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先生とあたしの恋愛化学方程式  作者: 角 秋也


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C10H14N2

どうも、角 秋也といいます。これから毎日更新でラストまで走り抜けるつもりなので良かったら追ってくれると嬉しいです。

”恋って何?”

まだお母さんをママと呼んでいた頃、ママに聞いたことがある。

”素敵と思う人を好きになる事。ママの場合は、煙草臭いパパの事”

ママは優しかった。好きだった。でも、お母さんになって。一緒にいられなくなって。私は期待に応えられなくて。見放された。だから……嫌いとは少し違うけど、今は苦手。パパはずっと好き。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「えー、つまりは原子核の周りを電子が回っているわけだ──」

 白衣を着て、長髪を後ろで纏めた先生がチョークでカツカツとよく分からないことを書いていく。

「ふわぁ……」

 よく寝た。授業中だけどまともに聞いてるヒトは少ない。私がぐっすり寝られた辺り、この授業は結構テキトーだ。

 なんとなく、黒板に目をやる。内容はさっぱりだ。聞いていないのだから当然か。そうしていたら先生とも目が合った。眠そうな私を見て先生は少し目線を止めた後、授業を再開した。寝ていたことを咎めもしないなんてやっぱりテキトーだ。

キーンコーンカーンコーン

「んじゃ、この辺で」

 白衣で猫背で痩せ気味の先生──五十嵐先生は礼の指示もせずにさっさと教室を出て行った。テキトーなヒトだ。こんな授業をするんだから、当然か。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 トイレから出て鏡を見た。ボブカットの髪。小柄な体。どちらもパパがいつも褒めてくれた特徴だ。身長があまり伸びなかったのは嬉しい。ボブカットも、この先ずっと崩さないと思う。大切な人が可愛いと言ってくれた特徴だから。

「ねえ、夏浦ちゃんだったっけ?」

 鏡を見ているとクラスのヒトが話しかけてきた。なんて名前だっけ、このヒト。

「うん。何か用?」

「あたし奥村 夏海! 入学してすぐだし、トモダチ増やそうと思って! ライン交換しない?」

「うん、いいよ」

 もう既に彼女には多くの友達がいる。対して私はほとんどいない。少し不思議に思ったけど、携帯を取り出し連絡先を交換した。

「それでさ、木村君の連絡先分かる?」

 ああ、そういうことか。

 木村 巡。イケメン高身長で勉強もできる、と非の打ちどころのない、女子にとって憧れの存在──というのが今の高校での表向きの評価。実際は女性関係にだらしなく見境なく女子に手を出して嫌われていた男だ。今は入学直後だから評価がいいが、どうせ化けの皮はすぐに剥がれる。

 私は木村とたまたま小学校から一緒だった。それをどこから嗅ぎつけたのか、連絡先の交換は言い訳で、私から連絡先を入手するのが本当の目的なんだろう。

 まあ、別にいいけど。携帯を操作して連絡先を奥村さんに送った。

「サンキュー! それじゃHR始まるから!」

 そう言って奥村さんが教室に戻る。続いて私が戻り席に座ると帰りのHRが始まった。今日もどうでもいい連絡事項を担任のヒトは言っているみたい。そうだ、シャンプの新連載はどうなったかな。ゲイルウィンド。風のお話。あのまま敵を倒すと素直で面白くない。でもまあ、あの漫画家さんならそうはしないだろう。どうなるか楽しみ。

 と、気付くとクラスの子たちは席を立ち始める。どうやらHRは終わったらしい。

「ううん」

 少し伸びをして、私も学校を後にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 駅の方向にも本屋さんはあるけれど、私は駅と反対側の少し寂れたこっちの本屋さんが好み。美生堂という名前の本屋さん。建っている場所的にウチの学校のヒトは少ないし、静か。それに、雑誌に立ち読み防止のカバーがかかっていない。お母さんはあんまりお小遣いをくれない。バイトもダメって言う。そんな私が雑誌を読むには、立ち読みをするしかないのだ。

 それと、ここの路地。暗くて人通りが少ない、あんまり女子高生が歩くには向かない道。まあ、私なんか誰も見てないだろうしこれはどうでもいいこと。この道は少し遠回りでもある。でも私はこっちの道を選ぶ。喫煙所があるから。

「……ん?」

 煙草を吸っている五十嵐先生に見つかった。白衣着てない姿、初めて見た。まあ、特徴的な一つ結びの長髪ですぐに分かったけど。でもま、いっか。どうせ気付かない。

「……こういうトコを通るのはやめといたほうがいいぞ。何かあってからじゃ遅い」

 意外。テキトーなヒトだから、テキトーに見逃すかと思った。それに、私のことが見えるとは。

「変なコト言う奴だな。見えるだろうよ、そりゃ」

 声に出ていたらしい。

 少し、恥ずかしい。

「えっと……どこまで聞こえてました?」

「あー? 意外ってのも聞こえたぞ。まあ、そこは弁明の余地は無いわな」

 なんせ適当な人なもんで、と言う先生。

 なんだか不機嫌そう。

「えーと……すみません?」

 私が言うと先生は煙草の煙をふう、と吐き出して、

「なんで疑問形なんだ。それに、別に意外ってのは否定しねえ。適当って評価も大いに結構。事実、俺もそう思ってるしな。だから別に夏浦が謝る事ァねえ」

「先生、私の名前知ってるんだ」

 授業前に出欠もロクに取らないヒトだ。まさか生徒の名前を知ってるなんて。驚いた。

「一応、受け持ってるクラスだしな。把握はしてる。にしても夏浦はいっつも寝てるよな。成績とか、気にしねえのか?」

「んー、別に。単位さえとれればそれでいいかなって。お母さんは私を獣医にするの諦めたみたいだし」

 まあ、お互い諦めているというか。最後に会話したのはいつだろうか。その内容も、勉強については特に触れなかった覚えがある。

「……諦めた?」

「前に、難関校の受験に失敗して、頑張るのが怖くなったんだ。もう勉強なんてする必要もないと思って。ごめんね、先生」

「……そうか。だが、単位さえ、ってのは褒められたもんじゃねえぞ。というか、このままじゃ単位すら危うい」

「え、そんなに?」

 単位って授業に出てればもらえるんだと思ってたけど。

「次のテスト次第だけどな。ま、こんな場所に女子高生がいるもんじゃねえ。送ってやるから、さっさと帰って少しは勉強するこった」

「あっ」

 先生が煙草の火を消すのを見て、思わず声を上げてしまった。

「……なんだ? 火、消さねえほうがいいってか?」

 先生が、怪訝な顔をして言った。

「うん。煙草の匂い、好きだから」

「変わったヤツだ。普通女子高生ってのは煙草の匂いなんかは嫌いだと思ってたけどな。最近はそうでもねえのか?」

「他の人は知らないけど……私は好き」

 色々、思い出すし。

「そうか。ま、消しちまったモンは戻せねえ。俺もシケモク吸いたかねーしな。家はあっちか?」

 先生は、私が来た方向と反対方向に目を向けて言った。

「家って言うか、本屋さんに向かってたんだけど。まあ目的地はあっち」

 頷いて答えた。電車通学だから、帰るのなら逆方向だ。

「本屋か。こっちの方向にあったか? 何買うんだ?」

「あるよ。美生堂っていうんだけど。漫画、立ち読みする」

「立ち読みか……まあ、俺も学生の時分はあんまり褒められた真似してねえし、とやかくは言わんが。ま、連れてってやるよ」

 先生は少し苦い顔をして言った。そのまま先生はカバンを担ぎ、ポケットに手を突っ込んで歩き始めた。

「……変なの」

「はあ?」

 私が呟くと、先生は眉をひそめて言った。

「不良みたい。学校の先生に見えない」

 真面目そうに見えない、っていうか。返答も含めて高校の先生っぽくない。

「……まあ若く見える、って言われた事にしとく。にしても、なんでこの道を? 遠回りだろうに」

 またも不機嫌そうに先生は言った。

「煙草の匂い、するから」

「……なるほど」

 背中を丸めてゆっくり歩く先生の背中をなんとなく見つめて歩いた。

「さて、ここの本屋だな?」

 本屋さんに到着すると、先生は振り向いて言った。

「うん」

「帰りはあんな道通るなよ。暗くもなるし」

 先生は、少し身をかがめて私に顔を近づけて言った。

 煙草の匂いが強まった。

「別に、誰も見ないんじゃない? 私なんか」

 誰も、私に興味なんて、ないんだから。

「馬鹿言うな。女子高生なんか、そういった犯罪の格好の的だ。気をつけろ」

 しかめっ面をして、先生は言った。

「うーん……そうなんだ」

 あまり実感が湧かない。

「他人事じゃねえからな。とにかく、帰りは明るい道通れよ。んじゃ俺は帰る」

 先生はズンズンと大股で、先ほどの倍くらいの速度で歩いてどこかへ行った。


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