転生悪役令嬢は、幼馴染を救いたい②
女中がパタパタと廊下を駆けてゆく。この状態の浩然と二人きりは、ちょっと怖いんだけど……。
「私の……私だけの胡蝶。婚姻を結ぶまでは、とずっと耐え忍んできたというのに……」
苦しげな、切なげな声。正面からゼロ距離で見つめられ、心臓がバクバク高鳴った。
「琳霞! 無事か!」
静かに怒っているお兄様が部屋に入ってきた。途端、部屋の温度が更に下がった。
「……浩然。人の妹に何をしているんだ? 今すぐ離れろ」
ああ、この体勢、私が浩然に押し倒されているようにも見えなくはないな。渋々ー本当に渋々ー私から離れた浩然は、用意された椅子に座った。
「ったく、油断も隙もない。浩然、琳霞に手を出していないだろうな」
「もちろん。これから存分に手を出すつもりだが」
「……おまえ、反省しているか」
怒りのあまりブルブル震えるお兄様だったが、生憎これから外出の予定があるらしい。
「さっさと行けよ」
「うるさい。おまえも巻き込んでやろうか」
「絶対ヤダ。琳霞に私の愛をわからせなければいけないんだ。とても忙しい」
「世間ではそれを暇というんだ。くれぐれも妹に不埒なことをするなよ」
「これはごく一般の恋人どうしの触れ合いだ。不埒なことなどひとつもない」
謎の火花を散らしている浩然とお兄様の間に入りたくはなかった。面倒臭いので。が、そろそろ出立の時刻らしく、お兄様の従者が困った顔をしている。助け舟を出してやらねば。
「お兄様、そろそろお出かけにならなければいけないのでは?」
「……それはそうだが。琳霞、男はみんな獣だ。充分注意するように」
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。浩然は私の嫌がることはしないもの」
「浩然にいやらしいことをされそうになったらシッカリ拒絶するんだぞ」
これには曖昧に微笑むに留める。だって私も、浩然に求められて嫌じゃないんだもん。まだ何か言いたいことがありそうなお兄様を半強制的に送り出すと、浩然はやれやれと肩を竦めた。
「……蓬大臣の件だけど、そんな危ない妖刀があるなら壊すべきだと思う。壊し方は知ってるか?」
「刃の部分を破壊すれば、効力はなくなるけど……でも、そんな危険なことしなくても」
「いいや、そんな危険なシロモノを野放しにはしておけない」
「じゃあせめて、壊す役は凄腕にお願いして」
元々優れた武官の浩然+バケモノ刀。考えただけで恐ろしい。これを止められる人間なんて限られている。
「わかったよ。でも、条件がある」
「何ですか?」
浩然の体がばっと覆い被さる。さっきお兄様に怒られたばかりでしょうが。女中はスッと顔を逸らしていた。こういう時のための女中じゃないのか。
「妖刀の件をどうやって知ったのか、ちゃんと教えてくれ」
「……」
「琳霞?」
近い。近いから。美形が怒るとただでさえ怖いのに、そんなに近いと怖さ倍増だから。
「……私のこと、嫌わないでね」
「当たり前だろ。私が琳霞を嫌うなんて、たとえ太陽が西から昇ろうともありえない」
「信じるからね? あの、私前世の記憶があるの」
マンガ(絵草紙のようなものと説明しておいた)で読んだことを全て話した。放っておくと浩然も私もお姉様もお兄様も死んでしまうこと。蓬一族の陰謀。
「蓬大臣が謀反を? どうして……」
「蓬貴妃が寵愛を失った上に死んで、権力の中枢から遠ざかったからです」
今現在、誤解とすれ違いにより陛下とお姉様は不仲だ。しかしそう遠くない未来、誤解が解け傍迷惑なほどイチャイチャラブラブのカップルになる(はず)。
「皇帝」の寵愛が「郭皇后」に移った後、掌を返したように「蓬貴妃」は顧みられなくなり、世間からも嘲笑の的になる。「郭皇后」を憎み暗殺しようした「蓬大臣」。しかし、事前に察した「松 俊熙」と「朱 仔空」に捕らえられ、処刑を言い渡される。
なんと「蓬大臣」、驚くべき隠し玉を持っていた。「先帝」から免死の金牌を賜っていたのだ。まあ罪は罪ということで辺境に流罪になるものの、娘を利用して何とか中央に戻ろうとするが、「蓬貴妃」は突然死、最後の望みが絶たれる。そしてある人物の謀反計画に手を貸すのだ。
「まあ、黒幕は蓬大臣じゃなく、陛下の伯父君・子涵王なんだけどね」
「子涵王か……有り得なくはない線だな」
子涵王は先帝の異母兄だ。先帝の異母兄を父に持つ浩然にとっても伯父にあたる。
先帝が身罷られた時、当時まだ幼かった陛下ではなく、子涵王を即位させようという話もあったらしい。だが趙皇太后の猛反対を受け、結局は陛下が即位したのだ。それを「子涵王」は恨みに思っているという設定だった。逆恨みも甚だしいが。
「で、結局どうなったんだ?」
「子涵王は、蓬大臣を謀反に参加させるべく蓬貴妃を殺していたの。それが蓬大臣に露見して、謀反の件を密告されてしまいます。軍に包囲された子涵王は、少しでも皇帝に打撃を与えるべく、放っておいた手の者に皇都を焼かせようとしたんだけどー」
「うまくいかなかったんだな」
「ええ。蓬大臣の養子・蓬 宇航にその前に殺されてしまった。彼も、義理とはいえ姉を殺されたことを怒っていたの」
首謀者の死により謀反事件は終わったが、新たな火種は生まれていた。ーそう、「蓬大臣」に唆された「郭 琳霞」が野垂れ死に、「郭 琳霞」の悪事の責を取り廃后された「郭皇后」がまだ尚「皇帝」の愛情を独り占めしていることを恨んだ蓬一族が刺客を放って「郭皇后」を暗殺。愛する妹が二人とも、立て続けに亡くなったことに強い衝撃を受けた「郭 梓宸」は魔物に取り憑かれてしまい、続編のラスボスになるのだ。
浩然はしかめっ面で腕を組んだ。やっぱりこんなハチャメチャな話、信じろって言う方が酷だよね……。
「……わかった」
「えっ、信じてくれるのですか?」
「もちろん全てを信じたわけじゃない」
だよね〜。でも、浩然の顔には軽蔑や嫌悪の色はなかったので、とりあえず安心した。
「けど、私は君がタチの悪い冗談を言う人ではないと知っている。それに、君の話には有り得なくもない話が多々あった。一概に妄想と切って捨てることはできない」
浩然は立ち上がると、私の前髪を優しくかきあげて額に口づけた。
「また来る」




