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「あの、そろそろ失礼します。お仕事中にお邪魔しました。」
いつの間にか、こんな時間。名残惜しいけれど、お暇しなければ。
きっと、もうお会いすることもないはず。
私なんかにも、嫌な顔ひとつせずに時間を割いてくれて、本当にグレッグ様は優しい人だわ。
「三日月亭まで送ろう。」
グレッグ様は、上着を羽織る為に奥へと向かう。
「え?大丈夫です。まだ、明るいですし、一人で帰れますからっ、本当にありがとうございました。」
これ以上甘えてはいけない。
これ以上関わったら、 別れがつらくなる。今でも、寂しいのに……。
どうしてこんなにグレッグ様のことが気になるのかしら。
きっと、優しい人と過ごすうちに精神が弱くなったのね。
こんなことではいけない。三日月亭にだって、いつまでいられるのか分からないのに。 こんなことでは、一人で生きていけない。強くならなければ。だから、もう、グレッグ様のことは忘れよう。
「失礼しました。」
逃げるように退室する。
出口は 、多分こちらの方向だったと思う。
来た道を早足で歩いている時だった。
「ソフィア。」
「?」
呼びかけられて、振り返る。後方からグレッグ様が、慌てて追いかけてきた。
「きみは、せっかちなのだな。三日月亭まで送る。それとも迷惑か?」
「迷惑だなんてそんな!こちらこそご迷惑ではありませんか?」
「断られる方が迷惑だ。いや、言い方が適切ではないな。ちょうど、巡回に出ようと思っていたところだ。一緒に三日月亭までどうだろうか? ソフィ……いや、皆の安全を守るのが騎士の務め。職務を全うする手伝いをしてくれないか?」
「そういうことでしたら……、お言葉に甘えさせていただきます。」
巡回と言われたら、断れない。
「では、行こう。」
ニコリ、と微笑みかけられた気がした。
あ、まただ。胸がドキリとして、鼓動が早くなる。 それに、なんだか頬も熱い。
なんだろう、この落ち着かない気持ちは……。
グレッグ様? もうあんな所に。歩くのが速いわ。
颯爽と歩いているグレッグ様を追いかけるように、小走りになる。
門を出ると、頭からすっぽりとスカーフを被った。
グレッグ様は、何かに気づいたように、速度を落として横に並んで歩き出す。
何か言いたそうな視線を感じる。
「あの、これはですね、えっと、知り合いに見つかりたくなくて……。」
「そうか。」
グレッグ様は、何も追求してこなかった。
先程までと違い、私の歩調に合わせてくれている。そのさり気ない気遣いが嬉しい。
横目でちらちらと、グレッグ様を垣間見る。
シルバーの髪に整った顔立ち、鍛えられた体。私なんかにも優しい。あのブルーグレーの瞳に見つめられると、誰しも魅了されるのではないだろうか。侯爵家の方だそうだし、私なんかとは住む世界の違う別世界の人だわ。
「どうした?」
私の視線に気づいたグレッグ様が、顔を向ける。その瞬間パチリと視線が合う。
私は、恥ずかしくてぷいっと顔を背けた。
見惚れていたなんて、口が裂けても言えないわ。
「す、すみません。」
「いや、別に謝ることではないが。」
周囲に視線を向けると、グレッグ様を見つめて頬を紅らめる女性がいることに気づく。見惚れているのは自分だけではなかったようだ。
「グレッグ様は、人気があるのですね。」
思わず思ったことをが、口に出てしまう。
「はぁ……、人気か。」
グレッグ様は、眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。
「私というよりも、私の家名をみているのだろう。」
「ルイーザさんに教えてもらったのですけれど、グレッグ様は、侯爵家の方だそうですね。」
「ああ。確かに侯爵家の生まれだ。だが、私は三男で、爵位は歳の離れた兄が継いでいる。隊に所属しているし、彼女らの望むものは、手に入らないと思うがな。」
「彼女らの望むもの、ですか?うーん、どうなんでしょう。 別に、何も望んでないんじゃないですか?」
「は?」
「そんなに深く考えていないと思いますよ。 グレッグ様は素敵だし、優しいから、自分が側にいられたらいいな、と思ってるんじゃないでしょうか?」
「ハハハハハ。」
突然笑われて、少しムッとする。
「何かおかしいでしょうか?」
「いや、気分を害したのならすまない。皆がソフィアのようだといいな。」
「私のようですか?私は、ただ、自分が思ったことを言っただけですけど。」
「ソフィアが思っていることか。 そうか……。」
グレッグ様は、かるく頷きながら優しく微笑んでいた。
楽しい時間は、すぐに過ぎてしまう。気がついたら三日月亭にたどり着いていた。
あぁ、今度こそ本当にお別れなんだわ。
「送っていただいて、ありがとうございました。」
名残惜しいけれど、別れの挨拶を言う。
「ソフィア、 何か困っていることはないか?」
「え?困っていることですか?」
「あぁ。まだ、一人で出歩くのが不安なのではないか?」
そう言って、私のスカーフへと視線を向ける。
「あっ。」
思わず、スカーフへと手を当てる。
大丈夫だと言わなきゃ。これ以上、甘えてはいけない。
「そうだな、私の次の休みは明後日だ。ソフィアさえ良ければ、一緒に買い物にでも行かないか?」
「え?グ、グレッグ様とお買い物ですか?」
嬉しいお誘いに戸惑い、声がうわずる。
「あぁ。何か必要なものなどあるだろう? 私が護衛を引き受けよう。もちろん、ソフィアさえよければ……。」
護衛? 義姉に見つかった時のことを考えて、心配してくれているのだわ。
どこまでも、優しい人。
けれど、その優しさに素直に甘えていいのだろうか。
これ以上、迷惑をかけたくない。
「護衛だなんて……。グレッグ様もお忙しいでしょうし、大丈夫です。」
「忙しくはないから大丈夫だ。それとも明後日は、予定があるか?」
「いいえ、ありません……。」
「ならば決まりだな。明後日迎えにくる。」
グレッグ様は、そう言い残して去って行った。
明後日?本当に?
どうして、そこまで親切にしてくれるのだろう?
きっと、ものすごく真面目な方なんだ。
騎士として、皆を守るのが仕事だと言っていたもの。騎士の鑑みたいな方。でも、グレッグ様にまたお会い出来る。嬉しい気持ちと、困惑する気持ちが上手く整理できない。心の中が混乱していた。




