転生悪役令嬢は、幼馴染を救いたい
「きゃあああ!」
「お嬢様!?」
「……琳霞?」
こんにちは。私、郭 琳霞。帝国の四大貴族の一角・郭家の末娘。
私も十六、そろそろ結婚相手を決めなければならない年頃だ。父が用意した許婚が李家の嫡子・浩然。私の幼馴染だ。浩然の母は、先帝陛下の異母妹。つまり浩然は、陛下の従兄である。
陛下の殿下への信頼は厚く、兄のように慕っていらっしゃるとか。ーそしてそのことを、陛下と最高法院院長・松 俊熙の間に亀裂を生じさせようと企む蓬大臣に利用されてしまう。
筋書きはこうだ。
まず「蓬大臣」が「李 浩然」に「人殺しの妖刀」を渡す。妖刀に操られ、「李 浩然」が多くの人を殺める。公平な裁判官である「松 俊熙」は「李 浩然」の処刑を決めるのだけど、そのことが陛下との間に亀裂を生んでしまう。
まあ、もう一人の主人公・「朱 仔空」の尽力によりそのことはどうにかなるのだけどー「李 浩然」の一件が及ぼす影響はそれだけではなかった。
それが私ー「郭 琳霞」。「李 浩然」の許婚。「李 浩然」が「郭 琳霞」のことをどう思っていたかはわからない。けど、「郭 琳霞」は「李 浩然」に明確に恋していた。それが仕事だと知っていても、「李 浩然」も刑を望んでいたことをわかっていても、愛する男の処刑を決めた「松 俊熙」のことを「郭 琳霞」はどうしても許せなかったのだ。そして「蓬大臣」こそが「李 浩然」の死の真の原因であることも知らず、蓬一族に利用され、最後はあっさり捨てられ命を落とす……。
ひどいっ! ひどすぎるっ! 「蓬大臣」の陰謀で死ぬ「李 浩然」も十分可哀想だけど、一途な恋心を利用され、どこまでも捨て駒な「郭 琳霞」の哀れさには勝てるまい。ネットでもどれだけ哀れまれていたことか……。「郭 琳霞」の陰謀にさんざん苦しめられた主人公「松 俊熙」&「朱 仔空」も、「郭 琳霞」の最期には悲痛な顔をしたのだ。姉である「郭皇后」も「馬鹿な子……」と言い嘆き悲しんだ。
「お嬢様。浩然様がいらしていますが」
「入ってもらって」
許婚としての顔合わせの日、私がぶっ倒れてしまったので顔合わせはお開きとなった。会うのはそれ以来だ。
「琳霞、元気そうだな。良かった」
「心配させてごめんね」
前世と、「松 俊熙」とその部下で陛下の覚えもめでたい有能武官「朱 仔空」を主人公にした「大帝国記」(※BLではありません)の記憶を思い出してパニックになっていただけなので。
「本当に心配したよ。今まで病気らしい病気もしたことなかっただろ」
浩然と話すだけで高鳴る鼓動は、シナリオの強制力なのかなって思っていた。だけど、彼の優しい笑みで理解した。わかってしまった。私は本当に、浩然のことが好きなんだ。
第一、現代日本の女性の記憶が混じっただけで、私は私だ。彼を好きなことに変わりはない。
「……浩然、蓬大臣から贈られた刀は、絶対に受けとらないで」
「突然どうしたんだよ?」
「いいから、お願い!」
浩然は困ったように眉を下げ、私の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。
「蓬家の当主からの贈り物を、それ相応の理由もなく断れない」
……そりゃそうだ。蓬家もまた、四大貴族の一角なのだから。さらに大臣の娘・蓬貴妃は、陛下の寵妃でもある。
「一体何があったんだ、琳霞」
前世の漫画で読みましたなんてとち狂った話、浩然は信じてくれるだろうか。信じてくれないだけならまだ良い。頭のおかしい奴だと軽蔑されてしまったら? 嫌われてしまったら? そのことが恐ろしくてたまらなかった。
「……蓬大臣が殿下に贈る刀は、人殺しをさせるトンデモナイ妖刀なの」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「理由は言えません。事がすんだら婚約は破棄しても構わないから、私の言うとおりに……」
私の恐怖は、物語の途中で死ぬ運命にある浩然と兄姉を失うこと、そして私自身が死ぬこと。浩然と結婚できないのも、他の女性が彼の隣に立つことも胸がはち切れんばかりに悲しいが、浩然のことが大好きで、それを隠そうともしなかった私がここまで言うのだ。真剣だということをわかってほしくての提案だったのだけどー
「は?」
いつも明るく溌剌としている浩然の瞳が暗く澱み、部屋の温度が若干下がった。入口付近で待機している女中は、会話の内容は聞こえないものの、浩然の機嫌が相当悪くなったことは察したのか、顔が青ざめている。
「……刀を受け取らなければ婚約を破棄するなら、死んでも受け取る」
「だからダメだって!」
それ、リアルで死ぬやつだから。ついでに私も死んじゃうから。私がシナリオ通りに悪事に手を染めるとお姉様が廃后されて、それでも陛下がお姉様を忘れずにこそこそ通っていることが蓬一族にバレてお姉様も殺されちゃうから。相次ぐ二人の妹の死に衝撃を受けたお兄様が闇堕ちして続編のラスボスになってこれまた死ぬから!!
何を思ったのか、澱んでいた浩然の瞳が悲しげに歪んだ。
「琳霞は私のことを好きでいてくれてるんだと思ってた」
そうですが、何か?
「でもそれは自惚れだったんだな」
ん? 何か風向きがおかしいような……。私の手を握る力がどんどん強くなっててちょっと痛いし。
「それでも君は、私の許婚だ。私以外の男と結婚する道などない。両家の当主が認めた正式な婚約だ。ー君は私のものだ」
「えーっと、浩然。何か勘違いしていない?」
「……勘違い?」
「ええ。私は浩然が好きだよ?」
改めて言うとちょっと照れるね。でも、これは私にとって不変で当たり前の事実だから。
「だったらなんで、婚約破棄なんて……」
「私が本気だってこと、わかってもらいたかったからです」
浩然は何故かとても大きなため息をついた。
「婚約破棄とか言える時点で温度差がわかる……」
ムッ、失礼だな。
「何言ってるの。あなたのことが大切だから、婚約を破棄してでも妖刀を受け取ってほしくないの」
「……大切?」
「もちろん」
「……一番?」
「一番大切とか言う人は、二番目とか三番目がいるらしいよ。それでも良いの?」
「駄目に決まってるだろ。絶対に許さない!」
部屋の床に、ピキピキと氷が張り始めた。