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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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孤独の境界線

 




 気は乗らない。乗らないどころじゃない。



 ルシウスをあの状態に追いやった風の精霊に、対話を試みるべく、エーレは先日の草原へと向かった。


 道中、ルシウスが話したことを頭の中で反芻していた。




 ーー風の精霊が、何を考えているのかわからない。



 ルシウスの言った通り、彼を大切に思っているのなら、どうしてこんなことをしたのか。

 思考が拡散して、思う通りに回らない。



 自分が思っている以上に冷静でないことを自覚した彼は、草原に着く前に一度立ち止まり、深く呼吸を繰り返した。


 残る方法は、これだけだった。

 話し合って、精霊本人から解決策を求めるしかない。



 辿り着いた草原に吹き抜ける、何一つ変わることのない心地よい風は、苛立ちの火種を沸々と湧き上がらせた。


 それでもエーレは、冷静を心がけて(うた)った。



 ――話がある。応えろ――



 予想に反して、彼女はすぐに顕れた。



 ――何か用? 私、君のこと嫌いなんだけど――



 他の精霊とは明らかに違う、やたらと鮮明な意思と声。

 伝わってくるいつもと変わりない雰囲気が、更にエーレを苛立させる。



 ――俺だってお前が嫌いだ。でも、そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ――



 途端、空に耳障りな音が規則的に響いた。笑い声だ。



 ――すんごい困ってる。いい気味――



「てめぇ……」



 すぐ近くに感じるの風の精霊の口調も声色も、ルシウスの話と一致しない。

 エーレは苛立ちを隠さずに続けた。



 ――ルシウスが今どんな状態なのか、わかって言ってるのか――



 風がくるりとエーレの周りを旋回する。人の心を弄ぶような軽やかな風だった。


 しかし、彼女はしばらく沈黙した後、ひとつ。耳障りな音だけを響かせただけだった。


 それを是と受け取ったエーレは畳みかける。



 ――どうしてあんなことした。てめぇはルシウスを壊したいのか!――



 古代言語を奏でる音が割れる。声帯がぶつかった違和感に、エーレは顔を顰めた。


 再び彼女は沈黙したが、すぐに思い出したように笑った。その笑い声は、先ほどとは違っていた。



 大気を揺るがす風が細かく震える。自然現象ではありえない、方向を選ばない震え方だった。



 ――お前……――



 そこから哀しみに似た何かを感じ取ったエーレは、意識的に瞑目しては、深く息を吐きだす。



 喧嘩しに来たわけじゃない。冷静になれ。

 そう言い聞かせて、空を仰いだ。



 ――ルシウスから聞いた。前回、いやお前にとってはどこかは知らん。他の世界軸のルシウスのことだ――



 道中回らなかった思考が、ここにきてようやく繋がった。


 どうして風の精霊が、ルシウスにあんな無茶なことをしたのか。

 いつも通り頭が回れば、なんてことない、簡単なことだった。



 ――ルシウスに自分のことを知ってもらうなら、他にやりようはいくらでもあっただろう?――



 彼女はルシウスを大切に思っている。


 それを今まで感じてなかったわけではない。

 でも彼女の振る舞いのせいで、どうも飲み込めないでいた。



 不文律のように敷かれている境界を、難なく越え、接触してくる精霊。


 ルシウスと意思疎通をしたいがために、人間に近しい伝達方法を編み出しさえした変わり者。



 精霊にとって、世界軸を超えた同じ人物への認識がどうなっているのかはわからない。


 風の精霊の心情を巡らせたとき、推測よりも早く、よく知る感覚が浮上してきた。



 それと同時だった。



 癇癪のような声が空に響く。それは急降下してくると地を這い、エーレの目前で急激に止まった。



 ――君には……、君たちにはわからないよ!――



 脅威に目を見開いた先で、頭に反響した悲痛な声に、息を呑む。

 ぼそり、と言葉にはならない声が、喉からこぼれ落ちた。


 エーレはもう一度、それを言葉にして伝えるか迷った。その間に、風の精霊は更に訴えてきた。



 ――私はあの子を知ってる。誰よりも知ってる! なのに、あの子は覚えてない……何も知らない……!

 あの子は私を知らないの!!!――



 あらゆる音と声が混じった叫びが、頭を叩くような激しい耳鳴りを引き起こした。


 彼はこめかみに手をあて、顔を顰めながらも、精霊へ静かに告げた。



 ――当たり前だろう。他のルシウスとあいつは違う存在なんだ――



 風の精霊の気持ちが、わからないわけではない。



 実際、彼らも世界を渡り歩いてきたのだ。

 こちらが覚えていても、どれほど信用を築き上げても、回帰するごとにすべて一から始まる。



 ――それは想像以上の’’孤独’’だった。



 だがそれは、自分たちが人間だからだ。精霊とは生きている世界が違う。在り方も違う。



 ――違う? 違うことなんてない。()()()()()()()()()()()()()()

 私たちが見てきて、話してきたあの子は、いつも同じだった――



 エーレは目を細めて、想像することをやめた。

 しようと思っても出来ない、理解も共感も。



 ――お前が何を思って、ルシウスをどう見てるかなんて知ったこっちゃない。

 俺は、お前の癇癪を聞きにきたんじゃない――



 あえて突き放した言葉に、風は大きく唸り――次の瞬間には、素早くその刃を向けてきた。



 エーレはやってくる脅威を臆することなく、見据えたまま、



「Elne-Noir. Neth」



 自らを守る闇の精霊へ、軽く(うた)う。



 "守るだけ、やり返すな"



 それらの指示を内包した霊奏は、それだけで十分だった。



 しっかり意図と汲み取った闇の精霊は、風の精霊が放った分だけの刃を吸収して、隣へと静かに佇んだ。



 静かな風が草木を撫でていく。それは彼女ではない、どこにでもある普通の風だった。


 静寂の中、彼女が少し大人しくなった様子を見て、エーレは深く息を吸い込む。



「Ves-ta nira riguna...Melas?」(和解しよう)



 そう、柔らかく提案した。



 ――俺と同じように、お前もルシウスのことを大切に思ってるなら、あいつを助けてやってくれ――



 痛めた声帯で震わせ声は、掠れながら宙を舞う。大気が小さく震えたことを感じ取った瞬間。


 彼女は草木を巻き上げた突風となって、空へと上った。



 それが、ルシウスの眠る屋敷へと向かっていく気配を知ったエーレは空を仰ごうとした――が、途端、揺らいだ視界に思わず膝を折った。



 安定しきっていない生命力で、霊奏を連続行使したからだろう。

 思った以上に、削られた生命力を知って、深いため息がこぼれ出た。



 霊奏はしばらく使えない。エーレは同調のみに留めて、闇の精霊で礼だけを伝える。


 闇の精霊が気配を下げた時、



「無茶するなぁ」



 背から飛んできた軽やかな声に、エーレは目を瞬かせ、吐息のような苦笑を吐き出した。


 首だけ振り返った先には、少し不満げに首を傾げて見せたシュトルツがいた。



「リーベか?」


「そ。こーんな怖い顔して、いいから黙ってエーレのところへいけ、って言って来てさ」



 彼は、両目端を指で釣り上げて言った。



「その本人は?」


「ルシウスの側についてる」


「そうか」



 シュトルツが差し出してきた手を掴んで立ち上がったエーレは、ぐらりと傾く重心を、咄嗟に前に歩を出して留める。



「支える?」


「いや、いい」



 取った手が、するりと離れていく。


 先ではシュトルツが、呆れたように肩を竦め、踵を返していた。


 彼は演技じみた仕草で首を振りながら、歩を幾度が刻むと、



「うちのお姫様と王子様は無茶ばっかりするから、騎士たちが大変だなぁ」



 舞い上がるような軽やかさで、空へと言葉を投げた。



「くだらない物語作ってんじゃねぇよ」



 まったく……


 安堵の息を吐きだしたエーレは、屋敷のある方を見据える。



 上手く転ぶはずだ。何かあってもリーベがいる。

 それでも早く、屋敷に戻らないと――


 重い体を引きずって、エーレは道を急いだ。




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