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わたしの秘密  作者: ちー
2/4

コラボに誘う女

7/13 2125

終盤の抜け落ちてたとこを追加

 土曜日の午後、桃は従姉妹の「なの」こと菜乃香なのかと一緒に映画を見終えて、立体駐車場に出てきたところだった。

 少しフラフラする桃は、菜乃花の車まであと数十メートルの距離まで来たのに、放っておいたら迷子になりそうなくらい放心している。


「ホラーが好きなんじゃなかったの?」


「好きですわー」


「ストーリー言える?」


「雰囲気は楽しみましたわ」


 菜乃花がくすりと笑い、体を傾けて桃の目を覗き込む。


「ずっとこっち向いてたでしょ」


「ち、近いですわ! 離れて下さいまし!」


 ぷいっと顔を背けられてしまった。

 桃が映像や音に怯えて菜乃香にしがみつくのはいつもの事で、そうなると分かっているのにホラー映画を見たがる心境がいまいち分からない。問かければ返ってくるのは雰囲気を楽しんだ、というストーリーを度外視した答えなのもいつも通りだ。


「やっぱ観てないんじゃん」


 呆れの混じった声音こわねにしたつもりだけれど、なんだか慈しむ空気になってしまった。菜乃香にとっては可愛い妹分なのだから仕方ない。


「もちちが楽しめているのなら何も言わないけどさ、勿体なくない?」


 背けられていた顔が、ブン!と擬音を付けられそうな勢いで戻された。なんだか目がうるうるしている。


「流れる様に苦言をていされましたけど何も言わないんじゃなかったんですの!? 」


「あっはっはっ、ごめーん! そうね、何も言わずに送るわ」


 車に着くと菜乃香は笑いながら助手席のドアを開けてやり、本当に頭の回転の早い子だと感心していた。

 菜乃香が配信しているとき、都合が合えば桃が来て勝手にコラボに上がる。それで声を出すこともあるしミュートでコメントのみの時もある。その際は菜乃香やリスナーの言動へのレスポンスが早いだけでなく、斜め上の内容でとても面白い。リスナーの中には「なの」の枠なのに「おもち」目当てで来る人もいるくらいだ。

 そんなことを考えていたものだから、車内での話題も配信絡みになる。


「そう言えば最近居着いたリスナーで『ちー』て子がいるんだけど。あの子、もちちに会いにきてるみたいよ」


「もてる女はツライわね」


「女子に、だけどね」


「ちーちゃん!女の子を虜にする罪なあたいを許しておくれ!」


「楽しそうね。ちーちゃんが枠に来たら伝えるわ」


「いいですけど、もう少し親しくなってからにしません?」


「え、なんで?」


「あーゆー純粋な子って染めてみたくなりませんか?」


「あーね」


 何をする気?と思った菜乃花だけど口には出さなかった。

 桃はいわゆるオタクで、好きが高じて投稿サイトで漫画や小説を公開している。染めるとは、そっちの沼に引きずり込むという意味。だったら、どうせ止めても何かするでしょうね。新たな扉が開くだけで別に不幸になる訳でもないしいっか。

 菜乃花はあっさりと割り切った。


「おもち名義の作品はBL多めだもんね」


「同室のお友達には可愛くて百合みたいと言われましたわ」


 自分の心境を避けてみたら桃はそんな事を言った。ひた隠しにしているはずなのに珍しいこともあるのね、と菜乃花は内心で首を傾げる。同室の友達といえば、


「翼ちゃんだっけ? BLもGL平気なんだ」


 口数少ない大人しい子と聞いていたから意外だった。

 ボーイズラブ、ガールズラブの略語がサラリと出てくる辺り菜乃花も桃の同類で、筋肉に癒しを覚える性質たちだけれど世間様には隠しているだけに、間口の広そうな翼への興味を隠しきれなかった。


「わたくしがうっかりしててタブレットを見られたのですけど、創作に理解あるどころかお仲間でしたの。お詫びにと見せてくれた彼女の小説は男のものでしたわ」


「男の娘!? それはまた……ごうの深い子ね。え? 大人しいんじゃなかった?」


「人は見かけに拠らないものって事ですわ。なので」


「うん。そーね」


「ちーちゃんもこっち側の可能性ありと期待しつつ違ったなら染めちゃえばいいんですわ、て言いたかったのに先読みして同意しないで下さいまし」


「だって桃が――あ、もちちだった――もちちが嬉しそうにしてるからそうかな?て」


「はい!? ぱいせんしっかりして下さいまし! 今は配信してないですわ!! 呼び直さなくてもいいんですのよ!?」


「あれ? あっはっは、つい癖で」


 そんな他愛の無い話をしながら車を走らせること15分、女子寮に到着し、道の対面にある広い駐車場に車を入れる。

 先客がいて、ちょうど制服姿の女生徒がファミリーカーから降りるところだった。精悍な青年が開けたドアを支えている。


「噂をすればですわ」


「ほんとだ、翼ちゃんじゃない」


「ドアを開けた方がお兄様のそらさんですわ」


「背たっか! 堅物な好青年てかんじ――いい筋肉ね」


「ヨダレを拭いて下さいまし」


「失礼ね。もう拭いたわよ」


「出てたんかい」


 兄妹がこちらに気付き、会釈した。

 菜乃花と桃も、にっこり微笑んで車内から会釈を返した。






「あ、桃ちゃんだ。あれは……なのさんかな? 綺麗だなー」


 小さな丸に星型のペンダントをキラリと揺らしながら翼が会釈して、空も頭を下げる。


「外部受験組の桃さんとその従姉妹の菜乃花さん、だったか。呼び方には気をつけろ。俺の事は何と?」


「ちゃんと戸籍上の兄て伝えてあるけど?」


「……ふむ。嘘は吐いていない」


「でしょ?」


「だが翼は天然な所があるからな」


「あたしのはただのうっかりよ。天然の称号はみなとの方が相応しいでしょ」


「称号なのか」


「だって可愛いじゃない。まあ、それについてはあの2人もだけど。優しくて可愛い人達」


「自然に振る舞えている様だからいい傾向なんだろうけどな、まだ感情が不安定なんだ。深入りするなよ?」


「分かってるってばー」


「んべっ」と舌を出した翼に、空が優しい笑顔を返して車に乗り込む。

 すぐに動き出した運転席に手を振った翼は、背後のドアが開く音で振り返った。そこには、見慣れた笑顔とたまに見かける笑顔。


「翼ちゃん、おかえりなさいですわ」


「こんにちは、翼ちゃん」


 桃と菜乃花が先に声を掛けてきて、翼はもう1度ペンダントを揺らす。


「今の人ってお兄様ですわよね。ご挨拶したかったのに残念ですわ」


 走り去る車を見送りながら桃が言い、菜乃花もポツリと零す。


「恵まれた体格なのね。純粋にカッコイイ!て思っちゃったわ」


「ぱいせんは『いい筋肉ね、じゅるっ』と言ってま――あいた!!」


 パシン!と小気味いい音を立てられた桃が頭を押さえ、菜乃花が翼に笑いかける。


「こんな子でごめんね? 迷惑かけられてない?」


「ぷっ!くすくす。いえいえ、むしろいつもお世話になってますー」


「ふぅん?」


 思わず吹き出した翼の何が気になったのか、腰を折って目線を合わせた菜乃花。顔がものすごく近い。


「……えと? あの?」


 じっと見つめられたら誰だって狼狽うろたえるものだけど、菜乃花は単純に興味を惹かれただけで意識してやっている訳ではない。


「うん。純真無垢な感じがいいわね」


「……ありがとうございます?」


 この子を染めるのかと内心ニヤニヤするのをおくびにも出さずに真面目な顔で頷いた菜乃花は、怯えた空気をまといつつある翼の様子に気がついて体を起こした。


「桃が問題を起こしたらあたしに連絡してね。ちゃぁんと躾けるから」


「ひいっ!ぱいせんの背中に黒い羽が見えますわ!」


 菜乃花の背後で口許を抑えて怯える桃。とても仲良しさんなのだろうなと思いつつ、深入りするなと釘を刺されたばかりの翼は。


「あ、あはは、まさかぁ――」


 あたしじゃあるまいし、と言いかけて言葉を飲んだ。





 月曜日。

 曜日を問わず翼の朝は早い。

 今日も日課となっている「護身術と称した空手の朝稽古」から帰り、簡易バスルームでシャワーを浴びてからのドライヤーを終えた所で6時のアラームが鳴った。桃がセットしているものだ。耳を澄ますと誰かが廊下を走る音が聞こえてくる。朝食は既に出来ているはずだ。お気に入りのパーカーワンピを着てサニタリールームを出る。


「桃ちゃーん、ごはん行くよー」


「んぁー……」


 ロフトの下から声をかけたら可愛い声の返事はあったけれど。


「……ふう。地を出していいのなら手っ取り早く引っぱたくんだけどなー。……ふっ、あたしは普通の人、あたしは普通の人」


 小声で呟き、土曜日に買ってきたオモチャを手にして階段を登ると、桃のベッドまで来て。


「んむぅ……はにゃぁ……」


 幸せそうにむにゃむにゃ言う桃の首筋目掛けて引き金を引いた。一筋の水が――鼻に命中した。

 桃が飛び跳ねる様に体を起こす。


「ぶはぁっ!! ゲホっ!ゲホっ! なになになに!? なんですの!! えふっ!」


「あれ? なんで鼻?」


 その声に反応して桃が見た。手にある安っぽいオモチャに気付いて何をされたのか理解する。


「水鉄砲!? 何をしてもいいから起こしてと言ったのはわたくしですけど!? ここまでする!?」


「起きないと後悔するよ?て言ったでしょ」


「……言ってましたわね」


 ぷいっと横を向いてから目だけでジロリと見た桃は、ふっ、と息を吐いて、この友人は少し変わった所があったわねと首を振ってから笑顔になった


「次からお布団にダメージの無い方法でお願いしますわ」


「うん、わかった――え?」


「ん?」


 驚いたような声に、桃はパジャマを脱ぎかけた姿勢で止まった。心なしか翼の顔が赤いように見える。


「ふふっ、ほんと純情ですのね。大浴場では一緒に入っているのですしそろそろ慣れて下さいまし」


 そう言ってわざと大きな動作で脱ぎ、ラフな部屋着に着替えた。頭の中は既に朝のルーティンに意識が向いている。寮を出るまでの2時間は忙しいのだ。


(勘弁してよおおおおおおお)


 一方で、翼は落ち着かない心を抑えるのに必死だった。

 同級生の中でも小柄な桃は見かけによらずしなやかに動く。意識してからは特にそう見えていて、正直目のやり場に困る。


(深入りするなって言われたから抑えていられるけど)


 なるべく焦点を合わせないように待つこと数分、桃が発条ばね仕掛けのおもちゃみたいにぴょこんとベッドを降りてきた。


「お待たせですわ」


 148cmの翼に並ぶ145cmの桃。外観は大して変わらない2人だけれど、内面では大きな差が出来ていた。


「翼ちゃん、どうしたの?」


 くりっくりの大きな目に見つめられて目を逸らす。

 翼が知る限り桃がこうしてお嬢様言葉を引っ込める相手はごく僅かで、それはきっと無意識にやっていて、理由は分からないけれど特別な存在でいられることが少しばかり気持ちを高揚させる。


「ん。なんでもない。いこっ」


 ちゃんと友達らしい笑顔を作れたかな?

 なんて事を考えながらロフトを降りて行く翼だった。





 その夜。


「宮代さん、鍵をお借りしたいですの」


「こんばんは、花園さん。いつも通り記入してね。トーク修行は順調?」


 桃はいつも通り配信時間の15分前に寮監室の小窓を訪れると、貸し出し簿に部屋番号と名前を記入した。


「ええ順調ですわ。メジャーデビューに向けてサインのデザインを考えないと、と思っていますの」


 もちろん冗談である。配信の前後に顔を見せているし1年も続いているのだから親しくもなるという物だ。下手するとクラスメイトより話しているかもしれない。


「うんうん、夢があっていいね。頑張れ若者っ」


 宮代もこの小動物のような生徒を受け入れていて、ぱっとひまわりが咲いた様な笑顔で返す。それがノリであることもお互い分かっていて、桃が嬉しそうに


「えへへ」


「楽しんでね」


 舌をペロリと出して、宮代が鍵を渡す。

 小走りに立ち去る桃の背中を見送った宮代は、


「これも例の干渉の影響なのかしらね」


 ぽつりと呟いた。


 空き部屋を貸し出すには正当な理由が必要だ。今の花園桃という女生徒は、声を使う仕事に就きたいからアバターでの配信に挑戦するとの事だったので、彼女の隣の207号室の使用を許可している。

 去年、友人に請われて寮監に就任した宮代は、かつてここの206号室を使っていた。そこを今の花園桃と、あろうことか同級生の御門翼が()()()()()()()姿()()使っている。


「まあ今の翼ちゃんが本来の姿ではあるのだけども」


 宮代は、翼が魔族というファンタジーな存在であることを知る数少ない当事者だ。だからサポートのための寮監を頼まれたのであり、快く引き受けもした。


(翼は一途だったもんねー。1年経ったし失恋の傷も少しは塞がってきたのかな?)


 感情を知らなかった魔族が、涙を零しながら絶望していたのが昨日の事の様に感じる。そこについては7年という歳月の中で決着を経て今があり、当人達が納得している以上野暮な事も言えない。

 宮代は、ふぅっと息を吐くと


「花園さんといる時は明るいし、いい感じに癒されてるんじゃないかな? 頑張れ、翼」


 桃が帰っていった方の壁を見上げて、2度目の学園生活を送る友人に向けて呟いた。





「桃ちゃん、また発声練習?」


 桃が機材を取りに戻ると、共用ソファでくつろいでいた翼が首だけで振り向いて聞いてきた。


(他人に興味を示さない子なのに珍しいですわね)


 プライベートを探るつもりは無いけれど、人見知りの翼が誰かと話しているのを見たことがない。スマホを触っているのも実は小説を読むか書くかだけだと最近知ったばかりだ。


「まあね。慣れてくると楽しいですわよ。滑舌も良くなるし翼ちゃんもやってみる?」


「んあーー、あたしはいいや。自分の声嫌いだし」


 翼は天井を仰いでから、手のひらをヒラヒラさせて返した。まあ興味が無ければこんなものねと桃は少しだけ残念な気持ちになった。向き不向きもあるのだし無理強いは出来ない。それでも。


「そう? 気が向いたら言って下さいですわ」


 もしも一緒に出来たら。そんな気持ちが言葉となってこぼれていた。





 207号室に戻った桃は、アバターをいつものソファに座らせて配信を開始した。1分もしないうちに常連リスナーが入室する。


――オグさんが入室しました

――(つばさ)さんが入室しました


――オグ

――もちち、こんばんは


――(つばさ)

――おもちちゃん、こんばんは


「やほー。オグさん、翅ちゃん、おこんばんは」


――(つばさ)

――オグさんこんばんは


――オグ

――翅ちゃん、こんばんは


――(つばさ)

――( *´艸`)


「お互いにご挨拶。よきですわー、いいよね、こういうの。あ、ご挨拶で思い出しました。土曜日かな? 久しぶりにお友達のお兄様をお見かけしたのですけど、ご挨拶できなかったのが心残りですわ」


 いつも通り、連想をきっかけに桃の話が始まる。


――オグ

――誰よその男!!


「あははははっ!オグさん、お友達のお兄様て言うたやろがですわー!」


――オグ

――あたしというものがありながら!


(尾久さん、絶対ニヤニヤしながら書き込んでいますわね)


 そう思う桃自身も頬が緩んでいる。


「あははっ。オグさん、コラボでおもちさん愛を語ってもいいですわよ? はい、コラボ開けましたわー」


 ネットでグイグイこられると怖いものだけれど、実は愛妻家という正体を知っているのでこんな事も気楽に言える。


――(つばさ)

――(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク


「うふふ、翅ちゃんも期待していますわ」


 くすくす笑いながら煽る。だけど。


――オグ

――いやぁ、百合に挟まろうとすると世界のどこかで極刑を言い渡されるから眺めるだけにするよ


――(つばさ)

――╭( *゜꒳゜*)╮ガタッ


「あら、それなら仕方ないですわね。そして百合に素早く反応する翅ちゃんさすがですわ」


 別に桃が百合という訳ではなくただの設定遊びだ。桃の配信枠ではBLもGLも広く門戸もんこを開いている。今GLが話題になったのは、最近の常連でネタに全振りのリスナーがいるからだ。そろそろ来る頃かしらね、と思った時だった。


――ちー さんが入室しました


――オグ

――ちーさん やほー


――(つばさ)

――ちーさん、こんばんは(*´ω`*)


「ちーちゃん、おこんばんは。そろそろ来る頃だと思ってましたわ」


――ちー

――おもちさーーん!!大好きー!!


「相変わらず元気ね。大好きありがとうですわ」


 半ば呆れながら返事をしてコメントを読み上げる。


――ちー

――ばんわ


――ちー

――オグさん、翅さん、こんばんはー


――(つばさ)

――ちーさん、元気( *´艸`)


「ねー。元気ですわー」


――オグ

――ちーちゃん、今日もいっぱい愛を叫びなさい 


――ちー

――まかせて!


――(つばさ)

――(*´ω`*)♪


 ちーというリスナーは妙に明るい。最初はそうでもなかったのだけれど、ちょっとした切っ掛けで割と似たもの同士と分かって親しくなった。愛を叫ぶのはお約束みたいな物で、完全にネタだ。と、言うのも。


――オグ

――いいねえ。もう付き合っちゃえよ


――ちー

――え? まだ言ってなかったっけ?


――オグ

――なんだ……と?


「わたくしも初耳ですわぁ! 今度お家デートしましょうね? ちーちゃん!」


――ちー

――すみません、ウソつきました(・ω・)ノ


「ですわよねー。あ! ねぇオグさん翅ちゃん、聞いて下さいまし! ちーちゃんたら、近くに住んでるって分かってるのに『いつかでぇとしましょう?』て言ったら『絶対に会わない』って返しやがりましたわ! 」


――(つばさ)

――オォ(*˙꒫˙* )


――オグ

――ちーちゃん、それはいけない


――オグ

――ふたり揃ってこその百合だよ。ひとりにしちゃいけない


――(つばさ)

――ちーさん、出し惜しみ作戦?( *´艸`)


「ねー。百合はともかくもっと言ってやって下さいまし!」


――ちー

――だってー。あたし背高いもん。尊敬するおもちさんを見下ろすなんておそれ多くて出来ないもん。てかさー、会わないからこそ全力の愛を叫べるものでしょ?


「褒めるフリしてシレッと逃げやがりましたわね」


 ちーはいつもこうなのだ。

 信用しているからOFF会しようよ、と持ちかけても絶対に会おうとしない。だから挨拶も面白がってやってるだけね、と思っている。


――オグ

――ふむふむ。ちーちゃんはツンデレφ(..)メモメモ


――ちー

――ツンデレちゃう


――(つばさ)

――素直になればいいのに( *´艸`)


――ちー

――色眼鏡外して読んでくれる?


 ちーのことを常連の2人が弄りだして、桃はダメ押しにコラボ参加を促す。


「おもちさんの隣、空いてますわよ?」


 コラボとは枠にリスナーを招待して一緒に話したりアバターでの記念撮影が出来る機能で人気なのだけれど、ちーの場合は。


――ちー

――や、コラボはダメと死んだおばあちゃんが(・ω・)ノ


 何故かいつも参加を拒否するし、理由もその都度変わる。人見知りを自称しているわりに他枠で見かけたときも積極的にコメントしているあたり、キャラ設定が崩壊しているのだけれど本人は自覚が無い。


――オグ

――嘘だッ!!


――(つばさ)

――嘘だッ!!( ✧Д✧) カッ


「ちーちゃん、あなた。お正月はおばあ様と初詣に行ったと仰ってましたわ」


――(つばさ)

――言ってた。証人(ꕤ ॑꒳ ॑*)ノ


――ちー

――( 'ω')クッ!


――ちー

――本当じゃないかもだけど嘘は言ってないもん


――オグ

――いや、証人いるし、おもいっきり嘘だろw


――(つばさ)

――おばあ様ご存命( *´艸`)


 ここで、新たな常連リスナーが来た。


――なの さんが入室しました


 桃の従姉妹、菜乃花である。

 おもち、なの、どちらかの枠に出入りしているリスナーの間では、この2人の関係はよく知られていた。オグ、翅、ちーが挨拶コメントを投げて桃が読み上げる。


「こんばんは、こんばんは、こんばんはー

みんなご挨拶ありがとう」


――なの

――( 'ω')こんばんは


「ぱいせん、おこんばんは。今ちーちゃんがコラボを渋っているところですわ」


 桃が笑いながら説明する。


――なの

――( 'ω')ちーちゃん


――なの

――( 'ω')もちちが隣で泣いてるよ?


――ちー

――ふふふ♪ 引っかからないよー


――なの

――( 'ω')心の話よ。ちーちゃんのもちち愛はコラボ程度すら障害になるくらい軽かったの?


――ちー

――(⑉・̆н・̆⑉)


――オグ

――ちーちゃん、お口がエッチになってるよ


「無理強いは良くないのですけど、おもちさんはちーちゃんの愛を見たかったですわー」


 どうしてもコラボして欲しい訳ではない。流れでこうなっているだけで、それはこの枠にいる全員の共通認識でもある。


――ちー

――もーーー! 少しだけね!


 だから、ちーからのコラボ申請が来たのが意外で、桃は「あら、珍しいですわね」と漏らしつつ許可した。

 すぐに登場演出が始まり、ちーのアバターが現れた。おもちはいわゆるロリアバなので、ちーが並ぶととても小さく見える。


「いらっしゃい、ちーちゃん」


――ちー

――ミュートで!!


「全然いいですわよ。お久しぶりですわぁ」


――ちー

――ん。ちょっとやってみたいことあってw


 そう言ってアバターをおもちの前に移動させる。みんなには斜め後ろを見せて、ソファに座るおもちを見下ろす格好だ。そこからペコリとお辞儀のエモート。でもそれは。


――(つばさ)

――♪───O(≧∇≦)O────♪


――オグ

――おっとwこれはww


――なの

――キスしてるようにしか見えないわね


 菜乃花が遠慮なく突っ込む。

 コメントだから冷静に見えているだけで、なの枠で菜乃花が喋っている側なら爆笑しているはずだ。今もきっと、ニヤニヤしながら書いている。


「あはははははは!! すっ、スクショ!! あはははは!!」


――なの

――( 'ω')もちち興奮しすぎ


「ぱいせんだって喜んでるくせにですわーー!」


――ちー

――www


 ちーはいたずらが成功して喜んでいるらしい。


「あら?」


 桃は拳を突き上げるエモートで殴って見せようとしたのだけど、画面が反応しなくなっていた。


「タスキルしてくるのでご自由にお過ごし下さいまし」


 メタバースと総称される仮想空間サービスは、サーバーへのアクセスが増えると全ての処理が終わるまで一時的に重くなったりする。

 このアプリの場合、サーバー負荷が増大するとコラボ中の処理の一部をユーザー端末に振り分けて負荷の軽減をはかるため、個々の端末が加熱したり重くなったりする事があった。そんな時にタスクの終了(キル)で端末のメモリを解放する方法が知られていて、タスキルと呼ばれている。


――オグ

――いてらー


――(つばさ)

――いってらっしゃい(*´ω`*)


――ちー

――はーい、好きにするー


 ちーは遊ぶ気らしい。

 それに気付いた桃は、


「誰か証拠のスクショお願いしますわ!」


 そう言い残してアプリをスワイプして強制終了させて、すぐにショートカットアイコンをタップして起動したのだけれど。


「あら? おかしいですわね」


 アプリのロード中を意味するタイマー表示から進まない。

 ふと視線を上げたらWiーFiが不安定になっていた。寮生も一斉にネットに繋ぐ時間帯のため、タスキルで通信が途絶えた事で内部アドレスの書き換えが起きていたのだけれど、そんなの一般人の桃が知るはずもなく。


「はやく戻らないと枠が落ちますわ」


 小走りにロフトを下りて部屋を出て、WiーFi機器が設置してある自室に向かった。

 執筆中の翼を気遣って、そっと扉を開けて、忍足で。戻る。

 中に入っただけでWiーFiの電波が少し強くなった。

 ロフト下の個人スペース前まで来たらMAXになった。チラッと横目を送ると執筆に集中しているらしい翼の背中がみえる。

 その場でアプリをタップ。

 問題無く起動して「配信を続けますか?」のダイアログが表示されたので「はい」をタップ。

 画面のアバターがピクリと動いて戻って来れたと分かった。


――オグ

――おかか


 尾久が気付いて出迎えのコメントをし、読み上げようとしたとき、


――ぐうううっ


 と、お腹が鳴った。


「お腹が鳴りましたわぁ!!」


 ほとんと脊髄反射で叫んだ瞬間。


『お腹が鳴りましたわぁ!!』


「え!?」


 翼が叫びながら振り向いて目が合った。

 驚いたのは桃も同じだ。

 そして瞬時に理解した。今枠にいるリスナーは、1人を除いてコラボで声を聞いている。その1人は声を聞かれたくない事情があったのだと。

 翼と目を合わせたままスマホに向かって話す。


「ごめんなさい、端末がおかしいので一旦枠閉じします!また明日ですわ!」


『ごめんなさい、端末がおかしいので一旦枠閉じします!また明日ですわ!!』


 自分の声が翼の向こうから聞こえてきたのを確認して、桃は枠を閉じた。


「信じ難いことだけど。翼ちゃん、あなた……」


 翼をじっと見据えた桃は、決定的な言葉を口にする。


「ちーちゃん?」


 翼が、ぷいっと目を逸らした。


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