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【改訂版】カオスゲート・サーガ ~大魔王と勇者の冒険譚~  作者: Kudo
第2章 ~大魔王と少年と交易都市~
20/71

第2章第4話 ~冒険者ギルド 1~

2020年11月20日に文章内容を大幅修正をしました。

2021年9月30日に内容の一部変更をしました。



 翌日。私達は門番の兵士から教えてもらった身分証を手に入れられる場所である町役場に来ていた。

 位置的には交易都市ライファの北側且つ比較的中心に近い場所だ。ゴンゾーの宿屋のおばちゃんに聞いた話では、そこでは身分証を発行するだけでなく、都市の住民からの相談を受けたり、都市の環境整備といった色々な仕事も行っているらしい。

 ちなみにだが、異世界物のラノベとか読んでいる者達からすれば、そこは冒険者ギルドに向かうところじゃないのか?と思うかもしれない。・・・が、そうしなかったのには理由がある。

 それは昨日の一件でアルクがエプーアの町の冒険者ギルドに騙されていたという事が判明したからだ。

 わざわざ偽物の冒険者カードを用意する事も手が込んでいたが、それをあたかも本物の様に扱っていたあたり、おそらくその冒険者ギルドではギルド職員や常駐している冒険者達も含めた全員が共犯(グル)だという事なのだろう。でなければ、明らかに偽物だと分かる物が使えるわけがないし、そもそも見逃す筈がない。

 そういった経緯もあってこの世界の冒険者ギルドに不信感を抱いた私は、だからこそ敢えてそちらではなく町役場に来たという訳だ。

 ・・・・・・まあ、アルクに対する気遣いというのもあったりするのだが。

 流石に担当する地域が違うとはいえ、昨日の今日で自分が騙まされていた場所に向かおうなんて事を言えるわけがないし。加えて言えば、私自身昨日みたいに憔悴した様な状態のアルクを再び見たくなかったというのも理由の一つだったりする。

 ともかく、この町役場で身分証が手に入れば冒険者ギルドに向かう必要ないだろう、と私はそう思っていたのだが、しかしやはり現実とはそう上手く行かないようであるらしかった。


「―――その・・・申し訳ないのですが、当町役場では貴女方お二人に身分証を発行する事は出来ません」


「・・・なに?」


 町役場の建物内にある受付スペースの一角で私達にそう言ったのは一人の受付嬢であった。緑色という珍しい色合いの長髪を背中に流した彼女は、タラリと冷や汗を掻きつつ若干困った様な表情を浮かべていた。


「・・・すまないが、どうして私達には身分証を発行する事が出来ないのか、聞いても良いだろうか?」


 どういう事だろうか?と私が聞くと、受付嬢はコクンと頷いた後に説明をしてくれた。


「その、ですね・・・この町役場で発行する身分証というのは二種類ありまして。一つは『住民票』と言って、ライファ領に住む人間―――つまりは領民であることを示す物です。ただこれは、他の領地では紙切れにしかならない物でして、このライファ領内に定住されるのではなく、一時的な駐留を目的とした場合では発行するわけにはいかないんです。・・・・・・その、一応お聞きしますが、お二人はライファ領に定住する予定でいらっしゃいますでしょうか?」


「いや、彼も私もこの都市、というか領地には偶々寄っただけだ。この町役場に来たのだって、この都市に来る前に身分証となる物を失くしてしまったからだし、此処でなら新しい身分証を手に入れられると聞いたからなんだが・・・」


「そうなのですか・・・となれば残るは、王国の民であることを証明する『王国民証』だけですが・・・その、申し上げ難いのですが、実はこちらは”人間種(ヒューマン)”以外の種族の方に発行することは出来ないんです」


「・・・”人間種(ヒューマン)”以外の種族には発行できない?どういうことだ?」


 私の問いに対して一瞬言い辛そうに口を閉じる受付嬢。その後で彼女は一度辺りを見回してから、こちらに身を乗り出してきた。まるで他の人には話を聞かれたくないとでも言いたげに。


「その、以前まではそうではなかったのですが、今から二十年程前の前国王陛下の治世の時代に『人間種(ヒューマン)至上主義』という思想が王侯貴族の間で広まりまして、その影響を受ける形で王国法が一部改正されて、『”人間種(ヒューマン)”以外の種族は王国の民として認めない』という法律が定められたそうなんです」


「・・・はぁ?」


「(なんだそれは?”人間種(ヒューマン)”以外を民として認めないって、この世界に”人間種(ヒューマン)”以外の種族がどれだけいるのか、その王国法を改正した連中は分かっていないのか?)」


 受付嬢の話を聞いた私は、なにそれ?と言いたげに顔を顰めた。


「(この世界に存在する種族に関しては、アルクからこの都市に来るまでの間に幾つか聞いていた。それにより、おおよそでは『カオスゲート・オンライン』のそれとあまり変わりない事が分かっている。少なくとも総数という点で言えば、他種族の数は”人間種(ヒューマン)”よりも圧倒的に多い。それに”人間種(ヒューマン)”以外の他種族国家も存在しているらしい。・・・だと言うのに、そんな事をするだなんて・・・)」


 謂わば”人間種(ヒューマン)”以外の全他種族に対して宣戦布告をしているに等しい。ハッキリ言ってバカバカしいとしか言えない。

 ついでに言えばこの話には続きがあって、どうもその法改正と同時期に『”人間種(ヒューマン)”以外の他種族を全て王国の奴隷として扱う』といった法律まで追加されようとしていたそうだ。

 ただし、その法律に関しては当時治世を行っていた前国王が議題に上がった時点で全力で却下したらしい。流石にそんな法律が認められようものなら先程私が内心で口にした他種族国家群が黙っている筈がなく、最悪の場合は全面戦争に突入すると前国王も分かっていたようで、不満を隠しもしない貴族達に対して自ら鉄拳制裁を加えて止めて回ったそうだ。

 けれど 思想までは改めさせる事が出来なかったようで、その一件の後に王都やその周辺では複数の貴族を後ろ立てとした、密かに拐ってきた他種族を奴隷として売買する組織が作られたらしい。


「それにより、当時は王都を中心として他種族の方が虐げられる事が増えていきまして、その状況に耐え兼ねた彼等は大半が別の国へと出て行ってしまったんです」


 はぁ・・・と溜め息を吐きながら言う受付嬢に、私は「それはそうだろうな」と思った。

 身の危険を感じたら誰だってその場から離れる選択をする。ましてやそれが国内全域であるのなら、国の外に出て行くのは当然の流れだ。


「(・・・しかし、なるほどな。この都市で”人間種(ヒューマン)”以外の種族を見掛けなかったのはそれが理由か)」


 そう。私はこの都市に来てから一度も”人間種(ヒューマン)”以外の他種族の姿を見掛けてはいなかった。その理由が、『”人間種(ヒューマン)”以外の種族は王国の民として認めない』というバカげた法律のせいであるとすれば納得だ。

 だが、そこでふと私は「あれ?」と思った。

 私に王国民証が発行できないのは”人間種(ヒューマン)”ではないからと言うのは分かったのだが、しかしそれならば何故アルクの分まで発行できないのだろうか?と。


「(彼は私と違い”人間種(ヒューマン)”だ。であれば、王国民証を発行する条件は満たしている筈なのだが?)」


 その事を受付嬢に問い掛けてみたらこのように返された。


「えっと、そのですね・・・その少年に身分証を発行できない理由なのですが・・・見た所、彼は未成年の子供ですよね?この町役場での規定で未成年の子供に身分証を発行する為には、住民票か王国民証を持つ保護者か、または後見人による申請手続きが必要になるのです。ですが、その・・・・・・」


「・・・それらを持っていない私ではその申請手続きをするのは無理、というわけか」


「はい、その通りです」


 私がそう答えると、受付嬢は申し訳ないと言いたげに頭を下げた。

 『カオスゲート・オンライン』の設定でもそうだったが、この世界でも成人として扱われる年齢は各種族によって異なっていて、成人するまでの子供の扱いは種族や地域によって変わってはいるが、子供には責任能力―――物事の是非・善悪を弁別し、自らの行った行為について責任を負う事の出来る能力の事―――がないという常識は共通している。

 所謂、信用の問題と言うやつだ。いくらなんでもキチンとした分別がついていない子供に重要な仕事や契約関連の事を任せる、なんて者はいないだろうし。

 ちなみに、”人間種(ヒューマン)”の場合は十六歳で成人扱いとされるが、アルクの見た目は十歳くらいか、それ以下。明らかに未成年だと分かるので責任能力があると見なされるわけがない。

 身分証の発行についても受付嬢が言ったように住民票か王国民証を持つ保護者か、または後見人がいれば話は別だったのだろうが、生憎とこの都市には昨日来たばかりなのでそんな事を頼める知り合いがいる筈もない。

 身分証が発行できない理由がある意味真っ当なモノであると判断した私は、はぁ・・・と溜め息を吐きつつ後ろに振り返り、そこで立っていたアルクに謝った。


「そういうわけらしい。すまない、アルク。どうやら此処では私達の身分証を作る事は出来なさそうだ」


「えっと・・・だ、大丈夫ですよ!僕は気にしてませんから・・・!」


 私の謝罪を受けたアルクはと言えば、気にしないでほしいと両手を横に振った。どうやら彼は、どうして私が冒険者ギルドではなく町役場で身分証を手に入れようとしたのか、その理由を何となくではあるが察していたらしい。


「と、とにかく、此処で身分証を作ることは無理だと分かったんですから、今度は冒険者ギルドに向かいましょう!あそこなら王国法みたいな縛りはなかった筈ですから!」


 「ね?」と笑みを浮かべながら言うアルク。

 彼自身、今も自分を騙していた冒険者ギルドに対して複雑な心境を抱いているだろうに、それでも身分証が手に入らなければこの先困ることになると分かっているからなのか、アンニュイな気持ちを誤魔化す様に声を張り上げて冒険者ギルドへ向かおうと口にした。

 そんな彼の様子を目にした私は、一瞬だけ心配そうな、困った様な表情を浮かべたものの、最終的には「君がそう言うのなら」と苦笑しながら頷いた。


「すまない。そう言うわけだから、私達は失礼させてもらうよ。色々と教えてくれてありがとう」


「いえ、その・・・お役に立てず申し訳ありません」


「いやいや、色々と知る事が出来て助かったよ。機会があれば、また相談に来ても良いだろうか?」


「ええ、はい。その時はぜひともお越しくださいませ」


 ペコリと頭を下げる緑髪の受付嬢。そんな彼女に私は薄すらとした笑みを浮かべながらクルリと踵を返して、アルクと共に町役場の玄関口へと向かうのであった。








 町役場を出た私達は、それからしばらくして交易都市ライファの冒険者ギルドにやって来ていた。

 冒険者ギルドがある場所は交易都市ライファで商業区と呼ばれている東通りにあり、そこは私達がこの都市に入った時に通って来た道であった。


「此処が、この都市の冒険者ギルド、か」


「凄い・・・エプーアの町の冒険者ギルドより大きい・・・!」


 私達の目の前に建つ冒険者ギルドの外観は木造とレンガを使って組み立てられた三階建ての大きな屋敷だ。正面には両開きの大きな扉があり、その斜め上には冒険者ギルドの紋章である盾を中心に剣と杖が交差した絵柄が描かれた看板が掛けられている。


「(この世界にも冒険者ギルドがあるというのは聞いていたが、こうして現実に存在しているのを見ると、なんだか感慨深いものを感じるなぁ・・・)」


 『カオスゲート・オンライン』では自身も一時期冒険者として活動していたこともあったので、この世界で一つの組織として運営されている冒険者ギルドを見た私は思わずそんな気持ちになった。

 『冒険者ギルド』とは市井の民や王侯貴族、果ては異種族から出される依頼を冒険者に斡旋(あっせん)し、冒険者が依頼を達成した際には依頼者から出される報酬を仲介して支払う組織だ。支払われる報酬は依頼主や難易度に応じて金銭やそれ以外の報酬が支払われる。金銭以外の場合は『カオスゲート・オンライン』ではレアアイテムだったり、戦技や魔技といった技であったりなど、多種多様に存在していた。


「(ゲームだった頃は様々な報酬を得るために世話になった場所。・・・だが、此処は勝手知ったるゲームの世界ではなく異世界―――現実だ。アルクの例もあるし、迂闊に信用し過ぎないようにしないとな)」


 アルクがエプーアの町で陥っていた境遇を思い返した私は、内心で警戒心を抱きながら冒険者ギルドの出入口である両開きの扉へと向かい、両手を添えてグッと押す。

 ギィィィ・・・、という音と共に扉を開けて中に入った私達がまず目にしたのは広々とした空間だった。

 出入口から入って右側には受付カウンターが存在し、反対の左側には多くのテーブルや椅子、そしてクエストボードと思われる色々な依頼書が貼られた大きな木製の板が掛けられている。クエストボードが掛けられている場所の脇には奥へと向かう通路もあり、その先には二階へと上がる階段もあった。


「(へぇ・・・結構広い。それに内装も意外と綺麗に整ってる)」


 アルクを連れて冒険者ギルドの中へと入った私は辺りを見回しながら内心でそう呟き―――そこでふと、ある事に気付いた。


「・・・・・・誰もいない?」


 そう。冒険者ギルドの中には誰もいなかった。誰一人として存在していなかった。

 周りを見渡しても武装した荒くれ者共とか飲んだくれ共はおらず、クエストボードらしき場所の周りを見ても依頼を確認するような人影すらなく、さらには依頼の受付を行うであろうギルド職員と思える人物達もそこにはいなかったのだ。


「・・・・・・あれぇ?」


 私としては冒険者ギルドに入った瞬間に異世界物ラノベとかにありがちなテンプレ的な展開が起こるのでは、と半ば期待していた部分もあったのだが、しかし現実はその予想の斜め上を行っていたらしい。誰か一人くらい居るのではないかと思いつつ、二人で部屋の中心と思われる場所まで進みながら人が隠れていそうな所にキョロキョロと視線を向けてはみたものの、人影すら見つからず、足音や物音も自分達のモノ以外響いてこない。


「人っ子一人いない、な。・・・依頼を受けて出かけている筈の冒険者はともかく、ギルド職員もとは・・・予想外過ぎる・・・・・・」


「ほ、本当に誰もいませんね・・・皆さんいったい何処に行ってしまったんでしょう・・・?」


 私は腕を組んで嘆息し、アルクもおかしいなぁ?と不思議そうに首を傾げる。


「・・・ん?」


 その時、不意に受付カウンターの方で何かが光を反射した事に私は気付いた。いったい何が光ったのかと思い近付いてみれば、受付カウンターの上に銀色の鈴が一つ置かれていた。どうやらこれが光を反射していたようだ。

 形状から見るにハンドベルと呼ばれる類のモノだろうか?これを鳴らせば誰かが来るかもしれないと思った私は、試しにそれを持って、チリンッ・・・と鳴らしてみた。


「―――はい」


「―――ッ!?」


 ハンドベルが鳴った瞬間、何処からともなく老齢な男の声が響いた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件で当ギルドに参られたのですかな?」


 驚きでビクリと肩を揺らし、続いてバッと声が聞こえて来た方向へと振り向けば、そこには左の片目辺りに片眼鏡(モノクル)を付けた執事服をビシッと着こなす初老の男性が立っており、彼は私達の前で右手を左胸に当て、右手を後ろ腰に回しながら軽く、しかし優雅さを感じさせる礼をした。


「(・・・この男、一体何者だ・・・!?)」


 しかし、その初老の男性に対して私は強い警戒心を抱いていた。

 というのも、先程まで人影一つ、物音一つなかった建物の中に()()()()()()様にしか私には思えなかったからだ。

 私は『カオスゲート・オンライン』をプレイしていた頃からの習慣で、常日頃から複数のスキルを常時発動させていた。主に使用していたのは、”周囲の地形を俯瞰して見ることができ、熟練度レベルによって範囲が変動する”というスキルである【索敵】だ。今の私では半径二〇~三〇mまでが限界なのだが、これに”自身に迫る危険を察知する”というパッシブスキルである【危険感知】と、”一定範囲内のオーラ魔力(マナ)の反応を捉える”というパッシブスキルである【気配探知】の二つを併用することで、最大五〇mまでならば周囲の情報を得ることが出来る様になっている。

 ・・・なっているのだがしかし、目の前でにこやかに微笑む初老の男性の存在に、私は声を掛けられるまで気付くことが出来なかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。


「(受付カウンターの奥にある扉が開いているのを見るに、おそらくはあそこに身を潜めていたんだろうが・・・まさか【索敵】はともかく、熟練度レベルがカンストしている【危険感知】と【気配探知】にも引っ掛からないとは・・・・・・)」


 内心で思わずチッと舌打ちをした私は、そのすぐ後にどうして彼の存在に気付く事が出来なかったのかを考えた。


「(考えられる可能性は二つ。この男の隠密系のスキルのレベルが高いか、もしくは何かしらのアイテムを使用して私の索敵能力を誤魔化しているか、だな)」


 己の思考が戦闘寄りになって行くのを感じる。それに比例して初老の男性の動きがかなり遅く見える様になっていくことから、ステータス的には私の方が上なのだという事が分かった。


「(この男の持つ能力は未知数だ、油断は出来ない。他にも何か厄介なスキルや技、もしくはアイテムを持っているかもしれない。・・・それに、この冒険者ギルドにいるのが本当にこの男だけとは限らない。他にも何らかの方法で身を隠している奴がいるかもしれない)」


 ・・・がしかし、私は安心感など欠片も抱けはしなかった。下手をすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ッ・・・!」


 その事に気付いた瞬間、背筋にゾクッとした怖気が走るのを感じた私は、この世界で脅威に感じる相手なんて早々居るわけないだろうと楽観視していた己の考えを恥じた。

 そして己の思考を完全に戦闘時のそれへと移行(シフト)させた私は、体内で静かに(オーラ)を循環させ、同時に魔力(マナ)を練り上げて何時でも戦闘が行える臨戦態勢の状態となった。








「(―――ど、どうしてこんなことに・・・!?)」


 そんな嘆き混じりの呟きを内心で零したのは、先程フェルヌス達の前に姿を現し、優雅な礼を見せた初老の男性であった。

 彼の名前は『モールテス・バリソン』。元Sランク冒険者であり、今は引退して交易都市ライファに存在する冒険者ギルドのギルドマスターという役職に就いている人物である。

 そんな人物がどうしてわざわざ出て来たのかと言えば、その理由は単純に人手不足が原因であった。

 現在この冒険者ギルドは、交易都市ライファを中心としたライファ領で起こっているとある事件の調査と解決の為に冒険者とギルド職員の大半が都市の外に出払っている状態であり、残っているのは戦闘能力が低すぎて戦えない冒険者か、もしくは冒険者見習い、そして冒険者ギルドを運営する上で最低限必要なギルド職員が数名くらいであった。

 とはいえ、その残っていた者達も現在はそれぞれ低ランクの依頼を受けたり、この交易都市ライファを含めたライファ領を治める貴族が住む屋敷へ事件の調査報告書を届けに行くなどして出かけてしまっているのだが。

 そして、冒険者ギルドがその様な状態であるが故に、ギルドマスターであるモールテスは緊急事態等が起こった時のもしもに備えるために冒険者ギルドに残っていたわけであり、その間暇なので受付カウンターの奥にある資料室で調査資料の整理を行っていたのである。

 その最中にフェルヌスとアルクの二人が冒険者ギルドに入って来た事に気付いた彼は、現役の冒険者だった頃に習得していた”他人から存在を認識され辛くなる”という『特技』である《気配遮断》と、”(オーラ)魔力(マナ)を隠して他人に感じ取れなくさせる”という特技である《魔気隠蔽》を発動して、扉の隙間から彼女達の様子を伺っていた。

 最初は人が殆どいなくなってしまっている冒険者ギルドに入り込んだ空き巣や泥棒の類かと思っていたモールテスであったが、冒険者ギルドの中を少し戸惑いながら物珍しげに見て回るという、何処か初々しさを感じさせる様子を目にして、おそらく違うだろうと判断。どちらかと言えばこの都市の冒険者ギルドに初めて来た人物達ではなかろうかと考えた彼は、ギルドマスターであり、同時に一人のギルド職員として二人の事を出迎えようとした。

 だがその時、ふとフェルヌスが呼び鈴としても使われているハンドベルを手にする光景を目にしたモールテスは、ついつい悪戯心が出てしまった。

 彼女がハンドベルを鳴らしたら後ろからちょっと声を掛けて驚かせてあげようかなと考えたのだ。


「(そうしてハンドベルが鳴らされた瞬間、音を立てない様に静かに扉を開けて一瞬で彼女の後ろに立ち、声を掛けたわけなのだけれど・・・)」


「――――――」


「・・・ッ!」


「(な、なんという闘気と威圧感(プレッシャー)・・・!?この少女、かなりの強者(つわもの)と見た・・・!!)」


 ・・・だがしかし、モールテスのちょっとした悪戯(本人主観)に対するフェルヌスの反応は劇的なものだった。全身から溢れ出す闘気はまるで燃え盛る業火の様であり、また自身に向けて放たれている威圧感(プレッシャー)はまるで極寒の吹雪の中にいるかのような錯覚を覚える程の冷たさが感じられる。

 加えて、彼女の体内では馬鹿らしく思える程の大量の(オーラ)が循環されていくのが感じられ、同時にその身に収まるとは思えないほどの莫大な魔力(マナ)が練り込まれていくのも感じられた。

 その状態はまず間違いなく臨戦態勢と呼べる状態であり、隙を見せようものなら肉食の猛獣の様にすぐにでも飛び掛かって来そうな雰囲気があった。


「(彼女の今の状態を例えるなら・・・そう。まるで自分の子供を守らんとする母竜が如し・・・!まさに自分の巣に入り込んだ外敵を排除する為ならどんな手段を厭わないと感じさせるそれ・・・!!)」


 実際、若い頃にそういうシチュエーションを偶然経験をした事があったモールテスは、その時の情景を思い出して背中を冷や汗でびっしょりと濡らし、無意識の内にゴクリと唾を飲み込んだ。


「(た、ただ驚かせようと思っただけなのに・・・!これは私の全盛期の頃でも勝てるかどうか―――いや、無理だな!絶対勝てる訳ないなこれ!?)」


 モールテスはしばらく前に冒険者としての第一線から退いたことで己の腕が鈍っていると感じてはいたものの、しかし元Sランク冒険者としての実力ならば何とかなるのではと最初は思っていた。

 しかし自身の一挙一動―――目線の動きや細かな筋肉の動きすら捉えられ、逐一反応されていることを理解した彼は「あ、これ無理だわ」と己では敵いそうにないことを悟って一瞬遠い目をした。


「(こ、これほどの実力者が、この町の冒険者ギルドに一体何の用で来たのでしょうか・・・?)」


 内心では恐怖の感情に呑まれそうになってはいたが、表面上では必死に平静を保ってポーカーフェイスを崩さない。崩した瞬間、自分がどのような結末を迎えることになるかは、想像に難くなかったからだ。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はこの交易都市ライファの冒険者ギルドのギルドマスターであるモールテスと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 モールテスは首筋に一筋の汗をタラリと流しながらフェルヌスに自己紹介を行う。それは、自身が冒険者ギルドの管理者であるギルドマスターであると知れば、彼女の警戒心が幾分下がるかもしれないと考えての行動だった。


「―――ギルドマスター、だと・・・?」


「(アヒィッ・・・!?プ、威圧感(プレッシャー)が更に増した・・・!何故に?どうして?why!?)」


 だがしかし、そんなモールテスの考えとは裏腹に、その自己紹介によってフェルヌスの雰囲気が静まる事は無かった。

 どころか、逆にギルドマスターという言葉に反応して警戒心と威圧感(プレッシャー)が一層増し、ゴキリッと一瞬指の骨を鳴らしていた。


「(い、いかん・・・!これ以上対応を間違えれば、本当に死にかねん・・・!?)」


 まさに一触即発。どうしてその様な反応をするのかと理由が分からず困惑してしまうモールテスであったが、しかしこれ以上下手な対応を行おうものなら即座に己の首が物理的に飛びかねないと感じた彼は、首筋にさらに二滴、三滴と冷や汗を流していく。


「あ、あの、一体どうしたんですか?フェルヌスさん」


「・・・ッ!」


「むっ・・・アルクか・・・?」


 そんな時だった。モールテスとフェルヌスの下に幼い子供の声が掛けられたのは。

 その声の主はアルクであった。どうやら彼は先程まで遠くに離れていた事でモールテスとフェルヌスのやり取りに気付いていなかったらしい。

 声を掛けて来た当初はきょとんと不思議そうな顔をしていたが、二人の間で渦巻く不穏な空気を察したのだろう。次第にその表情を心配げなものへと変え始めていた。


「(この少女と共に入って来た少年か・・・!)」


 フェルヌスから視線を外すことなく視界の端にアルクの姿を納めたモールテスは、彼の仕草や立ち振る舞いを見て、その実力は目の前にいるフェルヌスとは違って見た目相応の様だと判断した。

 だが、同時に疑問に思う事があった。”どうして彼は獣耳の少女が放つ闘気と威圧感(プレッシャー)が渦巻く雰囲気の中で平然とできているのだろうか?”と


「(この少年、一体どれだけ鈍い―――い、いや、まさか・・・!感じていないのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、のか・・・!?)」


 何が起こっているのか分からないと言いたげなアルクの様子を目にしたモールテスは、そこで何かに気付いたように、ハッ!?とした。


「(まさか私に対してだけ闘気と殺気を放ち、周囲には一切気取らせない様にしているのですか・・・!?何という器用な真似を・・・!)」


 おそらく同行している少年の事を怯えさせない為の配慮だろうと、そう推察するモールテス。

 と言うか、そんな変態的とも呼べる所業をそうそう普通の人間が出来る筈がない。それだけでもフェルヌスの実力が相当なものであるという事を示唆していた。

 しかし、同時にそれがこの状況を打破する為の希望にもなった。


「(だが、ナイスです少年・・・!おかげで闘気と殺気が減退した・・・!)」


 アルクの一声により、フェルヌスの注意が彼の方へと逸れる。同時に放たれていた闘気と威圧感(プレッシャー)が数段下がるのを感じ、それを好機と見たモールテスは呼吸を整え、咳きを一つして、アルクに向けて―――必死且つ切実に、でもそれらを一切表に出す事なく―――にこやかな微笑みを浮かべた。


「いやはや、申し訳ない。ちょっとした悪戯心で彼女を驚かせようと思ったのですが、どうやらそれがお気に召さなかった様でしてね。怒られてしまっていたんですよ」


「そうだったんですか・・・・・・まあ、普通は驚かされたらビックリしちゃいますもんね」


「いやはや、全くその通りで。はは、はははははは・・・」


「むぅ・・・」


 苦笑するアルク。それに合わせる様にして笑い声を上げるモールテス。

 そんな表面上は和やかと呼べそうな雰囲気に、その様子を横で見ていたフェルヌスは流石に戦闘をする空気ではないと感じ取ったのか、抱く警戒心はそのままに闘気と威圧感(プレッシャー)を徐々に抑え始めた。


「(良し!とりあえず、どうやらこの少年を間に挟めば命の危機は回避できそうですね・・・!)」


 その様子を目にしたモールテスは自身の選択が正解であったのだと、密かに背中に回していた左手でグッと拳を握り、そのまま話の主導権を握っておこうと、二人がどうして冒険者ギルドへやって来たのかを問い掛けた。


「さて・・・それでは改めましてお二人のご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「えっと、その・・・実は僕達は冒険者ギルドに冒険者としての登録をしに来たんです」


 モールテスの問い掛けに最初に答えたのはアルクであった。おずおずと前に出て自分達の目的を語るその姿は実に年相応であり、先程までの殺伐とした雰囲気で荒んだ自身の心が癒されるのを感じたモールテスは思わずホッとした。

 ・・・のだがしかし、なんだかとっても聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。


「冒険者ギルドに登録ということは・・・つまり、お二人は冒険者となる為にここへ来たと?」


「はい、そうです!」


 その通りだと、元気よく返事をするアルク。そのパアッ、と花開くようなその笑顔に己の精神がどんどん癒されていくのを感じていたモールテスであったが、しかしその後すぐに「いやいや待て待て」と正気に戻った。


「(冒険者ギルドに登録するという事は確かにそういう事だけれども、正直言ってこの二人がわざわざそれをしに来る理由が分からないですねぇ・・・)」


 ”人間種(ヒューマン)”の少年であるアルクの方はまだ良いだろう。良くある話だが、おそらく冒険者という職業に夢を抱き、物語等にも載せられてきた英雄達の様になりたいとやって来たのだろうと思われるから。

 だがしかし、”獣武種(ビースト)”と思われる少女であるフェルヌスまでもがどうして冒険者になろうとするのかがモールテスには分からなかった。なにせ現時点で既に英雄と呼ばれる者達を―――元Sランク冒険者である自身をも遥かに凌いでいるであろう実力を持っていると思われるのだ。それほどの実力者であればわざわざ冒険者になろうとしなくても、何処かの国のお抱えにでもなって左団扇の―――何不自由のない、一生遊んで暮らせて行ける金銭を得られる―――生活を送れる筈だ。

 そんな疑問を内心で抱きながら思わずフェルヌスへと視線を向ければ、それを察したのか、フェルヌスはどうして自分が冒険者になろうとしているのかの理由を自己紹介を交えて語り始めた。


「・・・私は名前はフェルヌス。色々な所を旅して回る旅人なのだが、身分を証明する物を旅の途中で失くしてしまってな。・・・門番の兵士から『短期身分証』を渡されてはいたが、さすがに三日間だけでは色々と準備する時間が足りなかったので、この都市に長期滞在する為に必要な身分証を―――冒険者カードを手に入れる為に此処(冒険者ギルド)に来たんだ」


 闘気と威圧感(プレッシャー)はほぼ収まっていたが、未だに強い警戒心を抱いている様子のフェルヌスの話しを聞いたモールテスは、彼女の目的がある意味真っ当且つ凄く単純な理由であった事を知って、思わず「なるほど」と言いながら安堵の息を零した。

 ・・・ただ、内心ではそれ以外にも何か理由があるのではないかとも考えていたが。


「僕の名前はアルクといいます。元々はエプーアと呼ばれる町で活動していた冒険者だったんですが、色々あってフェルヌスさんと一緒にこの都市に来る事になりました。冒険者ギルドに来た目的はフェルヌスさんと同じで身分証となる冒険者カードを貰う事です」


「冒険者カードを、ですか?ですが、他の町で活動していたという事は、貴方は既に持っているのでは?」


「それは、そうなんですが・・・でも、その、実はこの都市に入る時に僕の持っている冒険者カードには問題がある事が分かりまして・・・」


 フェルヌスに続き、今度はアルクが冒険者ギルドに登録する目的を話し出した。

 初め、別の町で冒険者として活動していたというアルクの話を聞いたモールテスは、おそらくそれは冒険者見習いとしてだろうと思っていた。

 そして彼の言う冒険者カードの問題というのも、おそらく破損する等してしまったので再発行してほしいとか、そういう事だろうとも。


「えっと、その・・・実はこの都市に入る時に入り口の門で門番をしていた兵士の方に僕が持っていた冒険者カードを渡したんですが、その時にこれは偽物だとその人に言われてしまいまして・・・なので、もし出来たら本物の冒険者カードと交換してもらえないかな、と」


「そうですか、冒険者カードの交換を・・・―――んん?」


―――続いて聞こえてきた『偽物の冒険者カード』という言葉を耳にするまでは、だったが。






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