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第1章第9話 ~少年の過去~



 僕にとってフェルヌスさんと共に旅をする日々は、短いながらも久しく忘れていた幸せという感情を望外に感じさせるものだった。

 フェルヌスさんが僕に向けてくる優しさも、彼女が作る見たことも聞いたこともないとても美味しい料理も、故郷の村を出てからずっと一人で暮らしていた僕の胸の内を暖かくさせた。

 だけど、そんな幸せを感じる日々が、故郷の村や家族の事を思い起こさせるフェルヌスさんの歌が、僕がこれまでずっと胸の奥に仕舞い込んでいた感情を掘り起こした。

 それは故郷の村に帰りたいという望郷の気持ち。フェルヌスさんと出会う前から抱いてモノであり、思い出さないように目を逸らして誤魔化してきたモノであった。

 なによりトドメとなったのが、フェルヌスさんが僕の体を優しく労る様に抱き締めた事だ。彼女の腕の中に包まれていると、まるで母親の腕の中にいるような安心感と懐かしさを覚え、それ故に今まで我慢していた寂しいという名の感情が胸の内から溢れる様に出てくる事を、僕にはもう抑える事ができなかった。

 故郷が懐かしくて、家族に会えないのが寂しくて、帰りたいのに帰れないのが悲しくて・・・そんな幾つもの感情が胸の内で入り乱れ、一杯になって・・・そして、それに比例するかの様に両目からはポタポタと涙が止めどなく流れ出した。

 そして、だからこそ、フェルヌスさんから「君の過去を聞かせて欲しいんだ」と優しく声を掛けられた時には、戸惑いはしたものの、しかし拒むような気持ちはまるでなく、むしろ自ら進んで聞いてほしいとばかりに自分のこれまでを、己が感情の発露のままに僕は話し始めた。


「僕の生まれ育った故郷の村は、今から二十年位前にとある領主様の命令によって作られた開拓村の一つでした。住人の数は五十人にも満たない程度で規模こそ小さかったですけど、生活環境はしっかりと整えられた過ごしやすい村だったんです」


 そして、僕がその村に産まれたのは、村が出来てから十年が経過した頃だったそうです、と話を続ける。


「僕はその村で大好きな両親に愛情を注がれて育ち、村の仕事を手伝ったり、仲の良い幼馴染達と遊ぶ毎日を送っていました。―――そうした日々の中でした。突然僕の日常が一変したのは」


 それは『祝福の儀』と呼ばれる一年に一度行われる村の祭事の時の事であった。

 この『祝福の儀』というのは、各地を巡っている『エクセシリア教』と呼ばれる宗教の司祭様が村にやって来て、五歳になった子供達の才能や能力を測り、彼等にとって適切な職業を教えてくれるという一種の儀式的なものだった。

 そして、当時五歳になったばかりだった僕も当然その儀式に参加して、司祭様に才能と能力を測ってもらった。

 その時だった。司祭様が僕を見ながら驚きの声を上げたのは。


『おお・・・!なんと素晴らしい・・・!この子供は、勇者となれる資格を持っているぞ!才能もなかなか素晴らしいものを持っている。これは数百年に一度の逸材と言っても申し分ない程だ!』


『勇者・・・?勇者だって・・・!?』


『まさか、こんな領地の果てにある開拓村で勇者になれる子供がいるなんて・・・!?』


 司祭様のその言葉を聞いた村の住人達は、僕が勇者となれる資格と才能を持っている事を知って最初こそ驚きはしたものの、そのすぐ後にはまるで自分の事の様に喜び始めた。


『すごいじゃないか、アルク!お前勇者になるのか!?いいなぁ~!』


『勇者!?勇者になるの!すごいじゃないアルク!』


 当時よく一緒に遊んでいた幼馴染み達も、少しだけ羨む様子を見せながらも、僕が勇者になれることを喜んでくれていた。


『まさか俺達の間に勇者になれる子供が現れるなんて、驚いたなぁ・・・』


『今日はお祝いよ!お祝いをしましょう!』


 そして、僕の両親もまた、僕が勇者になれることを喜んでいた。二人はその事を祝ってか、後日沢山の御馳走を用意してくれた。


「村の皆に喜ばれ、賞賛され、将来を期待されたことに、その時の僕は誇らしい気持ちを抱いていました。同時に英雄譚や物語で語られているような、自身が憧れていた英雄達のようなカッコいい存在になれるかもしれない。そんな気持ちも、その頃の僕は抱いていたんです」


 そんな時だった。僕が勇者となれる資格を持っているという話を聞いた貴族の男性がやって来たのは。

 その貴族の男性は、僕が住んでいた開拓村を含めた幾つもの村や町を収める領主様であり、自分達にとっては目上の存在とも呼べる人物であった。

 その貴族の男性は開口一番にこう言ったのだ。『私は勇者となれる資格のある者の後見人となる為にやって来た』と。


「なんでも勇者や英雄としての資格や才能を持った人物は、貴族の管理下に入る事が国の法律によって義務付けられているらしく、また後見人となる貴族には資格ある者達の活動を記録し、国へと報告する義務が存在しているそうなんです」


 資格や才能がある人物の数々の功績を後見人となった貴族が記録し、それを国に報告して認められることで、その人物は持っている資格や才能に相応しい人物として―――言うなれば勇者や英雄として相応しい人物だと証明されるのだと、その貴族の男性は語っていた。


『君がアルク君だね。これから私が君を立派な勇者にしてあげよう。さあ、一緒に来なさい』


 僕の前に現れた貴族の男性はそう言いながら僕に向けて手を差し伸べてきた。

 ・・・だけど、僕は最初その手を取ることを躊躇った。何故なら、その人の手を取るということはつまり、家族や村の皆と離れ離れになるという事でもあったからだ。


「・・・まあ、結局は旅立つことを決心したわけなんですけど。僕が勇者として活躍できるのだという事をとても喜んでいる皆を見て、行きたくないだなんてとても言えなくて・・・・・・その期待を裏切る事が出来なくて・・・・・・」


 そうして貴族の男性に連れられて故郷の村を旅立った僕は、それから馬車に乗って村三つと町二つを経由し、その先にある『エプーア』という町へと辿り着いた。

 そして、そこで貴族の男性は僕にこう言った。


『まずはこの町で冒険者ギルドに登録し、勇者として最低限必要な知識と経験を得ることから始めなさい。国への報告を行うにしても、ある程度の実績が無ければ信用されないからね』


 その話を聞いた僕は「勇者になる為にはそんなことが必要なのか」と思った。僕は勇者や英雄の活躍を物語などで知ってはいたものの、だからと言ってどうやって彼等が勇者や英雄になったのかまでは詳しく知らなかったからだ。

 冒険者として勉強をしている間は、後見人となった貴族の男性が生活の援助を行ってくれるという話もあり、僕はその指示に頷いて貴族の男性の言う通りに冒険者となった。


『ようこそ、冒険者ギルドへ。私はここのギルドマスターだ。君が勇者の修行の為に来た少年だね?君の後見人であるあの方から話は聞いているよ。一人前の勇者になるまではギルドの方針に従ってもらう形になるが・・・まあ、精々がんばることだ』


 冒険者となった僕は、まず冒険者としての勉強と成果を上げることから始めた。元々僕は真面目で勤勉な性格でもあった為、勉強を行う事を苦には思っていなかった。

 だけど、五歳という碌に戦う力を持たない子供が冒険者としての活動をまともに行える筈がなく、始めの頃は薬草採取や簡単な雑用依頼しか受けられなかった。また、依頼内容によっては魔物が生息する場所に入ることもあり、戦う力を持たない僕は魔物に出会う度に毎回命懸けで逃げ隠れして、結局依頼を失敗してしまうということも多々あった。

 冒険者になったばかりの頃は僕に優しくしてくれていた冒険者ギルドやギルドに所属する冒険者達は、成果を出す事ができないでいた僕を次第に見下すようになっていった。ゴミでも見るかのような目を向け始め、罵詈雑言までも口にし始めた。


『・・・へっ!こんなガキが勇者だと?冗談言うんじゃねぇよ。精々荷物持ち・・・いや、それすらやれるかも分からねぇじゃねぇか!』


『また依頼を失敗したのかね・・・?よろしい。ならばこれからは君が依頼を失敗するたびに報酬を減らしていこう。もちろん今後の報酬の何割かはこれまでの依頼失敗の補填として徴収させてもらうがね・・・・・・』


『よう!ゴミ屑小僧。お前、まだ冒険者をやってんのかよ。テメェみたいな雑魚がどれだけ頑張ったって、勇者になんかなれるわけがないだろうが。この役立たずのゴミが!』


 蔑みと罵倒が毎日のように投げかけられる日々。そんな、精神が摩耗していくような環境の中でも僕は、「今は弱いけれど少しずつ強くなって、物語に出てくるような皆を助けて導く勇者となるんだ!」と空元気を出しながら一生懸命に頑張っていた。

 ・・・・・・でも、現実は非情だった。僕が冒険者となって一年が経過し、最初の頃に比べれば段々と依頼を熟せるようになり、冒険者としての自信もついて来て「さあこれからだ!」と気合を入れていた頃のことだった。―――突然、後見人となっていた貴族から援助を切るという決定が伝えられたのは。


『・・・貴方に我が主からの言伝(ことづて)です。今後貴方に対する資金援助を一切行わないことを我が主は決定されました。少なくとも勇者として相応しい功績を示すまでは、貴方の事を認知するつもりはないとの仰せです』


 一年たっても勇者としての成果を一切出しておらず、それどころか経験を積むための冒険者ギルドの依頼で失敗ばかりしている事。そして何より、後見人たる自身に勇者としての力を見せていない事が援助を切るに至った一番の理由だと、そう宣告されたのだ。


 「これではできそこないの勇者だ。―――否、もはや勇者ですらない」という言葉を、使用人を介して聞かされた僕は思わず愕然とした。当時はまだ六歳ではあったけれど、僕は自身の知識面の成長が他の子供に比べてかなり著しいという自覚があった。だからこそ、その使用人の話した内容があまりにも一方的且つ滅茶苦茶な話だという事が理解できた。


『ま、待って・・・!待ってください・・・!お願いです!どうか、あの人と直接話を・・・・・・!』


『・・・ッ!ウルッせぇんだよ、このガキが!?いい加減諦めろ!テメェは見限られたんだよ、この役立たずが!!』


 主の言伝を終えた後、用事は終えたとばかりに使用人はすぐに立ち去ろうとした。

 僕はその使用人に待って欲しいと、貴族の男性と話をさせて欲しいと頼み込んだのだけど、使用人は一切取り合おうとはせず、縋ってくる僕をゴミを見るかのような目を向けながら蹴り飛ばし、自分には関係ないという顔をして帰って行った。


「それからの日々は本当に辛かった。住んでいた借家を追い出され、宿に泊まる為の金銭すらまともに持っていない僕が住む事ができた場所は、エプーアの町の外周に広く存在していたスラムだけでした。資金援助以外での唯一の収入源であった冒険者ギルドの依頼も、失敗が続いていた事で得られる報酬が極端に下がっていて、どれだけ依頼を熟しても『今までの失敗分の補填の為だ』とギルドマスターに達成報酬の大半を取られ、本来支払われるものの十分の一程度の金額しか支払われなくなっていたんです」


 しかも最悪な事態はそれだけに留まらず、他の冒険者と共に依頼を受けた時も「お前の失敗のせいで本当はもっと報酬が支払われるはずだったのに」と難癖を付けられて報酬を奪われたり、複数の冒険者達からギルドマスターの指示で稽古をしてやると教習場へ無理やり連れて行かれ、模擬戦用の武器でぼろ雑巾のようになるまでボコボコにされたこともあった。


「普通なら僕みたいな子供がそんな環境にいれば、あっという間に死んでしまってもおかしくはなかった。でも、勇者の資格を持っていたことは伊達ではなかったらしくて、僕は冒険者となってから一年間の間で、生きる上で必要な知識を沢山覚え、幾つかのスキルも取得する事ができ、そのおかげで今に至るまで生きて来れたんです」


 特に後者のスキルの取得に関してはその資格が関係していたんじゃないかと、自分自身思っていた。何故なら、一般的に知られているであろう一つのスキルを取得するまでに掛かる時間は、個人差はあるもののそれでも最低で数年は掛かる筈であり、普通は一年なんて短期間の内に一つどころか複数取得するなんて事はできるわけがないからだ。

 とはいえ、正直そのおかげでなんとか最低限の生活基盤を確保することができたのも事実なので、僕としてはむしろあって良かった、助かったと思っていたのだけれど。


「食べ物に関しては依頼や本を読むことで得た知識から、魔物が出ない『始まりの森』の浅い部分で食べられそうな果実や野草、キノコなどを採って食べたりしていました。・・・まあ、冬の時期になると流石に『始まりの森』と言えど実りは少なくなってしまうので、その時は町中のゴミを漁って食べられそうな物を口にしていましたが。・・・それと怪我や病気を負った時には、自分で作った薬で治したりもしていました。傷薬一つ買うお金もなかったので・・・・・・」


 生きるため、そして依頼を達成するために覚え、取得した知識やスキルが、まさかこのような形で役立つことになるとは、村を出た頃は全然、これっぽっちも予想すらしていなかった。


「そうした生活を続けて四年が過ぎた頃でした。ギルドマスターが僕の元にとある依頼を持ち掛けてきたのは」


 それはフェルヌスさんと出会う数日前の事だった。何でも冒険者ギルドが取引を行っている商会の一つが、急遽大量の『始まりの森』の『治癒草』が必要になったらしく、その採取依頼が冒険者ギルドへと出されたそうなのだ。

 依頼人は王族から御用達を申しつけられるほどに有名な豪商人であるらしく、そんな人物が出す依頼の報酬額はとても採取依頼なんかに出すとは思えない程の高額なものだった。

 そして、ギルドマスターは僕にこの話を持ち掛けてきた時にこう言ってきた。


『もしこの依頼を受けて、キチンと達成することが出来たならば、これ以降の君が支払うべき補填分を全てチャラにしようじゃないか』


『ほ、本当ですか!?』


『ああ、本当だ。・・・だが、もしこの依頼に失敗した場合は、君は冒険者として相応しい人物ではないとして、冒険者ギルドの名簿から名を消されることになる』


『なっ・・・!?』


『それほどまでの大口の取引なのだ。失敗すればどれほどの損失が出るかを考えれば、当然の対処だろう?』


『くっ・・・!?』


 脅しとも取れるギルドマスターの言葉。例え高い報酬というリターンを得られるとしても、冒険者ギルドの名簿からの抹消というそれ以上のハイリスクを負う事になる依頼を、普通だったら受ける者はいないだろう。明らかにリスクとリターン(損得)が等価ではないからだ。

 ―――けれど、僕はその依頼を受ける事を決めた。理由としては、目的の品である『始まりの森』の治癒草が、森と草原の境界線に多数群生していることを知っていたからであり、そしてそこに自生している分だけで納品に必要な量に達すると思えたからだ。

 なにより積み重なっている補填分を全てチャラにできるというのが魅力的に見えた。補填分をチャラにできれば、今まで差し引きされていた分の依頼の報酬金を今後全て受け取れる様になり、それによってスラムでの生活から脱することが出来る様になるかもしれなかったからだ


「そういった経緯もあって僕はこの博打同然の依頼を受けたんです。そして達成しようと奮闘し、色々と足掻いていた結果、こうしてフェルヌスさんと出会う事になったんです」


 そう言って、今ここに至るまでの経緯を話し終えた僕は、ギュッと自分の両手を握り締めながら俯いた。

 正直、僕は自分の身の上話を誰かに話す日が来るなんて思ってもいなかった。勇者に成れる資格を持ちながらもその力を示して見せる事ができず、冒険者としても未熟で失敗ばかりしているという、誰の目から見ても無能だと蔑まれても仕方のないような僕の話を、いったい誰が知りたいと思うだろうか?

 少なくとも、エプーアの街にはそんな人は存在しなかった。僕自身、こんな話を誰かに聞かせたいとも思っていなかった。なんて情けない奴なんだとか、お前が弱いのが悪いんだろうと、そう罵倒されたり笑われるのが目に見えていたからだ。

 そして、そんな僕の話を聞いたフェルヌスさんがいったいどのような感想を抱くことになるのか、僕には分からなかった。予想がつかなかった。


「・・・・・・そうか、君の事情はよく分かった」


 不甲斐ないとか、そんな風に叱られるのではないかと内心ビクビクしていた僕だったけど、でもフェルヌスさんから返って来た言葉は、思いのほか優しい声音を含んだものだった。


「大変だったな、辛かったんだな、なんて同情や慰めの言葉を言うつもりはない。そんなのは、出会ったばかりの赤の他人である私が言っても、お前は何も分かっていないとか、知った風な口を、といった風に返されるのがオチだからだ。所詮他人事。中身の伴っていない言葉など、何の意味もないだろう。・・・・・・だからこそ、敢えてこう言わせてもらおう。―――今まで、よく頑張って来たな、と」


「フェルヌス、さん・・・?」


 その言葉を聞いた僕は驚いたように息を飲み、反射的に顔を上げた。

 僕の隣に座っていたフェルヌスさんは、優しい、とても優しい笑顔を浮かべていた。


「アルク、君は本当によく頑張った。頼れる者が誰もいない中で、たった一人でずっと頑張り続けてきた。きっと心の中では泣き叫びたかった筈だ。逃げ出してしまいたかったはずだ。

 ・・・・・・でも、君は諦めなかった。逃げることもしなかった。どれだけ苦しい状況に追い込まれても、どれだけ絶望に突き落とされても、歯を食い縛り、粗食を食らい、泥水を啜ってでも必死になって生き続けた。

 そんな君に同情や慰めの言葉を掛けるなんてのは、君のこれまでの行い全てを侮辱することになってしまう」


 そこで一度言葉を区切ったフェルヌスさんは、ゆっくりと、僕の体を包み込む様に抱き締めた。


「だからこそ、私は君がこれまでしてきた努力を認めよう。君の頑張りを褒めよう。―――本当に良く頑張ったな、アルク。君は弱くなんてない。君は、とても強い子だよ」


「・・・ぁ・・・ぁぁあ・・・ぁああぁぁああああ・・・・・・ッ!!」


 フェルヌスさんのその言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けたような気がした。

 同時に、それまで胸の内に仕舞い込み、抑え続けていた感情が一気に溢れ出し、気が付けば僕は、フェルヌスさんの腕に抱かれながら大声で泣いていた。

 そんな僕を、フェルヌスさんは嫌な顔をせず、ただ黙ったまま優しく頭を撫でてくれた。

 その温もりが、優しさが、今の僕にとっては何よりも嬉しくて、ポロポロと流れる涙が余計に止まることはなかった。








「スゥ・・・スゥ・・・スゥ・・・・・・」


「ゆっくりおやすみ、アルク。良い夢を」


 そうして、これまで自身が辿って来た半生を語り終えたアルクは、泣き疲れたからなのかそのまま寝入ってしまった。

 私の膝の上を枕に横になっているアルク。その頭を優しく撫でながら、私はその口元に薄らと笑みを浮かべた。


「しかし、そうか・・・アルクはこれまでそんな日々を過ごして来たのか。私と出会うまで、たった一人で、誰にも頼らずに・・・」


 だがしかし、浮かべている表情とは裏腹にその心の内では、一度は抑え込んだ筈のマグマの如き憤怒が再び燃え盛り、湧き上がって来るのを感じていた。


「(自分達の手で勇者として担ぎ上げておきながら、勇者として活躍できなかったからと、役立たずだと判断して切り捨てる?―――アホかその貴族は。当時まだ十歳にもなっていない子供にそんな事出来るわけないだろうが。

 ・・・一人では満足な生活を行えない、戦い方すら知らない幼子を、命の危険のある冒険者として働かせている癖に、その幼子が達成した依頼の報酬のをほとんどをこれまでの失敗の補填分に当てるから徴収する?―――依頼に失敗した時ならともかく、成功した分から持っていくなんて、いったい何を考えているんだ、そのギルドマスターは。

 ・・・挙句の果てにそんな状態の幼子に対して、周りの大人が見て見ぬ振りをするどころか喜々として略奪を行い、暴力を振るう?―――なんだそいつ等は・・・!とんだクズ野郎共じゃないか・・・!!ああ、ああ、ああ、胸糞悪い胸糞悪い胸糞悪い・・・ッ!!)」


 勿論、彼の境遇を可哀想だと、哀れだと思う気持ちも抱いてはいた。・・・抱いてはいたがしかし、それ以上にアルクという幼い子供に理不尽なまでの非道を行い、最悪な環境の中に叩き込んだゴミ屑以下の畜生共に対する狂いそうなほどの怒りと憎悪と殺意の感情の方が強かった。

 私は心の底からの嫌悪を吐露し、紫色の瞳を濁らせ、不穏な空気をその身から漂わせる。「いっそこの手で、そいつ等全員を皆殺しにしてくれようか」と、そんな物騒な考えさえ脳裏に浮かぶ。

 しかしそこで、「だが・・・」と私は内心で呟いた。


「(今回の件の当事者はアルクだ。私が手を下すかどうか、皆殺しにするかどうかは、アルクの気持ちを―――彼がどうしたいのかを確認してから行うべきだ)」


 それに、今の段階では色々と情報が足りない。本当にそいつ等―――冒険者ギルドの連中が全員敵であるという確証もない。そんな状態で手を出せば、それはまったく正当性のない、ただの見境のない八つ当たりにしかならない。それは()()私の本意ではないし、それにおそらくアルクもそんな事を望みはしないだろう。

 だからこそ私は、()()()()()()()()()()()()()()()をゆっくりと意識の底へ沈めながら、ある一つの決意を胸に抱いた。


「(この子を元いた場所に返すわけにはいかない。このまま私が育てる!時に厳しく、時に甘やかして、一人前になるまで鍛え上げて、この子のことをゴミと罵った糞野郎共に見返させてやる!)」


 当事者であるアルクに一言も告げないで決めた、まさしく一方的とも自分勝手とも呼べるその決意。それを胸に抱いた私は、自分の胸元に手を当て、熱の篭った息を吐き出しながら、思わずといった風に独り言を呟いていた。


「ああ・・・ああ・・・なんだろうか、この気持ちは。生まれて初めての様な気がする。ここまで何かに、誰かに執着するだなんて事は・・・・・・」


 胸の内に何かが、言葉にできない何かが満たされていくのを感じる。

 不思議と不快感はなかった。どころか、心地よさすら感じていた私は、頬を赤く染め、口の端を吊り上げた。








 その時の私は気付いていなかった。アルクを見つめる私の紫色の瞳の奥底で、昏く、怪しい光が揺らめいていたことに。





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