フローラ
「ごめん!おいら、張り切りすぎちゃったんだ……」
ぐらぐらする視界。わんわんする耳鳴り。かろうじて上から覗き込んでくるジャックの申し訳なさそうな表情が読み取れる。
「ああ……大丈夫だよ」
「ちょっと休めば平気だよ……。多分…」
俺とミオがか細い声で答える。
「少し口を開けろ」
ルーナが近づいてきて俺の唇に何かを押し付けた。冷たい液体が口の中に入ってきて、喉にすとんと落ちる。
「少ししたら治るはずだ。それまで横になっておけ」
「あ、ありがとぅ」
どうやらここはフローラ様の部屋の中らしい。床も壁も花という花で埋め尽くされている。めちゃくちゃ広い。
けれどもルーナの話ではフローラ様がいないらしい。多分遊びにでかけたんだろうとのこと。
それをいいことに俺とミオはふわふわの花の上で結構な時間で横たわっていた。
ルーナ、カナメ、あきとは平気だったようでそこらへんをぶらぶら歩きまわっている。他の生き物はいないようだ。きっとフローラ様がいないから帰ってしまったんだろう。
「あー。だいぶ酔いが治まってきたかも……」
「ほんとか?よかったあ」
ジャックがほっと胸をなでおろした。俺はゆっくり立ち上がる。うん、大丈夫そうだ。
「フローラ様は一体いつ帰ってくるんだ?」
カナメが辺りを見回しながら聞いた。
「わからない。自由奔放なお方だからな」
ルーナが答える。ちょうどそのとき、上からプリンセスのような歌声が聞こえてきた。
俺たちは一斉に顔を上げた。上から花で出来たブランコが垂れてきて、その上に誰かが乗っている。
足まである長い桃色の髪に白い花冠、背中から生える大きな蝶のような翅。
「フローラ様だ!」
ジャックが嬉しそうに声を上げた。
「あらあ、あなたたちね。ごきげんよう」
ブランコに乗りながらこちらに向かって大きく手を振っている。
「ごきげんようー!」
ミオが無邪気に手を振り返した。俺たちも何も言わないのはあれなので少々恥ずかしいながらも挨拶をする。
「ご、ごきげんよう」
「ごきげんよう……」
「あら可愛い」
フローラ様はブランコから大きくジャンプした。そしてそのまま大きな翅をはばたかせ俺たちの前に着地した。花びらが一気にふわりと舞う。
こちらに顔を見せると、にっこりと笑った。その美しい顔立ちに驚いて俺はうまく笑い返せなかった。
「すごい。芸能人より綺麗……!」
ミオが目をきらきらさせた。
「あらありがとう。嬉しいわ。それでここはどう?楽しいかしら?」
「楽しいでーす!」
「楽しいです」
「よかったわあ。あ、そうだ。私と遊ばない?さっきまで水の妖精たちのところで水浴びをしていたのだけれど、まだ遊び足りないの。花畑の巡回もしたいし。ね、どう?もちろん、ルーナとジャックも一緒に」
「え?おいらもいいの?」
「いいわよ~。ずっとこの宮殿にいてもつまらないでしょう」
「やったー!」
「ルーナも来るわよね?」
「はい。お言葉に甘えて」
「よし!」
フローラ様が手を広げると一気に花が増えた。とたんに花ふぶきで前が見えなくなってしまう。これがフローラ様の妖力か。
花ふぶきがやむと、目の前には三つの花ブランコが上からぶら下がっていた。
「さあ、乗って!」
フローラ様が元々乗っていたブランコに乗ってシュルシュルと上へ行ってしまう。俺たちは二人ずつブランコに乗る計算か。
「ルーナちゃん、一緒に乗ろ!」
ミオがルーナと腕を組む。俺は一番近くにいたカナメと目を合わせた。行こうぜ、と言われた気がしたので俺もうなずいてブランコに乗る。隣のブランコにもあきととジャックが乗った。
ブランコがゆっくりとあがりはじめる。俺は落ちないように右端をしっかりと握った。
「陽杜はどこに住んでいるんだ?」
「俺は東京。今は夏休みでおばあちゃんが体調を崩しているから岐阜県に来ているんだ」
「奇遇だな。俺も東京で一人暮らししているんだ。今は夏休みだから前いた孤児院に帰ってきていて近くの山から声に呼ばれてここに来た」
「え。孤児院?」
ブランコが上がる速度が思ったよりもゆっくりだったので、天井に着くまで乗りながら俺はカナメと身の上話をしていた。
「ああ。俺孤児院暮らしだったんだ。貰い手もいなくて結局高校生になってから東京で一人で暮らし始めたんだけどな」
「そ、そうなんだ」
「あ、変な気つかわせちゃってごめんな?大丈夫だ。孤児院ではよくしてもらってたし」
意外だった。カナメは最初から頼りになるお兄さんって感じだったから兄弟とかたくさんいるんじゃないかと思っていた。イケメンだし。
「生活とか大変じゃないのか?」
「めちゃくちゃ大変。高校通いながらバイトとかもしなきゃいけないしな。でも大家さんとか近所の人とかがご飯持ってきてくれたり学校の友達も良くしてくれるからなんとかやっていけてる。いい人たちだよな」
それは多分お前がイケメンで性格がいいからだ。笑顔がさわやかなんだよな。
「だから名字言わなかったのか?」
「うーん。ちょっと違うな。もともと俺が拾われた場所に近い所から名字をとったから一応名字はあるんだよ。でもなぜかよく言い忘れちゃうんだ。学校でもバイトでも自己紹介をカナメです!って言っちゃって名字は?って聞き返される」
「ははは、なんだそれ」
「ちなみに俺の名字は豊野。豊野カナメだ。よろしくな陽杜」
にかりと笑って頭をぐしゃぐしゃ撫でられる。お兄ちゃんができたみたいでちょっとくすぐったい。
……でもコイツ絶対モテるよな。イケメンだし。
ブランコがすっかり上までくると花で覆われた宮殿の壁がぱかりと開いた。向こうに花畑が見える。
ブランコがリフトのようになって宮殿の中から出てきた。上の部分が宮殿の一番上にある大きなバラとつながっている。
「じゃあ私の真似をして!」
前方にいるフローラ様はそういうと思いっきりブランコを立漕ぎで漕ぎだした。あまりにも勢いが強いので大丈夫かな、と思っているとなんとそのままブランコから足を離して大きな歓声を上げながら花畑に落ちていった。
地面に着くすれすれで翅を羽ばたかせた。
「さあ!あなたちも来て!」
遠くからフローラ様の声が聞こえた。
「俺たちから行くよ」
カナメが言った。ええ!?大丈夫か?そういえば最初の滑り台の時からカナメはいつも先頭きっていくやつだった。
「大丈夫か?陽杜」
「あ、ああ!大丈夫だ。多分!」
カナメがブランコの左端、俺は右端をしっかり持つ。肩を組んでそこからおそるおそる立ち上がった。
「じゃあ漕ぐぞ」
「うん」
膝を曲げたり伸ばしたりをカナメと同時に繰り返す。ブランコなんて久しぶりだな。
ブランコが大きく揺れるたびに花の甘い香りがした。どんどん揺れが大きくなってくる。
「そろそろ飛んでも大丈夫よー!」
またフローラ様の声が聞こえた。
「後三回漕いだら飛ぶか。飛んだら手を離してな」
「だいぶ高いけど大丈夫か?」
「多分フローラ様がなんとかしてくれるだろ」
それからますます勢いをつけた。
「「一、二、三!!」」
三、の時点で俺は思いっきりブランコを蹴った。一瞬飛び上がった体が、当たり前だが下に落ちていく。花畑とフローラ様がどんどんどんどん近づいてきた。これ激突すんじゃ?と思った次の瞬間、
ボフッ!!!!!
頭から思いっきり何かに突っ込んでいた。なんだこれ、いい匂いがするし柔らかい。
一生懸命その何かから這い出る。俺はなにかピンクの山でできた何かの上に頭をだしていた。横にはフローラ様がいる。
「これは?」
「即席でつくったバラの花びらの山よお。あ、次の子が落ちてくるわよ」
「え?」
ボフッ!!!!!
「あ、陽杜くんごめん。大丈夫?」
「すまない。もう少しタイミングを遅くするべきだった」
「うん……大丈夫……」




