詰み
「断る。そんな暇はない。時間の無駄だ」
父親は僕の言葉をばっさりと切り捨てた。
「逃げるのですが父上。僕に負けるのが恐いのですか?」
ここで受けて貰わないと困る。僕は負けじと挑発する。
「安い挑発だな。私はSランクだ。そもそも勝負にすらならない。それにだ。貴族の決闘は基本的に家柄が同じもの同士では起こらない。起こるとしてもそれは双方の同意があってのみだ。貴族の義務という理由だけで、私と貴族の決闘は起こせないのだよ」
なんてことだ。貴族の決闘ができないだと!? ならどうやってメルブルク公爵との婚姻を避ければいいのだ。いっそのこと貴族の位を捨て、身軽になってしまおうか。考えるとそれがいい気がしてきた。
「そうだ。先に釘を刺しておくが、貴族を止めようなどという愚策はとるなよ。お前の母が俺の元にいるという事を忘れるな」
何だと、それはつまり、人質という事か。下手なことをすると母親に手を出すという事か。さすがに父親でも言っていいことと悪いことがある。僕の怒りゲージはMAXに近い。
「結婚先でリキュール家に不利になることもするなよ。お前ならこの意味が分かるはずだ。分かったら部屋を出ろ。勝手にどこかに行くなよ。婚約が決まったとメルブルク公爵に伝えねばならないからな」
意味が分かるかだと、母を人質にしているという意味だろ。
僕は無言で部屋を退出する。
扉を閉めた先には先ほど連絡をしに来た執事がいた。
「アリア様、ここからは私、レッツが世話係とさせていただきます。ひとまずは今からアリア様が暮らす部屋へと案内させていただきます」
どうやら父親は徹底的に僕を婚約させるつもりらしい。住む場所を変えるのは、母親と合わせないため、世話係というのは監視の為だろう。
次男から当主に成りあがっただけの事はある。手配は完璧という事か。
僕は屋敷の一室に案内され、よく言えば住む所がグレードアップ、悪く言えば監視付きの軟禁状態になった。
何せトイレにまで執事がついてくる。逃げ道を一切封じるという事か。
さらには護衛と称して家の中にも関わらず、扉の前に兵が常駐している。窓の方にもだ。
僕がかなりこの婚姻を嫌がり、逃げ出すことを想定しているのだろう。
もしここで、僕が母親に会い。母親に私の事はいいから好きに行きなさい、などと言われたら僕は本当に好きに生きるだろう。
貴族を止め、気軽な冒険者家業に戻るに違いない。
父親にとっては、今この時が一番危険なのだ。父親は僕と母親を絶対に合わせてはならない。
距離があると言っても本家の屋敷と離れの屋敷の距離だ。そう遠くはない、行こうと思えば三十分もかからずに行ける。
僕にとっては婚姻が決まったと届けがメルブルク公爵に届けられ、メルブルク公爵家に連れていかれたらゲームオーバーだ。
それまでの間に何とかしなければならない。
メルブルク公爵家に連れていかれれば、ここからの距離が遠すぎる。メルブルク公爵家はレッツに聞いたところ王都にある。王都からここまでは遠すぎる。馬車で二週間以上かかる距離だ。
そんなに母親と離されてしまっては本当に母親が人質の役目を担ってしまう。
どうすることもできなくなる。
「レッツ、母上に会いたい。離れに案内してほしい」
「アリア様それは旦那様によって禁止されています。なにとぞご容赦を」
「ちくしょうっ」
さすがに無理か、父親。いや、家族を人質に取るという行為をしたんだ。もう僕は父親を父親と思わない。ギリアは当たり前だが、母親に会わせるつもりはないらしい。情のなさそうな父親だ。たぶん何もしなければ、一生母親と会うことは出来ないだろう。
会えば、僕が母親を攫い二人で暮らしていくというチャンスが生まれる。僕の名声はここまで届いているだろうし、並の兵士には僕を止められないと分かっているだろう。
ならそもそも会わせないという選択肢をギリアはとるはずだ。
もしかしたらもう離れの屋敷に母親はいないかも知れない。
僕がこの程度の警備なら抜け出せることも計算のうちだとしたら母親は僕の知らない場所に移されている可能性が高い。
どうすればいいんだ。僕に探知の魔法は使えない。
探知の魔法は風魔法だ。イルカやコウモリのようにエコーロケーションをしなければ、人を探すことは出来ない。
それとも魔力で探るか? しかしここは水魔法使いの名家とうたわれたリキュール家、似たような魔力が多すぎるし、離れの家まで魔力を探知できるほどの性能が僕にはない。
どう考えても、どの作戦でも無理だ。
情報収集のため、レッツにいろんなことを根掘り葉掘り聞いたが、聞くたびにハイツ・メルブルク公爵との結婚が嫌になって来る。
ハイツは女遊び、もとい男遊びにだらしない男で、貴族からの評判は悪い。それでもギリアがハイツとの婚姻を受け取ったのは血が汚れないという理由もあるだろうが、ハイツ公爵家が現王の弟の家であるという事が大きい。
現王の弟、もと第二王子ともなればその権力は絶大だ。ギリア・リキュールはリキュール家の更なる発展のため、その権力を狙っているのだろう。
やり方としては僕が思うに、養子をとったタイミングでハイツを暗殺。メルブルク公爵家の権力が子に移ったときに暗殺することで、僕が正妻だから、養子が幼ければ僕の母親を人質に僕経由で養子を傀儡にできる。
そんな過激な事を思っているのかどうか知らないが、似たようなことは思っているはずだ。
さてそこまで考えて、僕にできる事は何だろうか。ハイツけして良い人物では二という事は百承知だし、ベッドを共にする気はさらさらない。
レッツに聞いた限りでは、小太りでいやらしい目つきの男らしく、お見合い写真も見せて貰ったがその通りの男だった。
僕がハイツと夜を共にするということを考えるだけで身震いする。武者震いではない悪寒だ。
ではどうすればいいんだ。
完全に詰んでいるじゃないか。
僕はどうすればいい?
そんな事を考えている内に、日は過ぎていく。
あっと言う間に、婚姻が決定し、僕は王都へと旅立つことが決まった。
中性的なフリルが付いた服を着せられ、それ相応に見える豪華な馬車が屋敷の前に止まる。
ギリアが業者や執事らしき人物と話すのが見える。きっと釘を刺しているだろう。僕が反乱を起こす可能性を考えているに違いない。
僕はその後、馬車に乗せられる。
ギリアの姿はない。
期待など微塵もしていなかったが、見送りはしないらしい。こっちから願い下げだが。
「はぁ、僕はどうすれば良かったんでしょうね」
僕は馬車の中にいたレッツの方を振り向かずに話しかけた。
馬車の中にいるのは御付きの執事であるレッツだけだ。
レッツはギリアが子供のころからの知り合いで忠実なる家臣だ。
僕はさながらレッツに操られる傀儡へと今後なるだろう。
「どうもこうも、あるがままを受け止めればいいのです」
「それが嫌だから、あがこうとしたんですがね。レッツはこのままでいいのです? ギリアが身内を人質に取るようなクズ野郎で」
「アリア様。ギリアではなく父上とお呼びください。そして貴族とはそのようなものです」
「そうですか。だったら僕は貴族なんて願い下げですね」
その後は無言だった。
ひたすら窓の外を見て、どうすればいいのか考える。
何も思いつかない。僕はどうすればいいのだろう。
受け入れるしかないのだろうか。
アリア「ギリアのクソ野郎!」




