第7章 3 自分を振り返る
ハワードが未来に進むための旅が続きます。
そして帰ってきたら。。。
通いなれたスタジオには監督がいるはずだ。彼には一度きちんと会って謝罪しなければならない。スタジオの入り口前で、係員に監督を呼んでほしいというと、怪訝な顔をされた。仕方なく目深にかぶっていた帽子を取ると、明るい金髪がさらりと肩に零れ落ちた。
「お久しぶりです」
その一言で、係員ははっとしてすぐさま監督を呼んでくれた。
「ハワード!戻る気になってくれたか!」
「監督。今日は、謝罪とお別れを言いに来ました。長らくよくしてくださってありがとうございました。事故に遭って、しばらく記憶をなくしていたのです。でも、もうそちらの世界で生きて行こうと決めました」
監督は額に手をやって、蒼白な顔で嘆く。
「ふう、これはえらいことだぞ。世界中の女性が号泣だ」
そんな監督をハワードは大げさだと笑った。
「あの時の子役の子、良い感じに育ってるんじゃないですか? ちょうど僕がデビューした年齢ぐらいにはなってるでしょう」
「ああ、そうだ。あいつもお前に会いたがっていた。親は子役だけにさせて、他の道に進ませたいようだったが、おまえさんの演技が気に入ってずっと俳優をやると言い出したんだ」
「そうですか。彼の事どうぞよろしくお願いします」
監督は残念そうに眉を下げ、名残惜し気にハワードを見つめた。
「決心は固いんだな。はぁ、チクショー。どんな道に進むのか知らんが、がんばれよ!俺はいつでも応援している。うまくいかなかったら、いつでも戻ってこい」
二人は固く握手して、それぞれの道に別れて行った。スタジオを出ると坂道から海が見えた。この海を見ることはもうないかもしれない。それでも、ハワードはためらわずに水晶玉を握り締めた。
翌日、アイスフォレスト王国に帰るなり、厨房を借りて久しぶりにプリンづくりをしていたハワードは、ヒカルの習い事の隙間に、プリンを持ってやってきた。
「王女様、久しぶりにプリンを作りましたので、お持ちしました」
「プリン?まあ、久しぶりですね。 では、ハワードさんも一緒にいただきましょう」
ヒカルは侍女に合図して、紅茶を持ってこさせると、席を外すように指示した。
相変わらずプリンを目の前にしたヒカルの瞳は輝いているが、あの屈託のない表情は見られない。
「ハワードさんのプリン、やっぱりおいしいです。だけど、どういう風の吹き回しですか?」
いたずらっ子のような表情でハワードの瞳を覗き見るヒカルは魅惑的だ。ひとさじスプーンですくいながら、ハワードは観念したように語りだした。
「あの旅の途中では、私がふさぎ込んでいるとヒカルにはずいぶん心配をかけてしまいました。あの時は、ヒカルに人間のドロドロしたものを聞いてもらいたくないと言いましたが、本当は子供らしくプリンを見つめて笑っていたあの頃のヒカルを自分の中にとどめておきたかったのだと思います。あの時決心したのです。こちらに帰ったら真っ先にプリンを作ろうと、そして、ヒカルに食べてもらってあの子供らしい笑顔を堪能したいと。だけど…」
少し寂しげにも見える水色の瞳が、じっとヒカルを見つめている。
「あなたはもう、私が想像していた以上に大人の女性になっていたのですね。」
「そうでしょうか? 今でもハワードさんのプリンは、私の最高の癒しですよ」
ヒカルが眉を下げ、申し訳なさそうに見つめると、ハワードの瞳に日が差したように幸せがにじむ。
「以前言えなかった話を聞いてもらえますか? 私の異世界での家族の話です。」
「ええ、聞かせてください」
水色の瞳が、まっすぐにヒカルを捉えていた。ヒカルは姿勢を正してその瞳に答えた。
「私はカリフォルニアのごく普通の家の子どもとして生まれました。前にも言いましたが、年の離れた弟がいます。父とも、母とも似ていないこの水色の瞳は、私と弟だけの色なんです。
街でスカウトされて、俳優になって、家族は反対するどころか、自慢の息子だと喜んでくれていました。ですが、映画に出るようになって、大金が家にはいるようになると、徐々に大人たちの生活は変わっていきました。
父はギャンブルに狂い、母は現金を持ち逃げして行方不明です。そのせいで弟も心がすさんでしまって…。心配しても、スケジュールは過密でなかなか家に帰れない日々がつづきました。
やっと帰ってきたら、弟が金を要求してくるようになっていました。一番安心できるはずの家庭は無残にも崩壊いてしまったのです。あの時、ウェリントン公爵領でベランダにいたのは、懐かしい波の音がしていたからなんです。自宅でも不安なことがあるといつもベランダに出て、波の音を聞いたりしていたので…。そんな時、ヒカルがやってきたので、なんだかみっともない自分が見透かされそうな気がして…。だから、逃げ出したんです」
ヒカルはそっと席を立ち、向い側に座るハワードの隣にやってきた。そして、その悲し気な顔を両手で包んで、自分の胸に抱き寄せた。
「不安だったでしょう。だけど、親のしたことで自分が恥じることはないと思います。親の身勝手を子供がどうこうできる物ではないですから。私の母も、物心つく前に男の人と出て行ったそうです。友達のお母さんたちが噂していたので知っていました。お父さんは隠しているつもりみたいだけど。だけど、ハワードさんも、私も、こうして真っ当に暮らしているじゃないですか」
ハワードは頷きながら、そんなヒカルの背中に腕を回して同じように抱き寄せ、「ありがとう」とつぶやいた。
いよいよ次回は最終話です。
だけど、スピンオフ的なお話は続きます。




