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ロリコンとショタコン

 包丁を持つ二人に、俺は前へ進む。何故かは分からないが、俺はこの二人の恨みをどこかで買っていたらしい。それも、人を殺す程に。


「殺してくれるのは構わないんだが、ここでは朝方事件になる。目立つのは嫌いだからな。場所を移そう。着いてきてくれ」


 いつもよりも震える心臓を俺は抑えて啖呵を切る。


「これから殺されるというのに随分とえらい威勢だな。お前のような命乞いは初めてだ。良いだろう。その潔さに免じて望みを叶えよう。逃げようなどと思うなよ」


 依然彼女は瞬きもせずに鋭い目つきで俺を見てくる。自身にストイックに見えたその目は、人を殺す目をしていた。


「逃げようとしたら僕が捕まえるね~。逃走は看過できないし、今の姉さんなら殺しかねないし」


 依然彼は瞬きをしているのかしていないのか分からない目で俺に手を振っている。誰にでも優しく見えたその目は、人を信じない目をしていた。


「逃げやしないし、逃げれはしないだろ。早く行こう。目的地は秦水神社だ」


 俺は彼女を通り過ぎ、秦水神社に向かって歩き出す。後ろからは革靴の音が淡々と聞こえる。


 その途中、推測を確信に変えるために決して振り返らずに俺は質問することにした。


「今話題になっている連続殺人事件のロリコンブレードとショタコンブレードっていうのは、君たち二人のことなのか?」


「そうだ。その名前も存外気に入っている」


「言い得て妙だしね~」


 後ろから、二人の軽快な声が聞こえる。


「まだ質問はある。二人が犯人なら、どうして俺に事件を調べさせた」


「理由は二つ。己の罪を自覚させるため。私達を疑う可能性を一つでも減らすため。お前はいずれ自分から調べると踏んで先手を打った」


「君が御花さんと仲が良いのは彼女自身がよく話してくれたからね。情報取集も近づくのも容易だったよ」


 己の罪ということは理由のない殺人はしないということだろう。


 彼らの言うことが本当なら、俺は少年少女を監禁。殺人。強姦。売買。切断。このいずれかをしているらしい。しかし、そんなことをした覚えはない。犯罪衝動を持っている別人格がいるだなんて覚えも設定もない。


「弁明をするつもりはないが、俺は何の罪を犯したんだ? 最後にそれだけ聞かせてくれ」


「自覚なしとは恐ろしいな。まぁいいだろう。教えてやる。お前が今向かっている場所で数週間前の23:00にあったことを覚えているか」


 俺はその言葉でようやく、彼女たちの言っている罪が何なのか分かった。


 九九十二。現在の名は野間野ハナ。俺が力を奪った怪異だ。恐らく彼女は見たのだろう。俺が力を奪った日を、九九十二を野間野ハナにしたあの時間を、生きた怪異を食したあの瞬間を。


 かと言って言葉通り、弁明するつもりはない。ここにハナが居れば話は別だが、彼女たちが俺の話を信じる信頼も、怪異という非常識な理論を信じようともしないだろう。水掛け論に飛び込むつもりはない。


 そうして、無駄を嫌った沈黙の時間の後に無駄を省いて渡った道で、無駄に長い階段を上って、俺たちは境内に到着した。


「それじゃあ、始めるとするか」


 そう宣言すると、彼女は包丁を構えた。


 当然だが、俺に死ぬつもりは毛頭ない。今日のあれは、奇跡のようなものだ。同じようなことが起きるとは限らない。


 彼女を見ていると、彼女の足元だったものから砂埃が立ち上がって消えた。


 一瞬怯むと瞳には雷鼓の顔だけが映っていた。


 考える暇もなく、俺は左に体を逸らす。転ぶことも考えないくらいに。


 彼女は腹目掛けて突き出した包丁を空ぶらせ、少しだけ前によろける。だが即座に体制を変えて俺の方に一直線に向かってくる。


 あらゆる方向から来る斬撃を、必死に目を凝らして避け続ける。


「どうした! 逃げ回るだけか! 少しでも反撃してみろ!」


 そんな、目的とは矛盾した行動を示唆する彼女の言葉からも、包丁からも逃げ続ける。目を逸らさず、体を逸らし続けて。


 逃げ続けるだけで状況が好転するとは考えていない。それでも俺はただの人間に危害を加えるつもりはない。


 どんな理由があれど、人外が人を一度でも襲ってしまえばそれは怪異になりえる。そうなれば俺はきっと野間野に殺されるし殺されるのを望みだす。


 そんな考えがよぎると、包丁を防ごうとした咄嗟に出した右腕が、豆腐のように綺麗に切れた。


 流れ続けるアドレナリンと俺の体が、痛覚を遮断する。俺は考える暇もなく、走り出し、左手で右腕を掴み取り、繋ぎなおす。


 そうして同じように切られた左腕を、同じように右手で付けなおす。


 両腕が切れたなら体を捻らせて片腕を付けて同じようにする。


 こうして俺は何度も、何度も、何度も、腕を繋げ、直す。


 そして彼女はそんな違和感に目もくれず、怒りだけに目を向けて、俺の体を何度も切り続ける。


 処刑はいつの間にか、俺の体が壊れるか、彼女が疲れ切るかの勝負になっていた。


 そんなあってないような勝負ごとに、ハーフタイムもなしに何時間も付き合わされていた。


 汗を拭う間も、水も飲む時間もなく、ただ二人には汗が首筋を辿り、その度に冷たい感覚が俺を襲うのだった。しかし、彼女は未だに構えを解こうとしない。


 このままでは埒が明かない。そう思った時、長い間沈黙を貫いていた雪が口を開いた。


「姉さん。もういいでしょ。これ以上彼と戦っても意味がない。それに彼はきっと、本来であれば子どもに手を出す人間ではないはずです」


 依然、彼女は沈黙を続けている。


「自分が死にそうだっていうのに一度も手をあげていないのが証拠です。あの時彼が幼女を襲ったのは何か理由があるはずです」


「理由があれど、事実は事実だ。見逃すわけにはいかない」


 そう言った時、彼は初めて目を開いた。


「姉さん。熱くなりすぎです。彼には情状酌量の余地があると僕は言っているんです」


「しかしだな」


 そう言っても融通の効かない彼女に、彼は耳元で何かを囁いた。


 すると、先程まで俺にぶん刺していた包丁を彼女はぶら下げた。


 全てを敵視するその目は、見開いて、納得のいくような目をしていた。


「そうか。そうだったのか。あの人が居るなら、大丈夫だろう」


 そして彼女は俺に近づいて、一礼をした。


「すまなかった。どうやら私の思い違いだったようだ。今日起こした間違いは必ずどこかで直しにいく」


 そういうと彼女は少し顔を赤くしながら走り出し、瞬きをした後には居なくなっていた。


 さっきまで彼女が居た場所を振り返ると、雪が目の前に居た。


「僕の姉さんがすみません。あの人、一度走り出すと止まらないタイプなんです」


「ああ、なんとなく分かるよ。それで、さっき彼女には何て囁いたんだ?」


「それはまた追々。少なくとも、今後僕たちがあなたを襲うことはないですよ。それじゃあ今日はこの辺で」


 そうして、振り向いている間に彼は居なくなっていた。


 そんな、消化不良のまま、俺の負け戦は終わったのであった。

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