学園の氷の公爵令嬢3
「美味しい!? これ、本当に学食ですか! あの時の夜会の料理よりも全然美味しいですっ」
私達は学食の隅の目立たない席に座った。
セイヤ様は学食のルールについて説明してくれた。なんでも、セイヤ様が初めて学食にいらした時にセイヤ様にお声がけしようとする令嬢たちの大混乱が起こったらしい。
それ以来学食では『異性へのお声がけ』は禁止とされているみたい。
セイヤ様、恐るべし。
「そうだな。ここの料理は美味しいだけじゃなくて栄養管理もしっかりとされている。……それに留学生が
多いと故郷の料理が恋しくなるだろ?」
「あ、そうか! ……す、すみません、セイヤ様。少し乱暴な口調になってしまって……」
「別に構わない。そっちの方が昔のピオネさんらしい」
私は少し恥ずかしくなってコップに入ったお茶を飲みながら顔を隠した。上目遣いでセイヤ様のお顔をちらりと確認する。
セイヤ様は相変わらず無表情だけど目尻が下がっているように見えた。
「そういえば週末はあの後どうお過ごしでしたか?」
一瞬だけセイヤ様の動きが止まる。ゆっくりと口元を拭う。一つ一つの所作がとても綺麗でずっと見てられる。表情も(無表情)豊かだしね。
「……帝国西の森でレオン兄さんと魔物に追いかけられていた。もう少し些事を解決させたら面倒事はおしまいだ。……ピオネさんはちゃんと道場に通っているんだろ?」
「ええ、とっても楽しいです!」
「なら、俺も必ず道場へ行く」
とても強い意志が籠もった瞳で言われるとなんだか恥ずかしい。
幼少期の頃の事を少し話してみようかな。
「あの、セイヤ様、ピピンちゃんをくださったのはあなただったんですね」
「ああ」
「私と遊んで下さったのもあなただったんですね」
「ああ」
短い返事なのにセイヤ様から温かい気持ちが伝わってくる。
私は目を閉じてあの頃の思い出を思い返す。それだけで胸が一杯になる。
温かい気持ちがじんわりと広がる。
口に出たのは――
「――ありがとうございます。……私、『誰か』がセイヤ様で良かったです」
「ああ……」
言葉少ないセイヤ様。
手に持っているコップが少し震えている。口元を隠しているみたいにコップを持っていた。ふふっ、私とおんなじだ。
しばしの沈黙が広がる。嫌な沈黙じゃない。言葉はいらない。私は忘れていたけど、私達は幼馴染だったんだから。
テーブルが静かでも、セイヤ様の表情は豊かでそれだけで私も笑顔になる。
――程なくして食事も終え、立ち上がったセイヤ様がコーヒーを持ってきてくれた。
超大国から広がったコーヒーという嗜好品。苦いけれどクセになる味。私はお茶の方が好きだけど、濃い料理の後はコーヒーが合うんだよね。
コーヒーを一口。
「わぁ……、このコーヒーすごい……。苦すぎなくて後口がさっぱりしてる。酸味が強いのかな? もしかして豆から煎っているのかな?」
「正解だ。ここのシェフはコーヒーマニアでな。新作が出るたびに俺に試飲させるんだ……」
「学食のシェフさんと仲良しなんですか?」
「ああ、自由都市の料理の話しをしているうちに仲良くなったな」
すごい、セイヤ様意外とコミュニケーション能力が高い。ディン師範とも仲良しだし。それに比べてわたしは……。
「セイヤ様は素敵ですから学園でもお友達がお多いんじゃないですか? 私なんてお友達はピピンちゃんしかいません」
セイヤ様が少しだけ首を傾げる。
「……友達……と言えるような奴は学園にはいない。いつも一人だ。だが、帝都の街には友達というか仲間と言える存在は確かにいる。それより、ピオネさんはいつも一人なのか?」
即答――
「うん、学園ではいつも一人ぼっちですよ。友達ってよくわからないんですよね」
「――そうか……」
そこで私達の会話が少しだけ止まる。
多分、同じ事を考えている。
私達がお友達になればいい。
子供の頃だったらそれで良かった。
でも――私達は婚約者がいる。婚約者以外の異性とずっと一緒にいるのは……それこそジゼルやディット様と同じ。
いくら仮面婚約者だからといって、勘違いされるような行為はしてはいけない。
――だけど、別にどうでもいいと思う。
「だが、別に構わないか……」
「え?」
言葉が被ったかと思った。セイヤ様が言葉を続ける。
――私はセイヤ様とこれからも仲良くしたい。
「俺はこれからもピオネさんと仲良くしたい。……俺達は道場仲間だな」
私は嬉しくなって元気よく返事した。
「はいっ! 私もセイヤ様と仲良くなりたいです。えへへ、道場仲間ですね」
セイヤ様が小さな小さな声で呟いていた。
「(笑顔が綺麗だな……)」
……えっと、成長して目と耳がとても良くなって、それで、全部聞こえているんです……。
私、きっと笑っていたんだ。思いっきり笑うと、とても気持ちが晴れやかになるんだね、ピピンちゃん……。
ちょっとだけ恥ずかしくて、私は心の中のピピンちゃんに助けを求めた。