表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

247/263

世界、境界、祈り

 


 屋敷に戻ると、エーレはソファーに座ったままだった。



「待ってくれたんですか?」



 シュトルツに担がれて、多少回復したルシウスは屋敷を見渡す。

 相変わらず、このホールに人の気配はない。



「んなわけねぇだろ。で?

 ――ってまぁ、その様子からしてうまくいかなかったか」



 一瞥だけくれた彼に「はい」とルシウスは肩を落とした。


 彼がついて来なかったのは、少し意外だったけど、好きにさせてくれるつもりだったのだろう。



「エーレの言ってたこと、ちゃんと考えました。

 ……僕には、加護を受ける資格はありません」



 次に呼びかけた時、彼女は応えてくれるだろうか?

 応えてくれたとして、仲良くなんて……なれるだろうか?



「資格――」 エーレは可笑しそうに一度笑いを飛ばしながら、立ちあがった。


「そんなもん、誰にもねぇよ」



 こちらへ歩み寄ってきた彼に、ルシウスは問うた。



「エーレなら、どうしましたか?」



 前を通り過ぎていった彼はシュトルツへ二階を指差した後、一拍遅れて、問いを認識らしい。半身を逸らし振り返った。



「あ? (はな)からやらねぇよ。俺は精霊を堕とす自信しかない」



 愚問だと言わんばかりに小さく笑った彼の隣で、シュトルツが二階へ向かっていく様子が見えた。



 理由が弱い。彼の意見は正しかった。


 どんな状況においても揺るがない自己、精霊との明確な境界線、彼女を個人としてではなく、どこまでも精霊という象徴として接する認識力。



 そんなことが出来る人なんて、存在するのだろうか。

 加護は受けない。その選択は間違っていない。


 今後、自らの弱さに悔いる時が来たとしても、それとこれとは関係のないことだ。



 自らに言い聞かせて、気が付くと足元を見ていた。



「当初の目的通りには行かなかったが、ここでの用は終わったな」


「え?」



 当然のように言ったエーレに、ルシウスは目を瞬かせる。



「いや、彼女とまだ――」


「ある程度、会話は出来るようになっただろ」


「でも僕、彼女を傷つけたかもしれなくて……」



 たしかに最初よりは、うまく会話できるようになったかもしれない。

 でもエーレの言っていた‘’飼いならす‘’には到底及ばない。


 まだ、彼女と話したいことがある。なれるものなら、もう少し仲良くもなりたい。



 続く言葉を迷わせた時、エーレは口端を引きつらせた。



「いい気味だ――」 「精霊にそんなこと言うと、バチが当たるわよ」



 一瞬、その場が止まった。

 ルシウスは、エーレとリーベの後ろに立つエルフを、その時初めて認識した。



「エルフってのは、気配を消して動く習性でもあんのか?」



 うんざりしたようにエーレがそちらを向く。



「ごめんなさい。楽しそうに話したから、驚かせたくなっちゃったの」



 悪戯に成功した子供のように、小さく笑った女性エルフへ、エーレはため息と共に告げる。



「ゼファに繋いでくれ。この空間を出る」


「あら、もうしばらくしたら面白いものが見れるわよ。そのあとにしたらどうかしら?」


「面白いもの?」



 ルシウスが一歩前に進み出ると、女性エルフはにっこりと微笑んだ。



「そうね。人間の時間の単位はわからないけど、夕がもう少し迫った頃に始まるわ」



 夕が迫る。空を頭に浮かべてみるが……あれは変わっていたらしい。



「別に興味ねぇよ。さっさと出たい」


「同意だ」



 全く関心を示さない二人に対して、ルシウスは俄然興味が湧いた。

 彼らの面白いものと聞いて、この空間の危ない植物も同時に浮かんだ。



「海の子はどう?」


「え? 僕ですか?」



 視線を向けられて、彼女の前にいる二人を見る。一秒でも早く出たそうな彼ら見ながらも、ルシウスは心に忠実に口を開いた。










 四方八方。下から、上から、止めどなく歌声が聞こえてくる。


 広場から、遠くまで並んでいる全ての家から、木々の上から。

 あらゆるところから聞こえてくる旋律は、バラバラのようなのに、美しく共鳴し合い、途切れることのない演奏を聴いているようだった。



 屋敷のベランダから、ルシウスは空を見上げていた。

 その視界には、今まで見てきたの空想的なものではなく、吸い込まれそうな真っ黒な空があった。


 ただの黒ではない。

 隙間から星々のような輝きが眩いばかりに明滅し。薄い膜がゆらゆらと揺れている。


 幕が奥へと押されたときには、果てしなく黒く、引いた時にはあらゆる色彩を纏うカーテンのように見えた。



 見たこともない現象に開いた口が塞がらない。

 その上、歌声に応えた精霊たちが、あらゆるところにやってきている気配がある。


 さっさと戻りたがっていた仲間も、この美しさの前では沈黙していた。



 里のあちらこちらでは、火が灯されていた。

 視認できる範囲のエルフたちは、それぞれ最大の敬意をこめて(うた)っている。



 祭りではない、とても尊い儀式が行われている。



 ルシウスはその壮大で重厚な雰囲気の中、一度目を閉じた。


 祈りの声を乗せた風、火が躍る音、この空間を埋め尽くすほどの精霊たちの気配。


 全く違う世界にいる。身震いするほどの感動と恐れが同時にやってきた。



 湧き上がる感情を持て余して目を開くと、七色のカーテンがゆらゆらと揺れていた。



「あ……」



 その先で、黒から紺碧へ変わった空に、いるはずのないものが見えた。

 海に生息する大きな哺乳類。小さな魚たち、仮想世界に存在するという半魚人。



「なんですか、あれ」


「精霊たちが遊んでいるんだろうな」



 誰ともなく問うと、右隣のリーベが感嘆の吐息交じりに答えてくれた。


 膜のあちら側は、精霊の世界。

 それがこんなにも近くに見える。



「前に来た時、結構長くいたはずなんだけど、こういうのはなかったよねぇ」


「空間維持の調節には周期があるそうだから、ほとんど見れないものなのだろう」



 ルシウスの声をきっかけに、シュトルツとリーベが少しずつ言葉を紡いでいく。

 そのシュトルツもこの時ばかりは、祈りを邪魔するのを遠慮したように言葉数は少なかった。


 その向こうのエーレは、ただ空を仰いで、沈黙を守っていた。



 地上と精霊の空間の間にある、この場所を維持するものらしい。

 時間経過と共に薄くなっていく繋ぎ目を張り替える儀式。


 地上側と精霊側の儀式は別々に行われ、精霊側の張り替えが今日だった。



「本来、この空間は随分と小さかったらしい。膨大な時間を費やし、ここまで広くしたそうだ」



 リーベの言葉に、ルシウスはぐるりと里の先を見渡してみる。

 暗くて遠くまでは見えないが、広大な空間だ。人間には想像も出来ない時間を生きたエルフたちが、この空間を守ってきたのだろう。


 今では、ここでしか生まれない動植物たちと共存している。

 全ての命に意思が宿るのも納得できた。



「こういうのも悪くねぇが……」



 左側から、感嘆とは程遠い疲弊の色を宿したエーレの声がした。



「さっきからうるせぇ」


「闇の精霊?」



 シュトルツが肩を竦めながら問う。



「ここだと、こいつが特に近くに感じるんだよ。うるせえったらねぇ」


「何か言ってるんですか?」



 先天的加護と同等の影響を受けているだろう、闇の本質持ち。彼らには精霊の意思も流れてくるのだろうか。



「自分も参加したいんだとよ」


「意外だな。闇の精霊はこういうことには関心がないだろう?」


「珍しいもんは好きだろうが」


「納得した」



 左右から短く交わされたエーレとリーベの会話に、ルシウスはほんのり胸が温まる感覚がした。

 ふと、風の精霊のことが頭に過る。



「僕たちも(うた)ったらだめですかね?」



 先ほどから聞こえてくる歌声の旋律の一部分なら、復唱は出来る。



「邪魔にならない程度なら、どう?」



 シュトルツがエーレに向けた。


 それを受けた彼は、おもむろに里を見渡すと、ゆっくり息を吸い込み――

 手本を見せるように、里に広がる旋律の一部を、その口から紡ぎ始めた。



 高くも低くもない、柔らかく心地よい歌声を奏でると、彼はこちらを一瞥する。

 左右から息を吸い込む気配に、ルシウスも倣った。



「Elne Seral, Ves-ta riguna Aer-Teraa.

 Lir Ves-ta, Slom lina.

 Solina Ves-ta, Seral lina.


 Koro,koro,solm.

 Riguna,rriguna,solom.


 Ves-ta riguna, nai solina, lina Ves-ta.

 Meslas, Meals-nai forma Seral」



 偉大なる我らが世界の()に連なる元祖たちよ。


 声を聞きたまえ、祈りを受け取りたまえ。

 我らが安寧を守り、生きとし生けるものへ祝福を与えたまえ。


 重ね重ね、重ねて、祈る。

 連ね連ね、連ねて、捧げる。

 御身に我ら、命と尊厳、明け渡し、委ねて(かしず)く。

 (たま)(たま)え、黎明に世界を作らん。






 人間が歌うには、あまりにも重い祝詞だった。


 エルフたちは、自然と共に生きる種族。自然にその命と尊厳を委ねている。

 それが明確に伝わるものだった。


 言い出したのは自分のはずなのに、ルシウスは(うた)っている途中、思わず口を閉じそうになった。


 その時、身の毛のよだつ気配がすぐ近くからして、音が外れた。

 見えないけど、そこにいる闇の精霊の気配。そこに。



 ――こんな楽しそうなこと、どうしてもっと早くに呼んでくれなかったの――



 どこからどもなく、風の精霊(彼女)の声が聞こえてきた。


 彼女を呼んだつもりはなかった。誰に向けるではない、全ての精霊に捧げる祝詞だ。

 それよりも何事もなかったように、楽しげにやってきた様子に、思わず唖然としてしまう。



 ――相変わらずお前らは、懲りねぇやつらだな――



 うんざりしたようなエーレの霊奏が、ぽそりと聞こえてきた。



 ――うわ、君。この前はよくも邪魔してくれたね――



 風がエーレの側へ向かってく。しかしその言葉は、他の何かに投げられているようだった。

 それに応えるように、ずんっと足元が震えた。次いで深い音が、ずーんずーんと響く。



「これ、闇の精霊ですか?」



 ――頼むから、喧嘩すんなよ。儀式の邪魔したくねぇからな――



 エーレの言葉は、是を意味していた。



 ――そんな野暮なことするわけないよ。それくらい、私にだってわかるから――



 その声を合図に、闇の精霊と風の精霊の気配が宙へ浮いていく。


 どうやら彼らもこの祈りを受け取り、空間調整に参加するようだ。



 徐々に徐々に、空の色が薄くなっていく。その間、膜の向こう側の精霊たちは、色んな形を顕して遊んでいた。

 やがて、虹色のカーテンも見えなくなり、そこには少し前と同じ、朝と夕と宵を織り交ぜたような空が広がり始める。



「……終わっちゃいましたね」



 もう二度と見る機会はないだろう。

 ルシウスは一度瞑目し、あの奇跡を瞼の内に閉じ込めようとした。


 その時、闇の精霊と彼女が戻ってきた気配に、視界を開き――、思わず一歩後ずさってしまう。


 眼前に小さなつむじ風があった。とても小さい。手のひらに乗ってしまうような小ささだ。



 ――君と仲良くなりたい――



 ちょんと跳ねて一歩を詰めてきた彼女に、ルシウスは目を輝かせて頷いた。



 ――僕も――



 精霊と人間の間にあるものは埋められない。

 それでも……


 指をそっとつむじ風に寄せてみる。その瞬間、風は霧散して舞い上がっていった。


 空中で心地よい音が、数度響く。その音が消えるまで、ルシウスは空想的な空を仰いでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ