第1話:夜にだけ開く窓
夜の町は静かだった。街灯のオレンジが道路を細く切り取り、遠くの車のヘッドライトがひとすじの光の帯になる。
相沢麻衣は、自分の部屋でヘッドホンを耳に装着した。昼間の無表情は、この時間だけ忘れてしまう。画面の向こうには誰も見えない。ただ、声だけが届く。
「こんばんは、深夜の声です――」
マイクに吐息をかけるように、言葉を置く。匿名のリスナーがいる。名前も知らない、顔も見えない。でも、麻衣は知っている。誰かがこの声を待っていることを。
今夜も、最初はいつもの雑談。学校のこと、音楽のこと、誰にも言えないちょっとした不満。淡々と語っていると、チャットに小さな文字が流れた。
「誰か、助けて――」
画面の向こうの叫びに、麻衣の胸がざわついた。文字だけなのに、何かが震えるように響いた。
「……どうしたの?」
思わず声を出す。もちろん返事はない。画面の向こうには、ただ文字が点滅するだけ。
翌朝、学校の廊下で異変があった。ある教室の前に、昨日の叫びに似た雰囲気を漂わせた同級生、如月なつきが立ちすくんでいた。小さな紙屑が風に舞うように、彼女の不安が目に見えるかのようだった。
麻衣は気づいた。自分の声が、誰かの現実に少しだけ届いてしまったのだ、と。
昼間の顔に戻った麻衣の胸は、期待と不安でいっぱいだった。夜が来れば、また誰かの声を聞く。そして、今度こそ、何かできるかもしれない――




