第64話 ターゲット
「そこ……貴族の人達が使う所だよ?」
オルフェから聞いた言葉に俺とシロの表情は一瞬にして固まる。
そして数秒後、
「はわわっどうしましょう!? 主!」
「どうするって……あっ、おい!」
「えっ? しゃ、喋った……」
念話ではなく普通に喋るシロをとめようとするが既に遅かった。
オルフェは呆気に取られている。もう誤魔化しは効かないな……
「ま、まぁなんだ。こいつ、実は喋れるんだ。いつもは俺と念話してるけど」
「そうなんだ……」
あー、やっちまったなこれ。どうやって誤魔……いや、下手に誤魔化すのはやめよう。
「このこと、内緒にしてくれるか? あまり周りに知られたくないんだ」
他にこのことを知ってるのはエルシィとフィアスくらいだ。
とりあえずこれ以上広まらないようにすれば大丈夫なはず。下手に知られて貴族とかお偉いさん達が興味をもったらなにされるか分からない。
「うん……分かった。でもまた触らせて欲しい……」
オルフェは頷き、そして少し顔を俯かせながらぼそっと呟いた。
「また会えた時でいいなら全然いいぞ。シロも嬉しそうだったし」
「ほんと?」
「あぁ、約束だ」
「っ〜!」
オルフェの整った顔がふにゃあとにやける。よっぽど嬉しいみたいだな。
『すみません主……』
『まぁ次から気をつけてくれたらそれでいいぞ』
「とりあえずそろそろ戻るか。エルシィ達も待っ……」
その時、
ドゴオオオオォン! と下から何かが地面に落ちた音が鳴り響き、この城も揺れる。
ガシャンガシャンガシャン! と辺りの花瓶や棚が倒れ、割れたり中身が飛び出したりして辺りに散乱する。
すぐに揺れは収まり、下からの音もなくなった。
「っ! 大丈夫か?」
「……なんとか大丈夫」
オルフェに手を差し伸べ、立たせる。
「今のは下から……みんなが危ない」
そう言い、近くにある階段から下の階へ降りようとするオルフェ。だが俺はそんな彼女を止める。
「待てオルフェ。下から何かくるぞ」
オルフェが階段へ向かった時、3階……いや、もっと下の階から何かが上がってくる音が聞こえたのだ。
それも人が階段を登る足音ではなかった。
ドシンドシンドシンと何か得体の知れない何かが登ってきているような足音。
俺はオルフェの手を引き、次の階へと登る階段の半分を登り、その裏に隠れてその足音の主を待った。
やがて足音の主は俺達のいる階まで登り、その姿を現した。
「なんだあれ……」
そこに姿を現したのは全身に無数の氷柱を生やした熊のような獣。額には一本の鋭利な角を生やし、青い眼光を周囲に放つ。
驚きのあまり地面に尻をつく俺。対してオルフェはあんな巨大な魔物を前にしても驚いたり怯えたりはしなかった。
いや、驚いてはいる。俺とは別の方を見ながら。
「姉様……? 母様……?」
よく見ると獣の背中に何か乗せられている。どちらも金髪の女性でオルフェによく似ている人物だった。まさか……
オルフェが1歩前に進む。だが、そこに地面はなく、更に下の階段に足をつき、慣れない感覚に足を滑らした。
「ひゃっ……!」
「やべっ」
オルフェが声を上げたのと同時に魔物がこちらを向いた。
「むぅ……? こいつも金髪の女……少し小さいが可能性が無きにしもあらずといったところか」
「っ……オルフェ!」
「っ……」
オルフェに呼びかけるが彼女の顔は青ざめていた。ブルブルと震え、とても立ち上がれそうにない。
「く、くそっ!」
俺は震える足を力いっぱい叩き、オルフェの前に出た。
すると魔物は俺の少し前で立ち止まる。
「むぅ? そこのか弱き人間よ。我はそこらにいる魔物とは格が違うぞ。我は氷魔獣ニブルヘイド。死にたくなければその人間を渡せ」
「っ……」
全身の毛穴から一気に汗が吹き出すような感覚がする。
こいつと召喚術でやり合うか……? いや、そもそも勝てるのか? こんなでかいヤツに。正直勝てる気がしない。けど、この子を……見捨てたくはない。
『主』
その時、脳内に念話を通じてシロの声が聞こえる。
『もし戦うのであれば私も助太刀します』
俺の意思を汲み取ったのか、俺の肩にいたシロが俺の前にぴょんと飛び出す。
『シロ……?』
そんな小さな身体でどうやって? そんな考えがシロにも伝わったのかシロは微笑む。
『実はこの姿、仮の姿なんです。今、お見せします』
そう言った次の瞬間、シロの身体が輝きを放つ。
光に包まれ、身体がどんどん変化していく。俺達は呆気に取られながらその様子を見る。
やがて輝きは収まり、光も消えた。
そこにいたのはかつてのシロではなかった。
綺麗な青眼にもっさりとした白い尻尾。手足は細長く、身体はスラリとしている。その姿はまる雪狐のようだ。
『っ……! その姿は……?』
『話は後で説明します。それより主、どうしますか?』
「……なんだその姿は?」
警戒心を露わにするニブルヘイド。そんな様子を見て、そしてシロの姿を見て、逃げるという考えはなくなった。シロがいればこの魔物に勝てる気がしたからだ。それにオルフェも見ている。10歳くらいの女の子にかっこ悪いところは見せたくない。
『行くぞシロ』
カードを手に持ち、念話で伝える。
『了解です、主』
「ふん、話し合いは終わったか? ならば早くその女を……」
「トレース・オン! アーリーのトレーススキル、武装展開!」
そう叫んだ次の瞬間、俺は真っ直ぐニブルヘイドの元へ一気に走り出した。それと同時にアーリーのカードをトレースし、黒い外套、鉄の鎧、剣、盾と次々に自動的に装備していく。
「なっ……! ……そこまで死にたいのであればすぐに葬ってやろう!」
そう言い、2人の女性を後ろに捨て、そこに凍りの檻を作り、閉じ込めた。そして俺に向き直り、冷気を吐き出す。その中には氷塊も混じっている。
『そうはさせませんよ!』
俺の前に現れ、ニブルヘイドに対抗するかのようにシロも冷気を吐き出した。
互いの冷気がぶつかり合い、真ん中にちょっとした氷の塊が出来る。
「邪魔だそこの獣!」
氷の塊を乗り越え、鋭い爪を振るうニブルヘイド。だが、ガキンッ! という音を立てて弾かれる。
「何っ!?」
更に背中から氷柱を放つも、やはり途中で何か見えないものにへし折られた。
「なんだそれは……? ぐっ!?」
驚きの声を上げるニブルヘイドの元へ辿り着いた俺はニブルヘイドの前足を斬りつける。
「っ、人間ごときが!」
ニブルヘイドは怒りをあらわにし、和樹に右拳を振り下ろす。だが、再び見えない何かに止められる。何度も何度も拳を振り下ろすが、一向に攻撃が通る気配はない。
その隙にニブルヘイド目掛けて剣を振り下ろすが奴が飛び下がったことにより当たらなかった。
「ちっ! ならば!」
次の瞬間、角を伸ばし、物凄い速さでシロの喉を突こうとする。先にシロを倒すつもりだ。
「シロ!」
思わず念話無しでシロに声をかける。だが、シロはチラリと俺を一瞥し、再びニブルヘイドに向き直る。
『大丈夫です。見てて下さい』
するとシロは右手を軽く上げ、喉を狙ってきたニブルヘイドの角を掴んだ。そしてバキイイィッ! とへし折る。
「ぬがあああああぁっ!」
壮絶な痛みに暴れ出すニブルヘイド。そんなニブルヘイドにシロは後ろにある尻尾を前に振り、巨大な身体を持つ獣を奥へふっ飛ばした。
「がっ……っ!」
壁に強く叩きつけられる直前、ニブルヘイドは足を壁に向け、着地させた。
「ゴバアァァッーーーー!」
周囲の光を口内に集め、シロに向かって放つ。
だがーー、
「氷壁」
シロが巨大な氷の障壁を生成し、ニブルヘイドから放たれた光線を打ち消した。
「ガアアァッ!」
ニブルヘイドは一気に間合いを詰め、障壁に拳を振るう。
物凄い打撃音があたりに鳴り響く。
すると、ピシッという音と共にシロが生成した障壁に亀裂が入っていく。ニブルヘイドはニヤリと笑みを浮かべる。
「シロ!」
次の瞬間、バリーン! という割れた音が辺りに響き渡る。それと同時にニブルヘイドがシロの喉元を狙って鋭利な爪を出した拳を振るう。
ガキイイィン!
シロもまた、自身の手から爪を出し迎え撃つ。ニブルヘイドと違い生身の爪ではない。氷で生成した爪だ。
だが、それでもシロが押されることは無く一定を保ってぶつかり合う。
と、ここでニブルヘイドが後ろへ飛びさがった。
「……なるほど。我の攻撃が通らないと思えば貴様、神気を纏っているな? だが、その神気も効果が切れ、防御壁を張ったといったところか」
『くっ……まずいですね。主ここは……』
シロが俺に何かいいかける。が、ニブルヘイドから予想外の言葉が放たれる。
「だが、ここまでにしよう」
『っ!?』
「なっ!?」
驚く俺達を尻目にニブルヘイドは倒れている女性達の元へ一気に向かい、氷の檻を持ち上げた。
「貴様らとの決着は後にするとしよう」
「っ!? 待て!」
『主! 私に乗ってください!』
「分かった。オルフェ!」
呆然としているオルフェの手を引き、シロの上に乗せる。俺も乗り、俺達がいる方とは反対の方の廊下へ逃げるニブルヘイドを追いかける。
一直線の廊下を駆け抜け、右の角を曲がるニブルヘイド。
俺達も右の角を曲がるがそこは行き止まりでニブルヘイドの姿はなかった。だが、壁の中心に黒い円が渦巻いていた。その色は濁っていて気味が悪い。
と、その時ーー、下の階からとてつもなく大きな爆発音が響いた。それと同時にーー、
ズブッ。
「「へ?」」
『あれ?』
シロが下を見る。それにつられ俺もオルフェも下を見る。
「「「っ!?」」」
そこには、真っ黒な円型の穴があり、俺達はその円の中に入り込んでしまった。
☆☆☆
「ふん!」
異形の魔物が振り下ろした斧をンドネアが両手で受け止める。
その隙にクロードが鋼の鎧の隙間を狙い脇腹を斬りつける。
「ぐほっ!?」
「はあぁ!」
怯んだ異形の魔物の脇腹を更にナインド国王が切り刻む。
更に兵士達が異形の魔物の腕や足を斬りつけていく。
「陛下! お下がりください! あとは我々が……」
「ええい! このぐらいの修羅場どうってことないぞ!」
異形の魔物は少し後ずさりする。
「ぐほっ……人間てこんなにぐっ、強かっただか?」
口や手足など身体全体から血を垂れ流す異形の魔物。
「我らナインド王国の兵士達はいかなる災いに備えて常に日頃から鍛えておる。そんなにやわでないぞ異形の魔物よ」
「ぐ……甘く見すぎたぐほ……」
異形の魔物は彼らの実力を甘く見ていた。そして数の暴力の恐ろしさを。
ンドネアがほとんどの物理攻撃を拳で受け止め、その隙にクロード、ナインド国王、兵士達が異形の魔物を攻撃する。
作戦を立てずにもかかわらず、今のような状況が出来上がっている。
「もう終わりだ化け物め」
クロードが剣を異形の魔物に突きつける。それに伴い国王と兵士達が異形の魔物を取り囲み剣を向ける。
だが、異形の魔物は笑っていた。
「ぐほっ……確かに終わり。けど、ただじゃ終わらない……」
「何……?」
異形の魔物は突然斧を地面に落とし、両手を空に挙げる。
次の瞬間、異形魔物の全身が光り出す!
「っ! まずいである! 皆の者逃げるでーー」
ンドネアが言い終える前に異形の魔物はパーティ会場全体を光で包み込んだ。
それはあの巨体から見て誰もが考えもしなかった予想外の自爆であった。




