↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/356

皇太子ユリウス

 


 何を、どこで間違ったんだろう。


 深夜の森を駆けながら、ユリウスは自分に問いかける。


 今までのように、何も知らずに、父上の命令通りにしていれば。

 何も見なかったことにして、成人の儀を終えていれば、こうはならなかったのだろうか。




「違う……!」



 僕は自分の意思で逃げてきた。

 父から逃れるために。二度と支配されないように。



 ――あの時、僕の神は死んだんだ。







 ◇◇◇







 オルヴァニア大陸の西側を、南から北まで広く統治するラクセンベルク帝国。


 その唯一の皇位継承者であるユリウスは、城を飛び出して当てもなく南下していた。


 城の外へ出たことがなかった彼を、皇太子だと一目でわかる帝国民はいない。



 逃亡から一か月。追手や捜索の気配はない。


 だから――油断していたのかもしれない。




 その夜、彼は寝付けずにいた。悪夢のためだった。


 夢にはいつも、皇帝と皇帝に支配されていた自分がいる。


 魔法によって長年、ユリウスは思考を奪われ、支配されている自覚すら持てないまま、過ごしてきていた。



 それが唐突に解けた瞬間。


 足元にまで飛び散った鮮血と悲鳴、憎しみに歪んだ‘’彼ら‘’の顔。


 衝撃と恐怖に突き動かされ、支配が解けたということもわからないまま、城を飛び出した。



 その記憶が、夢として繰り返されるたび、ユリウスは疲弊していっていた。


 春にはまだ遠い寒い夜だったが、今はそれが有難かった。


 彼は火照った体を宥めるため、夜風に当たろうと宿を出ることにした。その扉を閉めた時だった。


 正面に立った男がいた。


 闇夜に溶けるマントと腰に下げられた一振りの剣、フードに隠れた顔は見えず、だが佇まいからは騎士の気配が感じ取れた。



「殿下、お迎えに上がりました。ご同行ください」



 男が言い終える前に、足は動いていた。


 刹那、四方八方から騎士然とした人影が現れ、道を塞がれる。逃げ道は宿の裏手――森だけだった。

 ユリウスは後ろを振り向く余裕もなく、必死に足を動かした。



 ――連れ戻されるわけにはいかない。



 木々にわずかな光も遮られ、視界もままならない。

 何度も木の根に足を取られかける。その度に、湧き上がる恐怖と焦燥に、どんどん息は上がっていった。




 怖い、苦しい。誰か……

 ――助けて。



 荒い呼吸が喉に詰まり、込み上がってきた涙で視界が揺れる。



 ここには、僕を助けてくれる人はいない……



 その事実が、頭が冷やした。


 追手の気配、自分の足音、枝を払う音、荒く吐き出す息、全てが重なり合い、耳を打つ。


 それらは次第に遠のき、最後には自分の呼吸も、思考を埋め尽くした恐怖の声も聞こえなくなった。




 走り続け、やがて森の終わりが切れ目が見えた。


 出口――そう思ったのも束の間、視界に飛び込んできたものに、ユリウスは愕然とした。



 そびえたつ大きな岩肌。

 どう考えても、登れる高さではない。


 ようやく後ろを振り返り、辺りを見渡すと、月明かりに照らされたのは、楕円を描くようにひらけた地面。


 奥には、今しがた駆け抜けてきた鬱蒼とした森だけが、広がっている。



 不気味に響く風と葉擦れの音。それだけだった。追手がやってくる気配はない。



 撒けた……?



 ユリウスは岩肌に背を預けた。


 限界まで走ったせいで、呼吸をするたびに肺が痛い。喉が焼けるようだった。

 全身からは、汗が噴き出し、脚の筋肉は悲鳴をあげていた。


 今になって追い付いてきた恐怖が、体を震わせ、ユリウスは重力に引かれるように、地面に座り込んだ。


 体が酸素を求めるように、息を荒げながら自然と頭を岩肌に預けるとーー星空が飛び込んできた。



 今日は満月だ。

 冬の星座が存在を主張するように、運命の輪郭を描いている。

 それを、美しいと思える余裕はなかった。



 どこまで逃げればいい……?

 どこへ行けばいい……?

 僕は、どこへ……



 星空が揺らいだ感覚に、ユリウスは大きく首を振る。絶望に呑まれるわけにはいかない。

 ぐっと唇を噛み締めて、森の先を見据えた。



 皇帝が差し向けた追手が、そう易々と諦めてくれるわけがない。



 すぐに、ここを離れないと。

 宿に帰るのは危険だ。伏兵が待ち構えているに違いない。


 吹き通る夜風が、汗ばんだ体から急激に、体温を奪っていくのを感じた。



 ――身を隠せるところを探さないと。



 そう思ったときだった。


 ずん、と沈むような大きな揺れが、大地を揺らした。



 咄嗟に立ち上がって、辺りを見渡す。

 地響きは止まることなく、一定の間隔を空けて、足元から伝わり、それは徐々に大きくなってきているようだった。




 ーー明らかに人間のものではない。



 自然と腰に手が伸びた。しかし、そこにあるはずの護身用の剣がない。

 ユリウスはハッとなって、道中で路銀の足しにしてしまったことを思い出した。


 もしかしたら、剣を売ったことで、足がついたのかもしれない。今、それに気づいたところで、遅かった。


 地響きの主が、もう近くにいる。

 左か、右か。どちらに逃げるにしても、森へ囲まれたこの場所から、そう距離は違わない。



 大した時間ではなかった。


 その正体は満月に照らされ、姿を明らかにする。

 吸い込んだ息が喉の奥で、ひゅっと鳴り、背中に怖気が走った。



 おどろおどろしい黒い靄を纏った、人間の三倍はありそうな巨大な熊。



 堕ちた精霊の穢れで巨大化し、狂暴化した動物――’’魔物’’



 体の奥底から湧き出した恐怖に、竦みかけた足が自然と一歩下がる。背中が岩肌に当たった。

 同時に魔物が一歩、踏み出してくる。



 闇夜に底光りする血色の瞳に、何故か専属教師だった男の言葉が蘇った。




 ‘’調和の力は攻撃に向いておりません‘’




 ユリウスの先天本質であり、唯一使える水の魔法――調和の力。



 他属性の魔法があってこそ、能力を最大に発揮できる魔法。

 単独で出来るのは、人の感情や思考を読み取り、または自分の感情や思考を送る。もしくは、それらを共有すること。

 そう、教えられてきた。



 その上、ユリウスはその魔法を、まだ完全な制御下に置けていない。

 そもそも魔物を浄化するには、光の魔法でなければいけない。



 爪で地面を削るような嫌な音を立て、魔物はにじり寄ってきている。



 距離はおよそ十メートル。背を向けた途端、一瞬のうちに追い付かれ、嚙み殺されるーー



 一か八かやるしかない。

 光の魔法のように、穢れを浄化することはできなくても、水の魔法で少しの隙をつくることは可能かもしれない。



 その間に逃げれば……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
Xの読みたいタグよりきました まずテンポ感が非常に良いと感じました 短すぎず冗長過ぎない読みやすいペースでした そしてストーリーもじわじわとくるような面白さがあり考察のしがいがある内容でした! …
こんにちは。 前から気になっていたので拝読させて頂きました。 調和の力、きっといろんな力がありそうで、この先の展開も楽しみです。 またゆっくり拝読させていただきますね^^
静かな描写の中に、先が気になる展開で惹きこまれました。 考察大好きなので、今後を楽しみに少しずつ追いかけたいと思います!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。