245. トマスとセシリアちゃんの所へ再訪問
思ったよりも早く、カスピル商会の支店が見つかったなあ。
夕方まで大分時間がある。
どうしようかな。
「トマスくんとセシリアちゃんの所へお見舞いにいこうよ、げんきくん」
「そうだね、途中で本屋に寄って、パンの本を買おう」
「ならば、馬で行きませんか、ライサンダーの運動もしなくてはなりませんし」
「うん、乗馬散歩をしようか」
僕らは下周り横路を歩きだした。
外周横路はゴミゴミしていて、活気がある。
途中で本屋さんを見つけたので入った。
中に入ると意外と大きい。
分厚い本が、天井まである本棚にみっしりつまっていた。
埃と紙とインクの匂いがする。
新刊本だけじゃなくて、古本も置いてあるっぽい。
子ども向けのパンの本とかあるかな。
「あ、これとかどうかな?」
あやめちゃんが、表紙にパンを焼いている職人さんの絵が描いてある本をとった。
開けてみると、各国各地方のパンが絵入りで説明されていた。
タイトルも『パンゲリア、パン百科』であった。
レシピとか、焼き方とかも載ってるし、いいかもね。
レジに行って、ハーフリングのおばちゃんにお金を払った。
一万グースぐらい、結構高いね。
この世界は印刷機が無いから、一枚一枚、念写職人さんが、魔法紙に写して行くから高いらしい。
新聞なんかは、元版を作って、それを一斉に何十枚か念写するらしい。
手書きよりは能率的だけど、印刷機ほどの生産力はないみたいだ。
ちなみに、帝国では魔導式印刷機が開発されている模様。
本屋を出て、また、下周り横路を歩きだした。
この前、孤児院へのマットと毛布を買った寝具やさんに、挨拶をしていく。
だんだんと、知ってる店が増えて、メイリンのホームタウン化が進んでいくなあ。
また壺詐欺のイタチの獣人のおじさんがいて、僕らを見ると、えへへと頭をかいて笑った。
あれは儲かるのかねえ。
連合国口広場に出た。
獣人の人達が通関を済ませて街に入ってくる。
あの装備の良い人はダンジョンに行くのかな。
行商人、観光客っぽい親子づれ、雑多な獣人さんが歩いている。
広場の北から、連邦主道に通じる階段がのびていて、そこを昇る。
アップダウンが激しい街だよねえ。
僕の行った所と比較すると、尾道にちょっと近いかな。
傾斜に無理に家を建ててる感じも、尾道っぽい。
連邦口主道に出れば、馬屋の黄金の飼葉はすぐそこだ。
「いらっしゃいませ、パトリシアさま、街乗りですか?」
「うむ、すこしライサンダーと散歩するのだ」
「こんにちわー、馬を貸してください」
「貸してほしいんだよ」
「はいはい、マルチスパークとセルウインドウですね。両方とも空いてますよ」
馬屋のお兄さんは、馬を三頭、さっさと並べてくれた。
おお、マルチスパークさん、元気にしてたかい。
彼は、僕の顔を見て、嬉しそうにぶひひんと鳴いた。
台にのって、マルチスパークさんにまたがる。
やあ、久々の馬だなあ。
戦線のゲンキ号にも乗りに行きたいなあ。
あやめちゃんもセルウインドウさんにまたがった。
パットは台も使わず、ひらりとライサンダーさんにまたがる。
カコイイ。
馬上の人になり、三騎はパッカラパッカラと並足で歩き始めた。
パットのライサンダーが先頭にになり、その後ろに僕、最後尾にあやめちゃんがついてくる。
パカランパカラン。
連邦口主道を少し上がって、上廻り横路の交差点を右に曲がる。
横路をパカランパカランと自転車ぐらいの速度で走らせる。
やあ、馬は楽しいね。
ジーナ薬品調合店の前に出た。
薬品の調合をしているジーナさんに手をふって、通りすぎる。
パカランパカラン。
「久々のお馬さんはたのしいんだよ」
「魔導機と違って生きものの上は、雰囲気がちがうね」
「風が涼しいね」
前を行くパットの乗馬姿勢が、ピシリと決まって良いね。
長年の修練のたまものという感じ。
まあ、騎士は馬上で戦う職業だから当然といえば当然か。
馬に乗るときは、腿で馬体をしっかりホールドして、振動を軽減する事が重要なのだな。
ぺったりと鞍にのると、お尻が痛くなってしまうのだ。
馬の上下運動を予想して、腿辺りのバネを使って動きを消す感じ。
わかるかな?
街をパカランパカランと走っていると爽快だなあ。
口なし主道の交差点を直進して、少し行くとケストナ治療院の白い建物が見えて来る。
入り口近くで馬から下りて、馬繋ぎ柵に手綱を引っかけて止める。
トマスが良くなったら、一緒に馬で散歩しても良いかもね。
彼は馬好きそうだし。
治療院に入ると、むわっと暑く、消毒液の独特の匂いがした。
ロビーには、おばあちゃんやおじいちゃんがソファーに座っておしゃべりをしておられる。
どこの世界でも、高齢者は病院系な施設に溜まるのでありましょう。
顔見知りの治療婦さんが、笑って挨拶をしてきた。
「こんにちわー、トマスとセシリアちゃんに面会なんですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、トマスくんは大丈夫ですよ、セシリアちゃんは後で院長先生に聞いてみてくださいね」
「はい」
「ありがとうなんだよ」
二階への階段を上がって、トマスの居る大部屋にいく。
トマスは、ベットの上で、木馬とお城で遊んでいた。
「あ、おにいちゃんっ! 今日も来てくれたの?」
「うん、良い子にしてたかい?」
「うん、もうなんだか退屈なんだ。朝に孤児院のみんなが来てくれたけど、もう大騒ぎで、院長先生に怒られたよ」
「あはは、みんな元気だからねえ」
「退屈するぐらい良くなって良かったんだよ」
「こんど、何か本でもかってくるか?」
「ううん、いいよ、お馬とお城があるから、あんまり僕ばっかり貰うと、みんながうらやましがるし」
もー、良い子だなあ、トマスは。
なんだか元気になってきて、良かった。
早く全快して、孤児院のみんなの所に戻してあげたいね。
トマスのベットの近くに座って、いろいろとお話しをした。
彼は将来、馬の関係のお仕事とかに就きたいらしい。
戦場に行こうかなとか言ってたので、止めておいた。
孤児の働き場所って、戦場とかぐらいしか無いらしい。
そりゃ、戦場だったら馬関係の仕事には就けるだろうけど、兵隊の扱いは酷いからなあ。
塹壕の地面に寝たら、トマスはいっぺんで病みついてしまいそうだ。
世界に居る人は、アリアさんみたいに頑丈な人ばかりではないのだ。
ひとしきりおしゃべりをして、また来るよと言って、トマスのベットから離れた。
また来てねと、トマスは手をふる。
「兵隊はだめなんだよ、ぜったい」
「馬の仕事かあ、馬屋さんか、牧場とかかなあ」
「最悪の場合、ケンリントンで私の馬丁にしますよ」
「ケンリントン家という手もあるね。それは良いね」
「でも、馬丁も、結構な激務ですからね、まずは健康を取り戻さないと」
まずは健康だね、そうすれば、未来の道はいろいろと広がっていると思う。
病弱だと、いろいろと制限がついてしまうからね。
院長室に行くと、ケストナ院長先生はにこやかに僕らを迎えてくれた。
「いらしゃい、セシリアちゃんの請求伝票はできてますよ」
院長先生は、封筒を僕に差し出した。
うむ、これはエルザさん経由で、共和国政府に出してもらおう。
あとは、殺人鬼が暴れた被害者への賠償金だなあ、行政塔に算出してもらうように伝えなければ。
衛士の人とかも、何人か無くなったり、怪我をしたりしてるから、それも補償してもらわないと。
まったく中将のせいで、大損だと思うよ。
「ありがとうございます。今日も面会はできますか?」
「ええ、本人も待っているようですから、行きましょう」
院長先生を先頭に、僕らは治療院の中を歩く。
鉄格子のドアを鍵で開けて、閉鎖病棟に入る。
いつもながら静かな場所だな。
途中、治療婦さんに付き添われた患者さんらしい女の人とすれ違った。
視線が定まらなくて、目に光りが無い娘さんだ。
黙礼してすれ違う。
セシリアちゃんの病室に入ると、彼女は僕らを見つけて、少し微笑んだ。
「来てくれたんですね」
「うん、本を買ってきたんだよ」
あやめちゃんが、パンゲリアのパン百科をセシリアちゃんに差し出した。
「あ……」
セシリアちゃんは、本を抱きしめて、泣いた。
「ど、どうしたのだ?」
「お父さんにねだって、高いからだめだって、言われた本なんです。その時の事を思い出して」
「そうなんだ、大事に読んで欲しいんだよ」
「パンゲリアにはいろんなパンがあるんだね」
「はい、地方によって、人種によって、沢山のパンがあるんです。わあ、レシピも書いてある。ありがとうございます、すごく嬉しいですっ」
「うんうん」
あやめちゃんがベットの端に座って、優しい目をして、セシリアちゃんの頭を撫でた。
セシリアちゃんは、パンの本を夢中で読んでいる。
「こんど、病院のパン釜で、なにか焼いてみるかい?」
「本当ですか、院長先生、私、焼きたいです」
セシリアちゃんにとって、パンはお父さんとお母さんを繋ぐ大事な絆なんだろうね。
「厨房に話をしてみるよ、あした具合が良いようなら、ちょっと焼いてみようね」
「はいっ、たのしみです」
うんうん、だんだん良くなって来てる感じがするね。
「勇者さんたちも来てくれませんか、パンをごちそうしたいですっ」
「わたしも焼き方を覚えたいんだよ。明日午後にまた来るよ」
「なんのパンを焼くのかな、楽しみだね」
「どんな材料があるか解らないので、パリムからですか」
セシリアちゃんは本をぱらぱらとめくって、パリムのページを開いた。
「パリムは大好きだよ。中がみっしりしていて美味しいよね」
「パリムは、パンゲリア東部の諸王国やメイリンで良く食べられる主食のパンで、硬い外側と、みっしりとして、柔らかい白い中身が有名なパンです。ですって」
「先生もパリムは大好きだよ。楽しみだなあ」
「頑張って作りますっ」
「パンは免許制じゃないのかな?」
「販売に免許が要るだけで、自家用とか、料理屋で焼くことは自由なんですよ」
「ああ、そうなんだ」
また来るねと、言って、本に夢中のセシリアちゃんの部屋を出た。
昨日より、良くなっているみたいね。
僕らは閉鎖病棟を後にする。
さあ、エルザさんとの面会をいつにするか詰めないと。
院長室に入って、僕は院長先生に話を切り出した。
「明日、共和国の人を連れて来て、謝罪させて良いですか?」
「そうですねー……。ちょっと早い気もしますが」
「だいぶ良くなって来てるみたいなんだよ、明日の様子を見て、謝罪させるのではどうでしょうか?」
「そうですね、明日、パンを焼いて、気分が落ち込んでいなければ」
「難しいところですね」
「直接事件に関わった人物から謝罪されても、心が整理できない気もします。大人でも、謝られてすっきり整理できるかというと、難しい事ですしね」
エルザさんが謝罪するのは良いけど、それでセシリアちゃんの心の安定が崩れると本末転倒だしなあ。
難しい所です。
【次回予告】
ケストナ治療院を出た、げんきたちは、馬乗りを楽しみながら、メイリンの街をぶらつく。
食材を買ったり、道具屋に行ったりする。
楽しい、メイリンぶらり馬散歩である。
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第246話
メイリンの街を馬でぶらつく




