本当の、ことを
どうも、緋絽と申します。
近ごろお笑いを大量に見る機会がございまして、再びお笑い熱が再発しそうです。
ほどけた靴ひもを結ぶために屈んだ。その私に影がかかる。
そこまでは、いつも思い出すことができた。―――そこから先は頭に靄がかかったようになって、何も見えなかったけれど。
そして顔をあげたら、異世界にいた。
それが、私の覚えている記憶だった。初めは。
けれど私は、眠るたびに思い出した。
訝しく思って振り仰ぎ、振り上げられていたナイフが鈍い光を放つ。それは―――間違いなく、そして疑いようもなく、私の背中に刺さった。
たぶん、無差別殺人というやつだったのだと思う。だって私は、血の一滴に至るまで完璧な善人だったかと問われれば頷けないが、人に殺されるほど悪いことはしてこなかったはずだ。少なくとも、殺さる理由に心当たりはない。
地面に横たわり、霞んでいく視界の中を走り去っていく人影を見ながら、私は激怒していた。
どうして私が、死ななきゃならない。だってまだ、私は若かった。やりたいことも、見たいものも、食べたい物も、行きたい場所も、いっぱいあったのに。…………まだ、一緒にいたい人も、いたのに。それは、友達とか、家族とかだったりした。
昔から私はさみしがりだった。小さい頃は、あまりにもさみしがりだからそれでからかわれたりもした。
だから、自分の趣味が他の女の子とは違っているのだとわかると、私は一人にならないために男子のほうに走った。私は何も、女の子と一緒にいると緊張するからだけで今の方向に向かったわけじゃない。一緒にいてくれる人を求めて、そして一緒にいることを許してもらえるように、私は許される人間へと緩やかに、けれどはっきりと成り変わった。
だから死ぬ間際も、強く思った。こんな場所で、こんな風に、一人ぽっちで、死にたくない。一人なのは嫌だ。こんなに怖いのに、どうして私は一人なの。どうして、一人で死ななきゃいけないんだ。―――死にたくない。
そう、強く思ったのは覚えている。強烈な思いに、どこか冷静な部分で驚いていた。
意識が、途切れて。そして、あの瞬間に繋がるのだ。
足から力が抜けて、へたり込む。
「……クラモチ?」
じゃあ、それじゃあ、私は、―――死んだの? あの時間帯、人なんて滅多に通りかからない。誰にも気づかれなくて、救急車が、来なかったら。
体が震えた。
待ってよ。私は、もう、帰れないってこと? お父さんやお母さん、それに友達だって、いるのに。誰か、教えてくれ。
まるで、背中から突き落とされたようだった。
心拍が早まり、呼吸が浅くなる。それと同時に理解する。
『帰りたいとは、言わないんだな』
レオンに投げかけられた言葉。私はその時、確かに思ったのだ。―――帰れない、と。
「……こういう……ことか……」
だから例えば。この世界で死んだら、元の世界に戻れるとか。その可能性は、限りなくゼロに近いわけだ。
「クラモチ、どうした」
レオンが覗き込んでくる。その、眉を寄せて不機嫌そうな顔になっているレオンの顔を見て、私は思った。
あぁ、言わなくちゃ。真実を。痛いよ。受け入れたくない。本当のことを言えば、きっと私は泣いてしまう。現に少し泣きそうだ。でも、泣かないと、決めた。強くなる。自分のことではもう、レオンに迷惑をかけないようにするんだ。自分で、処理するんだ。
私は、笑顔を作った。
「私は、前の世界で、死んだかもしれない」
レオンがくっと目を見張る。
あぁ、やっぱり? 驚くよね。当事者である私だって驚いた。なんで生きてんのよ。なんでこの世界にいるんだよ。
「その時にどうやら背中刺されたみたいでさ。これが多分、その出血に関係してるんじゃないかな? なんかよくわかんないけど」
あれ、どうしたんだ。口が喋るのをやめない。
あぁ、なんだか危ないな。これは隙を見て退散した方がよさそうだ。私は膝を払いつつ立ち上がる。
とりあえず、ここさえ出てしまえばオールオッケー。とりあえずのミッションクリア。よしいざ行かん。
「まぁ多分、大丈夫だよ。命にかかわったりしないと思う。すぐに治ったわけだし。というわけで、私はそろそろお暇させてもら―――」
踏み出した私の腕を、レオンは掴んで再び引き留めた。
顔を上げて、レオンを見上げる。意識的に少し不機嫌そうな顔を作って。
「何だよ? ご覧のとおりぴんぴんしてるよ。果てしない生命力を秘めてて悪かったな!」
「俺は」
レオンの漆黒の目が、私を映していた。
「何も言っていない」
ギクッとして、揺らされた。
「そ、うだけど、だって、言いそうだったし」
「勝手に俺の発言を捏造して怒るな。迷惑だ」
思わず口を閉じる。
そうだけど。私が悪いけど。今、メンタルぼろぼろなんだから。簡単に揺れるんだからさ。そこんとこ察して欲しいっていうかさ。無茶だけど。
奥歯を噛みしめて、こみ上げる感情をやり過ごした。
「わ、かってるよ。悪かった」
泣かない。堪えるのに、唇を噛まない。
くそ。制限多すぎる。
「……面倒だな」
何、追い打ちかけてくれてんの。
「……もう、行く」
「落ち込んでるならちゃんとわかりやすく態度に出せ。あほみたいにヘラヘラしてるから、何とも思ってないのかと思っただろう」
「へ?」
グッと引き寄せられ、抱きしめられる。レオンの首筋に鼻が当たり、びくっと体を竦ませる。
「な、なに」
「ちゃんと吐き出せ。お前は、溜め込んだらおかしなほうに行くタイプだ。―――ちゃんと、聞いてやるから」
レオンの手が、優しく頭を撫でる。
あぁ、もう知らない。
せっかく、我慢してたのに。我慢しなくていいと言ったのは、あんたの方だ。私はちゃんと頑張った。だから私は、遠慮なんてしないから。
散々泣き散らした私の言葉を、レオンは一つもこぼさず聞いてくれた。
一人は嫌だと言った私に、レオンは「俺のそばにいればいい」と、言ってくれた。
まるで、それが当たり前であるかのように。




