家と次期当主
その日、僕は家を買うために不動産屋に来ていた。
僕一人で良いので小さい家が良かったのだが、不動産屋は僕に大きい家をすすめてきた。
どうやら僕がオークションで大金を手に入れたというのは、知れ渡っているらしい。
でも大きい家を買ったところで虚しくなるだけなので、僕は住宅街にある一件の小屋。
金額にして白金貨一枚の家を土地ごと買おうと思った。
とりあえず本物を見せてもらう事に。
小屋は本当に小屋だった。
二階建ての小さい小屋。
山奥とか似合ったら似合いそうな小屋だった。
中も見せてもらうと、掃除はしなければいけなかったがそれ以外は良さそうだった。
家具類もあらかじめあったし、僕はこの家を買う事に決めた。
一人暮らしには充分だと思ったからだ。
不動産屋はもっと大きい家を買ってほしいかったのかしょんぼりしていた。
大きい家を買ってもよかったのだが、持て余すだけだしやめて置いた。
そう言う訳で僕は住宅街に一軒買う事に成功したのだった。
目標が叶ったぞー!
家を買った翌日、僕はフカフカのベッドの上で目覚めた。
ここが自分の家だと思うとなんだか目覚めがいい。
僕はカーテンを開け日差しを浴びながらそう思うのだった。
家を買ってから一週間ほどしたころ、とある噂が迷宮都市ザビエンスを巡った。
フノワール公爵家の次期当主が迷宮都市に来るという噂だ。
貴族が迷宮都市に来るのは珍しいがないことではない。
強い魔物を狩って箔をつけるように、迷宮の奥深くまで潜り箔をつけるためだ。
今までも貴族が来ると噂になったことはあるが、ザビエンス中が騒ぐことはなかった。
それが今やその話題で持ちきりである。
なぜなら来るのがただの貴族ではなく公爵家だからだ。
この国貴貴族階級は下から、騎士、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、王族となっている。
公爵家は王族の次に王族の次に偉いというか、王位を継がなかった元王族の家である。
その権力は半端ない、彼らが黒猫の色は白いと言えば白くなるのだ。
そんな公爵家の次期当主が来るのだから、噂にならないわけがない。
未婚の女性たちは、妾に選ばれないかという話題で盛り上がっていた。
噂でも次期当主は妾を探していると聞いた。
あながちこのザビエンスの町から、妾が出るかもしれない。
出たからどうしたという話ではあるが。
そしてその一週間後、僕は真面目に依頼を受けて仕事に向かっていた。
向かっていたのだが、街中でまるでパレードがあるかのように道が開かれていた。
どうやら公爵家の次期当主がここを通って迷宮に行くらしい。
噂をすれば何とやらだ。
馬に乗って豪華な装飾の付いた銀色の鎧をつけた次期当主、マゼロ・フノワールが従者を引き連れて先頭で馬を走らせていた。
短く切りそろえた銀髪の髪に、整った顔立ち、長身できりっとした表情を見せる次期当主はまさしくイケメンだった。
僕もあんな風に長身だったらな、と思う。
女に間違われることもなかっただろう。
次期当主のマゼロが振り向くたびに、女たちから黄色い声援が起こる。
むぅ、モテモテだな。
まぁ、僕には関係ない、早く依頼に行こう。
そう思った時である、マゼロと目が合った。
それは数秒にも満たないことだったが、マゼロは何かを感じ取ったらしい。
馬を止めると、
「おい、そこのお前」
とこちらに向けて声をかけてきた。
「わ、私ですか?」
僕の前に立っていた女性が声を上げるが、
「お前じゃない。そこの金髪の少女だ」
マゼロは否定し僕を指さした。
馬から降り、こちらに歩くマゼロ。
マゼロがまるでモーゼの奇跡を使ったかのように人ごみが二つに割れた。
そして真っ二つに分かれた先には僕がいる。
僕?
自分を指さすと、
「そうだお前だ」
とマゼロが呟いた。
そして僕の前に立ち、じろじろと僕を見る。
あまりいい気分ではない。何だろうか。
もしかして僕が噂の雨の魔法使いだと分かったのだろうか。
結構広まっているんだな僕の二つ名とか思っていた所、予想外の一言がマゼロから繰り出された。
「よし、気に入った。妾にしてやる」
ん? チョットマッテ。
「若様」
そこに声をかける一人の人物がいた。僕ではない。従者の一人で如何にも執事ですと言った風貌の男だ。
「なんだレーテス?」
「恐ればせながら言わせてもらいますと、庶民を妾にすると風当たりが強いと存じ上げます」
「それなら問題ない。あのマントの端を見ろ、リキュール家の紋章だ。リキュール侯爵家の娘だろう。位は問題ない」
「はっ、若様の観察眼にこのレーテス、感服いたしました」
「いや、ちょっと待ってください。その観察眼おかしいですよ」
そこに僕が声を掛けた。
「何がおかしいのだ、リキュール家の娘よ」
マゼロが口を開く。そこがおかしいんだけどな。
「僕の名前はアリア・リキュール、この町では雨の魔法使いなんて呼ばれてます。それで、僕は男です」
「は? 今何と?」
「僕は男です。僕はリキュール家の末っ子です。娘じゃないです」
しばしの間、空白の時間が流れた。
そしてマゼロが口を開いた。
「そこの娘、このアリアが男だというのは本当か?」
一度、声を掛けられたと勘違いした女性にマゼロが問いかけた。
その子は、
「あまり私は知りませんが、雨の魔法使いが女にも見える美貌を持った男だとは聞いたことがあります。たぶん本当の事かと」
イケメンフェイスに見つめられたからだろうか、顔を真っ赤にしながら町娘は答えた。
「うむ、だが私にはどうしても男には見えん。言い寄られたくないから嘘を言っているのではないか」
そう思うのなら言い寄るの止めてくれよと僕は思う。
「私はアリアを妾にするぞ。アリア、異議はないな」
「大ありです、次期当主様。僕は男です。それに女だとしても妾になるつもりはありません」
「それはどうしてだ」
「僕は今の生活に満足してますから、それに次期当主様がこれ以上僕に言い寄るんだったら僕にも考えがあります」
「ほう、それは何だ?」
「貴族同士の決闘です」
手袋を相手に投げつけて戦うあれである。そう、決闘である。
貴族間ではもめ事が起こった時しばしば決闘で、決着がつけられる。
これはノブレス・オブリージュにも似通った貴族の義務なのだ。
「ほう決闘か、アリアがそれで満足するならそうしようじゃないか」
あっさりと決闘を受け入れたマゼロ何か勝算でもあるのだろうか。
「レーテス、ザビエンスの闘技場に使用許可を求めておけ。アリア、日にちが決まったらこちらから伝える普段は何処にいる?」
「冒険者ギルド西支部に居ますね」
「なら、日にちが決まったらそこに伝えよう。迷宮の攻略が終わった後の決闘を楽しみにしているがいい。フハハハハハ」
高笑いをしながら、マゼロは馬に乗り従者を引き連れて去って行った。
うん、なし崩してきに決闘をする羽目になったが大丈夫だろうか。
まぁ、大丈夫だろう。そう思いながら僕はその場を後にし、仕事に向かうのだった。
仕事が終わった後、町に戻ると雨の魔法使いがフノワール公爵家次期当主に求婚されたとの噂で町は持ちきりだった。
偶然であったクリストファーさんとの話題もその噂で持ち切りだ。
「しかしアリアは男にモテるな。俺に、アッシュに次期当主さまだ。女になったほうがいいんじゃないのか」
「何を言っているんですかクリストファーさん。僕は男のままがいいですよ」
「それにしても、アリアはお嫁に行ってしまうかもな。そん時は見送ってやるよ」
「何言っているんですか、僕は負ける気なんてさらさらないですよ」
「そうなのか? でも次期当主マゼロ・フノワールといえばまたの名を『雷の貴公子』って呼ばれてるじゃねえか。相性的には負ける未来しか見えねぇぞ」
『雷の貴公子』だとなんじゃそりゃ!?
アリア「水の天敵といえば雷!」