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梅雨の果てに  作者: 隆介
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最終章


 「そうか。」

 俺が話し終えた後、村井先生はしばらく黙っていたが、小さい声でそう呟いた。

 「直人、辛い過去だったろう。話してくれてありがとう。」

 先生は俺の目を見て、言った。透き通るようなうす色の黒目に、涙がにじんでいるように見えた。

 「いえ、俺は親友の死を悼む資格なんてありませんから。」

 俺の口調は自分でも驚くぐらい自嘲的だった。

 「…。いや、お前は悪くない。」

 先生は小さい声だったが、はっきりと俺に言った。

 「いえ、俺が悪いんです。分かっています。」

 俺もはっきりと、言い返した。同情なんてされる資格は俺にはないのだ。

 「お前は悪くない。」

 「先生の言いたいことは分かっています。でも」

 「いや、分かっていない。お前は悪くない。」

 俺の言葉を遮るようにして、言った。

 「いや、だから」

 「お前は悪くない。」

 「でも…」

 「お前は悪くない。」

 俺の目に涙が溢れるのを感じた。

 「お前は悪くない。」

 先生は何度も、何度も、この言葉を言った。流れ出る涙を抑えることができなかった。見た目など気にせずに、ただただ泣いた。雄也が死んで以来、泣いたことなど一度もなかった。ずっとずっと封印してきた思い。今なら言葉にできる気がした。

 「あいつは…雄也は…俺といて、幸せだったのかなあ。」

 俺は言葉にならない言葉で呟いた。

 「いなくなったら人生が変わってしまうくらい大事にしていたんだろう?きっと幸せだったさ。もう自分を許してあげなさい。」



 次の日の朝に、俺は帰ることにした。レンタカーは一週間で借りたが、もうこの一人旅で得るべきものは得た気がした。先生にお礼を言って、俺は車で家に向かった。

帰り道は空いていた。俺は先生の家をでた日の夜には、地元に着くことができた。しかし、自分の家に帰る前に寄りたい場所があった。俺は地元の駅前のコンビニまで着くと、そこに車を停めて歩き出した。10分ほど歩き、俺は大きな一軒家に着いた。呼び鈴を鳴らすと、女性の声が答えた。

 「はい。」

 「あ、僕は相沢祐希さんの友達の、田中直人と申します。祐希さんはご在宅ですか?」

 「祐希ですか?少し待ってくださいね。」

1分ほど待つと、家のドアが開き、相沢が出てきた。俺が家を訪ねた事に驚いているようだった。

 「どうしたの?直人が家まで来るなんて。」

 「少し話があってな。ちょっと歩かないか?」

 「いいけど…。」

 俺たちは近くの公園まで歩き、ベンチに座った。

 「話って何?」

 相沢が聞いてきた。俺は少し間をおいて、話し始めた。

 「雄也の事だけど、相沢にはちゃんと謝っておくべきだと思ったんだ。聞いているとは思うけど、雄也が死んでしまったのは俺のせいなんだ。6年も経った後で、申し訳ないけど、本当にごめん。」

 相沢は少し黙っていたが、話し始めた。

 「……雄也はね。直人と拓也の事を親友だって言ってた。私といる時も、いつも直人たちの事を話してた。雄也は最高に幸せな時に天国に行けたんだと思う。だから直人も、もう自分の人生を生きて。雄也が悲しまないように、幸せになってよ。」

相沢は泣いていた。俺も目頭が熱くなったが、泣いてはいけないと思った。 

 「そうか。…ありがとう。」

 俺は上を向きながら言った。今にも涙がこぼれ落ちそうだった。


 その夜、俺は眠れなかった。4日ぶりに家に帰ってきたので体は疲れていたが、色々なことを考えていると、不思議と眠気は襲ってこなかった。俺は部屋のカーテンの隙間から光が漏れるのを感じ、ベッドから起きあがった。いつものように顔を洗って、熱いお茶をすすった。昼までは何をすることもなく、時間を過ごした。だが、今日すべきことは決まっていた。俺は昼過ぎに家を出た。30分ほど、俺は歩いた。今日すべきこと、それは雄也の墓参りだ。6年前、葬儀が終わった後に拓也が来て、雄也の墓の場所を教えてくれた。なぜか、迷わずに着くことができた。俺は6年ぶりに雄也の前に立った。6年間、ずっと恐れていた場所に、俺はようやくたどり着くことが出来た。俺は雄也の前にしゃがみこんで、あいつが好きだったポールモールを供えた。ポールモールは、雄也のお気に入りのタバコだった。俺は両手を合わせて、静かに目を閉じた。雄也と遊んだ日々が頭の中で蘇った。思えば、俺たちはいつも、笑いの中にいた。あんなに笑った日々は、もう戻ってはこない。俺の頬に涙が伝った。村井先生の家で流した涙とは、別の種類のものだった。雄也に伝えたいことが沢山あるはずなのに、言葉が出てこなかった。

 「また、来年も来るよ。」

 やっと、それだけの言葉を言った。俺は立ちあがり、墓を後にした。俺は再び歩き出した。


 あともうひとつ、俺が向かいたい場所があった。それは雄也が事故で死んでしまった道路だ。墓参りと同じく、この道路を通ることも俺は避けてきた。俺が道路に着いた時、信号が赤になったところだった。俺は雄也とこの信号で待っていた時のことを思い出した。

(信号まじでしんどいな。)

 この言葉を思い出し、思わず微笑んだ。記憶が思い出になったのだと悟った。



 俺は、今、時間軸を歩き始めた。6年間のブランクを埋めるように、ゆっくりと足を進めた。もう立ち止まることはないだろう。次に立ち止まる時、それは雄也との再会の時だ。


 空は快晴。ようやく、梅雨が明けそうだ。





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