剣の鍛錬と魔物の討伐
パーティーの次の日の午後、俺は剣の鍛錬のため騎士団練習場へむかった。
「シャルル王子!昨晩はご婚約おめでとうございます。」
そう言って近づいてくるフエゴの表情は明るくない。目が赤く腫れているように見える。
「ありがとう。
寝不足か?目が赤いぞ。まさか昨日のパーティーで酒でも飲んだか?」
「いえ、まさか!書物を読んでいて夜更かししてしまったのです。」
あまり書物を読むようにも見えないのだが、珍しいこともあるものだ。
「寝不足だろうと手加減はしないぞ。」
「望むところです。」
剣の鍛錬では、最初準備運動をしてから、型に忠実にお互い打ち合う。
型を崩さないよう意識しての打ち合いのため、対人練習を始めた3年前は、最初お互いゆっくりとした動きだった。
それを横から指導役の騎士団長アランが
「シャルル王子、右手の角度が悪い。もっと膝を高く」だの、
「フエゴ、その切り掛かりに対処するときは別の型だ。」だのと、
細かい指導が入っていた。
指導がどんどん減るようになった頃には、周りから見て普通に切り合っているように見えるようなスピードになった。
最近では剣で打ち合いながら雑談をする余裕も生まれている。
「・・・綺麗な方でしたね」
ふいにフエゴが話しかけてくる。
「ベアトリスか、そうだな。」
俺的には可愛い、という気持ちの方が強いが。
「シャルル殿下は婚約に納得されているんですか?」
フエゴの問いかけが理解できず、きょとん、としてしまう。
「納得も何も、俺に合う家格と魔力を持つのは彼女だけという話だろう?」
前世では一部のやんごとなき方は例外として、自由恋愛が当たり前の世界だった。
俺はこちらの世界でもう10歳。
剣や魔法だけでなく王族としての教育を受けている。王族の常識、歴史やこの国の運営、政治、行儀作法。
間違いなく、俺は前世と違う価値観を作り上げられている。
「とはいえ」
フエゴが腕を狙った突きを軽く受け流しながら答える。
「婚約者が彼女で良かったと思っている。」
にっと微笑みながら、カウンターを入れようとする。
一瞬遅れたものの、強引に力で俺の剣を受けるフエゴ。
顔色がすこし悪いな、キレもいつもより落ちる。
やはり寝不足が響いているのだろう。
とはいえ、力勝負では俺に勝ち目がないので、一度ひらりと後ろに下がり間をとる。
仕切り直しだ。
お互いに剣を構え、じりじりとお互いの動きを見据える。
「フエゴは婚約者はいないのか?」
お、上手く動揺してくれた。
パーン、といい音を立てて鎧の胴部分を叩く。
練習用の鎧なのでそれほど頑丈ではなく結構痛いと思う。
まあ、剣も切れないようになっているため、痛いだけで済んでいるだろうが。
「いてててててて」
腰を押さえるフエゴに近づき鎧を外してやる。
「赤くなっているな。珍しいな、あんなに動揺するとは。久しぶりに綺麗に決まったからおれは満足だ。」
赤くなっている部分を指で触れる。
「ひやっ!」
「変な声を出すな」
「き、急に触らないでください!ぞわっとします!」
にやり。俺はフエゴの後ろに周りこみ脇腹をくすぐりだした。ここが弱点か。
「お、王子、止めっ!!」
力が入らないみたいで抵抗できなくないフエゴ。
力ではいつも負けているからお返しなのだ。
「コホン、仲が良いのは何よりだが、魔物が森から出たので討伐に行くが同行しますか?」
アランから声がかかり、俺はフエゴを揶揄うのはやめた。フエゴは涙目になっている。
昨年から騎士団の魔物討伐に参加させてもらえるようになった。
とはいえ、最初のうちは近づくと危ないので、後ろの方で待機しながら、それぞれの魔物の特徴や動き、対処方法を口頭でレクチャーされるところからだった。
最近では弱い魔物の相手を俺とフエゴに回してもらうことが増えてきている。
街に近づく魔物の大半は普段森に住んでいて、街の近くまできた魔物に対しては状況により騎士団が討伐することになっている。
街の周りにいる草原にある魔物は小さくて弱いものが大半なのだが、小さい魔物を狙って森に住む大きな魔物がやってくる。
通りかかる人間や馬車を襲うこともあり、大きい魔物は一般人では倒せないため騎士団が赴くのだ。
「ウォーウルフか、、、」
アランが嫌そうに呟く。
ウォーウルフは牛サイズの狼の魔物で、一体ずつでもそこそこ強いが、速さもあり、群れとして集団で行動するためかなりやっかいな相手だ。
今回は20匹くらいの集団という報告がきているため、騎士団も20名のいつもより多い人数で挑む。
過剰戦力な気もするが、俺が同行するから、という理由が大きいだろう。
「シャルル王子は今回は後方でご覧ください。
魔法での援護をいただけると有り難いです。」
騎士団の騎士たちは、部隊ごとに剣に特化したもの、守りに特化したもの、遠距離攻撃、魔法剣士、隠密などと特色があるが、魔法に長けた者は少ない。
この年齢であっても俺は光属性と濃い魔力を持ち、僅かながらも魔法も使えるので後方支援に回る方が配置としては良いだろう。
「フエゴは前線に参加しろ、ただし1匹としかやり合うな。2匹以上に囲まれたら騎士に声をかけるのを忘れるな。」
アランはフエゴに指示し、隊を引き連れる。
隊の中での役割は俺たちに声をかける前に指示済みのようだ。
街の外に出ると、目視できるところに狼の集団が見える。兎型の魔物を咥えている個体が見える。奴等は狩の最中のようだ。
数匹が、すぐにこちらに気付く。
直ぐに全匹がこちらに対して警戒の姿勢をむける。
群れ同士で意思疎通が図れるようだ。
「光の妖精の加護を。シャインオーラ。」
俺は詠唱の終わった魔法を全騎士団に付与する。攻撃力、防御力、スピードが上がる魔法だ。
騎士団全員の体が淡い光に包まれる。
「弓隊!攻撃!」
アランの号令で弓隊5名が一斉にウォーウルフの群れの上部に目掛けて弓を放つ。
弓には魔法が付与されているようで、放たれた1本の矢が、10本くらいに増えてウォーウルフの群れに降り注ぐ。トータル50本の矢はほぼ全てのウォーウルフに突き刺さる。
矢ではウォーウルフに致命傷を与えるまでには至らず、矢が刺さったまま、ウォーウルフは俺たちに向けて走り出す。
速い!
一気に間を詰めてくるウォーウルフに第二の矢を射ることは叶わず、前線部隊がウォーウルフと対峙する。
シャインオーラを纏い、速さがあがった騎士団の前に負傷したウォーウルフは危なげなく倒されていっている。
流石騎士団、余裕だな。と思って弓隊と一緒に後方で待機する。
「誰か、こっちに!」
突然の叫び。フエゴだ。
フエゴは1匹のウォーウルフと対峙しているため、周りの騎士から手助けがない状態だった。
ただ、あの1匹、他のウォーウルフとは違う。
「ボスか!」
フエゴは1番後方にいたため、他の騎士から離れていた。
俺が1番近い位置だと察した途端飛び出していた。
フエゴに噛み付かんとして大口を開けるウォーウルフの鼻柱を切りつける。
「シャルル王子!」
本来なら前線に出てはいけない俺が来てはいけないことは分かっている。
ただ、友人の危機に体が動いてしまったのだ。
「フエゴ、動けるか!?他の騎士が来るまで粘るぞ!」
「はい!」
近くで見るとフエゴは何度かウォーウルフに引っ掻かれたようで、特に肩から胸にかけて大きく負傷していた。
治してやりたいが今はその余裕がない。
少し距離を取ったボスウォーウルフが俺の方に飛びかかってきた。
ギリギリで右に避け、左脇腹を切りつける。
「ギャウン!!」
結構深く入ったと思ったが叫び声をあげた後、
またこちらに向き直る。
ウォーウルフと対峙していると急に赤い剣筋が目に入る。
「フエゴ、シャルル王子!下がれ!」
アランが来てくれた。
炎を纏った剣でウォーウルフを斬りつけていく。
切りつけられた部分の傷には炎が残り、ウォーウルフはじりじりと弱っていく。
流石だな、と思い安心して息を吐く。
フエゴの方を見ると、彼は膝をついてしまっている。
顔に血の気がない。
急いで彼に肩を貸し引きずるように離れる。
安全な場所まで下がり、意識のほぼ無いフエゴを膝枕で寝かした状態で呪文の詠唱を行う。
「シャインヒール」
フエゴだけでなく、負傷した騎士たちにも回復の光が降り注ぐ。
フエゴの傷がみるみる塞がっていく。
今まで、これほど大きく怪我をした者にシャインヒールをかけた事がなかったので、俺はその効果に驚いていた。
魔法すげえ。
「フエゴ、どうだ?」
意識があるかわからないが膝枕しているので上から覗き込み、耳元に口を近づけて話しかける。
「ん、んん、、、えっ!?」
薄らと目を開けて意識を取り戻した後、目の前に俺の顔があることに気づき驚くフエゴ。
「シャインヒールをかけたのだが、見た感じ傷は治っているが痛みはあるか?」
病み上がりのフエゴが驚かないよう優しく囁く。
「!!!!だ、大丈夫です!どこにも痛みはありません!」
と言いながらバッと起きあがろうとしてふらつくフエゴ。
「流した血は戻らないようだな。
このまま膝をかしてやるからもう少し休め。」
「そんな、、、」
と言い、畏れ多さのあまり真っ赤になりながら立ち上がれないフエゴ。
「王子の膝枕なんか、一生に一度も味わえないぞ?
大人しく寝ているがいい」
こいつ爆発するんじゃ無いか?
と思うくらい真っ赤な顔を手で塞ぐフエゴ。
このネタで一生からかってやれるな、と俺は思うのだった。
前線を見ると全てのウォーウルフが倒れる中、ボスのみがまだ生き残っていた。
他のウォーウルフを倒し終わり、騎士団が全員で取り囲んでいる。
ボスウォーウルフは全身に傷を負い、息も絶え絶えなので倒し切るまで時間の問題だろう。
かなり強い個体だったようだ。
改めてフエゴを見る。
俺の顔を見ていた。
「なんだ?」
「!あ、あの、ありがとうございました。
一生着いていきます。」
そこまで感謝されなくても良い。
「むしろ、近衞騎士を目指すなら一生お守りいたします、とでも言ってくれた方が良いがな」
己の間違いに気付いたようでまた顔を赤くする。
「、、、もっと強くなって、言い直します」
ぼそぼそと呟くフエゴ。
ぜひそうしてくれ。
「お、倒し終わったようだぞ。」
俺がまた顔を上げ討伐の様子をみると、
倒し終わったウォーウルフの上でアランが剣を空に突き上げる。
討伐完了のサインだ。
アランの指示のもと、そこら中に散乱したウォーウルフの遺体から毛皮が剥ぎ取られ、魔石が回収される。
魔石を回収すると遺体は小さな光の粒になり散見する。
魔物から素材を取るときには、先に魔石を回収しないように気をつけないといけないのだ。
ボスウォーウルフからとれた魔石は他の魔石より、一等大きかった。
「今回、ボスと最初に対峙し、勇敢に戦った我が息子フエゴに与えたいとおもうが反対するものはいるか?」
とアランが騎士団の面々に対して大きく声をかける。
皆にこにこと頷きフエゴを見ている。
フエゴはすでに起きがっており、俺が肩をかしている。
フエゴは目を見開いたのち、
「ありがとうございます。」
と言いながら魔石をアランから受け取り、顔の前に掲げてじっと見つめる。
「勇敢だったぞ、かっこよかった。」
と褒めてやるとまた顔を赤くする。
フエゴに皆から拍手が送られて、今日の討伐は終了した。




