戦争の始まり
メルブルク公爵家が取り潰され、豚腹公爵と陰で言われていたハイツ公爵が縛り首にされた。
内容は国家反逆罪という最も重い罪の一つである。
立役者は結婚前だったアリア・リキュール元夫人で、悪行が暴かれたのは彼が王城に渡した書類が元になったこと。
そのような事実が新聞で報道され、王都は少しの賑わいを見せた。
ハイツは王都でも度々事件を起こし、住民から嫌われていた。少しは賑わうというものだ。
そしてその新聞記事にはもう一つ、王都を賑わせる事件が書いてあった。
アリア・リキュールがしたくもない結婚を強いられたと父親に反旗を翻し、貴族の決闘を挑んだというものだ。
これを聞いたギリアは大激怒したという。元々、王家の元第二王子という権力を狙っていたギリアだ。それはまぁ良かった。逆に悪い公爵家を取り潰した小さな英雄として、アリアが祭り上げられている。受けた損害はマイナスとプラスが重なって、少しのマイナスになった程度で済んだからだ。計画に支障はなかった。
だが、その次が彼を怒らせた。
貴族の決闘を挑むという暴挙だ。
アリアが住む、リキュール家は四大魔法貴族とも呼ばれる侯爵家、当然領地も多くその土地は広い。
集められる戦力は次期当主を狙って争った時とは違い完全に集められる。
その数二万にも及ぶ兵士だ。
あの時は三千と百の戦いだったが、今回は二万以上の兵隊と一の戦いだ。
戦いになるはずがない。
だが、貴族の決闘を実の子に挑まれたという親の顔に泥を塗る行為、そしてアリアが話した結婚したくない結婚を強いられたという話、そしてもっとも怒りを買ったのが母を人質にされたということをアリアが話した事実。
これらはすべて貴族のプライドに反した。
ギリアからすれば、どれも貴族としては当たり前であり、当然の事だ。言われるいわれもない、と考えている。
そんな言われもないことでリキュール家当主の座に泥を被せられたのだ、怒らないはずがない。
子が親に逆らうなどあってはならない。そう考えていたギリアはそれに有り余る暴挙を犯したアリアを許すはずもなかった。
そのためにギリアは宣言した。アリア・リキュールとの戦いは全力を尽くすと。
まず全力を尽くすのは二つの理由があった。まずは、ギリアが大激怒したこと、二つは実の子に反旗を翻され、もし負ければ当主の座が危うくなるという事象からだった。
アリアがした要求は、もしこちらが勝てば自分と母を政治に利用しないことである。
対してこちらは、命令に絶対に従う事というものであった。
アリアがした要求では当主の座は揺るがないが、重要なのはそこではなく、子に親が負けたということだ。貴族はメンツを気にする生き物である。
誇りは何物にも代えがたい者であり、絶対なのだ。もし子に親が負けるなんてことがあれば、当主の座を追われるのは分かりきったことであった。
あと十年は当主の座を譲る気はギリアにはなかった。
そして当然アリアという庶民との子供に出来た出来そこないの子供に当主の座を譲る気はない。
長男であり、分家と血を結びリキュール家の血を強めたグリアこそ、当主に相応しいと思っている。
このような点から、ギリアは本来、大人げないと言われるような全力を出し、アリアを潰すことに決めたのだ。
貴族の決闘で生死は問われるが、できるだけという決まりがある。ギリアはアリアを殺すという意味で全力で潰しにかかっていた。
金を浪費し、兵を集め、冒険者ギルドや傭兵ギルドからも兵を集めた。
その結果、三万の兵が集まったのである。
さらには、その三万にはSランクが二人、Aランクが百人以上と、Aランク一人に対しての余りにも過剰戦力であった。
だが、ギリアはそのことを気にも留めない。
ここで全力を出さないようでは、貴族としてなめられる。
それだけは何としてでも避けなければいけない事態で会った。
そもそも現王が仲介に入っている時点で止められない戦い。ならば最も利益がつく戦いをする。その結果が真の全力である。
ギリアは書斎にこもりながら、アリアが王都から帰り、貴族の決闘をするのを待ちわびていた。
もし、兵を五千でも削れたら処刑は止めて、有効活用してやろうとそんなことを呑気に考える暇さえあった。
アリアがギリア以上に激高しているとも知らずに。そして自分の目論見が余りにもたやすく壊される砂の牙城とも知りもしなずに。
「おいおい、ほんとにやるのか?」
そう尋ねたのはアッシュである。
火の四大魔法貴族、ベルフィア侯爵家が審判を務めるという事で今はベルフィア侯爵家の馬車の中だ。
中にはベルフィア家次期当主である、イールゼロとアッシュ、アリアの三人が乗っていた。
「僕は本気です。使わないと決めていた禁じ手も使います。絶対に勝ちます」
顔を赤くして怒るアリアをそれはそれで可愛いと眺めていたアッシュは、尋ねる。
「でもよ。勝ち目がないぞ。雷の貴公子との対決がオッズ13だったけど、今回はオッズ1000は行くんじゃないか? もし賭けが行われるならの話だけど」
「それでもです。ぶっちゃけあの時は十分の一も魔力を使ってませんし、勝ち目は充分にあります」
「マジかよ、初耳だぞ。そんな事」
「今、初めていいましたからね」
「おふた方どうやら着いたようだ」
馬車が止まり、次期当主であるイールゼロが二人に声をかける。
着いたのはベルフィア侯爵領とリキュール公爵領の境目である。
リキュール側には砦があり、そこには兵士がたむろしていた。
天気は暗雲が立ち込めており、まるでアリアの怒りを表している様にゴロゴロと雷が雲の中で鳴っている。
「行きますよ、アッシュ君。あなたはこの戦いの生き証人となるのです。そして行きましょうかイールゼロ様、審判役お願いします」
「あい、分かった」
イールゼロはこの華奢な少年が砦一つ突破できるか不安だった。
この馬車以外にも従者を乗せた馬車が六台あるがその出番はあるのかと、自分が来た意味がるのかと不安であった。
だが、その不安もすぐに杞憂であることを知る。
ぽつりぽつりと雨が降り始める。
それと同時にアリアが馬車から降りた。
傘を持ってそれに続こうとするイールゼロとアッシュ。
アリアがそれを制した。
「傘は要りませんよ、二人に降り注ぐのはすべて蒸発させますから」
「確かにできるかもしれないがいいのか? そんなに魔力を無駄遣いして」
答えたのはイールゼロだ。
「大丈夫です。微々たるものですよ。僕の怒りに比べたら、ね」
そういうアリアは雨の中にいるにも関わらず、濡れていない。
「二人と馬車たちは僕の後ろを付いてきてください。僕がギリアのところまで道を開けます」
それを言葉通りの意味と二人が知るのは、もう少し後の事である。
ギリアは予定通りならこの砦を超えた向こうの向こう、馬車で三日かかるところにあるリキュール家の屋敷にいるはずだ。
地図を広げ確認したアリアは早速魔法を使った。
それは百メートルを超える龍であった。
水龍、氷龍、灼龍、霧龍、雲龍、氷像龍、そして禁じ手である溶龍と酸龍、この八匹が集まった。まさに八岐大蛇というべき巨龍の姿がそこにあった。
砦はせいぜい十メートル、十倍の大きさの龍の集合体に周りは唖然とするばかりであった。
氷像龍の中でぽつりと雨が落ちるようにアリアが呟く。
「さあ、戦争の始まりです」
アリア「僕は怒ってますよ!」




