第1話
気が付いたら森の中にいた。
なんじゃそりゃ? って思うだろ。
いつものように「行ってきます」って母親に声をかけ、マンションから駅に向かって歩いていた。
途中で喉の渇きを覚えてコンビニへ寄り道。今朝は珍しく時間の余裕があったんだ、うん。
お得サイズのペットボトル入りのお茶を一本買って、店を出たところでリュックにイン。
喉は乾いていたけどレジ待ちで時間をとられ、余裕があったはずの時間はなくなってしまった。ゆっくり飲んでいられる時間はなかった。
いつもの時間の電車に間に合うかなと焦りつつ駅に向かって歩き出し、角を曲がったら…
いきなりだ。
突然目の前が森の中だ。
なんじゃこりゃ? ってびっくりして足を止め、慌てて振り返ってみたらそこも森。
え? どういうこと?
視線を前へ戻すと森。後ろを振り返っても森。右も森。左も森。
森の説明は要らないよな? 見渡す限り木がいっぱい、地面は草ボーボーで自然たっぷり。東京のど真ん中にあるはずがないもの。いや、俺が住んでいたのは東京の真ん中じゃなくて千葉県寄りだけど、そんなのは誤差の範囲。
なんじゃこりゃ! 何が起きたんだ? 嘘だろ! って誰だって思うだろ? ビルの角を曲がったら森の中だぜ?
俺も動揺したし、冗談だろって思ったさ。だけど、冗談でも夢でもなかった。現実だった。
目をパチパチさせても、瞼を擦っても景色は変わらない。
森の中、実際にその辺に生えている木や草、地面を触って…これが現実だと認めたら、次にすることなんて一つしかない。ここがどこかを確かめることだ。ズボンのポケットに手を突っ込んでスマホを取り出…そうとして、ないことに気が付いた。
えっ?
スマホがない!
勘違いしたかと左のポケットに手を突っ込んでも、そこにもない。ガムが一つ入っていただけだった。
嘘だろ! ありえないだろ!
慌ててリュックを背中から降ろしてしゃがみこんだ。急いでリュックの中身を確認する。
財布、ある。体操着、ある。タブレット、ある。
昔は教科書や辞典を使うのが主流だったらしいけど、最近じゃ学校支給のタブレットひとつあれば勉強出来る。テストもタブレットを使うから、筆記用具も必要なかった。
タオル、ある。手袋、ある。充電ケーブル、ある。
充電ケーブル?
「そういえば…」
不意に思い出した。
「そうだった」
起きてベッドを出る前に、気が付いた。寝る前の充電を忘れてたってことに。
で、予備のバッテリーとケーブルを持ってきたんだった。スマホはポケットに入れているとすぐにいじってしまうから…と、リュックの外側のポケットに入れて……そうだよ! ゴソゴソ
スマホ、あった…。 あったぁ~よかったー!
急いで確認すると…当然というかなんというか…圏外だった。
「だよな」
これじゃ電話出来ないしラインも出来ないし地図アプリも使えない。
予備バッテリーは持ってきたけど、とりあえず圏外だし電源落としとく方がいいよな。
電源落としたスマホをリュックの外側ポケットに戻した時、何かに触れた。
「なんだこれ?」
見慣れないものが入っていた。大きさはちょうど学生証ほどの…カードサイズ。薄くて半透明のプラスチックっぽい材質の…カード?
表を見て、裏を見て、何も書かれていないことを確かめてまた表を見たとき…
「うわっ!」
驚いたことに、文字と俺の似顔絵イラストが浮かんでいた。
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マシロヒロト 16 0 18/20
スキル 召 換
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「えっ?」
まじまじと見てしまう。
マシロヒロトは真白大翔。つまり、俺の名前だ。次の16は16歳ってことだろう、うん。それ以外に16の数字に思い当たることはない。最後の0だか、оだかは分からない。ちなみに血液型はA型だから、やっぱり数字のゼロって意味だろうか。次の18/20というのも何だろう? これも分からない。
問題はその次だ。スキル? スキル表示があるってことは…お約束ってことか?
異世界来たー! ってやつか?
急に心臓がどきどきしてきた。やばい。もしかして、俺死んだのか? いや、異世界転生ではなく転移っぽいから死んでないのか。いや、どっちにしろ終わってるってことだろ?
マジかー!
身体から力が抜け、思わず手を地面についてしまう。
やばいヤバいヤバイ!
いきなり異世界に来てしまったってことか。なんでだ。なんでだ。
考えたってわからん。分かるわけない。分かっているのはヤバいってことだけ。このままじゃ死んでしまうかもしれないってことだけ。
「………」
ショックが強すぎて、何も考えられない。言葉が出ない…。
夢だと思いたいけど、リアルだ。
地面の感触はリアル。草っぽい匂いもしてる。森を吹き抜ける微風? 爽やかで気持ちのいい風が吹いている。ああ、ビル街はどこへ行った…
激しく動揺して、貧血に近い状態だからか…気が付いたら手が震えている。
心は叫んでる。誰か助けてくれと悲鳴を上げてる。
「………」
ありえない現実にどうしたらいいのか…激しく動揺して、声も出ない。
ダメだ。このままじゃいけない。
深呼吸しろと自分に言い聞かせ、目を閉じてゆっくり息を整える。
視界を遮ることで嗅覚、聴覚、触覚などの感覚がさらに鋭敏になる。鳥のような鳴き声。澄んだ森の空気と涼しいと感じる気温。柔らかな日差しが木々の枝の間からきらめきながら降り注いでいる。
すうっと深く息を吸い込んで、ためてからゆっくり吐き出す。それを二回。目の前を睨む。
ボルダリングの練習や試合前にいつもやっている、心を落ち着かせるルーティンを思い出した。
「よしっ」と気合の声を小さく呟く。
鳥の鳴き声を聞いたことで、森の中には生き物がいて、危険な生き物もいるかもしれないと改めて感じられた。だから、大きな声をあげることは危険だ。
慎重に周囲を見回し、リュックを手に静かに移動する。いつでも逃げ出せるような心づもりで、とりあえず近くの木の根元へとしゃがんで、現状確認を続ける。
まずは…この見たこともない不思議なカードだ。
「何気にこの似顔絵、特徴とらえているよな」
自分じゃ特徴のない顔だと思っていたけど、写真をイラストに加工したようなそれは自分でも似ているなと思った。写真よりも温かみが感じられる。
「転生、か…?」
ライトノベルズも友達との話のネタにいくつか読んでいるけど、あまり詳しくないんだよな。アニメも昔は見てたけど、小5の頃にボルダリングにはまってからは疎遠になっている。
転生モノ三点セットって、王道だかチートだか有名なものがあったよな。確か…言語翻訳と鑑定とマジックバッグだっけ? 三点セットのチョイス違っていたらごめんだけど、マジックバッグか…あれ便利だよな。
いっぱい物が入って、いつでも取り出せるから忘れ物をしたって慌てなくてもいい。時間経過もないなんて夢のようなアイテムだ。食べ物や飲み物を入れておいたり、重いものも軽く運べたり…貴重品を盗まれる心配がないんだから、便利すぎる。欲しいな、アイテムボックス。
「アイテムボックス、欲しいな」
心の底からそう思う。
そういやマジックバッグっていう言い方もあった。さっき自分でも言ってたな。他にはなんだっけ。収納…
と思った時、不思議な感じがした。
なんだ? 目の前? いや、そこにあるわけじゃない。だけど、なにかを感じる。見えないけど、ある。
そんな不思議な感覚。今まで感じたこともないへんな感覚。なんだ、これ……?
アイテムボックス? あるのか? どこに?
どこにあるのかはわからないし、見えないけど…わかる。さっき、収納と思った時にたまたま見ていた落ち葉が消えた。気がする。そして、消えたはずなのに…それがある。目の前から消えたのに、あると感じている。
どこだ? どこにある? と意識を集中すると、頭の中に『ヤキルナの葉 1』との情報が浮かんできた。
きょろきょろと視線を動かし、目についた小枝を見つめて【収納】と念じるようにしてみた。
「っ!」
消えた! そして頭の中に浮かぶ情報は『ヤキルナの小枝 1』。
超感動した。手に持っていた不思議なカードをズボンのポケットに入れると…調子に乗って、目についた葉や小枝、石などをどんどんアイテムボックスに収納してみる。
どのぐらい収納することに夢中になっていただろう。少し冷静さが戻ってきて、気が付いた。
「これ、どうして出すんだ?」
とりあえずやってみよう、の精神で手のひらを上にして…「石」と呟き、【出ろ】と念じてみた。
「わわわわわ!」
十個いっぺんに出た。重すぎて持っていられず、また手のひらに乗りきらなくて地面にドスドス落ちていった。
「………」
頭の中を探るようにしてみると、石の情報は出てこない。つまり、アイテムボックスから取り出すことができたってことだ。
「すげぇ!」
興奮する。もう一度【収納】と念じながら石の山を睨む。するとひと固まりに集まっていた5個が一度に収納された。近くにあった石ひとつを睨むように収納すると、それは1つだけ消えた。
石、2個、出ろ!
ぽろぽろ…。石が2つ、空中からとつぜん現れて地面に落ちた。
7つをひと固まりに集めて【収納】! 目の前から一気に消えて、頭の中に情報が表示される。
今度は手のひらに石1つ出ろ!
右手を広げて念じると、1つの石がすっと現れた。しっかり握ってから、遊ぶようにポーンポーンと空中に放ったり受け止めたり、3度目に放り上げた時に収納してみると目の前から消した。
「便利すぎる…」
どのくらい遊んでいたか分からないが、この不思議なアイテムボックスの使い方が分かってきたところで「そういえば…」と気が付いた。
頭の中に浮かぶ情報を利用すれば、簡易鑑定ができる。もちろん、名前が分かるだけだから鑑定などというレベルには程遠いが……これは便利だ。
収納と取り出しに問題がないことを確認し、ポケットに入れていた不思議なカードを収納してみる。
「…えっ?」
なぜか、カードが収納できない。
「なんでだ?」
まじまじとカードを眺めてみる。そうすると不思議なことに気が付いた。スキル欄に書かれているのは【召喚】のみ。
【アイテムボックス】というスキル表示はない。でも、実際には使えている。感覚でもこれがアイテムボックスだと分かるし実際に石や葉っぱなどが収納出来ている。
「なんで?」
アイテムボックスがカードに表示されない謎はいったん後回しにして、召喚という謎のスキルについて考えてみる。
召喚といったら普通は…聖獣とか守護獣といったチート仲間を呼び出せるってことじゃないのか?
どうやって発動させるんだ? そう思いながら不思議なカードの召喚と書かれている文字の上に触れると…文字が走るように増えた。
「えっ?」
《召喚レベル1 一日ひとつあるいは一度、召喚できる。》
さらに文字は走る。
《召喚対象を強く念じることで発動。発動途中の変更不可。生物不可》
「………は?」
生物不可ってなに? つまり、聖獣は呼び出せないってこと?
生き物以外の召喚なら出来るってこと? ええええ!
具体的に、どういうことなのさ? しばらく待ってもそれ以上文字は走っていかなかった。
「……………」
わけ分からん。
「ははははは…」
笑いながらもう一度《召喚レベル1 一日ひとつあるいは一度、召喚できる。》の文字に触れてみた。何気なく。深い意味はなかった。
「えっ?」
そしたら、またもや文字が走った。追加情報が現れた。
《レベルup後に召喚可能回数増加。》
これは重要情報だ。レベルupがある。つまり、この『スキル』は成長スキルだということだ。使用可能な回数が1日に1度だけなんて少なすぎると思っていたが…これは期待してしまう。
どうやったらレベルが上がるのか分からないが、現状で一日ひとつあるいは一度。これがレベル2になったら一日二度、あるいはふたつ…の可能性があるということだ。
「今後に期待、という事だな。それはそうと…」
この不思議なカード。スキルが表示されているからスキルカードと思ってもいいのかな。この貴重なカードをどうするか…
元通りにリュックに入れて背負うしかないか? それとも、身軽になった方がいいからリュックをアイテムボックスに収納して、カードは靴下の中? あるいは靴の中に隠す?
登校途中だったから、学校指定の白シャツに紺のズボンという夏服だ。救いは半袖嫌いのため、夏でも長袖を着ていたってことだ。森の中で半袖というのはシャレにならない。異世界にも毛虫やヒル、マダニ、ムカデなど小さくても怖い生き物がいるかもしれない。
ハッとした。
アイテムボックスに浮かれていたけど、危険がある森の中にいるんだ。
急いで手持ちの荷物を確認して、今後の行動を決めなきゃ。
辺りを見回し、気配を探るように聞き耳を立ててみる。変な物音はせず…むしろ静かだった。
深呼吸して心を落ち着けると、リュックを開いて持ち物を改めて確認する。
コンビニで買ったばかりのお茶のペットボトルが一本。小腹対策にいつも持ち歩いているナッツバーが二本。ポケットに入っていたガム。ソーイングセット。手のひらサイズのペンライト。絆創膏。マスク。ウエットティッシュ。 ホイッスル。冷熱遮断アルミシート。
うん、防災訓練したばかりの母さんから詰め込まれた防災グッズのあれこれが、超役立ちそう。
「………」
母さんに感謝したら…泣けてきた。
もう二度と会えないのかな? 戻れないのかな?
父さんにも、妹の加里奈にも…もう…会えない…の、かな……。
動揺し、激しく落ち込んだ。友達やクラスメートに祖父母、親戚のみんな…近所のおばさんやおじさん…みんなみんな……もう…
情けないなんて思う心の余裕もなく泣いていると、突然ギャーと甲高い鳥の鳴き声がした。ビクっとして、心臓がぎゅっと縮んだ。服の袖で涙を拭く。
あたりを見回して、耳を澄ます。必死に気配を探るが…何もわからない。再び静かな森の景色に戻ったが、心臓はドキドキしている。
このままここにいたらマズいんじゃないか? 先ほどの鳥の鳴き声は危険な感じの鳴き声に聞こえた。実際のところはどうなのか分からない。けど、怖い。
日本の山だって、クマやイノシシに遭遇して襲われたら命の危険がある。ましてや、ここは異世界なのだ。ゴブリンとか…いたらどうしよう……。
枝の上から降り注ぐ太陽の光の角度でなんとなく、正午は過ぎていると判断する。まだ日暮れまで猶予はあるが、ここにじっとしているよりも移動したほうがいいだろう。
第一の目標として、今夜安心して眠れる場所を見つけたい。最悪、眠れなくてもいいから安全に過ごせる場所に移動しなければ……。
心を落ち着かせろ、と自分に言い聞かせて深呼吸。リュックをアイテムボックスの中に入れて身軽になる。歩くだけなら背負ったままでもいいけど、走るときにはやはり身体一つのほうがいい。
スキルが表示された不思議なカードはタオルハンカチに挟み、ズボンのポケットに入れた。直接カードだけを入れるよりもポケットが膨れていれば落としにくい気がするし、もし落としたとしてもすぐに気が付くだろう。
前後左右。どちらに向かうべきか迷う。今すぐ行動するべきだと分かっているのに、ここで進む方向を間違えたら…と不安が膨らむ。
いや、迷うな。まずここから移動しながら考えればいい。そう、周囲の状況を確認しながら行動すればいい。深呼吸しろ、と自分に言い聞かせる。
まず一歩。さらに一歩。まだ走る必要はない。静かに、警戒しながら歩けばいい。ゆっくり、周囲を確認しながら安全を確保する。落ち着け。…落ち着くんだ。
歩きやすそうな道なき道を進み、獣や鳥すら遭遇しないまま十分ほどが過ぎると、だいぶ心の余裕が出来てきた。
そうすると、次に気になるのが食べ物や飲み物についてだ。水場がないか耳を澄ませながら歩く。
アイテムボックスの中に入れたものの重さを感じないことが分かっていたから、時々目についたものを収納していく。いっぱいになってからいらないものを捨てればいいと決めて、変わった形の草や花も収納していく。
そうそう。試して分かったことだが、草や花は自動収納できなかった。落ち葉を手に触れることなく収納できたことから花もできると思って試した結果、何も変化がなくて、あれ? と思ったのだ。
試しに、花をぷっつん引きちぎってから収穫してみたら、すんなり収納できた。
つまり、根っこがあって生えている状態はダメと考えていい。地面から引っこ抜いた草は根っこごと、ついていた土も一緒に収納可能だった。地面から一度引きはがされた土は草の付属品扱いなのだろうか。んー……分からん。
あっ! 木の実だ!
実のついた木を発見した時、思わず心の中で叫んでしまった。まだ腹は減っていないが、食べられるモノがあれば収穫しておきたい。しかし…食べられるのか?
小粒のリンゴに似た形状から、見た目はすごくうまそうだ。
やってて良かったボルダリング。木登り、崖のぼりはお手の物だ。滑り止めと保護を兼ねた手袋を装着。登りやすそうなルートを決めると、一気に登っていく。
細い枝の先についた実を慎重にもいで収納してみる。
『小リンゴの実1』
やっぱり、リンゴか! これって、食えるんじゃない?
アイテムボックスの名前表記が日本語対応になっている謎は大いなる謎だが、謎解きできないので本能に任せてみる。
「…あーん……」
さっそく食べてみようと口を開け、口元に運んだものの…やっぱり怖い。
やめておこう。いい匂いはしているんだけどな。
万が一にもこんなところで下痢してしまったら…死ぬ。安全な公衆トイレなどどこにもないのだ。トイレットペーパーもない。下痢止めの薬もない。
うわぁ、大地がトイレって…まだ体験したことないぞ。
いや…嫌でも体験することになるだろうけど……そのうち、嫌でも…。
とりあえず収穫出来るものは収穫しておこうと、小リンゴの実を収穫。木の上から周囲を確認し、地面に降りると黄色の花が咲いているほうへ移動。 花を収穫してみると『キュセリ1』と脳内表示が出た。
花も何かに使えないかな? 母さんが好きそうな花だから気になって収納してみたんだけど…
「ま、いっか」
こっちの世界で花が売り物になるかどうか分からないけど…もっと、収穫しておこう。売り物にならなくても心の余裕ができた時、部屋に飾ってもいい。
他には…異世界ものの小説でよく出てくる、『魔力草』とか『解毒草』なんて草はないのかな?
形の変わった草を見かけるたびに収納して名前を確認してみるが、九割が聞いたことがないカタカナ表記だった。残る一割の『ハッカ』とか『ドクダミ』なんてのは聞いたことがあるなーって感じだけど、日本のそれと同じものかどうかまではわからない。




