三人集まれば話すことは自ずと決まる【前編】
「……ふむ、そうなのですね。相変わらず昴様は校内で目立っているようで……」
「悪い意味で、ですけど」
「あはは……。この間、一年生の子にも聞かれました。『なんであの先輩って変なことばかりしてるんですか?』――って」
「あ、それわたしも聞かれた。晴香と一緒にいるときに」
「中学の頃から経験しているので慣れてはいますが……。一度転校したから、余計に目立っているのかもしれませんね」
「かもね。……ほんとに呆れる」
「た、たしかにほどほどにしてほしい気持ちはあるかも……」
「ですが――そんな彼だからこそ、お二人は心の底から好きになったのでしょう?」
「え」
「えっ」
日曜日の夕方。
駅周辺に位置する、大型ショッピングセンター内にある喫茶店にて。
目の前に座る美人――星那椿さんが、わたしと志乃さんをジッと見つめて言い放った。
決して冗談を言っているように見えず、声音は真剣そのもので。
突然の問いかけにわたしたちは同時に固まり、すぐに答えることはできなかった。
コーヒーの香りが、わたしを逃がすまいと鼻孔をくすぐる。
――そもそもの話。
なぜわたし、志乃さん、星那さんという『珍しい三人』で喫茶店にいるのかというと……。
時間は少し遡る。
× × ×
「あっ、見てください! このスカート、絶対留衣さんに似合いますよ! かわいい……!」
「ス、スカート……」
「落ち着いた色合いとか、特に似合うと思いますよ?」
『The・若者らしいスカート』を手に彼女――朝陽志乃さんがにこりと笑う。
日曜日の昼下がり。
わたし、渚留衣は志乃さんに誘われて二人でショッピングモールに遊びに来ていた。
志乃さんとの付き合いも、あっという間に一年を越えて……。
去年起きたさまざまな出来事を経て、今ではこうして休みの日に一緒に遊ぶまでの仲になっている。
呼び方も『渚先輩』から『留衣さん』へと変わっていて、正直まだちょっと慣れない。
わたしのような陰キャが、天使みたいな年下の女の子と、こんなにも仲良くなれるなんて……。
ほんと、人生というのはなにがあるのか分からないものだ。
数年前の自分に言っても、絶対に信じないだろう。
当時のわたしには、晴香以外に仲の良い友達なんていなかったわけで。
「留衣先輩、あまりスカート好きじゃないんでしたっけ……?」
現在、わたしたちがいるのはショッピングセンター二階のアパレルショップ。
ここは去年の七夕頃に、青葉と生徒会長さ……じゃない、星那先輩と一緒に来たところでもある。
あのときは朝陽君たちのデートを覗き見てたんだっけ。
あれももう、去年の出来事なんだ……懐かしい。
「好きじゃないというか……露出苦手だし、そもそもわたしにはスカートは似合わないっていうか……」
志乃さんが持っている膝丈程度のスカートを見ながら、わたしは首を振った。
たしかに可愛いし、デザインは好きだけど……。
そもそも、スカートなんて制服以外で着ることはほぼ無い。
晴香や志乃さんは履いていることが多いし、可愛いからすごく似合っている。
わたしは……そもそもこんなだし……うん。とても似合いそうにない。
「そんなことありませんよ……! 絶対留衣さんに似合います!」
「し、志乃さん……?」
わたしの答えに対して声を張り上げ、志乃さんはずいっと距離を縮めてきた。
「いいですか? 留衣さんって自分が思ってるよりずっと可愛らしいんですよ? 見た目だけではなく、内面的な意味でも」
「あ、えっ……」
突然の攻撃に、わたしは思わず動揺状態に陥る。
「だから、似合わないなんて言わないでください。もちろん、それぞれ好みがあるので無理強いはしませんけど……」
「えっと……」
「分かりましたか?」
「わ、わかりました……」
圧に負け、わたしは情けなく頷く。
「留衣さんはもう少し自覚を……」と、志乃さんはため息混じりに言いながらスカートを棚の上に戻した。
……すぐタジタジになる自分が恥ずかしい。
いつも正直で堂々としている川咲さんや晴香が、こういうとき尚更羨ましく思う。
「それに──」
「ん……?」
志乃さんはわたしを見て、にこっと笑う。
笑ってはいるけれど、その瞳の奥には別の思惑があるように──
「昴さんもきっと、いろいろな留衣さんを見られて嬉しいと思いますよ? 服装ひとつ、髪型ひとつ違うだけで、印象ってすごく変わりますから」
「……」
ふいっと、わたしは視線を落としてしまった。
「……そこであいつの名前を出すのはずるくない?」
「ふふっ」
「……もう」
いたずらっぽく笑う志乃さんに釣られて、わたしも笑みがこぼれた。
服装ひとつ、髪型ひとつ──か。
去年のわたしの誕生日、髪型を変えたわたしを見てすごく驚いていた青葉を思い出す。
あいつ、最初はわたしだって全然気が付かなかったよね。別人だと思ってたくらいだし。
それに……現在の志乃さんの姿を見て思う。
去年までの志乃さんと言えば、長くて艶やかなロングヘアーが印象的だった。
でも今は、その髪を肩までバッサリと切っている。
それはきっと、前に進むための決意。
それはきっと、一歩踏み出すための勇気。
それはきっと、再び『あいつ』と出会うための覚悟。
あいつがいない苦しさを受け入れられず、『停滞』を選んでしまったわたしとは違う。
本当に……本当に立派だと思う。
だからこそわたしも……負けていられない。
──負けたくない。
それに、わたし自身を否定するということは、わたしを支えてくれたみんなも否定することになる。
わたしと『友達』だと言ってくれたあいつを否定することになる。
それだけは……絶対に嫌だ。
シャキッとしろ、わたし。
「わたしは……洋服のこととか全然詳しくないから……」
「……?」
ポツリと呟かれたわたしの言葉に、志乃さんが首をかしげる。
洋服の組み合わせとか、印象とか、ブランドとか……ゲーム以外のことになると全然分からない。
普段着ているワンピースだって、なんとなく『着やすそう』という意味で買っているものばかりで、こだわりもない。
「だから――」
服をキュッとつまみ、わたしは絞り出すように言葉を伝える。
「ふ、服を選ぶの……手伝ってもらっても……いい?」
オシャレは苦手なだけであって、嫌いなわけではない。
ゲームほど関心が向かないだけで、興味がないわけではない。
わたしだって一応女子なのだから……その、一定以上は興味ある。
可愛い服とか、かっこいい服とか……着てみたいなって思うときは……ちょっとだけある。
わたしの言葉に志乃さんはパチパチと瞬きをしたあと――
「はい……! もちろんですよ! むしろ、お手伝いさせてください!」
パァっと表情を明るくさせ、嬉しそうに頷いた。
なにこのエンジェルスマイル。可愛い。浄化されそう。
「蓮見先輩や日向みたいに流行に詳しいわけじゃないですけど、私なりに留衣さんに似合う服を選んでみせます!」
「うん、よろしくね志乃さん。……あ、志乃先生って呼んだほうがいい?」
「せ、先生って……。それはちょっと恥ずかしいですよ……」
「それじゃ、改めて先生にオシャレってものを教えてもらおうかな」
「る、留衣さん……! からかわないでください!」
「ふふふ」
……なんで志乃さんってこんなに可愛いんだろうか。
晴香と同じ太陽タイプの可愛らしさだと思うけど、厳密にはちょっと違う気もする。
晴香は母性的なもので……志乃さんは……庇護欲的な?
立派で強い子だということは当然分かっているけど、思わず守ってあげたくなるし……。そういう可愛らしさなのかな。
とりあえず言えることは、間違いなく志乃さんは正ヒロインタイプの子だろう。
「あっ」
店内をぐるりと見回したあと、志乃さんがなにかを思い出したように声をあげた。
「せっかくだから、私用の服も見ていいですか? 新しいの欲しいなぁって思ってて……」
「それはもちろん。むしろわたしの服はついででいいから、志乃さんの好きなように見て回ってほしいかな」
「ついで……? そんなこと言っていいんですか?」
「え?」
志乃さんは人差し指を顎に添え、こてんと首をかしげた。
あれ、わたし変なこと言った……?
ついでって言い方が良くなかった……?
少し不安な気持ちになっていると、志乃さんの口角が僅かに上がる。
「私――昴さんの好きな服装とか知ってますよ?」
それはまるで──わたしを挑発するように。
不敵に笑って放たれた言葉に、わたしは一瞬言葉に詰まってしまった。
「服装ひとつで印象が変わるって言いましたよね? 昴さんの好きな服を着て、会いに行ったら……もしかしたら私を好きになっちゃうかもしれませんよ?」
「そ、それは……」
「留衣さんはそれでもいいんですか?」
「……嫌だ」
自分でも驚くくらい、その言葉はすっと私の口からこぼれた。
「そうですよね? それならついでなんて言わないで、一緒に見て回りましょ? 私の服も、留衣さんの服も」
「……うん。本当に志乃さんには敵わないな……」
ちょっといたずらっぽく、それでいて寄り添うように……。
年下とは思えない立ち回りっぷりに、わたしは素直に従うことしかできなかった。
「……ちなみになんだけど、青葉が好きな服っていうのは──」
「それは秘密ですっ。留衣さんには負けられませんから! 妹特権です!」
「ず、ずるいっ……。普段はあいつに妹扱いされたら怒ってるのに……!」
「うーん? そうでしたっけ?」
「青葉も言ってたけど……志乃さん、やっぱり小悪魔レベル上がったよね……?」
「ふふっ」
ここ一年で、さまざまな出来事を乗り越えてきたからだろうか。
純粋さはそのままで、以前より小悪魔系に進化を遂げているように感じる。
でもそれは、志乃さんの心が強くなって余裕が生まれた証拠なんだと思う。
可愛くて、優しくて、ちょっぴり小悪魔で……。
……チートヒロイン過ぎない?
「ほら、行きますよ留衣さん!」
「あっ、うん……!」
軽やかに歩き出した志乃さんの後を慌てて追いかける。
朝陽志乃さん。
わたしと仲良くしてくれる素敵な女の子。
そして――同じ男子に想いを寄せる者同士。
友人であり、誰よりも手ごわいライバルでもあって……。
それでも一緒に居て、心が安らぐ相手。
志乃さんと出会えて本当に良かった。
そのおかげで──わたしは自分の想いと向き合うことができたから。
「なんとなくでもいいんですけど、留衣さんは気になった服とかありますか?」
「うーん……」
家の中ではジャージだし、外に出るときは大抵ワンピースだし……。
気になった服……か。
……。
あいつは、どんな服が好き――
「っ……」
「……留衣さん?」
「な、なんでもない」
「……ひょっとして昴さんのこと考えてました?」
「ノ、ノーコメントで」
無意識に思い浮かんで顔を振り払う。
あぁもう……。
好きな人の好みを知りたいとか。
好きな人が喜ぶ顔が見たいとか。
まさかわたしが、こんなことを考えちゃうときがくるなんて――
『恋』というのは……どこまでも不思議な感情だ。
でも……。
あたたかくて、嫌いじゃない。
この際だから、あいつが驚くような服を選んでみるのも面白いかな。
そう思い、店頭に飾られていた『おすすめコーデ』を改めて見ようとしたとき――
「――おや」
冷静な声が、わたしたちの耳に届いた。
聞き覚えのある女性の声だ。
名前を呼ばれたわけではないのに、わたしと志乃さんは、その声に反応して声の主へと視線を向けた。
そこに立っていたのは……。
「奇遇ですね。留衣様、志乃様」
スーツをかっこよく着こなした美人。
溢れ出る大人のオーラに、抜群のスタイル。
感情が変わりづらい表情や瞳。
「「星那さん……?」」
──同時にその女性の名前を口にした。
「はい、星那でございます」
星那椿さんがそこに立っていた。




