表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

序章・異形の牙

なるべく控えるようにしますが所々に残酷な描写が入ります。



 月の綺麗な夜だった。


古代ローマの建造物を思わせる広大な庭と屋敷、息を呑む程の躍動感に溢れた彫刻。


ここまで忠実に再現されると、「時代錯誤」だと笑うのも申し訳無い気がする。


何千年も前の歴史のレプリカが嫌味の無い白い月光に照らされる様は、何も知らない者から見れば幻想的な静寂に包まれた夜の絶景なのかもしれない。


しかし、事情を知る人間からすればそれは明らかな異常。


建物が古い時代の物だからといって中の人間まで古い訳は無く、十五分ほど前までそこは絢爛豪華な内装が施された政府の高官や企業の重役達御用達のパーティ会場だった。


金儲けと出世と地位の確立、愛想笑いを顔に貼り付けて交わす薄汚い会話。


それを黙らせたのは一発の銃声。


最初に撃たれたのは、どこかの大企業の社長秘書だったが「運が無い」とは言わないだろう。


その直後に会場を覆い尽くした爆炎と銃弾の嵐の中で、誰もが似たような最期を迎えたのだから。


血と硝煙の霧が立ち込める空間に、漆黒の装甲服の集団が侵入してきたのは五分後のことだった。


「…………」


一階の会場内にいた人間の全滅を確認すると、装甲服の一人が水中ゴーグルに似た形状の暗視スコープを額の上にずらし叫ぶ。


「人質は必要ない! 腐敗の芽は根絶やしにしろ!!」


返事を返さずに僅かに頷き、男を除く全員が二階のテラスに続く階段を駆け上がっていく。


―運がいいな…


過激派組織『Patriot・Gun・Noise』(愛国者の銃声)の代表である大木和真は、権力者たちの死体を前にほくそ笑む。


偶然手に入れたパーティの情報。


これまでに無い規模の上、マークしていた汚職議員や不正を働く重役共が多数集まる…清らかで公正な社会を作るために必要な「粛清」を断行するには充分過ぎる舞台だった。


「…?」


ふと足元に違和感を覚え、大木は暗視スコープを着けながら視線を踏みつけた物に落とす。


それは「粛清」の開始を告げる銃声の最初の犠牲者である女性の腕。


「………」


無数の銃弾に撃ち抜かれて肩の付け根から吹き飛んだそれは、今ではただの肉塊に過ぎない。


無論、罪悪感など涌くはずも無く、憎悪を秘めた靴底で強く踏みにじる。


―このクズ共が受け取る金で、口に運ぶ食料で、いったいどれだけの人間が救えたことか…


物言わぬ屍に手持ちの弾を全て撃ち込んでやりたい衝動に駆られたが、世間から猟奇殺人集団と見られては元も子もない。


単なる殺しではないのだ。


私利私欲の為に民を蔑ろにする権力者達の結末を世界に見せつける、正義の鉄槌でなければならない。


「ば、化けも…!」


「!」


トリガーに掛けた指を緩めた瞬間、大木はアサルトライフル特有の重い射撃音と、幾人かの同志達の悲鳴が漆黒に吸い込まれていくのを聞いた。


―なんだ…


ボディガードの生き残りだろうか?


いや、と大木は考えを否定する。


仮に生き残りがいたとしても照明関係が全てがダウンしている状況で暗視スコープ着用の部下達に敵うはずが無い。


ならば何故、と大木は問う。


何故、聞きなれた声が悲鳴をあげているのか?


何故、銃撃音が聞こえなくなったのか?


「!」


答えを出す前に背後から響く音が大木の思考を遮った。


「なんだ、まだあるのか…」


薄い金属の板を擦り合わせたような独特の残響音の中に木霊する冷たい電子音。


「…………」


大木は動揺を悟られないように静かに振り返り、そして息を呑んだ。


月明かりを反射する白銀の髪。


声と同様の冷たい瞳、それとは対照的な片頬を吊り上げる皮肉な笑み。


そしてタキシードには似つかわしくない、両手の五指から伸びる三十センチ超の禍々しい刃。


それは爪と呼ぶにはあまりにも荒々しい代物、強いて言うなら死神が持つ大鎌の刃を無理矢理指先に埋め込んだ様な。


暗視スコープから見た灰色の世界に浮かび上がる異形。


明らかにボディガードの出で立ちではない。


「貴様…一体…」


「答えてやる義理は無ねえよ」


大木の呟くような問いかけに軽いノリで答える。


電子音の声が神経を逆撫でし、背筋を凍らせる。


「化け物め…」


「その手の中傷は聞き飽きた…もっとマシな呼び方はねえのか?」


大木の苦々しい呟きに、深くなる異形の笑み。


「…………」


「恨むなとは言わねえが…こっちも仕事なんでな、勘弁してくれ」


ゆっくりと異形は迫る。


月光の下にあるにも拘らず、纏う空気は闇そのもの。


恐怖と呼ぶのも生温いほどの悪寒と嫌悪。


体だけではなく心まで汚染されているような錯覚。


「…っ」


抵抗の意思を奪い去ろうとする戦慄に逆らうように大木はライフルを構える。


灰色の世界で差し込む月明かりだけが、やけに眩しい。


―そうか、今日は満月だったな…


冗談のような速さで迫ってくる刃を前に見当違いの事を考えながら、大木はトリガーを引いた。


しかし、満月が照らし出す静寂を轟音が引き裂くことは二度と無かった。


―――――――――――序章、完



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ