帰郷
白金貨百三十枚、これだけあれば普通に暮らす分には働かなくてもいい金額である。
そのため僕は無茶をせず、日帰りで出来るCランクやDランクの依頼を中心に受けて暮らしている。
もう働かなくてもいいのだが、習慣というのは抜けないものだ。
雨の日は相変わらず、外に出て魔法の訓練に励んでいる。魔力量を増やそうとする訓練は夜中にベッドの上で毎日やっている。これも習慣で、僕が魔力量を増やす方法を見つけてから欠かさず繰り返している。
そのせいか、未だに魔力量は増え続けている。マゼロとの戦いでも魔力は十分の一も使っていない。
そんなおり、僕はギルドマスターに呼ばれたのだった。
「何ですかギルドマスター」
「うむ、この前言い渋った話じゃがな。お主、Sランクになる気はないか?」
「Sランク?」
そこからSランクの事をギルドマスターに聞いてみた。
Sランクは実質冒険者のランクとして最高峰のランクだ。上にSSランクというのが存在しているが、この百年間生まれたことはない。
Sランクともなれば、国から金の援助がでてくる。それも結構な額だ。その代わり、通常のSランクの依頼は存在せず、ほとんどが国やギルドからの指名依頼になる。
大きな名声を手に入れられるが、国に縛られるとのことだ。
一年に一度Sランク候補が王都に集まり、Sランク候補同士でトーナメントをする。優勝者がその年のSランクに決定すると言う訳である。
このSランク候補はギルドマスター直々に選ばれる。
そのためギルドマスターは僕にSランクになる気はないかと聞いたのだ。
うむ、少し考えたがSランクになる必要はないというか、成りたくないというのが本音だ。
マゼロに言ったように気軽な冒険者家業が気に入っているので、国に縛られるSランクには成りたくない。
その名声が得られるようだが、名声や名誉には興味がこれっぽっちもない。なのでSランクになる理由はないだろう。
僕はそのことをギルドマスターに話した。
「そうか、なら当初の予定通りバルサスをSランク候補に挙げるか。お主のいう事は良く分かった。話はそれだけじゃ」
「分かりました。ギルドマスター」
「そう言えばじゃが、お主の父であるギリア・リキュール様じゃがSランクだったのう。あの方は貴族の方が本分だからと国からの依頼を断って居るが……。あの時はまさか箔付けの為だけにSランクになるとは思ってもみなかったものじゃ」
父親がSランクだと? それは初耳だ。だから僕もSランクになろうと言う訳じゃないが、興味深い話だった。
その後、僕はギルドマスターの部屋を後にした。
父親の話しがギルドマスターから出て僕はふと思った。
そう言えば母親の顔を最近見ていないなと、家を出る時たまにでいいから顔を見せてくれという事を思い出した。
たまには実家に帰るか、僕はそう思いいったん家に帰ることにした。
馬車に乗り、揺れる事一日間。
僕は実家に帰って来た。
といっても僕が帰るのは本家の方じゃない、本家から少し離れた所にある離れだ。
離れと言っても豪華な屋敷には変わらず、僕はここで育ったのである。
家に帰ると噂になっていたのか、母親がすぐに出迎えてくれた。
「ただいま、戻りました母上」
「おかえり、アリア」
久しぶりに自分の部屋に戻ると、まだ一年も経ってないのに懐かしい感じがした。
部屋で椅子に座っていると、母に今までの事を聞かれた。
なので僕は包み隠さず、冒険者としての活躍を話した。
「アリアはやっぱり規格外ねぇ。本当はそんな短期間でAランクになれるものじゃないわよ」
「なってしまったものはしょうがないですよ母上。Sランクを目指さないかとギルドマスターから言われましたがそれは断りました」
「アリアは向上心がないわね。そういう名声に興味がないとこ私は好きよ。貴族ともなるとみんな名声に飢えているもの。ギリア様も今だに名声に飢えているわ」
「父上がですか。父上はSランクと聞きました。名声はもう足りているのでは」
「あの方は向上心というか、野心の塊だからね。当主になった過程も複雑だし」
父親がどうやって現当主になったかは、母親からすでに聞いていた。父親であるギリア・リキュールは長男ではなく次男だった。本来、貴族の当主とは長男が継ぐもので次男であるギリアは当主になれるはずもなかった。しかし、ギリアは天才であり野心家だった。魔法の才を発揮し、家臣を忠実に増やし、我こそが次の当主に相応しいと長男に直々に起訴したそうだ。
当然長男は当主の座を渡したくはなく、断った。だが、ギリアはそのたぐいまれなる才で領地の民衆も味方につけており、当時は長男派と次男派という派閥ができるほどであったという。
その結果、ギリアは長男と貴族の決闘をすることになる。
長男は次期当主の権限で兵を集めた、三千をも超える軍団。
対して次男でほぼ何の権限も持たない父はおよそ百の軍勢しか集めることは出来なかった。
勝負は長男の圧勝に思われたが、ギリアとその家臣は軍事の才能もあったらしく、三十倍もの敵を圧倒。次男であったギリアが下剋上した瞬間であった。
その後、当主の座についてからもリキュール家の家柄を高めようと今だに父親は野心に燃えている。
僕は三回しかあったことがないが、その鋭い目つきは今でも覚えている。つくづく母親似でよかったと思ったことだ。女に間違えられるのは心外だけど。
その後も母親と会話し、冒険者家業の事を話した。
そんな時である。
部屋のドアがノックされ、家の執事と思わしき人が用件を伝えに来た。
曰く、父親が呼んでいるとのことだ。
「ギリア様が何の要件かは分からないけど、注意するのよアリア」
「分かりました、母上」
「結婚しろ」
父親の部屋に入るなり、そう言われた。
結婚か、貴族間ではいきなりの結婚はあることだが、僕に婚約が回って来るとは思わなかった。
何せ、家の中で一番地位が低いと言ってもいい僕だ。上の兄や姉の事情は知らないが、全員結婚し、僕しか結婚できる人がいなくなったのだろうか。
「お前が結婚するのはハイツ・メルブルク公爵、五十二歳だ。メルブルク公爵との婚姻は我が家にも利益をもたらすと判断した。しかもメルブルク公爵はお前を名指しで指名だ。家の中での地位の低いお前なら、悪評高いメルブルク公爵と何かあって問題ないだろう。そういう事だ、準備して置け」
うむ、突っ込みたいところがいろいろある。いろいろあったが、僕は取りあえず、一番突っ込みたいところへ突っ込んだ。
「父上、ハイツ・メルブルク公爵様とは男ではないのですか? 僕は男なので結婚は無理があるかと」
「そうだ。だが問題ない。相手もそれは承知している。メルブルク公爵は男色だ。しかも線の細く、中性的な、いわばお前みたいな奴を気に入っている。メルブルク公爵は悪名高く今まで妾しかとってこなかったが余程お前を気に入ったらしい。第一夫人にすると決めたそうだ。それに男同士なら子は生まれず、必然的に養子をとることになる。我が家の血筋は汚れないという事だ」
むぐぐ、一言で表すなら絶対いやだ。誰が五十二歳のホモ野郎と結婚するものか。結婚するという事は勿論、夜の営みがあるだろう。
絶対いやである。それならアッシュと寝る方がマシというものだ。
「父上。不遜なものいいですが僕は絶対に嫌です」
「何といおうとそれが貴族の義務だ。受け入れろ」
「そうですか、父上。だったら貴族の決闘を申し込みます!」
アリア「勝負だ父上!」