3、ヒト
俺はうさぎの青い血を洗うために水を求めていた。血は固まると身体に引っ付いて動くたびに引っ張られるからちょっと嫌いだ。かさぶたが体全身にべっとりついているのを想像するとわかりやすいだろう。
なので川でもないかと探していると、遠くから水の流れる音がした。
「水だ!」
俺はうきうきで走って行った。
すぐに川の近くに着くと、そこは飛び越えられるくらいの小さな川だった。水はとてもきれいで、中にはメダカや金魚のような色とりどりの魚が優雅に泳いでいる。
俺はその水を一口飲む。手を器にしようとしたが爪の間を水が通り抜けてしまうので川に口をつけるしかなかった。
すると今まで乾いていた喉が潤い、まるで復活したような気分になった。
「ぷはー!うめー!」
森の中でそう叫び、自然を強く感じていた。息を吸うとき、水の匂いに木の匂いが鼻の中に通り、リラックスした。心の中の汚れがすべて洗い流されていくようだ。
その後無我夢中で水の中に頭を突っ込んでいた。
やがて歩くとお腹がたぷたぷとなるくらい水を飲み、気持ち悪くなっていた。今にも吐きそうだが、吐けはしなかった。
「おえ……何か食べないとな……」
きっと胃のなかを固形物で満たせばお腹一杯になるだろう。そう思っていた。
水も飲めたことだし、今度は休むか。と川に背中を向けたその時、何かが後ろに落ちてきた。
川の中に強く打ち付けられ、ムチのような音がした。
俺は慌てて振り返ると、そこには血の川が広がっていて、その中間に傷だらけの人間の魔女らしき人物がいた。
「に、人間!?」
俺は慌てて川に飛び込み、その人を手で抱え込んだ。手先の爪が鋭いためそれに十分注意しながら川を泳ぎきり、川岸に上がる頃にはぜえぜえと息を切らして膝に手をついていた。
体中傷だらけで、足なんて変な方向に曲がってしまっている。それに背中から水に落ちたのか、ボロボロであった。
まるで死体のようで、俺はその場で吐き気を催した。
「ごめんなさい……」
一体俺が拾って何になる?むしろ迷惑をかけるだけだ。さっき川からだしたときも、俺がこの人を拾って硬い地面に置いてしまい、もっとつらい思いをさせてしまっているかもしれない。この人は苦しんでいるかもしれない。
申し訳なさで泣きそうになったが、俺はその人に向き合わなければいけないと思い、少しでも助ける方法を見つけ始めた。
そう思った矢先、川を流れていく本を見つけた。それに箒も一緒に流れていっているではないか。たぶんこの人の物だろう。と思い、また慌てて川の中に飛び込み、なんとか2つとも取ってくることができた。
「ひ」
その本をその人に見せた途端、唯一生き残っている腕をこちらに向けて来たのだ。まだ生きているとは思わなくて、思わず本を持ったまま後退りしてしまった。
だが手を出すだけで、それ以上は何もしてこない。本のことを一生懸命指を指しているため、この本が大事なものなのだろう。本を渡すために近くに行くと、何かをボソボソと言っているように聞こえる。
「あ……り・・・と」
「あっ、こちらこそ……」
掠れた声で咳をしながらそう言った。
おそらく「ありがとう」だろう。こんな状況でもちゃんとお礼を言うなんて、逆に心配になってしまう。
その本の端を持って手に持たせようとすると、一生懸命持とうとするがやはり体の状態が瀕死なため、力が入らないようだ。そのためすぐに諦めて、指で下を指した。
「えと……?」
とりあえず本を下に置いた。
重要そうな本なので、その後少し離れてはその人に本をめくりやすいように表紙を開いたりと色々サポートをしていた。するとあるページを開いた途端、その人はそこに手を当てて、何か呟いた。
「ハイ、レ、ㇲ、ト……」
ハイレスト、よくゲームの中で見る回復魔法のようなその言葉を唱えた次の瞬間、彼女の体が緑色に光りだした。とんでもなく明るい光だったので、近くにいた俺は思わず目を瞑ってしまった。
それでも目の奥にずきずきと痛みが走る。視力はおそらく大丈夫ではあるが、余韻のある痛みなためなかなか開けることができない。
次に目を開けたときには、あの人が驚いた表情をして止まっているのが見えた。
「あっ……こんにちは」
とりあえず社交辞令としてお辞儀をして挨拶をする。
「えっ、お辞儀?ドラゴンがお辞儀?」
もっと目を見開いた。顎を押さえて悩んでしまった。
どうやら他のドラゴンはお辞儀をしないらしい。そりゃあここは異世界だから、元いた自分の世界の常識など通用する方が珍しいのだろう。
すると今度は、何かに気づいた様子で息をのみ、俺と本を交互に見た。
「あれ、あれ、あれ?!ってことは、この子が助けてくれたってこと?」
そうだ、というようにうんと頷く。どうやら俺の言葉は通じないようなので、身振り手振りで会話をするしかなさそうだ。パントマイムは苦手なんだけどな……
「あ、ありがとう……」
俺はお返しにどういたしましてとか何か言おうとしても、喉から出る声は「ガァッ」という鳴き声だけだ。
手を出して親指を上げ、いいねの手をする。いいってことよ!と言う意味で、伝わっただろうか。できるだけ自然な笑顔で。
「……かわいい。」
「!?」
ハンドサインが伝わらない可能性が大きいため、それの実験も兼ねていたのだが、どうやら伝わったようだ。だがかわいいと言われるとは予想外であった。なのでつい照れてしまって、顔が赤くなり、頭の後ろを掻いた。
「言葉がわかるのね、ドラゴヒューマの子孫かしら、まだ子供みたいだし」
その人は俺の体をじっくり見ると、何かをぶつぶつと話し始めた。
俺はドラゴヒューマ、おそらく竜人の類いで、生まれたばかりの子供だと言うことも丸わかりらしい。証拠は尻尾の先に卵の殻がついてたこと。
おっとこりゃ恥ずかしい。慌てて取って食べたが、その様子を見て笑われてしまった。まんまと騙されたような気分だ。
そのまま顔を赤くして恥ずかしがってもじもじしていると、ぶつぶつ呟いているその人が、急に俺の体を触ってきた。
「興味深いわね、ちょっと触らせて……」
「が、ガガガアッ!」
離れて!とお願いするものの口から出るのは鳴き声だけで、手で押し返しても爪で傷つけかねないため、そのまま身体中をいじられるしかなかった。
しばらく頭から足の先、手の先まで触られていると、手を触ったとたん何か電気のようなものが走った。そこで何かを感じたのか、驚いて俺と見合った。
赤色のルビーのような目だ。やはり異世界の人だから目の色も豊富なのだろう。
「……白い光?」




