164話 最終話
この世界の歴史を知った主人公は、激怒した。
自分は何度も死に、何度も転生し、数え切れないほどの苦労を重ねて、ようやく宇宙人から世界を取り戻した。
あのとき、自分が戦わなければ、人類は永遠に魔物に飼育され、食料として扱われ続けていたはずだ。
それなのに――。
歴史の中で主人公は、英雄として感謝されるどころか、人類を滅亡寸前まで追い込んだ極悪人として記録されていた。
そして、いつしか人々は主人公をこう呼ぶようになっていた。
『魔王』
主人公は歴史資料を読み終えると、端末を机に叩きつけた。
「ふざけるな……!」
怒りで手が震えていた。
「俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ……」
誰にも理解されず。
何度も殺され。
何度も転生し。
それでも、人類を宇宙からやってきた魔物から救うために戦い続けた。
その結果が――魔王。
主人公はしばらく黙り込んでいた。
やがて、ゆっくりと立ち上がる。
「……分かったよ」
その口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「そこまで俺を魔王にしたいなら――」
主人公は窓の外に広がる街を見下ろした。
「本当に魔王になってやる」
これまで、この世界では神の世界の魔物たちが人類を支配していた。
ならば今度は、自分がその代わりになればいい。
主人公はすでに知っていた。
魔法少女に変身してしまえば、人類の兵器などほとんど意味をなさない。
銃も。
戦車も。
戦闘機も。
ミサイルさえも。
さらに、核兵器さえも。
かつて宇宙人と戦った魔法の力を前にすれば、人類の軍隊など敵ではなかった。
問題は一つ。
変身するためのステッキだった。
主人公は、かつて宇宙人のボスと最終決戦を行った場所へ向かった。
そこには現在、巨大な施設が建てられていた。
その名も――。
『魔王最終決戦記念館』
「……俺を魔王扱いしたうえに、記念館まで作ったのかよ」
主人公は入口に建つ巨大な像を見上げた。
もちろん、モデルは自分だった。
その足元に設置された説明板には、こう書かれている。
『かつて世界中を恐怖と絶望に陥れ、人類を滅亡寸前まで追い詰めた極悪非道の魔王』
「全部逆だろ!」
思わず大声でツッコミを入れた。
館内へ入ると、さらに腹の立つ展示が待っていた。
『魔王との戦い』
『神々たちの死闘』
『勇敢なる神たちの決戦』
「いや、魔物が神になり勇敢な側になってんじゃねえか!」
しかも展示室には、魔王が倒されるまでの様子を再現した模型や人形が大量に飾られていた。
その中には――。
寝不足でふらふらになっている主人公。
虫刺されのような傷に苦しんでいる主人公。
ボロボロの魔法戦士姿で戦っている主人公。
さらには、疲れ果てて地面に倒れ込んでいる姿まで再現されていた。
主人公のこめかみに青筋が浮かぶ。
「こんなところまで再現する必要ある!?」
しかし。
そんな腹立たしい記念館の中に、主人公が探し求めていたものがあった。
館内最大の展示室。
何重もの防弾ガラスと厳重な警備システムに守られた中央展示台。
そこには――五本のステッキが飾られていた。
かつて世界を救った魔法戦士たちの武器。
歴史上では『魔王が使用していた呪われた武器』として展示されている。
主人公は無言で説明板を見た。
「……」
数秒後。
「もうツッコむのも疲れたわ」
そしてガラス越しに、そのうちの一本をじっと見つめる。
「……久しぶりだな」
誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。
その夜。
閉館した記念館に、一つの影が忍び込んだ。
主人公だった。
警備装置を停止させ、館内を進む。
そして展示室へ侵入すると、中央展示台を守る防弾ガラスを破壊した。
ガシャァァン!
その瞬間。
館内に警報が鳴り響いた。
『侵入者発生!』
『侵入者発生!』
『重要展示物への接触を確認!』
主人公は迷うことなく一本のステッキをつかみ取った。
「さて……」
手にした瞬間、懐かしい感覚が掌から全身へと広がっていく。
何度も戦った。
何度も死にかけた。
そして、本当に何度も死んだ。
そのすべてを共にした武器だった。
主人公はステッキを握り締める。
「何百年も放置されてたみたいだけど……」
少し不安そうに眺めた。
「本当にまだ使えるのか?」
主人公はステッキを高く掲げ、叫んだ。
「パワーオン!」
次の瞬間。
ステッキが光り輝いた。
「おっ?」
まばゆい光が主人公の全身を包み込む。
服が光へと変わり。
魔力が身体中を駆け巡り。
そして――。
かつて魔物を滅ぼした、あの魔法戦士の姿へと変身していく。
やがて光が消えた。
主人公は自分の姿を確認する。
「……よし」
魔力も問題ない。
身体能力も、昔とほとんど変わっていなかった。
だが。
主人公は自分の衣装を見下ろした。
白とピンクを基調とした派手な衣装。
大きなリボン。
短いスカート。
キラキラと輝くステッキ。
主人公は数秒黙った。
「……いや」
もう一度、自分の姿を見る。
「何度見ても、男がこれになるのは納得いかないんだけどな」
そこだけは昔と何も変わっていなかった。
そのとき。
バンッ!
展示室の扉が開いた。
武装した警備隊が一斉に駆け込んでくる。
「動くな!」
「武器を捨てろ!」
無数の銃口が主人公へ向けられた。
主人公はため息をついた。
「悪いな」
ステッキを軽く振る。
「今の俺には、それはもう武器に見えないんだ」
魔力を解放した。
ドォォォン!
轟音とともに衝撃波が展示室を駆け抜ける。
警備隊が持っていた銃が一斉に吹き飛び、床へ転がった。
幸い、人間そのものには大きな傷を負わせていない。
主人公は倒れ込んだ警備員たちの前を悠々と歩いていく。
そして出口の前で振り返った。
「今日から――」
ステッキを肩に担ぐ。
「本当に魔王になる」
その日を境に、世界は再び大きく動き始めた。
世界各地の軍事施設が、次々と襲撃されたのである。
戦闘機が撃墜される。
戦車部隊が無力化される。
軍艦が航行不能にされる。
ミサイル基地が破壊される。
各国は総力を挙げて主人公を攻撃した。
だが――。
何を撃ち込んでも意味がなかった。
銃弾は魔法障壁に弾かれ。
砲弾を受けても無傷。
ミサイルは主人公へ届く前に消滅する。
最新鋭の兵器ですら、主人公に傷一つつけることができなかった。
「前は宇宙人相手だったから死ぬほど苦労したけど……」
空を飛びながら、主人公はぼやいた。
眼下では、一つの軍事基地が完全に沈黙している。
「人類相手だと、こんなに楽なのかよ……」
主人公自身が一番拍子抜けしていた。
かつて戦った魔物たちが、それだけ強大だったということでもある。
わずか数週間。
世界各国の主要な軍事力は、ほぼ壊滅した。
そして主人公は、世界中へ一つの要求を突きつけた。
『各国の国家元首および政府代表者は、指定した場所へ集合せよ』
さらに、こう付け加えた。
『従わない場合、その国に残された軍事施設や建物をすべて破壊する』
もはや拒否できる国などなかった。
数日後。
巨大な国際会議場に、世界各国の首脳陣が集められた。
大統領。
首相。
国王。
軍の最高司令官。
国際機関の代表者たち。
誰もが緊張した表情で席についている。
世界最高峰の権力者たちが集まっているにもかかわらず、会場は異様なほど静かだった。
やがて――。
ギィィィ……。
巨大な扉が開いた。
全員の視線が、入口へ向けられる。
そこに現れたのは――魔法戦士少女姿の主人公だった。
巨大なリボン。
派手な衣装。
キラキラしたステッキ。
見た目だけなら、どう考えても世界を征服する魔王には見えない。
だが。
この場にいる誰一人として笑う者はいなかった。
その人物が、わずか数週間で世界中の軍隊を壊滅させた張本人だと知っているからだ。
主人公はステッキを手に、ゆっくりと会場を進んでいく。
首脳たちの顔が引きつっていた。
やがて演壇へ到着する。
主人公は世界中の指導者たちを見渡した。
そして言った。
「初めまして――と言うべきかな」
誰も答えない。
主人公は薄く笑った。
「お前たちの歴史書では、俺は『魔王』らしいな」
会場がざわめいた。
何人かが顔を見合わせる。
主人公は続ける。
「何百年も、そう教えてきたんだろ?」
返事はなかった。
「人類を滅亡寸前まで追い詰めた極悪人」
主人公の声から、次第に笑みが消えていく。
「世界を破壊した魔王」
「倒されるべき存在」
「人類史上最悪の魔王」
一つ一つ、自分が歴史上で呼ばれてきた言葉を並べていく。
そして――。
「だったら、期待に応えてやるよ」
主人公はステッキを床へ突き立てた。
ドォォォン!
轟音とともに床へ巨大な亀裂が走った。
「ひっ……!」
何人かの首脳が小さな悲鳴を上げる。
主人公は冷たい目で彼らを見渡した。
「今日から、この世界は俺が支配する」
会場が静まり返った。
主人公はさらに続ける。
「お前たちは俺を、人類を滅ぼそうとした魔王として何百年も語り継いできたんだろ?」
ステッキを持ち上げる。
「だったら――支配してやる」
そして、静かに言った。
「魔物の代わりにな」
誰も言葉を発することができなかった。
主人公は用意していた命令書を演壇の上へ置いた。
ドサッ。
「まず、この世界の仕組みを全部作り直す」
一人の首相が震える声で尋ねた。
「……何を、するつもりだ」
主人公は冷たい目で首脳たちを見渡した。
「今まで魔物たちがやっていたことを、今度は俺がやる」
「まさか……」
「ああ」
主人公は笑った。
ただし、それまでの主人公が見せていた笑顔ではない。
完全に何かが壊れてしまった人間の笑みだった。
「お前たちが作った『魔王』がどんなものなのか、その身で知ればいい」
こうして――。
かつて世界を救った英雄は。
人類自身の手によって、本物の『魔王』へと変わった。
そして、魔王となった主人公が最初に下した命令は、あまりにも残酷なものだった。
まずは60歳以上の人間を集めて殺せ。そして、重い病気を持つもの、犯罪者、障碍者も・・・・・。




