現実と夢の境界を跨ぐ魔法
「出来た………!!」
帝城の大図書館———以前に『過ち』を犯した剣崎ヒカリと、茶羽セイカ・加藤フミヤが対話した場所。
そこで、また一つの魔法が産声を上げた。
「これは………魔法の歴史にまた一つ………ページが追加される———そんな魔法ね」
目の下の隈を隠しきれていないハーディ・ペルションは、頬杖を突きながらも———その瞳の奥を確かに輝かせている。
「あとはこれが、本当に発動するのか———それを確かめるだけですね」
帝宮魔導士団筆頭補佐、フェリア・メイク。―――彼女は机から少しだけ顔を上げながら力なく微笑む。
「お二人とも………本当にありがとうございます!! お二人の力無くてはこの魔法は………完成しませんでした!!」
「いいのよ~………アタシも久々にヒリつく術式研究が出来て楽しかったわ~」
「わ、私はお二人の理論について行くのに必死でほぼ何もしてませんが………」
ハーディはプラプラと手を振り、フェリアは恥ずかしそうに眼を背けている。
「まだ実際に発動するかどうか———不明瞭ではあるけど………」
茶羽の手元にある術式の刻まれた紙を指さしながら、ハーディは自分の経験談を元に語る。
「アタシの直感では、膨大な魔力を消費するでしょうけど———その魔法はセーカちゃん、貴女が使えば発現する可能性が非常に高いと思うわ」
出来上がった魔法の名は『普遍たる時への逆行』。
史上初、現実世界と異世界を繋ぐ魔法だ。
茶羽は、この世界にきてから打ち立てた目標を、この数年で達成してしまったのだ。
「では、今すぐ帝宮魔導士を集めて魔法を使ってみましょう」
突っ伏していたフェリアがすぐに立ち上がろうとするが、
「待ってください」
意外にも、フェリアを制止したのは茶羽だった。
フェリアはそんな茶羽を見て―――『そうか』と納得した。
「………そうでしたね。貴女達はまだ『友』を見つけていないんでしたね」
微笑み———そして、どこか申し訳なさそうにフェリアは茶羽に向き直る。
「ハーディさんが『大丈夫』と———魔法の発現確率が高いというのなら………私はまず、千間君の捜索をしたいです」
千間ヨミヤが正式に『魔族』として投獄され———逃亡したのが既に二年以上が経過していた。
当初は熱心に捜索していた帝国も、生産都市『パロダクション』が魔族の手に落ちた頃から逃亡した魔族を捜索する余力を無くしたように慌ただしくなった。
しかし、それでも真道アサヒを筆頭に勇者達は、帝国からの仕事の傍ら今も尚、千間ヨミヤの捜索を続けていた。
それは、帝国の為ではなく、共にこの世界に飛ばされた『仲間』として。
「私………千間君とはそんなに仲良くありませんでした。―――でも、この世界で仲良くなった友達が………彼のことを心配してるんです」
そこには、魔法を人に向けて撃つことを怖がっていた少女は居なかった。
「………私、この魔法のこと、みんなに知らせてきます!」
茶羽はそれだけ言い残すと、駆け足で図書館を後にした。
「………以前、お師匠様は『殺しはできない』と言った彼らの価値観に触れて―――『何が正しいのか分からなくなった』と言っていました」
「………そうね、エイグリッヒみたいに日夜魔族との殺し合いに駆り出されている人間には———幼子のようなそんな言葉は………眩しいでしょうね」
「………はい」
フェリアは、自らの手のひらに視線を落とす。
「そんな価値観を持っていた彼らは………肉体的にも———精神的にもあんなに逞しくなってしまった」
「………」
「本来ならば、幼子のような価値観を持って死ぬまで生きていける豊かな所で幸せを享受出来たかもしれない人間を———私達は無理やり『地獄』に引きずり込んでしまったのではないかと………胸が締め付けられます」
フェリアは見つめていた手を胸に添えて―――ギュッと握る。
同時に呼吸が少しだけ浅くなる。
「………そうねぇ」
そんなフェリアの背中に、ハーディはそっと手を置く。
「今と『もしも』を比べてどっちが良いか―――その答えを私は持ち合わせてないけど………」
ハーディがゆっくりと背中をさすれば、まるで魔法みたいに温もりが背中を包み込み、フェリアは呼吸のリズムを取り戻す。
「エイグリッヒがしでかしたことなら………その罪は私も一緒に背負うことにするわ」
賢者は賢者なりに『答え』をもつ。―――だが、もうそれを押し付けたりはしない。
ハーディはおどけたふりをして、ニッとフェリアへ笑って見せた。
「弟子の弟子は、私の弟子。―――まぁ、苦しくなったらなんでも相談してみなさいな」
「ハーディさん………」
見た目も雰囲気も性別も、何もかもが違うエイグリッヒとハーディ。―――そんな二人の笑う顔がどこか重なって見えた気がして、
「………」
年端もなく口角を吊り上げながらも、フェリアは口を開く。
「そんなこと言ったって、帝国に無断で転移魔法の術式を把握した罪状は消えませんからね」
「ちぇー」
罪を帝宮への無償奉仕で補填しているハーディは、口をとがらせて顔を背けた。
閲覧いただきありがとうございます。
今回から新章「決戦の人魔編」に突入です。




