第2章第6話 ~冒険者ギルド 3~
2020年11月20日に文章内容の大幅修正を行いました。
2021年9月30日に内容の一部変更をしました。
「―――さて、話が色々と脱線してしまいましたが、そろそろお二人が此処に来た目的を果たしませんか?」
一通りの話し合いが終わった後に場の空気を入れ替えようとしてか、パンッと自身の胸の前で拍手をするモールテス。
彼のその言葉に「そう言えば、冒険者ギルドに登録に来たんだった・・・!」と私とアルクの二人は当初の目的を思い出した。
「それではお二人の登録を行いたいと思いますが、まずはこの契約書にお名前の記入をお願いできますか?」
そんな私達の様子を目にしてモールテスは苦笑を零す。その後で彼は、受付カウンターの引き出しから二枚の紙と羽ペンを取り出すと、それ等を私達に渡した。
この紙はどうやら契約書であるらしい。冒険者ギルドに登録した場合に注意してほしい事と、必ず守らなければならない規約についてが書かれている。
ちなみにだが、この世界で使われている文字は日本語読みのローマ字が使われている。『カオスゲート・オンライン』でも世界共通文字として日本語読みのローマ字が一般的という設定があったが、どうやらその部分はこの世界も同じであるらしい。
もう一つ付け加えれば、一部地方では日本語や英語表記の文字が使われている所もあるという設定もあったりするのだが、それはまた別の話である。
「ふむ・・・」
契約書を手に持ち、そこに書かれている内容を確認する。慣れしたんだ日本語ではなく、日本語ローマ字表記という事で読みにくく感じるかと思いきや、意外にもスラスラと読むことが出来た。
「(ご都合主義か・・・?まあ、助かるからありがたいが・・・)」
尚、契約書に書かれている内容は以下の通りだ。
一・・・契約者が冒険者ギルドに登録した場合、その身元は国ではなく冒険者ギルド預かりとなる。
ニ・・・地位や身分と言ったモノに関しては、飽く迄契約者個人が所有しているモノであり、それらを用いての冒険者ギルドへの命令や干渉は一切受け付けない。
三・・・十二歳以下が登録する場合は、冒険者ではなく冒険者見習いとして扱われ、GまたはFランクまでの依頼しか受けることが出来ない。
四・・・初回登録時に渡される冒険者カードは無料だが、紛失したり、壊したりした場合には再度の発行に銀貨十枚が必要となる。
五・・・依頼を失敗するか途中でキャンセルとなった場合、冒険者ギルドへ違約金を払う必要性があり、また違約金の金額は受けた依頼のランクによって変動する。
六・・・冒険者ランクごとに依頼達成ノルマが存在し、これを達成できなかった場合には冒険者ギルドから強制脱退される。再度契約は可能だが契約者の素行次第では登録不可となる事もある為、注意が必要。
七・・・冒険者が受けられる依頼の中には指名依頼と強制依頼と呼ばれるものが存在する。指名依頼は依頼者が依頼を受ける冒険者を指名することが出来る制度であり、強制依頼は何らかの理由によってギルド側から冒険者へ依頼を出す制度である。尚、指名依頼はその内容によっては冒険者側が拒否することは可能だが、逆に強制依頼は主に都市防衛の為やギルド員との協力依頼、他には違反行為を行った冒険者に対しての罰則として出される場合が多く、基本的に拒否する事は出来ない。
八・・・受けられる依頼はそのランクに適したものが受けられるが、それより上位の依頼は一ランク上まで、下位の依頼は二ランク下まで受けることが出来る。
「(なるほどな、こういうのは何処も似たり寄ったりなんだなぁ)」
契約書に書かれている内容を確認した私は、「へぇ~・・・」と感心しながらそう思い・・・ふとそこで、私の横で一緒に契約書を呼んでいたアルクの顔が愕然としていることに気付いた。それはまるで「初めて聞きました」とでも言わんばかりの表情で―――というかそれ以前に、契約書を渡されていた時点で「え?こういうのがあったの?」的な顔をしていた様な気もする。
その様子を見るに、おそらく元いたエプーアの冒険者ギルドでは渡されなかったし、碌な説明もされなかったんじゃないだろうかと私は察して、同じく受付カウンターを挟んで向かいにいるモールテスもその事に気付いたようで、私達二人は揃って「不憫な・・・!」と口許を手で押さえて視線を逸らす動作をしてしまった。
「・・・これでいいだろうか?」
その後、目元に浮かんだ心の汗を拭った私は、再度契約書を見直して問題ないだろうと判断し、契約書の一番下にある名前を記入する欄に『フェルヌス』と名前を書いてモールテスに渡した。
続いてアルクも、最初は戸惑い愕然としていた様子を見せてはいたが、ゆっくりと内容を確認した後で問題ないと判断したらしく、彼も名前を記入する欄に『アルク』と書いてモールテスへと渡した。
「はい、ありがとうございます。では、一度お預かりいたしますね」
私達から契約書を受け取ったモールテスは、そう言いながら受付カウンターの後ろにある棚へ振り向くと、そこに置いてある”小さなレターボックスの様な箱”の中へと受け取った二枚の契約書を入れた。
「それでは、今度はこの水晶玉に手を置いて頂けますか?」
その後にモールテスは、契約書を入れた箱の隣に置かれていた”台座がくっついたような形の水晶玉”を持つと、それを私達の前に置いた。
「これは『スキャンクリスタル』という物でして、個人の持っている”生体波長”を計測する為の道具なのです。これで計測した生体波長のデータは、先程契約書を入れた箱―――『登録ボックス』へと送られ、その中に事前に入れてある魔石へと登録されます。そして、その魔石をこのカードに取り付けることで冒険者カードは完成します」
そう説明をしながら、表面に冒険者ギルドの紋章である盾を中心に剣と杖が交差した絵柄が掛かれ、裏面に小さな窪みの様な凹みがある冒険者カードと思われる物を私達に見せるモールテス。
彼の説明を聞いて生体認証によるセキュリティロックの様なものかと思った私は、ファンタジーな世界なのに地味にハイテクだと思える物があって内心でちょっと驚いた。
ちなみに、隣にいるアルクは説明を聞いてもよく分からなかったらしく、頭上に疑問符を浮かべていたが。
「すまないが、生体波長について説明してもらっていいだろうか?」
「生体波長についてですか?―――ああ、なるほど。そういう事ですか」
そんなアルクの様子を目にした私は、苦笑をしつつモールテスに生体波長についての説明をしてほしいと頼む。
モールテスは説明を求める理由がアルクの為だと理解した様で、彼もまた苦笑を浮かべつつ了承した。
「”生体波長”と言うのは、大抵の生物が持っている気や魔力が体から漏れ出た際に発生する波のことです。一人一人に特徴や個性があって、全く同じ波長をした人物は存在しません。―――ちなみに個人の生体波長を記録した冒険者カードは、同じ生体波長を持つ人物でなければカードの持ち主だと認識されません。持ち主以外の人物が使おうと思っても、生体波長が違う為セキュリティが作動して全く使用できなくなります」
つまりは偽造防止及び持ち主以外には使えなくする防犯の為の機能だという事。ちなみに、この機能は先程の話に出ていたならず者達や犯罪者達を捕まえた話の中でも地味に活躍していたのだともモールテスは語った。
「な、なるほど・・・」
説明を聞いたアルクは納得する様に頷いてはいたが、しかしその頬に汗が一滴垂れたのを私は見逃さなかった。若干表情が強張っている様子も見るに、どうやら全部を理解する事は出来なかったらしい。
・・・まあ、最低限自身が登録した冒険者カードを他人が使う事が出来ないという事は理解出来た様だが。
「―――と・・・まあ、そういう訳ですのでお二人とも、登録をお願いしますね」
再度私達に「水晶玉に手を置いて下さい」と促すモールテス。
私達は彼に促されるままに順番に水晶玉に手を置いていくと、水晶玉の中心部分がほのかな緑色の輝きを放った。
それを見た私は「何が起こるのかな?」とちょっとだけワクワクした気持ちでそれを見続けていたのだが、しかしそれから数十秒ほど時間が経つとその輝きはゆっくりと消えていった。
「・・・・・・ん?えっ?これで終わり?」
「はい、終わりです。後は登録された魔石を冒険者カードに取り付けるだけです」
「随分簡単なんですね・・・」
私はほんの短時間で消えてしまった水晶玉の輝きに「あっけない」と思い、アルクは感嘆する様に「こんなことで出来るんだ・・・!」と息を吐いた。
「―――はい。これで完成ですね」
登録ボックスからチンッ!という音が鳴った。
それは魔石への生体波長のデータの登録が完了した音だ。それを耳にしたモールテスは箱の側面に付いている小さな取っ手を掴んでそのまま横に引く。
そして、その引き出し部分に入っていた爪くらいの大きさの二つの魔石を摘まむと、用意していたそれぞれの冒険者カードにカチリカチリと嵌めていった。
「(さて、これでお二人の冒険者カードが出来たわけですが・・・あのフェルヌスと言う少女については、少し気になる事がありますね)」
そうして、完成した冒険者カードに不備がないかと表裏を確認していたモールテスは、内心でそう呟いた。
彼が気になっている事とは、今も受付カウンダ―を挟んだ自身の後ろで冒険者カードが渡されるのを待っているフェルヌスという獣耳の少女についてだった。
モールテスはフェルヌスと最初に対峙した時から、彼女はいったい何者なのかと強い疑問を抱いていた。なにせ、冒険者の第一線から退いて久しいとはいえ、未だに全冒険者の中でも十本の指に入れるだけの実力を持つ自身に絶対に勝てないという確信を抱かせるほどの実力の持ち主なのだ。気にならないと言う方がおかしいだろう。
それに、そこまでの実力者でありながら、その名が世間に知れ渡っていない事も腑に落ちなかった。全盛期だった頃にもフェルヌスなんて名前は聞いた事がない。彼女の様な容姿を持つ人物の情報もだ。
まるで何処からか唐突に現れたかの様なそれには、おそらく彼でなくとも首を傾げる事だろう。
「(だ、駄目だ・・・!気になって仕方がない・・・!)」
モールテスは尽きる事の無い疑問のスパイラルに自身の思考が埋没していくのを感じ、同時に知的好奇心がムクムクと湧き上がって来るのを感じた。
元々彼は生まれつき知的好奇心が強い男だった。冒険者になったのも、知らないものや見た事がないものをこの目で見て、知りたいと思ったからだ。故に、自身の知りたいという好奇心と欲求を彼が抑える事が出来なくなるのは必然の事だったのだろう。モールテスは自身の胸の内から湧き上がる衝動に押されるがままに、意を決してフェルヌスの冒険者カードに取り付けられた魔石に左手をかざした。
すると、左手の中指に嵌められていた指輪の宝石部分が薄らと光り始め、その光を受けた魔石は同じように薄らと光ると、モールテスの目の前に半透明のボード―――フェルヌス達プレイヤーが使用するメニューウィンドウと同じもの―――が展開された。
そして、そこに記載されていた内容を見た瞬間、モールテスはその目を驚愕に見開き、「ブフォッ・・・!?」と噴いた。
種族名:【混血種:獣魔族】
名前:【フェルヌス・クディア】
性別:女性
称号:大魔王、殺戮する者、蹂躙する者、撃滅する者、強奪する者、破壊魔、
年齢:25歳
状態:通常
『HP』:634791/634791
『MP』:370634/370634
『SP』:496840/496840
『STR』:49021
『VIT』:45921
『AGI』:58941
『INT』:53293
『MND』:51875
『DEX』:49288
『LUK』:12947
「(な、何で!?大魔王、何でぇ!?)」
フェルヌスの持つ幾つもの称号の内、『大魔王』というそれを目にしたモールテスは己の背筋にブワッと大量の冷や汗が噴き出てくるのを感じ、その精神は特大級にヤバい案件が発覚した事で驚愕と困惑と恐怖の三重奏フルスロットル状態となっていた。
「(・・・『大魔王』。それは魔王を超えた魔王とも呼ばれ、ありとあらゆる魔を従える絶望と恐怖の化身であり、場所によっては神々と同等の存在と畏れ、崇められる伝説の存在・・・!大魔王が世に現れる時、それは世界がかの存在によって支配されるか、それとも滅ぼされるかが確定する時なのだと、昔目にした古代の歴史書などには記載されていましたが・・・なんでそんな伝説的存在がこんな所に、しかも私の目の前にいるのですか・・・!?)」
伝説に語られる存在が自身のすぐ近くにいるという事実に、モールテスは思わず現実逃避をしたくなった。
「(しかもこれ・・・な、なんという凄まじいステータス・・・!?こんな、こんなの初めて見ましたよ・・・!)」
加えて、フェルヌスのステータス値もまた恐ろしかった。モールテスが知っている標準的な冒険者のステータス値は三桁から四桁が大半だ。上位ランクにもなれば五桁に到達する者もいたりするが、しかしそれは極一部であり、その者達であっても一万前後が精々であり、フェルヌスの様な「ありえない!」と思わず呼びたくなる程のステータスを持つ存在は、彼が知る限りではいない。
モールテスも元Sランク冒険者という立場に相応しい高いステータス値を持っているが、しかしそれでも一番高くて八〇〇〇と少しと言ったところであり、フェルヌスよりも圧倒的に低い。
一応冒険者以外の者―――国に仕える騎士とか兵士等は、訓練を受けている分その日暮らしが多い冒険者よりも基本強い傾向があるが、そういった者達であってもステータス値が五桁に届く者は早々居はしないだろう。もしいるとすれば、それは物語で語られる様な英雄くらいなものではないかとモールテスは思った。
「(私は悪い夢でも見ているのでしょうか・・・?)」
思わず目頭を押さえてしまうモールテス。
『大魔王』という称号と、出鱈目と思える程の高いステータス値を持つ存在が目の前にいて、しかも冒険者として登録しに来たと言うのだから、彼がそう思ってしまうのも無理は無い。むしろ、「この世界を滅ぼしに来ました!」と言ってくれた方が、まだ現実味があったし理解もしやすかった。
「(と、ともかく、事は急を要する!下手をしたらこの町だけでなく、世界すらも滅ぼされかねない・・・!!)」
知りたくもなかった真実を知ってしまったモールテスは、数分前の抑えきれない好奇心に溢れていた自分自身を呪った。そして、世界滅亡レベルの危険性を理解した彼は、ゴクリと唾を飲み込みながらゆっくりとフェルヌス達へと振り向いて―――
「・・・・・・」
「―――ッ!?」
―――そこでようやく、件の大魔王にジッと見られていることに気付いた。
「(しまったな・・・ステータスを見られることは予想しておくべきだったか)」
目の前で顔色を青くさせ、体をガクブルさせているモールテスの姿をジッと見つめていた私は内心でそう言葉を零した。
そもそも、私としてもまさかこんな初っぱなから自分の情報がバレるだなんて思っていなかった。モールテスが私のステータスを知った事に気付いたのは、彼が私の冒険者カードに手をかざして少しした後に挙動不審な様子を見せた事もそうだが、私の頭の中に異世界物のライトノベル等で出てくるような”ステータス情報が閲覧できる冒険者カード”に関する知識が何故かあったからだ。
・・・まあ、実際に目にするまではそんな物が本当にあるとは思ってもいなかったが。むしろ信じてなかった。『カオスゲート・オンライン』にもそんなアイテムはなかったし。
「(どうやら見た感じ、あの左の中指に取り付けられている指輪を使う事で魔石に登録されている情報を閲覧できるらしいな)」
《鷹の目》を発動して、モールテスの手元に展開されている『メニューウィンドウ』を覗き見た私は「やれやれ」と音にならない嘆息を零す。
ちなみに、何らかの隠蔽効果も付与されていたらしくステンドグラスの様な膜が張られていたので、《看破》―――〝隠蔽されている効果を無効化する〝という特技も同時発動して可視化できる様にもした。
「(表示されているあれは、おそらく『メニューウィンドウ』。それも私達プレイヤーが使っていた物と同じものだろう。・・・とはいえ、表示できるのは基本情報のみの様だが)」
表示されている数値を見る限りでは、自身の装備している『黒鱗の獣耳飾り』の隠蔽効果は意味を成していないようだ。
そもそも隠蔽効果には複数種類が存在し、『黒鱗の獣耳飾り』に付与されている隠蔽効果―――《デセブ》は装備者の姿を正確に認識し辛くさせ、ステータスを直接的に見られることを防ぐモノだ。それはスキルや特技、アイテムに対してでも等しく効果を発揮するのだが、しかし今回の様な間接的な場合ではこの効果は発揮されない。
直接的ではない為、効果の対象外であるからだ。
「(だがそれでも、私のステータスを見られたのは少々都合が悪いな。何より称号の方も見られたのが痛い)」
私が持つ称号は、そのどれもが物騒極まりない呼び名の物ばかり。その中でも『大魔王』の称号は一際だろう。そしてそれがどれだけヤバいモノなのかは、モールテスの反応を見れば大体察せられる。
故に私は、何か下手な行動をされてしまう前に釘を刺しておこうと考え、モールテスに向けてニッコリとした笑顔を向けた。
表面上は可愛らしいと思えるものではあっただろう。・・・がしかし、それを目にしたモールテスは恐怖を覚えたようで、青かった顔色を更に青くさせながら両肩をビクゥッ!?と竦ませた。
「(さて、モールテスさん。折り入って、貴方に話があるのだが・・・)」
「(あ、頭の中に声が・・・!?)」
私は”特定の相手と思念での会話を可能とする”という魔技である 《念話》を発動し、モールテスの脳内に直接言葉を届ける。
それを受けたモールテスは、何処からともなく聞こえて来る声に驚いて周囲に視線を向けたが、《念話》を行っているのが私であることに気付いてからは視線を私へと固定させた。
「(単刀直入に言おう。―――私のステータスを見たんだろう?)」
「(そそそそんな、めっそうもない・・・!?)」
「(嘘を吐くな。貴方が私達の冒険者カードに何かをしていたのをこちらは見ているんだぞ?・・・その左手に付けている指輪。ギルド側が冒険者の情報を見る為に使うアイテムなんだろう?ネタは割れているぞ)」
「(そ、それは・・・!?)」
「(それに私の持つ称号にも気付いたな?無闇矢鱈に広めてみろ?その時は―――テメェの体を唯の肉塊に変わり果てるまで、ボコボコに殴り倒してやる・・・!)」
「(ひ、ひぃぃぃっ・・・!?!?)」
脳内で悲鳴を上げるモールテス。その全体的に真っ青だった顔色は更に血の気が引いたように真っ白になり、まるで一気に老け込んだと思えるくらいに憔悴させていた。
「(・・・・・・ふむ。口止めの為にやったことだが、もしかしてやり過ぎたか?)」
そんな彼の様子を見ていた私は、タラリと一筋の汗を流しながら「脅し過ぎたかな?」と内心で思った。
・・・まあ、今後の事を考えると必要な事だったと思うので後悔はしていなかったが。
「あ、あの・・・!大丈夫、ですか?何だか、顔色がすっごく悪そうなんですけど・・・」
突如として様子が豹変してしまったモールテスの事を気にしてだろう。アルクが「大丈夫ですか?」と彼に声を掛けた。
「だ、大丈夫です。ええ、大丈夫。何も、問題ありませんとも・・・!」
アルクに声を掛けられた事で正気に戻れたのか、モールテスはハッとした後にフラフラと体を左右に揺らしながら透明感が感じられる笑みを浮かべた。
「お、お待たせいたしました・・・これがお二人の冒険者カードになります」
そして「ん、んんぅ・・・!」と咳払いをした後、モールテスはコトリと完成した二枚の冒険者カードを私達の目の前、受付カウンターの上に置いた。
二枚の冒険者カードは表面に冒険者ギルドの紋章である盾を中心に剣と杖が交差した絵柄が描かれているのは共通していたが、色に関してはそれぞれ異なっていて、私のは銅色、アルクのは黄色と言った感じだ。
手に取って裏を見て見れば、そこには光を反射して輝く小さな魔石とそれぞれの名前が描かれていた。
「これでお二人は冒険者と冒険者見習いとなりました。フェルヌス様はFランクから、アルク様はGランクから始まります。ちなみに冒険者カードの柄が違うのは、その冒険者がどのランクなのかを分かりやすくする為です。冒険者のランクは一番上のSSランクから一番下のGランクまで存在していて、依頼達成数や功績などによってランクを上げていくことが可能となっており、ランクが上がっていくごとに依頼内容も難しくなっていきますが、その分報酬も上がっていきます。また、全ての冒険者は基本的にはFランクから始める決まりなのですが、生活のために十二歳以下の子供も登録しに来ることもありまして、そういった子供達はアルク様の様に十二歳になるまではGランクの冒険者見習いとして登録し、村や町中等での依頼をしてもらうことになっております」
一呼吸を入れる為か、一旦話を区切った後に「それから・・・」と説明を続けるモールテス。
「冒険者ギルドには飛び級制度も存在しており、ギルドマスターの権限でCランクまでなら一気にランクを上げることが出来ます。まあ、その為の試験を受ける必要はあるのですが・・・・・・フェルヌスさんはそれを受けられますよね?」
「飛び級制度があるよ」と説明しておきながら、「それだけの実力があるのだから当然受けてくれるよね?」的な副音声が聞こえそうなセリフを言うモールテス。
だが、私にはそれが聞こえていながら敢えて首を横に振った。
「いや、私はこのままFランクから始めさせてもらう。下積みから始めるのも経験になるからな」
「・・・え?」
私がそう答えると、モールテスは「何言ってるのこの人?」と言いたげな表情をした。おそらく『大魔王』という称号を持つ私が、まさかの最低ランクから始めたいと言ったのが理解出来なかったのだろう。開いた口が塞がらないとでも言うかのようにあんぐりと口を開けていた。
「それに、アルクの面倒を見ると私は決めたからな。彼と一緒に仕事が出来る低ランクの方が、何かと都合がいい」
「え・・・?何それ!?聞いてないですよ!?」
続けて言った私の言葉に驚いたのはアルクであった。彼はこちらに振り向くと「聞いていないよ!?」と言う顔をする。
「今言ったからな。・・・というか、そもそも年端もいかない子供をたった一人だけで、しかも知り合いが一人もいない場所に放り出すなんてことをするわけないだろう」
「一人の大人として」と言葉を付け加えながら、助けたからにはからには最後まで面倒を見るつもりだと言うと、それを聞いたアルクはどことなく嬉しい様な申し訳ない様な表情を浮かべた。
「それに、君はこの後どうするつもりだったんだ?当初の目的だったエプーアの町に、そこにある冒険者ギルドに戻るつもりだったのか?君を騙していた連中がいるあの場所へ?」
「そ、それは・・・」
アルクが口籠る。おそらく彼も迷い、悩んでいたのだろう。これからどうするべきなのかと。
「もしあの町に戻ったとしても君の立場や境遇は変わらないだろう。それどころかもっと悪くなる可能性もある。・・・そんな所にわざわざ戻る理由が君にはあるのか?」
「・・・・・・・・・」
私の言葉に反論できなかったのだろう。アルクは口を閉じて黙り込むと、その顔を俯かせた。
僕はフェルヌスさんの言葉にどう答えるべきか悩んでいた。
元々僕がエプーアの町にいたのは勇者になる為であり、その修行先としてかの町の冒険者ギルドを勧められたからだった。
けれど実際には違った。彼等は僕の事を搾取の対象としか見なしていなかったのだろう。二人は口にしなかったけど、それくらいは理解できた。
彼女の言う通り、もしあの町に戻ったとしても自身の立場や境遇は変わらないだろう。それに、真実を知った今では我慢し続けることももう無理だろうとも僕は思っていた。
だけど、だからと言ってそれじゃあ今後はどうするのかと聞かれても、どうすればいいのか僕には分からなかった。
「・・・ッ!」
何か言おうとして口を開こうとした僕だったが、でも言葉が出て来ず、何も思いつけず、顔を俯かせて思わず下唇を噛んだ。
「―――もし君にあの町の戻る理由が無いのであれば、私の下で強くなる気はないか?」
「・・・・・・え?」
そうして黙りこくっていた時だった。フェルヌスさんが一つの提案を出して来たのは。
俯かせていた顔を上げて、こちらに向けて手を差し伸べるフェルヌスさんの姿を見た僕は驚きに目を見開いた。
「今の君はある意味では私と同じ、言うなれば迷子の状態だ。まあ、帰る場所が分かっている分私よりもマシなんだろうが、おそらくまだ故郷には帰りたくない―――いや、帰りたくても帰れない。そう思っているんじゃないのか?」
思わず息を飲んだ。実際に彼女が口にした言葉通りの事を、僕は内心で思っていたからだ。
そう。彼女の言う通り、僕はまだ故郷の村には帰りたくないと思っていた。―――否、まだ帰るわけにはいかないと思っていた。
勇者になる為に旅立ったというのに、何の結果も、成果も出せずに帰ったとなれば、盛大に送り出してくれた村の皆を落胆させ、悲しませてしまうと考えていたからだ。
「正直に言うが、私はこの町に着いた後で君と別れるつもりはなかった。それはあの夜に君のこれまでの境遇を知ったからというのもそうだが、何よりも君が私と別れた後で、気付いたらそこら辺で野たれ死んでいた、なんてことになれば寝覚めが悪いと思っていたからだ」
「うっ・・・!?」
その時の光景がありありと目に浮かぶと言いたげに語るフェルヌスさんに対して、僕は呻く事しか出来なかった。なにせ僕自身、そんな状況に陥った自分の姿が想像出来てしまったからだ。エプーアの町での暮らしがまさにその一歩手前であった分、余計に。
「その可能性を考えるだけで心配になって来るし、そんな心配をするくらいなら私が君を鍛えて一人でも十分に生きていける様にした方がよっぽど安心できる。・・・そして、今回の事で―――君がエプーアという町の冒険者ギルドに騙されていたという事が分かった事でその思いはより強くなっている」
「・・・・・・・・・」
「無理強いをするつもりはない。だけど、出来ればこの手を取ってくれると嬉しいと私は思う」
心配だ、という気持ちを隠すことなく表情に浮かべるフェルヌスさん。
それを見ながら僕はどうするべきかと考えて、その脳裏に『始まりの森』で魔物達と戦う彼女の姿を思い出していた。
あの森の中で目にした眼前に現れた魔物の群れを鎧袖一触と言わんばかりに一蹴するその姿は、戦いと言うよりもどちらかと言えば蹂躙と言った方が正しいと思えるものであった。
最後に現れた紫水晶の様な鱗を持つ恐ろしいドラゴンとの戦いでも、最初は手古摺っている様子を見せてはいたが、最後には目が焼き付くかと思える程の輝きを放つ大技で仕留めて見せていた。それ程の強さを持つ彼女に鍛えて貰えるのであれば、もしかしたら自身が憧れていた物語の英雄達の様な、もしくはそれに近しい存在になれるのではないだろうかと思った僕は、思わず声を出していた。
「・・・・・・強く、なれますか?」
「うん?」
「貴女の下で鍛えられたら、物語で語られる様な英雄みたいに、強くなることが出来ますか?」
グッと拳を握り、フェルヌスさんに期待の眼差しを向ける。
それを受けたフェルヌスさんはちょっと驚いたように目をパチクリとさせた後、フッ・・・と柔らかい笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ、なれるさ。君が望むなら、そうなれる様に私は手を貸そう」
「―――ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、僕は自身に向けて差し出されていた彼女の手を掴んだ。
「お願いします、フェルヌスさん・・・!僕は・・・僕は強くなりたいんです!!」
ギュッとフェルヌスさんの手を両手で握りながらそう言えば、彼女は嬉しそうな、安心したような笑みを浮かべて見せた。
「―――行きましたか。まったく、生きた心地がしませんでしたね」
そう呟いたのは交易都市ライファの冒険者ギルドのギルドマスターこと、モールテス・バリソンであった。彼は誰も居なくなった冒険者ギルドの中で受付カウンターに突っ伏す様にして凭れ掛かると、青白く変色していた顔色を徐々に元の色彩へと戻しつつ、疲れを滲ませた溜め息を深々と、それはもう深々と吐いた。
あの後、フェルヌスとアルクの二人は一つの依頼を受けて冒険者ギルドを出て行った。修行は明日から始めることにして、今日は冒険者としての仕事をしようとフェルヌスが提案したからだ。
ちなみに、フェルヌス達が受けた依頼は荷運びの依頼であり、冒険者としてのランクが最低である今の彼女達でも受けられる依頼だ。尚、その依頼を受けた理由としては、時間帯的にも残っている低ランクの依頼が少なかったからというのもあるが、モールテスがそれを選ぶよう多少なりとも誘導していた部分もあったりする。
まあ、そうした理由については、単純に人手不足のせいで依頼の消化が滞っていたので、これを期に他の冒険者見習いでは達成が難しい依頼をやってもらおうと考えたからなのだが。
フェルヌスの威圧感に当てられてグロッキー状態になっていたというのに、よくもまあそういった事を思い付き、実行したものである。
むしろ、そういった強かさがなければギルドマスターという立場を務めるのは難しいのかもしれない。
「しかし、図らずも彼女の事情を知る事が出来たのは、不幸中の幸いと言ったところでしょうか・・・それに、どうやら彼女はあのアルクという少年に執着している様子。あの少年に無体を働かなければ、おそらく彼女も暴れる事はしないでしょう。それどころか、もしかしたら彼を経由して好印象を抱かせる事が出来れば、彼女を強力な戦力として運用する事が出来るかもしれませんねぇ。・・・・・・まあ、その好印象を抱かせる手始めが身内の処断だと言うのが、頭の痛い話なんですがね・・・!」
二人の会話を耳にしていたモールテスは、大魔王ことフェルヌスという獣耳の少女が、伝説にある様な世界を支配しようとしたり、滅ぼしたりするつもりが今現在ないことに安堵しつつ、顎に手を沿えて思案する。
上手く行けばフェルヌスを自分達の戦力として使えるかもしれない。そんな皮算用をするモールテスであったが、しかしその為に必要な行程を思い出した彼は顔を顰め、頭痛が痛いと言いたげに頭を抱えた。
次いで、かの大魔王に目を付けられ、さらには冒険者ギルドの信用問題になることをやらかしたエプーアの町の冒険者ギルドに怒りの感情が沸々と湧き上がって来るのを感じた彼は、唸るような声を漏らした。
「本当に、よくもまあやるものです・・・。――――――今に見ていなさい、未来ある若者を食い物にしている下種野郎共が・・・!ギルドの信用を落としたんだ。穏便に済ませるつもりなんてないぞ・・・!!」
湧き上がってくる己の感情を抑え込むことなく「絶対に潰してやる!」と意気込むモールテス。それはギルドマスターとしての矜持と、元冒険者としての誇りから来る思いではあったのだが、同時に大魔王であるフェルヌスに詰問されるという理不尽に対する八つ当たりの気持ちも混ざっていた。




