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「まず、どこから話すべきか……。
全ての始まりは、私が結婚する前まで遡る。
のちに妻となるエミリアは、ある男性、ロバートに夢中だった。
だが、ロバートには既に想い人がいた。
相手の女性は、自分より格下の貴族。メアリー。
プライドの高いエミリアには、受け入れ難い現実。到底許せることではなかった。
目を覚まさせないといけない。 必ず自分と結婚するのだから。あの女よりも、自分の方がふさわしいのだから、と。
ありとあらゆる嫌がらせをしていた。
エミリアが熱烈なアピールをしていることは、社交界でも有名だった。
それなのに、男爵令嬢如きが横入りしてきた。
負けず嫌いのエミリアにとって、それだけでも充分な理由になる。顔に泥を塗られたのだからな。
私は、エミリアとは、幼馴染だった。気が強く高飛車だが、物静かな令嬢よりも、よほど魅力的だった。
私は、そんなエミリアをずっと愛していた。
例え振り向いてくれなくても、エミリアの傍にいられるのなら、それでいいと思っていた。
そのうち、エミリアの行動は、段々とエスカレートしていった。
脅迫ともとれるような暴言。
飲み物を浴びせかけたり、 メアリーのドレスの裾を踏んで転ばせたり。
周囲の目がある所でもお構いなしだった。
巻き込まれるのを恐れて、誰も咎めることができないでいた。
しがない男爵令嬢のことなど、見て見ぬふりだ。
ある時は、バルコニーで一人でいたメアリーの背中を押そうとしていた。
エミリアの顔は、狂気に満ちていた。
さすがにその時は、エミリアを強引にその場から引き離したが……。
このままだと、いつかメアリーを殺してしまうと思った。説得を試みた。
だがエミリアは、もはや誰の言うことにも耳を傾けれる状態ではなかった。
自分こそが、相応しい女性だ。
正しいことを行なっているのだ。と。
ぶつぶつ何か呟く姿は、まるで何かに取り憑かれたよう。
エミリアの気持ちを受け入れないロバートが憎い!
だが、殴る訳にもいかない。
ならば、エミリアの手を汚れさせる前に、いっそこの手でメアリーを殺そうかと悩んだ。
けれど、自分が捕まってしまったら、エミリアを守る者がいなくなると思った。
苦渋の決断だったが、警告をすることにした。
メアリーも、身の危険を感じていた。
このまま静かに身を引くと決めていた。
元々反対する声も多く、家格に釣り合いの取れない自分は、その方に相応しくないからと。
私の目から見ても、かなり憔悴しきっていた。
そして、それからすぐにメアリーは、姿を消した。
エミリアは、有頂天になった。
邪魔者が消えた。
やっと、自分を受け入れてもらえると。
だが、その願いは叶わなかった……。
ロバートは、誰とも結婚しないと公言したのだ。
それから、社交界に二度と姿をあらわすことはなかった。
病気の療養に専念するという噂だった。
軟弱な男め。
まぁ、本当は、メアリー追いかけて行ったらしいがな。
意気消沈し、呆然とするエミリアに、私は強引に結婚を迫った。」
ここまで一気に語り終えると、ノーマン伯は言葉を区切り、懐かしむように執務机の上に置かれている姿絵に視線を向ける。
「失踪したエミリーというのが、おまえの母親だ。
エミリアは、私と結婚した後も、
ずっと憎しみが消えなかった。
貴族の務めとして、幾度か身体を重ねることを許してくれたが……。
アンジェリカが生まれても、一向に憎しみは消えない。
エミリアの心は、既に壊れていたんだ。
病床に伏してから亡くなる間際まで、エミリアは、あの女に復讐してほしいと、訴えていた。
最後の願いだから、と懇願してきた。
だから、私はエミリアに約束した。
必ず復讐する!と。
もちろん、妻の身勝手な嫉妬心からくる逆恨みだとはわかっていた。
だが、エミリアの満ちたりた笑顔を見た時、そんなことどうでもよくなった。
あの笑顔は、私だけに向けられたもの。
やっと、エミリアの役にたつことができる。
あらゆる手を尽くしてメアリーを探した。
妻の想いを受け入れなかったロバートも憎かった。どうやって苦しめてやろうかと考えていたのに!
消息を掴んだ時には、二人とも亡くなった後だった。
だが、娘がいる事が分かった。
私は、その娘を引き取ることにした。
アンジェリカは……何も知らないのだ。
エミリアが、なぜそんなにも憎んでいたのかを。
あの女が憎い、と、妻はいつも言っていた。
さすがに、エミリアが私以外の男のことを想っているなど言える訳がない。
それで、私は嘘を教えた。
その方が都合が良かった。
あの男の娘に、あらゆる苦痛を与えるには、名案だろう?
エミリアが亡くなったショックと、
結局、私は、ロバートに負けたのかという悔しさ。
このどうしようもない怒りの矛先を、
二人の娘のお前に向けたのだ。
全ては、ロバートが引き起こしたことだ!
ロバートが悪い!
ロバートが!ロバートが!」
ダンッダンッ、と執務机に拳を叩きつけながら、ノーマン伯はわめいていた。
その動作から、自分が殴られていた時のことが甦る。
机を叩く音がする度に、ビクッと身体が反応する。なんとか正気を保っていられるのは、傍にグレッグ様がいてくれるから。
ずっと、そんな理不尽な理由で、私は暴力をふるわれてきたの?
今まで耐え忍んでいた日々のことを思うと、言葉では言いあらわせられない。
激しい怒りと悲しみで、心の中が侵食されていく。
感情が堪えきれずに、思わず涙がこぼれる。
「言い分はそれだけか! ソフィアに対して何か言うことはないのか!」
グレッグ様は、ノーマン伯に鬼の形相で詰め寄る。
おもむろに腰の剣に手をかける。
「グレッグ様!」
咄嗟に叫んで、グレッグ様の手の上にしがみつく。
「グレッグ先輩!」
突如勢いよく扉が開かれると、騎士団の方達が、雪崩れ込むように入室してきた。
グレッグ様は、剣から手を放すと、ノーマン伯を殴っていた。
「ぐぁっ!」
ノーマン伯は、殴られた反動でよろめく。
「貴様! たかが治安部隊の分際で━━」
「ちょーっと、失礼しまーす。はいっ、拘束完了! 感謝してよね、先輩に殺されるとこだったんだから。」
若い隊員が、ノーマン伯の口に布を巻いて、手際よく拘束する。
「グレッグ先輩、遺体にされないうちに、これで失礼します。」
「あぁ……後は、頼む、キース。」
「了解っす。」
キースと呼ばれた若者と数人の隊員により、ノーマン伯は、連行されていった。
連行されていくノーマン伯の姿を、ただ黙って目で追うことしかできないでいた。
復讐?
自分達の身勝手な願いの為に、お母さんや私をあんな酷い目に……。
そんな理由で?
長々と語っていたけれど、全部自分勝手な逆恨みじゃない!
ふざけないで! 何も理由になってないじゃない!
意味が分からない! 自分の思い通りにならないからって、殺そうとした?
何が復讐よ……。 お母さんは、何も恨まれることなんてしていない! それに、私は……。
感情を抑えきれずに、拳に力が入り、手が食い込んでいく。
許せない!
到底受け入れられない!
感情が昂り、自分を見失いそうになる。
「ソフィア。ソフィア、大丈夫か?
ソフィア……もう、終わったんだ。
ソフィアを苦しめる者は、誰もいない。 大丈夫だから。」
握りしめた拳の上に、グレッグ様の手が添えられる。
グレッグ様の手が、拳から腕へとゆっくりと撫でるように移動していく。
グレッグ様の手のひらが肩まで到達すると、抱き寄せられた。
「!」
グレッグ様の胸に倒れ込む体勢になる。
仄かに香るシトラスの匂いと、汗の匂い、温もりを感じさせてくれる胸。
トントンと安心させるように、背中をさすられた後に、そっと離れる。
「もう少し、こうしていたいが、もう行かなければならない。歩けるか?」
「は……い……」
返事をするのが、やっとの状態だった。
グレッグ様は、そんな私の手をとり支えてくれる。
放心状態のまま、ノーマン邸を後にした。




