表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

最終話 あなたにささげるラブレシピ

「ごちそう様でした。食べてるうちに辛みが強くなってきたというか……少し舌が痺れて、暑くなってきたな。けど、今までリリーナがくれた食べ物の中で一番美味しかった」


 完食した魔王様がフォークを置く。

 頑張ってよかったと、リリーナは心から思う。


「ごほん。それで、魔王様はどっちの料理が気に入ったんだ? 聞くまでもなさそうだが」

 魔王様とリリーナは、2人の世界を作っていたが、ドクターの咳払いで現実に引き戻された。


「リリーナの料理だな。ライラのほうが見た目もいいし、万人受けすると思う。でもこれは……俺だけのために、リリーナがレシピから作ってくれたものだから」


 その言葉だけで、リリーナは充分だった。

 胸の奥がくすぐったくなる。


「私、お邪魔虫みたいですね……」

「あーそう落ち込むなよライラ! このスープ俺は好きだぜ?」

 横では2人の様子に毒気を抜かれたライラを、ロロが慰めていた。


「よかったですわ……まだワタクシは、魔王様と一緒にいられるのですね!」

「まだってなんだよ。何も泣くことないだろ」


 感極まって泣き出したリリーナに、魔王様が苦笑する。

 ぐしゃぐしゃの顔を見られたくなかったのに、魔王様はそれを許してはくれなかった。

 リリーナの側までくると上を向かせ、満足そうに笑う。


「そんなに、俺がいないと寂し……くっ、あ……?」

「魔王様?」


 なんだか魔王様の様子がおかしい。

 言葉の途中で苦しそうな顔になり、胸を押さえて倒れてしまった。


「あ……りりぁ……」

 床につく前にリリーナがキャッチすれば、とろんとした目で見上げてくる。

 どうやら舌が回らないようだ。

 異様に体が熱く、息も荒かった。


「魔王様!? どうしたのですか!? しっかりしてください!!」

「あぁ言い忘れていたがな、リリーナ。ソースにつかっていたシビレビレは、普通の者にとっては毒物だ」


 慌てたリリーナに、ドクターがくっくっと笑う。

 どうやら知っていて止めなかったらしい。


「なんでそんな重要なことを、先に言わないのですか!!」

「面白そうだったからに決まっている。命に別状はないから、安心するといい。時間が経てば治るし、遅効性で痺れと強い媚薬効果があるため、魔族の間でも堕としたい相手によく使われている安全な毒だ。ちなみに滅多に生えないので、高額取引されているんだぞ?」

 

 ドクターは、ニヤニヤ笑いで言い放つ。

 こういう奴だと知っていたのに、油断したリリーナが悪かった。


 メデューサであるリリーナは、あらゆる毒が効かない。

 おかげで、全くシビレビレの毒に気づかなかったのだ。

 最初に食べるのは魔王様であるべきだと吹き込まれ、他の人に味見を頼まなかったのが、今になって悔やまれる。



「採取されやすい魔物には、特徴がある。採取する側を利用して増えようとするしたたかなタイプ。自らの命を犠牲にして、次の命を繋げようとする者。そして、シビレビレのような……毒で身を守る者。どうしてそういう生態をしているのか考えると、わくわくするだろう!?」


 バサァっと白衣を広げ、ドクターは意気揚々と語り出す。

 被り物のくせに、その瞳は少年のようにキラキラと輝いていた。


「どうやら……ドクターには毒がどれくらい怖いものか、その身に教えてあげる必要があるみたいですね。ねぇ、蛇達?」

「わわっ、ちょっと待てリリーナ!! 我輩が悪かった!!」


 ドクターが慌てだす。

 今更、謝っても遅い。

 リリーナは、問答無用でドクターに蛇をけしかけた。



 ◆◇◆


 カフェの2階にある部屋に魔王様を移す。

 リリーナは魔王様に、シルヴィアの角を煎じたものを飲ませた。


(これじゃ効かないでしょうけれど……せめてもの気休めですわ)


 強い解毒作用があるシルヴィアの角だが、「悪意ある」もしくは「相手を傷つけようとして」使われた毒にしか効かない。

 魔王様への悪意や害意など、リリーナの中に微塵も存在するはずがなかった。


(魔王様と2人っきりになったのは、久しぶりですわね)

 ベッドに寝かされた魔王様は、間もなく眠ってしまった。

 

 シビレビレの媚薬効果のせいで、魔王様は体の熱が高ぶっているらしい。

 汗をかいているし、体を拭いた方がいい。

 そう考えてシャツを脱がせたものの、リリーナが触れれば敏感に反応するものだから、少し妙な気分になってきた。


(魔王様って、意外と筋肉があるのですね……それに男の方なのに、妙に色っぽいです)

 苦しんでいる魔王様を前に、そんなことを考えるべきではない。

 真面目なリリーナは首を横に振り、煩悩を追い出した。

 体を清め終わり、新しいシャツに着替えさせる。



「ん……おいていか……ないで……。とうさ……母さん……」

 どうやら、魔王様は悪い夢を見ているらしい。


 いつもより幼い喋り方。

 亡くなった両親の夢を見ているのだろう。


「魔王様、大丈夫です。リリーナが側におります」

 リリーナは、そっと魔王様の手を取る。

 それからその体に、蛇を優しく絡ませた。


「あ……リリーナ……?」

 魔王様が、うっすらと目を開ける。

 まだ目はとろんとしているが、喋れる分痺れはよくなったのかもしれない。


「すみません、魔王様。ワタクシがシビレビレなんかを使ったせいで、こんなことになってしまって。ちゃんと誰かに味見をさせるべきでした」

「いや、それは……別にいい。あれを食べたのは、俺だけなんだよな?」


 魔王様が上半身を起こしたので、リリーナはその背にクッションを挟む。

 どうやら魔王様は、他に被害が及んでいないかが心配らしい。

 そうリリーナは解釈した。


「はい。ですが次からは、ちゃんと他の者に味見させますね」

「ダメだ。そんなことしたら……他の奴らが勘違いする」


「しかし魔王様、それではまた今回のように……」

「平気だ。俺は元人間でも魔王だし、そう簡単に死んだりしない。だから味見も他の奴にさせなくていい」


 魔王様は頑なだ。

 理解しないリリーナに対して、怒っている。


 媚薬の影響か、魔王様は感情豊かだった。

 普段はけだるげなポーズで隠してしまう感情が、そのまま表に出ているみたいだとリリーナは気づく。



「リリーナから食べ物をもらうのは……俺だけでいい。他の男に渡すのはダメだ」

 ここまで魔王様がこだわるのは、珍しい。

 基本的には、何においても感心が薄い人なのだ。


 しかし、御身に危険が及ぶのなら、リリーナも引くわけにはいかない。

 味見役は必要だと食い下がれば、魔王様の機嫌は目に見えて悪くなった。



「……魔族にとって食べ物をプレゼントするのは、求婚の意味があるんだろ? リリーナは他の奴に求婚したいのか?」


 魔王様から読み取れるのは、あからさまな執着とわかりやすい嫉妬。 

 リリーナはようやく、不機嫌の理由に気づいた。

 そんなふうに思っていたなんて知らなくて、嬉しいのと同時に混乱する。

 


「魔王様……それを知っていたのですか!? その味見にそんな深い意味はありませんし、あくまでワタクシは魔王様のためを思って……!」


「どうだろうな。前々から思ってたんだが、どうしてリリーナは、俺を他の奴と結婚させようとするんだ? 俺はこんなにもリリーナが他の奴と仲良くするのが嫌なのに……リリーナはそうじゃないのか?」


 わからないという顔を、魔王様はしていた。

 ずっと悩ませてしまっていたのだと、ようやくリリーナは気づく。



「……いつか魔王様は、ワタクシの側を離れてしまうんじゃないかって、ずっと不安だったんです。人間に奪われたくなくて、妻がいれば――魔王様は国にずっといてくれると思いました」


 魔王様が腹を割って話してくれているのだから、自分もきちんと話すべきだ。

 リリーナは心の内側に燻っていた気持ちを、ゆっくりと言葉にする。


 魔王様は、リリーナがそんなことを考えていたとは思ってもみなかったのか、黙りこんでしまった。

 リリーナのズルい部分を知って、幻滅したのかもしれない。

 そう思えば、心は沈んだ。



「国のためだなんて、本当は建前でした。どうしたら、魔王様がずっと私の側にいてくれるのか……そればかり考えていたんです。魔王様がどうしたいのかを、本当は考えるべきだったのに」


 強引だったという自覚はあった。


 ――これは国のために重要なことだから。


 そう自分さえも欺き、魔王補佐という立場をリリーナは利用していたのだ。

 魔王様の顔が見られなくて、俯く。



「魔王様が結婚に乗り気でないなら、する必要はありません。ですができることなら……いつまでも国にいてください。魔王様に満足していただけるよう、料理も頑張りますから……!」


 お願いをしたところで、リリーナは1つ重要なことに気づいてしまった。


「そういえば……魔王様は毒で倒れてしまいましたが、もう勝敗は決まった後ですし、取り消したりはしませんわよね? 帰ってきて……くれますよね?」


 魔王様の顔色を窺い、尋ねる。

 卑怯だとは思ったが、リリーナも必死だった。


「リリーナは、魔王様じゃなくて、俺に・・帰ってきてほしいんだよな?」

 俺という部分を強調して、魔王様がリリーナに問いかけてくる。


 ――名前で呼べ。

 そう催促された気がした。


「ソータに……帰ってきてほしい、です……」

 名前を呼ぶことが、こんなにも恥ずかしいとリリーナは知らなかった。

 ちゃんと言葉にすれば、魔王様――ソータが頭を撫でてくる。


「それなら帰る」

「……魔王様っ!」

 思わず感情が高ぶって抱きつけば、ソータも抱きしめ返してくれた。


「魔王様じゃなくて、ソータだろ? まぁ、そう簡単にくせは直らないか」

 ソータは少し体を離して、リリーナの目を見つめてくる。


「なぁ、リリーナ。ずっと俺と一緒にいられる簡単な方法があるんだが、知りたくないか?」

「知りたいです!」


 即答すれば、ソータがクスッと笑う。

 その顔が近づいてきたかと思えば、互いの唇が軽く触れあった。



「なっ、なっ……!?」

「他の誰かじゃなくて、リリーナが俺と結婚すればいい。家族になってくれるって、最初に約束しただろ?」


 混乱のあまり頭がついていけないリリーナに、ソータがまた口づけをしてくる。

 腕をぐっと引いてくる力は強くて、先ほどよりも長く深いキスだった。



 ◆◇◆


 こうして気持ちを確かめあった2人は、皆に祝福されながら魔王城へと戻った。


 しかし、意識がもうろうとしていたソータは、シビレビレを食べた後のことを、自分に都合がいい夢を見たと思いこんでいて。


 ……また一騒動あったりしたのだが、これはまた別のお話。

ようやく完結しました!

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「GMB(ガールミーツボーイ)企画」の他作品はこちらからどうぞ!
主催者の日向るな様の活動報告ページへ飛びます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ