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魔女とは、人への愛から生まれ、人の為に生きる存在である。火を、水を、風を、雷を、木を、岩を、土を、その土地の民が為、自由自在に操る女。
そんな魔女が人を殺したというあり得ない筈の事実は、一瞬で世界に広まった。
そこから先は想像に容易い。
私の目の前にある燃える建物は私が暮らしていた家。
私の目の前にある灰と化した草花は私が育てたもの。
私の目の前にある崩れた小屋は私が過ごした仕事場。
空気を吸う度に、呼吸器が火傷しそうだ。それ程までの近距離で、私は、私の思い出が死ぬ様を見る。
「……申し訳ございません」
パチパチと音を立てる火に紛れて小さな声が聞こえた。まるで虫の羽音のように小さくて、頼りない。いつもの威光はどこへいったのやら、私の腕を後ろで拘束するこの男はこの地の領主様だ。私も母が存命のときから随分と世話になった。
娘同然に可愛がってくれたその人は私を害すような人ではない。けれど人殺しの魔女の話を聞いた民の不安が膨れて、収束の目処なんて無くなってしまって、それでも守ろうとしてくれたけれど、やっぱり難しくて。いよいよ抑えのきかぬ民自身が私を殺す為に動いてしまって、それでどうしようもなくなって私を捕らえている。
声が小さいのは近くに不安と憎悪に塗れた人々がいるからだ。
「燃やせ!」
「魔女の身から生み出されたものは全て消せ!」
ほんの数ヶ月程前まで私を魔女様と呼び慕っていた人々が、同じ口で私の死を望む。
ああ、母様が亡くなられていて良かったと、これ程までに思うときが来るとは。私が、この地の最後の魔女で良かった。私たちが愛した彼らのこんな表情を見るのが、私だけで良かった。
子供たちだってこの場にいない。私はつくづく運がいいと思う。母にも子供たちにもこんな景色を見せずに済むだなんて。
この地の未来を担う子供たちは離れた町にある学校に通っている。宿舎で寝泊まりしているから、彼らが現状を知るのは後になるだろう。人死の現場なんて必要以上に知らなくて良い。見なくて良い。けれど、大人ならこんな思いをしていいという訳でもない。
良いよ、と返事代わりに誰にも気づかれぬようそっと手首を折り曲げて拘束するその手を叩く。
損な役回りをさせてしまったね。
その後、牢屋に入れられた私が次に日の目を見たのは、処刑場へと連れられるときだった。
前日に「申し訳ございません……、本当に、私が至らぬばかりに……」と泣いていた彼は、今は領主様の顔をしている。
「殺せ!」
「よくも俺たちを騙したな!」
「悍ましい魔女が!」
牢から広場まで連れられる道中、素足だから鋭い小石が皮膚を抉る。腕に嵌められた拘束具の、ささくれた木が肌に傷を残す。愛し子たちの言葉が、心を裂く。
魔女とは、人への愛から生まれ、人の為に生きる存在である。
人が望むなら、私は死ねる。
角ばった木の棒に張り付けられた私の下に、薪と藁が敷かれていた。
石を投げられ、罵倒を浴び、死を望まれ。
そうして愛し憎まれ死んだ魔女。
そうして生きる、私の魂。
私の意思の元自由に動く四肢。陽の光に透かせば、ほんの少し赤みを帯びる肌は生の証拠だ。柔らかな熱以外を知らぬ肌は滑らかで、どこも爛れてなどいない。炎など知らぬように、何も刻まずただそこにあった。
何の因果か気まぐれか、私は二度目の新たな人生を送る機会を得ていた。
「フィーネ、そろそろ中に戻りなさいな」
「はい、サンザ先生」
清涼を含む風に晒されていると後ろから声がかかる。振り向いて、そこにいたのは予想通りサンザだ。
今生での私は孤児として生まれた。春の花が顔を見せ始めながらも冬の寒さを残す、そんな時期に外に捨てられていたらしい私を拾ってくれたのがサンザだった。
私をフィーネ、と名付けたのも彼女だ。サンザの大好きな人の名前だそう。ちなみに、前世の私は魔女と呼ばれていたとはいえきちんと本名だってある。その名はフィーネ。あら不思議。なんの因果か気になるところだけれど、答えを私は握っている。サンザは私が前世で交友を持っていた子供たちの一人だったのだ。
ここは私が前世で愛した土地、リース。
魔女として死んだ私は、何と同じ地にて生まれ変わってしまったのである。びっくりだ。
「フィーネ、フィーネ、貴女奉公の話が決まったって本当? 私、当てられる自信があるわ。そう、貴女、教会に行くのでしょう!?」
「そらここで一番良い成績のフィーネはここで紹介される一番良い奉公先に行くわな」
「うるさいわよシェード」
室内に戻った私を熱烈に迎えてくれたのは施設で一番仲の良いアネルカだ。その勢いのまま自信満々の顔で私を職員として迎えてくれた場所を言い当てた。
その様子を少し離れた場所で見ていたシェードは呆れ顔で茶々を入れる。ガルっとした睨みをアネルカから受けるものの慣れた様子で飄々と躱しているのが目に入った。
「それに、領主様のお屋敷だって教会と同じくらい立派な奉公先でしょっ! 候補は他にもあるわ」
「いや、領主様のとこは今人足りてて募集してないって先生言ってたじゃん。話また聞いてねーの?」
「な、なんですって!? 聞いてるわよ! 私が言いたいのはそうじゃなくって!!」
ぎゃあぎゃあぎぃぎぃと言い合う姿を眺める。すっかり蚊帳の外だけれど、いつもの光景だ。これで付き合っているというのだから仲は悪くはないのだろうが、友人関係のもと成り立った恋人関係は時たま友人の方の顔を強く覗かせる。見ている此方が恥ずかしくなるくらい、いちゃいちゃしている時だってあるのだけれど。
微笑ましさと喧嘩を止めた方がいいのか迷う気持ちを半分ずつ抱えてながら曖昧に笑っていると、突然アネルカが私を見た。
「そしてね、フィーネ。私もう一つ不思議な話を聞いたの」
「あら、なあに」
「貴女がね、ここを明日発つという話よ。違うわよね? だって、貴女の一番のお友達である私が、人伝にそんな大事なことを聞くなんて、ないわよね?」
「…………」
私は曖昧な笑みを持続させながらシェードを見た。シェードはそっとこの場から逃げていた。
アネルカは怒ると怖いの。
笑った思い出を、はしゃいだ思い出を、走り回った思い出を、そして最も記憶に新しい怒られた思い出を抱えて私は孤児院を出た。
活気溢れる町を通りながら教会を目指す。どこの町にも教会はあるが、この町の教会は一等大きい。だから時々、こうして働き手を募ることがあるのだ。
昔は小さかったのにな。いつの間にそんなに大きくなったんだが。
——それはそうか。教会なんて、何年振りに見るか。
祖母はあまり人の多い場所を好まず町の離れに住んでいたから、足の悪かった祖母に付きっきりの母は魔女ながらも人とは距離を置き、娘の私も当然そんな家に住んでいたため魔女の身でありながらも人の暮らしからは少し遠かった。
それでも昔はよく町へ連れ出してもらっていたものだ。その時にまだ小さかった教会も見た。あれは何歳頃だったか。まだ人の身だったことを考えると大分小さい頃だ。
「あ」
そうこう考えている内に教会が見えてきた。建て替えてからあまり年月の経っていないため、町並みから少し浮く綺麗な建物。
それがリースの教会だ。
——…………裏戸ってどこだろう。
サンザからは裏戸から入れば職員の人が迎えてくれる、と聞いている。さて、裏戸とはどこだろう。
目の前の扉は明らかに正面。横の庭のようなところを回って行っていいのだろうか。それとも裏側に回らないといけない?
「何か、お困りですか?」
「あっ……、……はい、お困りです! 教会の裏戸に行きたくて」
うんうんと悩んでいると声がかかる。反射的に顔を向けて、反射的に出かかった声を空気ごと飲み込んだ。
「裏戸……、もしかして、フィーネ、さん?」
「はい、フィーネです。サンザ先生の紹介で来ました」
「そう、貴方が…………。こんにちは、フィーネ、さん。どうぞ、入りなさいな。私はリサリー、貴方の世話係を務めます」
「はい、よろしくお願いしますっ! リサリーさん」
がばりと頭を下げて一礼する。下を向けば、頭頂部以外見られることはない。ああ、ほんの少し目が潤んでしまった。
よろしく。私の大好きなお友達だった、リサリー。
教会内は粛々とした雰囲気に整えられていたものの、細かなところで趣があるというか、小洒落ている。それは例えば椅子に彫られた模様であったり、窓の木枠に佇む小鳥の置物であったり、花と草が秩序なく、されど一体感を持って咲いてある中庭であったり。
どことなく既視感を感じるのは、どうしてだろうか。
広大な敷地を見渡しながら、思う。
「フィーネ、さんは教会へ来たことがないのですよね」
「はい、孤児院から出たことは殆どありません。それと、私のことはフィーネで構いませんよ」
「……すみません。昔、友人に同じ名前の人がいた時の癖で……。ありがとう、そう呼ばせていただきます。それで、今案内した箇所がフィーネが主に関わることになるであろう場所です」
暫く建物内を歩いたというのに、まだ全て辿りきれていないとは、外観を見た時からそう感じていたとはいえ、やはり圧巻だ。
「あら、珍しい」
庭を注視していると前からそんな声が聞こえてきた。つられて前方に視線を向けると、二人の男性がいる。何やら難しく話し込んでいるようでその顔は険しい。
あ、と声をあげなかった自分を誰か、褒めて欲しい。
動きを止めた私にリサリーが顔を寄せる。くの字を描く手を頬に近づけた。
「あそこにいる二人の内、堅物そうなのはこの教会の神父であるクロスリート。真面目そうな方は領主の息子のジークです。クロスリートの方はこれから会う機会が多いだろうから、覚えておいてね」
「はい、分かりました」
小さな声だったけれど二人は揃ってこちらを振り向いた。その顔はどちらも静かで、堅物というのも、真面目というのも頷ける。
あまり意味に大差はない二つの言葉だけれど、問題はない。私は前の人生で二人を知っている。だから、当然区別はつく。
仮令身長が見上げるくらい伸びていたって、耳に届く音が低くなっていたって、彼らを型取る輪郭がまろみを失っていたって、分からない筈がない。
——ああ、ここには私の愛する子供たちが多いなあ。
孤児院を出るまではサンザしか見なかったけれど、少し外に出ただけで。
とても、とても大きくなった。リサリーも、リートも、ジークも。
それを見ることのできる奇跡の、なんと有り難いことか。
きっと私は生涯、前世から含めて一生感謝し続けるのだろう。




