めから他者からの愛を取り上げていたこの国を、滅ぼすことを」
ともすれば優しい物語を語っているかのような声音に、一滴氷の響きが混じる。
「それが、てめえってか……!」
微笑んだギルシュ・ヴァーリアに向けて、オレは炎を放った。
ひらりと避けた奴にオレは吐き捨てる。
正真正銘の殺意を籠めて。
「ーーーただの甘えたがりかよ。そんなんで滅ぼされちゃたまったもんじゃねえ。とっとと結婚でもしてそいつに母親役でもしてもらえ」
どれだけギルシュ・ヴァーリアの過去が、あの淡々とした話の裏で悲惨なものであったのだとしても、オレには関係ない。
オレは愛し愛されることが奇跡に近いことを知っている。
だから、ただ愛されなかったことを嘆き、それを犯行の原因にしているこいつのことを、オレは真っ向から否定できる。
例え家族であっても、役に立たない者や自身を脅かす者が、愛されないのは自然の摂理で、愛されていなかったら裏切られるのは当然選択肢の1つとして考えておくべきことだ。
それを否定する者は、幸せに育ち、光の当たらない部分を知らない者だけだ。
だからこいつは、憐れむ義理が露ほどもない。
「……じゃあ君のところのハルキがほしいなあ」
剣を突き出すとまたかわされた。
周りの奴等が近寄ってきたため、自分の周りに火の輪を展開して距離をとる。
「欲しいものはたくさんあるんだ。ハルキも含め、数えきれないけど」
火の輪を潜り抜けてきた敵に気をとられた瞬間、ーーー首飾りが、胸元から滑り落ちた。
これは、オレの魔力を抑制する制御装置の1つだ。
「ーーー君も欲しいんだよね。魔力タンクとして」
意識が墨を撒き散らしたかのように黒く染まり、“オレ”が埋没した。




