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「気になる情報があります。中央区の第二小学校で、主に夜間、不気味な笑い声が聞こえたり、誰もいないはずの教室が点灯していたり、そういう現象が起きているようです。児童の間でも噂になっているようですね」
「は……?」
思わず、裏返って間の抜けた声が漏れた。
「……どうかしましたか、高瀬さん?」
大真面目な顔で尋ねる螺旋に、
「あの、そ、それは、ふざけているわけでは……」
「もちろんふざけてなどいませんが」
「ですがそれは、子供たちが喜ぶような、ありもしないウワサの――学校の七不思議とやらの類ではありませんか……?」
何故かそこで唐突に、高瀬の脳裏に、昨日の不思議な女性の姿がよぎった。
「――幽霊、ですとか」
そんな単語が口をついて出る。
「ふ、何を非科学的な」
「……悪魔ですとか超能力ですとか、それらも充分に非科学的ですよね?」
高瀬の至極もっともな突っ込みに、しかし螺旋は真顔で、
「冗談ですよ」
と続けた。
「はい?」
最早何が冗談なのか。
「幽霊の仕業でしたら、霊監の一色さんにお任せすべき事案でしょうね。しかし今回の状況を鑑みるに、これは悪魔の仕業である可能性が高い事象です」
「レイカン? 等しき?」
霊感、だろうか。それとも、そのような部署まであるというのか。黒峰の解説が入らないことも相まって、混乱の糸はどんどんもつれていく。その原因が、自分がほんの軽い気持ちで発した『幽霊』という単語だと気付いた高瀬は、頭の中からあの不思議な女性の影を追い払った。
そこへ、螺旋のデスクトップ端末が警告音を発した。
何事だろう、と思っているのは、やはり高瀬だけのようだ。ただ彼にも、場の空気がピンと張り詰めたことは解る。
「早乙女部長からの指令も届きました。やはり第二小学校がポイントのようですね。徹底的に調査し、悪魔を排除するように、とのことです。逮捕は夜になりますが、捜査は昼間の内ですね……早速向かいますよ、高瀬さん」
「は、はいっ!」
ようやく自分にも出番が来たらしい。何をするのかは判らないが、役に立てるのなら何でも良い、という気になっていた。それほどに、何もできない時間は苦痛だったのだ。
「……ですが、小学校で何をするんですか? そもそもどうして、小学校なんですか?」
役に立てるのなら何でも良いが、何も判らないままでは、すべきことが判らない。
高瀬は怒られるかと思いつつも、おずおずと疑問を発した。それに対して螺旋は感情を乗せない声で、
「そうですね。悪魔という存在に対しての知識を、少しは身に着けておく必要があるでしょう。向かいながら説明します。行きましょう」
「はい。ええと、結崎さんや黒峰さんは……」
「彼らはこの部屋で待機です。これから向かうのは捜査ですから。結崎さんは刑事局の所属ではありますが厳密には刑事ではありませんし、そもそも今の役割は、情管――情報管理室から魔捜へ出張しているテレポーターとしての意味合いが強いのです。そして黒峰さんは一般職員です。刑事は二人一組での行動が基本ですから、こうして高瀬さんと向かうわけですよ」
「……妙なとこだけ組織に忠実なんですね。あれ? それにそもそも、羽佐間さんは刑事ではなく魔術師だと仰って……あ、ちょっと待って下さいよ!」
突っ込んでいると、螺旋はもう黒いバッグを提げて、部屋のドアを開けて出ていこうとしていた。慌てて追いかける。
歩きながら、螺旋が口を開いた。
「さて、それでは説明しますよ、高瀬さん」
「あ、はい」
自分たちの声の他に、不気味に反響する靴音も聞こえるが、今は螺旋の声に集中すべきだ。それに最初ほど気味悪く感じるわけでもなくなっていた。慣れてきている、ということだろうか。
「そもそも悪魔が、こちらの世界――人間の住まう世界で存在し続けるためには、莫大なエネルギーが必要です。ここは彼らの世界ではないからです。それでも悪魔が我々の世界にやって来るのは、こちらの世界をも自分たちの物にしようとしているからなのです。ここまでは、お判りですか?」
「ええと……はい」
自分の常識は通用しない。高瀬はもう一度それを意識する。
「結構です。問題は、そのエネルギーをどこから調達するか、です。手っ取り早いのは、エネルギーが集まる場所を見つけること――そう、例えば、元気な子供たちが集まっている場所ですね」
「なるほど……つまり、そういう場所に該当する小学校は、格好の餌食というわけですね」
奇妙な傾斜の、やはり薄暗い廊下を歩く。思考を整理しながらなので、注意しながら足を進める高瀬だが、螺旋は慣れているためだろう、特に意識している様子はない。
「上出来です。それに学校という場所は今、負のエネルギーをも溜め込んでいますから。高瀬さんもニュースをご覧になるでしょうから、数々の問題はご存知ですね。そういった負のエネルギーは、悪魔もそのまま取り込み、ダイレクトに自らの力にできるのです。そして怪奇現象を起こせば、子供たちはそれに興味を示します。恐怖を抱いたり、好奇心を抱いたりするわけです。それもそのまま、悪魔はエネルギーとして取り込んでしまうのですよ。子供は感情がストレートですから」
「それで、小学校、ですか」
高瀬は螺旋の後ろを歩きながら、深く頷いた。
「そういうことです」
庁舎の入り口まで来ていた。
「いいですか、高瀬さん。私たちがこれから向かうのは、中央区立第二小学校。我々は管轄内の刑事で、不審な情報に関する通報によって捜査をしている、と嘘をつきます。余計なことは言わないで下さい。いいですね」
念を押すように言われるが、
「嘘なんてついて大丈夫ですか?」
高瀬は不安を隠せない。刑事である自分が身分を偽るなんて、正直なところ受け入れられない。
「ええ、我々に認められている権限ですから。くれぐれも実際の所属を明かさないように。それが我々のやり方です」
「……判りました」
そして二人は、第二小学校を目指した。




