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二日目(一)

 ――二日目。



 扉が、静かに開いた。



 朝の光が差し込み、白い髪が淡く縁取られる。



 そこに立つのは、モルテリア・オクルス。



 黒の魔術師服は、光を拒むように静かに揺れ、細い肢体は相変わらず隙がない。



 だが、その佇まいの奥に、ほんの僅かな落ち着かなさが混じっていた。




「……ノリヒト」



 呼ぶ声は、いつもより少しだけ硬い。



「もう動けるか?」



「まだ完治はしてないがな……」



 ノリヒトは身体を起こしながら肩を回す。



「この調子なら、あと三日ほどで治りそうだ」



「……そうか」



 短い返答。



 だがその一瞬、モルテリアの思考は別のところへ沈んでいた。



(……早いな)



 それ以上は続けない。



 ただ、事実だけを受け入れる。



「ああ……この部屋から出られるのか?」



「さっき戻した。今は朝だ」



 踵を返す。



 ノリヒトが続く。



 扉の先は――リビング兼ダイニングだった。



 広くはないが、整っている。



 木のテーブルに椅子。



 棚には器具や本が並び、生活の気配が確かにある。



 魔女の住処にしては、妙に落ち着く空間。



 テーブルには、すでに食事が並んでいた。



 パンとスープ。



「朝食だ……食べるぞ」



 モルテリアが言う。



 なぜか、ほんの少しだけ緊張した声音で。



「そこに座れ」



 迷いなく椅子に腰を下ろす。



 見えていないはずなのに、その動きに淀みはない。



「……いただきます」



 ノリヒトも席につき、パンに手を伸ばす。



 静かな朝。




「ノリヒト」



 不意に、モルテリアが口を開いた。



「お前はまだ完治していない。家でゆっくり過ごせ」



「私は仕事部屋で薬を作る。それと午後から街に行く」




 一拍。




「……なるべく早く帰る」



 最後の一言だけ、わずかに弱い。



 ほんのりと頬が赤い。




「うん、わかった」



 ノリヒトは素直に頷く。



「何か手伝えることがあるなら、言ってくれ」



「うん……それは、おいおいな……」



 モルテリアは俯く。



 視線を逸らす。



 指先が、わずかに落ち着かない。




「女性とこうして二人きりで食事なんて……」



 ノリヒトがぽつりと呟く。



「いつぶりだろうな……」



 遠くを見るような目。



「こんな、きれいな女の人とさ……」



 ふっと微笑む。



「――――っ!!」



「ぶっ!? ごほっ、ごほっ!」



 モルテリアが盛大にむせた。



(くそっ……!)



(なんだこいつは……!)



 顔が一気に熱くなる。



「お、お前!!」



「バカにしてるのか!!」



「バカにはしてない」



 即答。



 迷いがない。



「このマスクだぞ!!」



 思わず声が強くなる。



「……よくわからん」



 ノリヒトは首を傾げる。



「マスクがあると、どうなんだ?」



「そ、それは……」



 言葉に詰まる。



 説明できない。



 そもそも、自分でもよく分かっていない。



「……気に触ったなら、謝る」



 ノリヒトは軽く頭を下げた。



 その素直さに、モルテリアは言葉を失う。



「そ、そういうわけでは……」



 俯く。



 胸の奥がざわつく。



(……妙だな)



 小さく思う。



 だが、それ以上は考えない。



「と、とにかく……!」



 勢いよく立ち上がる。



「私は仕事をする! 邪魔をするなよ!」



 食器を手早く片付ける。



「爆発するかもしれんからな……!」



 明らかに早口。



 どこか逃げるように。



「ああ……わかった」



 ノリヒトはあっさり頷く。



 それがまた調子を狂わせる。



 モルテリアは、そのまま部屋を出た。


 


 ――仕事部屋。



 扉を閉める。



 背を預ける。



「……っ」



 小さく息を吐く。



 胸に手を当てる。



 鼓動が、ほんの少し速い。



「……妙だな」



 呟く。



 机の上には薬品と器具。



 いつも通りの光景。



 だが――



 意識の端に、残るものがある。



 その存在。



 言葉。



 表情。



「……」



 ほんのわずかに、視線を落とす。



 そして。



「……面白い」



 ぽつりと、零した。



 それ以上は、何も言わない。



 ただ静かに、薬品の調合へと手を伸ばす。



 だがその指先は――



 ほんのわずかに、いつもより慎重だった。




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