序章
── 十八年目の冬
山脈の背骨に抱かれた村。
溪谷を溯った先、崖と崖に挟まれた猫の額ほどの場所にだけ、人は住んでいた。
秋にはを刈り、冬にはの薪を抱え、春には棚田へ水を引く。
村を外へ向かう道は、北の峠と南のの二つだけ。
けれどどちらも、冬になれば雪に閉ざされ、春になっても崩落があっては途切れる。
だからこの村は、外の世の流儀から百年、二百年と置いてきぼりを食らい続けてきた。
その村には、古い因習があった。
華ノ宮の底に、目をったまま眠る神がいる。村人はそう教わった。
穴神、穴主、大地母——呼び名は代わるけれど、要は同じ怖れだった。
地の下、岩盤の裂け目、その奥底に棲まう太古の何かが、十八年ごとに目を覚まし、村へ気配を向ける。
目が覚めぬよう、を捧げる。十八の、乙女の、血の匂いを纏った生贄を。
私がそれを知ったのは、七つの時だった。
母の手を引いて、神社の石段を登った。
石段の数は三十三。
登り切った先に、注連縄の張られた暗い社があり、母はそこで私の手を離し、深く頭を下げるように言った。
「詠華、あれが穴主様。あの方にお仕えするのが、神子の務めだよ」
私が目を瞠ると、社の中から、白い衣を纏った一人の女が姿を現した。
長い髪を低く結い、紙の冠を頂いている。
十五か、十六か、そのくらい。
白い顔に赤い唇だけが妙に鮮烈で、わたしを真っ直ぐに見据えた。
巫女だった。
その村の、十九年ごとに交代する神子の一人前の、その前任者。
巫女は石段を降りてくる途中で、一度だけ足を止め、私の頬に冷たい指を触れた。
朝日が雪に反射して、彼女の目が淡い琥珀に透けて見えた。——と、今でも私は覚えている。
あれが、始まりだった。




