第13話 鬼ごっこ
「はぁっ……はぁっ……っ! くそ!」
後ろを振り返ると緑色の魔物は俺を追いかけてきていた。
「ガァァァッ!!」
赤い目を光らせ、叫び声を上げる魔物。
こういう時、迫ってくる敵を返り討ちにして俺強えぇ的な展開が普通なんだろうが……
怖えぇ! なんなんだよあの化け物! 立ち向かうとか無理に決まってんだろ!
身体が全力で逃げろと警鐘を鳴らしている。
だから俺は全力で城のどこか分からない二階の廊下を駆け抜ける。
速さは俺と同じぐらい。追いつかれることはなさそうだが俺のスタミナがどんどん削られていく。
もしスタミナが尽きたら……
ぞわっという寒い感覚と恐怖が俺に押し寄せる。
早く隠れる場所を見つけないと。
走りつつ、辺りを見回すがどこにも入れそうな部屋はない。というかもしそれが見知らぬ貴族の部屋とかであれば俺は間違いなく不法浸入とみなされてしまう。
「っ……どこかないのか」
すると、視界の奥に部屋から誰かが出てくる人影が見えた。
幸運なことにその人影はーー、
「っ! フィアス!」
俺は思わず彼女の名前を呼ぶ。
それを聞いたフィアスは驚いた表情でこちらを向いた。
「っ……!? 和樹さん?」
化け物との距離は少し離れていて隠れるなら今しかない。
「フィアス! すまん!」
「え、えっ? きゃっ!」
俺は走る勢いのまま部屋を出ようとしていたフィアスを部屋の中へと押し倒した。
視界は真っ暗で何も見えない。
だが、手に何やら柔らかい感触を感じる。
……なんか嫌な予感しかしない。
「……あ、あの、和樹さん」
フィアスが遠慮がちに言う。
暗闇に少し慣れてきたからか、その頰が紅潮しているのが分かる。
俺は恐る恐る視線を下に落とした。
……。
俺の右手が見事にフィアスの胸に触れていた。
まさかのラッキースケべな展開。初めて触った女の子の胸。
それにしても見た目は小さそうに見えるが、実際に触ると意外と大きい。
やはり着痩せするタイプか。……じゃなくて!
「す、すまん!」
俺はフィアスの胸から慌てててを離そうとした。
だがーー、
「ひゃっ……」
むにゅん。擬音で表すなら間違いなくこれだろう。あれ、前にもこのむにゅんがあったような……
俺は慌てるあまり、彼女の胸を逆に揉んでしまった。
やばい。柔らかい。……じゃなくて!
興奮してきた。……じゃなくて!
今度こそ俺は彼女の胸から手を離した。
あれから魔物は音沙汰がない。
どうやらあの緑色の魔物からは逃げ切れたようだ。
だがーー、
先ほどまで魔物に追われる恐怖を味わっていたはずが、今は別の恐怖を味わっていた。
「っ……」
静かに起き上がり、じっと俺を見続けるフィアス。
……気まず過ぎる。これがラッキースケべの代償というやつか……
「和樹さん」
「は、はい!」
背筋をピンと伸ばし、返事する。
その時ーー、
「グギッ……」
何やら不気味な声が扉の向こう側から聞こえた。
「っ? 今、何か……」
「っ……」
やばい、嫌な予感しかしない。
「和樹さん?」
気のせいでありますように……
だがその願いは奇しくもーー、
バアァン!
扉が盛大に開く音が聞こえた。
「え?」
フィアスが声をあげ、恐る恐る振り返ると、緑色の魔物が赤い目を輝かせて立っていた。
「グギャアアァッ!」
「きゃあーーーー!?」
「逃げろおおおおぉ!」
俺はフィアスの手を引き、扉の前にいる緑色の魔物の隙間をくぐって廊下へ駆け出した。
「なんなんですかあれ!?」
「俺もよく分からん! 勝手にあの魔物がついてくるんだよ!」
いや、ほんとなんでこんなことになってんだ!?
夜はまだまだ明けない中、俺たちはひたすら階段を降りたり登ったり廊下を駆け回ったりとにかくあの緑色の魔物から逃げ回った。
だが、闇雲に逃げ回っていたせいかーー、
「なっ!?」
「和樹さん、これって……」
目の前には巨大な壁。どこにも通り抜けられる穴がない。
そう、行き止まりだ。
「グギギギッ……」
じりじりとこちらに近づく魔物。
このまれまだと間違いなくあの魔物に食われてしまう。
「……ここで戦うしかなさそうですね」
「えっ?」
そう言うとフィアスはどこに隠し持っていたのかと思ってしまうほどに、寝巻き姿のパジャマから武器を取り出した。
いつも所持していた双剣よりかなり小さいが包丁くらいの大きさはある。
「はあぁっ!」
フィアスは息を大きく吸い込みーー、次の瞬間、物凄い速さで魔物の懐に飛び込み、胴体を斬りつけた。
「ギャアアアァッ!」
「っ!」
更に魔物の背後に回り込み、ばつ印に斬り裂く。
「……すごいな」
思わずそう声をあげる。
「実は小さい頃、爺にいつ冒険者になってもいいように鍛えられました」
てへっと舌を出すフィアス。
しれっと言うけどフィアスに仕える爺さんってもしかしてめちゃくちゃ強い?
「ギギ……」
魔物は赤い目を細めた。するとたちまち斬り裂かれていた胴体は元どおりになった。
「くっ!」
俺はフィアスを援護するべく、アーリーを召喚しよう……と考えてやめた。
何故ならここは王様の城だからだ。
あの地属性で地面を掘り起こしたり割ったりするアーリーを召喚してしまえばこの辺り一帯どころか城自体の崩壊が免れない。
「オーベル男爵!?」
「っ……ナルタス王子!?」
後ろから誰かの名前を叫ぶ声が聞こえた。振り向くとそこにはナルタス王子が驚いた表情で立っていた。
「あれっ? 2人ともどうしてここに?」
驚いた表情で魔物の奥にいる俺たちを見るナルタス。
「この魔物が私たちをずっと追いかけてくるんです。逃げ回っていたらいつの間にかここに……」
フィアスに関しては俺の巻き添えだけどな……とりあえずごめんと心の中で謝罪しておいた。
「そうだったのか。僕も何か騒がしいからここまで来たんだけど」
そう言い、魔物の方を見るナルタス。
「オーベル男爵、どうして君がここに……?」
えっ? この魔物って人間なのか!?
次の瞬間、魔物は叫び声をあげる。
「ウガアアアァッ!」
そして両手から鋭利な爪を剥き出しにし、ナルタスに襲いかかる。
咄嗟に横に逃げ、かわすナルタス。
その隙に俺とフィアスは行き止まりの壁から離れ、魔物ナルタスと合流する。
「ナルタス王子、オーベルって……」
「エリック・オーベル男爵。この近くの屋敷に住む男爵だ。けど……」
ナルタスは眉をひそめながら言う。
「彼は1ヶ月前に病で亡くなったはずなんだ」
どういうことだ? 病気で死んだはずのオーベル男爵が緑の魔物の姿をして目の前にいる。
言われてみればよく見ると確かに人の姿をしている。
「っ……どういうことでしょうか」
フィアスの問いにナルタスは首を横に振った。
「僕も分からない。けど、このままオーベル男爵の姿をした魔物を放置しておくわけにもいかない」
そう言うとナルタスは自身の懐から長細い剣を取り出した。
フィアスも双剣を構える。どうやらここで戦うようだ。
対して俺は……何も出来ないので2人の後ろに下がる。
緑の魔物は俺たち3人をじっと見る。
「ギギ……タオス」




