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あれから、三日月亭に帰るまでの記憶はあやふやだ。
衝撃的な話を聞いてパニックになりかけて、その後馬車の中で……。
随分と長い時間だった気がする。
思いだす度に、羞恥心から思わず叫びだしたくなる。
いったい、私はどうしてしまったの?
あろうことかグレッグ様の胸に顔をうずめて……。
座っていた場所は、グレッグ様の膝の上。
まるで、いわゆるお姫様だっこのような状態。
思わず「きゃぁー」と叫びながら一人身悶えしてしまう。
挙動不審になりつつも、なんとか平静を保とうとする。
けれど、精神的ショックからの疲労の色は隠せないでいた。
ルイーザさん達は、何かを察したのか、何も聞かずにそっとしてくれた。
私自身も、とても仕事に集中できる状態ではなかったので、無理を言ってしばらくの間休ませてもらうことにした。
グレッグ様とは、あの日以来会えていない。
時々、手紙のやり取りをしている。
今は、ノーマン伯の件から手が放せないので、しばらく会えないという。
そんなある日、クレア様よりお手紙が届いた。三日月亭のことは、グレッグ様より教わったそうだった。
「親愛なるソフィアへ
突然の手紙を許してちょうだい。
元気に過ごしているかしら?
先日は、ごめんなさいね。
こんなに簡単な謝罪の言葉では言い表せないほどに、申し訳なく思っています。
あなたにとっては、大変ショックな話だったわよね。
すべてが落ち着いたら、また会えることを願っているわ。
王家管轄の鑑定機関から、結果が届いたの。ロバートがいなくなってからも、部屋はそのままにしているの。軽く掃除はメイド達がしているけれどね。
保管していたロバートの持ち物の中から、鑑定に使えそうな髪の毛も見つかったの。
結果は──ロバートが、ソフィアの父親である、と鑑定されたわ。
王家管轄の鑑定機関は、あの時見せたネックレスのように特殊な道具を使用しているのよ。だから、間違いなく、あなたは、ロバートの娘よ。
もちろん、家族にも打ち明けました。
あまりにも突然のことで、皆、驚いていたわ。
ただ……。ソフィアに関して、各々内密に調べたいと言って聞かないの。
ソフィア、つらい過去のことも知られてしまうと思う。
今まで、苦しんできたのに、あなたをさらに苦しめて、不快な思いをさせてしまうのではないかと危惧しているわ。
本当にごめんなさい。
何かあれば、遠慮なく訪ねて来てちょうだいね。
あなたの祖母 クレア より愛を込めて」
私は……、本当に……あの人の娘ではなかったんだ……。あんな人と、血の繋がりはない。 あんな人とは、関係のない。良かった……。私は、あの人達とは、家族なんかじゃないんだ。
お母さんが亡くなって、もう家族は、誰もいないと思っていた……。
でも、違う。
こうして、気にかけてくれる方がいる。
おばあさま……。自身を持って、そう呼んでもいいんだ……。おばあさま。呼び慣れないけれど、なんだか嬉しい。
もしかして、母方の祖父母もご健在なのだ
ろうか。 クレア様、ううん、おばあ様に、今度お尋ねしてみてみよう。
それから、しばらくの間は、自分自身と向き合い、気持ちの整理を試みて過ごしていた。
✳︎✳︎✳︎
━数週間後━
「ソフィア。今、ちょっといいかい?」
ルイーザさんの呼ばれて、階下に降りて行くと、そこにはグレッグ様が佇んでいた。
「グレッグ様!」
久しぶりに会えた嬉しさで思わず駆け寄る。
「ソフィア。例の件のことで来た。外へ出られるか?」
ノーマン伯爵の件で、何か進展があったのかしら。
張り詰めた表情をしているのを、ルイーザさんに悟られないように、誤魔化す。
グレッグ様に頷くと、ルイーザさんに努めて明るく話しかけ、出かけてきますと伝える。
はやる気持ちを抑えて、グレッグ様と共に外へと向かった。
三日月亭から外へ出ると、グレッグ様は真剣に話し出す。
「例の件、やっと処分が決まった。」
「 処分……?」
「あぁ、彼等には、己の罪の重さを思い知ってもらわなければ。今からノーマン邸に向かう。その前に、ソフィアに報告したくて来た。」
「あ、あの、グレッグ様。私も、連れて行ってはもらえませんか?」
正直な所、二度と会いたくはない。
それでも、どうしても、尋ねたいことがある。
「それは……」
グレッグ様は、悩んでいるようだった。
「どうしても、尋ねたいことがあるのです!」
必死な様子が伝わったのか、グレッグ様は渋々了承してくれる。
「少しだけ待ってもらえるか?
私は、別行動で行く旨を隊の皆に伝える必要がある。」
グレッグ様は、伝言を伝えに一旦本舎に戻られた。
しばらくそのまま待っていると、グレッグ様は、馬に乗って駆け戻って来た。
「ソフィア、隊員もすぐに向かうようだ。話す時間はあまりないかもしれない。急ぐぞ。馬に乗ったことはあるか?」
私は首を振る。グレッグ様は、私を抱え上げて馬に乗せてくれた。
「しっかりと捕まって」
「はい!」
後ろから、グレッグ様に抱きしめられるような体勢になっていた。
身体が密着して、グレッグ様の息遣いも感じられる。
恥ずかしさから心臓が飛び出しそうなくらいに早鐘をうつ。
だが、馬が走り出すと、何も考える余裕がなくなった。
グレッグ様が後ろから支えてくれているとはいえ、振り落とされないように必死にしがみついていた。
しばらくすると、ノーマン邸が視界に入ってきた。
「見えてきたな」
私は、もう二度と戻ることはないはずだった邸宅を見つめる。
あぁ……、またこの邸に来てしまった。
もう二度と来たくないと思っていた場所。
今までの記憶が甦ってきて、恐怖から小刻みに身体が震える。
「ソフィア。一緒にいるから大丈夫だ。それでも、無理してまで、行かなくてもいい。」
グレッグ様は、怯える私を優しく励ましてくれる。
「……ありがとうございます。大丈夫です。」
敷地内に入るとグレッグ様は馬を止めて、私を抱え下ろしてくれた。
グレッグ様の後を追うように、邸の中を一緒に走った。
「これは、騎士さま、なにごとですか?」
門番や使用人に何度も呼び止められたが、構うことなく強硬突破していく。
「王命だ!ノーマン伯はどこだ!」
私を庇いながら、突き進んで行く。
各部屋の扉を開けて、ノーマン伯を捜索した。
そしてついに、書斎にいるノーマン伯をみつけた。
「これはこれは、若造が何の用だ!
お前は……⁉︎ いなくなったと聞いていたが、ふんっ、戻ってきたのか。」
ノーマン伯は、グレッグ様を一瞥した後、私の存在に気づき目を細める。
「王命により、ノーマン伯、貴殿を拘束する!」
「なんだと?」
一切動じることなく、ノーマン伯は私達に向き合っていた。その瞳からは、何の感情も読み取れない。
こうして正面から向き合うのは、いつぶりだろうか。
それとも、初めてかもしれない。
まともに目を合わせることが、できなかったから。
こわい……。
ノーマン伯が一歩動くだけで、ビクッと全身が硬直する。金縛りにでもあったように。
幾度となくぶたれた記憶が蘇る。
恐怖から声がなかなかでてこない。
どもりながらも、どうしても尋ねたいことを口にする。
「あ、あの、お聞きしたいことがあって来ました。あなたは……あなたは、どうして私を引き取ったのですか?
わ、私の父親と言っていたのは、嘘なんですよね? おばあ様……、クレア・フォルスター様にお会いしました!そして、私のことを孫だと言ってくれました!」
ノーマン伯は、立ち位置を変えるようにゆっくりと移動する。
ドッドッドッと自分の鼓動がうるさくなる。 手を握りしめてらノーマン伯の返答を待つ。
「くそっ! ロバートの母親に会ったのか……。あのあいぼれめ、余計なことをふきこみよって! まぁ、でも、そうだな……、元々、隠し通せることではないからな。
どうしてか、知りたいか?はっ!理由か?
理由は、ただの復讐だよ。
あぁ、そうだ!お前の父親は、私ではない!」
「!」
意外なことに、ノーマン伯は、抵抗することなく真実を語り始めた。




