表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

279/279

ひとりじゃないと言って

 


 リーベがクロードに頼んだお茶が運ばれてきた。

 彼は傷ついた床に気づいたようだったが、何も言わずに退室した。


 黄金色のお茶。偶然なのか、リーベが指定したのかわからないし、そんなことどうでもよかった。

 今、そのお茶の効果は、ルシウスにとってありがたいものだった。


 カップを手に取る指が震える。


 皇帝の支配魔法に触れた。中和を初めて完了することが出来たが、嬉しいと思う余裕はなかった。


 加減がわからず、最後は力技で、絡みに絡んだ両者の生命力を解いて馴染ませた。


 水魔法に宿る皇帝の意思も、テオドールの感情も、何もかもがない交ぜになって流れ込んできた。



 熱いお茶を飲む。口の中が火傷しそうになったが、構わず飲んだ。

 麻薬のように、急激にこの気持ちを沈めてくれたらいいのに。


 生命力と呼吸が安定しても、恐怖が離れていかない。すぐ後ろに皇帝が立っていて、今にでも首を剣で薙いでくる。追い詰められたような怯えだった。


 顔を上げれば、自然とテオドールが右側に映る。ルシウスは、手の中のカップから目を離せずにいた。


 強い罪悪感を覚えた。何に対してかわからない。いや、全てだ。

 父である皇帝、帝国がしたことも、それで彼が陥った状態も、それを中和したことも。



 この場にいることが酷く場違いなのではないか。

 ――僕は……加害者なんじゃないか。


 父の不正を正す息子、なんて良いものじゃない。



 ルシウスは、正面にいるエーレとシュトルツを覗き見た。


 結局自分も、彼らを苦しめているだけの加害者なんじゃ……



「ルシウス」



 エーレと目が合った。彼は不機嫌な顔で、こちらを射抜くように見てきた。



「二度と言わねぇっつっただろ、忘れんなよ」



 ――お前はルシウスで、俺はエーレだ。



 コンラート邸以降、本当に彼は二度と言わなかった。今まで何度もこの心境に陥ってきて、彼の言葉を思い出すたび、どうにか留めてはきたけど……



「生命力。うぜえからひっこめろ。出来ないなら外で待ってろ」


「いえ、ここにいます」



 ルシウスは首を振る。息を吐きだし、生命力を体内に留めると、姿勢を正した。



「僕も、話を聞く必要があります」



 是も非も言わなかったエーレは、お茶を飲んで、沈黙する。当然のように、誰も口を開かなかった。



「落ち着いたか?」



 長いような沈黙を破ったのもまたエーレで、テオドールは向けられた問いにも、すぐには応えず、項垂れた頭がおもむろに持ちあがった。

 彼は姿勢を正すと、深く瞑目して、ようやく言った。



「まだ混乱しています。正直を言うと、後日に話を聞きたいくらいには」


「悪いが、今回は待ってやれない。これから話すことは、お前にとって衝撃かもしれないが、俺たちがお前に頼みたいことは、そう難しいことじゃない。まぁ、話を聞いた上で決めればいい」



 そうしてエーレは、テオドールの準備を待たずに話し始めた。










 エーレの話には、クロノスの権能のことや、それに関与する人物、つまりリクサやゼファは出てこず、霊奏の件も同じだった。


 彼らが王国を離れて合流した後、レギオンに所属し、素性を隠して活動していること。

 当時の王国内乱は、数年も前から帝国が裏にいたことを、先に伝えていた。



「お前の記憶がどうなってるのかわからないが、説明しておく」



 帝国と聖国は深い繋がりにあり、王国は皇帝の支配魔法が蔓延り、帝国の傀儡と化している。


 事実上、現国王の統治のもと、上手く回っているため、一部洗脳に対抗できる貴族や、反皇帝派以外の人間は、この異常事態に気づいていない。


 彼らも未だ水面下でしか活動できていないため、現状を覆す手段は講じられておらず、自分たちはまず、王国の支配魔法を内部から解いていくことにした。



「俺たちは、とある制限で表立って動けない。そこで王国内部の中枢にいるお前の力を借りたい」


「少し、待っていただけますか……」



 テオドールは手をあげて、呼吸を落とした。


 思考が追い付いてないらしい彼は、ひとりぶつぶつと何事か呟き、やがてエーレとシュトルツを交互に見た。



「今の話が真実であるかどうか、私には判断できません。いや、貴方がたを疑っているというわけではなくて……つまり、いくつか確認しておきたいことがあります」


「お前の支配魔法を中和――解いておいてなお、今の説明じゃ足りないってなら、言ってみろ」



 エーレはソファーに凭れると、足と腕を組んだ。

 テオドールはまず、リーベを見て問うた。



「そちらの方は、ヴェルマン様でお間違いありませんか?」


「ああ。エーレと同じくかつてそうであった、と言っておこう」



 ルシウスは、右に座る仲間を見る。彼は落ち着きを払ったまま答えていた。



「アイリス王女殿下は……どうされたのですか」



 テオドールの視線がぐるりと見渡され、リーベは数秒答えなかった。彼らの空白期間は語られていない。どう説明すべきか迷ったような沈黙だった。



「彼女は……未だ帝国の手中にいる」


「生きておられるということで間違いないんですね?」


「……おそらくは。それに関しては私たちより、貴公の方が確かめられる立場にいるかもしれない」



 確答を避けた彼に、テオドールは次の質問を続けた。



「私の支配を解いたその方は――」


「こいつは、味方だとだけ言っておく」



 すぐさまエーレが答えた。ルシウスは二人の間で視線を交互させた後、小さく頷く。



「僕は絶対的に、彼らの味方です。安心してください」



 伝えることをしなかった事項と同じく、ルシウスの素性もそのうちに含まれるのだろう。それが最後までなのか、今の時点ではなのかはわからない。


 自分の素性を明かして、混乱しているテオドールを、更に混乱させることは避けるべきだろう。


 いつか伝えるとしても、今そうする必要はなかった。


 納得いかなさそうなテオドールは、シュトルツに目を向けた。



「兄上の主のことを教えてください。今しがた私が洗脳されていたというのなら、貴方がたが私の知っている兄やその主、公子様であったという証左を示していただかないと、私は何もかも信じられません」



 咄嗟にエーレが口を開こうとした。しかしそれを制するように、シュトルツが言う。



「何を知りたいの? 何を話せば、その証左になる?

 思い出話ならいくらだってしてやれるけど、今のお前にそれが必要?」



 黙ったテオドールを見て、ルシウスは視線をそれぞれに辿らせた。


 支配魔法が解けたばかり、混乱している上、二度同じ失敗を繰り返したくないのかもしれない。


 目の前にいる自分たちが、彼の知っている人物であるという証左。ルシウスが同じ立場なら、欲しいと思う。



「俺とお前しか知らないことを話したとして、今のお前が完全に信じられるかって言うと、そうじゃないよね?」



 シュトルツは、今まで手をつけなかったお茶をようやく一口飲んだ。



「正直、別に俺がお前の兄かとかはどうでもいいよ。大事なのは、俺たちとお前の目的の一致だから」


「しかし……」



 テオドールは反射のように小さく首を振った。



「それでも私には必要です。情けないことですが、ひとりではないという確信が、私には必要です」


「生きていくために?」


「はい」



 沈黙が訪れた。


 ルシウスの脳裏にふと、あの日の情景が過った。たったひとりで追ってから逃げ、無我夢中で深夜の森を駆けた、あの記憶だった。


 状況は違えど、テオドールもまさに今、孤独の最中にいるのかもしれない。


 手を差し伸ばしてくれる人を、求めているのかもしれない。

 それが自分の信頼を寄せた人ならば、それ以上のものはなかった。



「シュトルツ。教えてあげてください」



 気が付けばテオドールに代わって、懇願するような声をあげていた。


 彼は自分の思い描く、兄弟の感動的な再会なんてしようとしていない。

 そんなことわかりきってはいたけど――今の僕には、それが必要らしい。


 テオドールに自分を重ね、自分の傷を癒したい。それを知ったルシウスは、自嘲を飲み込んだ。


 シュトルツは、じっとこちらを見つめてきていた。そして、ため息と共に、頭を項垂れる。



「ほんっとに、簡単に言ってくれるねぇ。俺が、どれだけ色々抑えてると思って……」



 彼はそのままの態勢で、自分の経歴を並べるように話し始めた。



「ヴィンセント・エルンスト・グライフェン――」



 生まれた年から始まり、父と母のこと、その両親との関係、二年後に生まれた弟のこと……

 シオンの存在を知り、彼の従者になるまで、なったあと。テオドールとは別に、どういった意図があって廃嫡されたのか。



「テオには色々悪いことした思う。今になって気づいたよ。

 俺はグライフェンとしてではなくて、ひとりの騎士としてシオンを選んだ。それがたまたま王族で、俺がグライフェンだったから勘違いしてたけど。

 正直あの時は、国のことなんてどうでもよかった。シオンが裏で国を支えるっていうから。俺も立場的にそうだったし」



 彼はそこまで言うと、エーレを見た。



「ああ、いや。責任をエーレさんに転嫁しようとしてるわけじゃないよ」


「いちいち弁解してんじゃねぇよ。んなことわかってる」



 エーレは腕と足を組んだままで、嫌そうに首を背けていた。

 シュトルツは苦笑を落として続ける。



「わかってると思うけど、俺らは名前も立場も捨てたし、取り戻すつもりがない。

 だから、昔話は極力したくないんだよね。俺らであったってだけで、今の俺らとは切り離して考えてる」



 彼は一度言葉を迷わせると、「その上で、ひとつだけ言うと――」と、テオドールを見た。



「もういつだったかも覚えてないけど、厳しかった父上が、一度だけ言ってた」



『グライフェンで在ることと、ひとりの人間として在るということの、そのどちらが大切なのかは、その折々に各自が判断しなさい。

 国の中枢を担う者として、個人としての感情を排すべき時ばかりになるだろう。

 それでもお前たちが譲れないという場面が来たら、その時はひとりの人間としての選択をしなさい。

 私は止めはしないし、諫めることもない。


 但し、私がグライフェンとしてお前たちと対立するようなことがあれば、二度と後戻りはできない。

 主と自己の一進一退をよく考えるべきだということを、肝に銘じておきなさい。

 私個人としては、お前たちの幸せを願っている』



 それを話すシュトルツの瞳は、父を映しているように、哀しそうだった。



「残念だけど、俺はそこを降りてる。今のグライフェンはお前しかいないんだよ、テオ」



 テオドールは全てを飲み込むように、伏せた顔を両手で覆った。



「先ほどの父上の言葉は、私が十の時ですから、貴方が十二の時。

 つまり()()が主を得てから、すぐのことだと思います」



 顔をあげた彼が口元を酷く歪ませた。

 シュトルツは乾いた笑いをあげて、「そっか、そうだった気がする」とだけ答える。


 感動的な再会とは程遠い。それでも、二人の間にある何かが溶け合ったように見えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ