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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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ここにいる

 



 ルシウスが話し始めた時点から、違和感があった。


 エーレもよく知る感覚。しかし、方向性は真逆のそれ。

 一時的な記憶の混同なら対処する必要もない。でもこれは、そんな甘いものじゃなかった。


 蹲り震えるルシウスを見て、彼は激しく眉を寄せた。



 ――今、話しているお前は、誰だ。



 失言だったかもしれない。だがそのおかげで、今のルシウスの状態をしっかり把握することが出来た。


 激しく記憶は混同しているが、自我の破綻には至っていない。

 でもこれが、どちらに傾くかはわからない。


 いくつかの思考を並べた時、脳に仲間が過った。



『リーベ、相談がある』



 伝達の返答はすぐにあった。



『どうした、珍しい』



 事情を簡潔に説明したエーレは、続けて今できる対処を並べた。



『記憶を隠蔽する方法も考えた。だが、風の精霊(あいつ)はすぐに気づくだろうし、そうなると何しでかすかわからない』


『彼女と真っ向から対抗して、遠ざける手もあるが』



 冷静さを崩さないリーベの伝達に、エーレは詰めた息を吐きだす。



『馬鹿言え。自分のことならまだしも――それに、精霊を敵に回すのはリスクが大きすぎる』



 精霊はある意味で共同体だ。ひとりはふたりに繋がり、どこまで精霊を敵に回すことになるかわからない。

 風の精霊はそれほど同族の繋がりが強くないから、そう思うと、まだリスクは最小限に抑えられるかもしれないが。



『ルシウスはどうしている?』



 リーベの問いに、エーレは今一度ルシウスを見た。



『自我は揺らいでいるが、破綻はしていない。意識の混濁もまだ軽度に見える』


『ということは、起きているのか』


『断絶を拒まれた』



 そこで伝達に、逡巡するような間が置かれた。



『それでよかっただろう。状況から考えるに、今眠るのはあまり好ましくない。

 だが……どうしたものか』



 どの魔法もルシウスの状態を改善する効果はない。



()()はどう思う?』



 氷の本質。断絶と相反する、もうひとつの側面をエーレは提案する。


 それで未だ定着しきっていない記憶を、完全に定着させてしまえば、あるいは……



『やめておく方がいい。安定する可能性はなきにしもあらずだが、賭けになる』



 定着した記憶が、ルシウスの自我の壊す可能性のある選択。

 エーレもそれを承知していた。


 頭を抱えそうになった時、『すぐに行く』との言葉を置き去りにして、伝達は一方的に途絶えた。



「くっそ……」



 失うわけにはいかない。だが今、自分にはどうすることも出来ない。

 そんな葛藤は、ルシウスを注視したと共に、何かが腑に降りてきた感覚に変わる。


 それはもう何度も繰り返してきたものだった。


 エーレは静かに椅子を引いてくると、ベットの隣で腰掛けて、リーベの到着を待つことにした。



「エーレ」



 助けを求める幼い仲間の焦点の合わない瞳は、天井へ向けられていた。



「ここにいる」



 その声にルシウスがこちらを向くが、やはり瞳はこちらを映していない。


 失いたくない。その言葉を一度、落とし込んだ。

 二度と手を伸ばさないと決めていたものを、しっかり拾いなおしたと自覚するために。



「……覚えてますか?」



 うわごとのように言いながら、名前を呼んできた彼に「どのことだ?」となるべく平常心で応えた。



「ルミナスの泉でシュトルツが騒いで、山火事になりそうで」


「それはお前じゃない、二度目だ」


「じゃあ……いつか、途中の綺麗な湖で、僕が精霊に頼んで……あの時は綺麗だったなぁって」



 エーレの脳裏にも、その景色が浮かんだ。

 過去の記憶が些細なことで引き出され、パニックに陥りかけた自分を慰めるために、彼が見せた景色。



「それもお前じゃない。三度目」


「……おかしいな。あと――」



 夢の中を彷徨っているような、ぼんやりとした声で繰り出される記憶のほとんどは、前回までの回帰の内容で、その全てがここまでの道中に重なっているものだった。


 目の前のルシウスが見たことがある景色、もしくはそこに近しい景色。



 エーレはただその言葉を聞き、静かに返した。

 少しでも彼の錨になるように。それだけが今、自分に出来ることだった。


 何度も記憶の照合を重ねていった時、ようやく背で扉が開かれる気配があった。



「何がすぐ行く、だ」



 思わず、そんな皮肉が口から飛び出る。

 振り向くことすらせずに言った言葉を、しっかり聞き取ったらしいリーベが隣に並んだ。



「すまない。一応、エルフに相談を持ちかけてみたんだが――」



 彼のとった行動を意外に思ったエーレが隣を見上げるが、彼は首を振るだけだった。


 リーベはすぐに反対側に回ると、優しい手つきでルシウスの額に手を当てた。



「生命力を安定させれば、少しは落ち着くかもしれない」



 一時鎬でしかないが。そう言いながらも、見たことないほどに繊細な土魔法を練り上げ、ルシウスの生命力を安定させていく。



「リーベ」



 その時になって、ようやく彼に気づいたルシウスは大きく瞳を開くと、途端泣きそうに顔を歪ませた。



「僕がアイリスを……貴方へ返しますから……」



 その言葉にリーベが瞳を揺るがした。しかし、一瞬で動揺を抑えた彼が優しく言い渡す。



「ルシウス。それは貴方が背負うものではない。その記憶も、感情も、貴方のものではない。

 気持ちだけ受け取っておくが、貴方が貴方であれば、私はそれで十分だ」



 飲み込めなかったようなルシウスが、ぼんやりとした沈黙を挟み「でも……」と言葉を迷わせる。


 しかしそれは続かず、生命力が安定したおかげか、はたまた意識の混濁が激しいのか。瞼がゆっくり閉じられていき、やがて彼は小さな寝息を立て始めた。


 そっと掛け布団を被せたリーベは、ルシウスをしばらく見つめたあと、おもむろにこちらへと視線をくれた。

 何か言いたげな表情だったが、口は開かれない。



「他に出来ることは?」



 だから先に問うことにした。



「私たちに出来ることは何もない。ミレイユならもしくは……だが、今ルシウスを移動させるのも避けるべきだろう」



 エーレの頭にいくつもの行動方針が同時に過る。その大半が失策だった。



「今はルシウスを信じて待つ他ないだろう」



 最後に足された言葉に、エーレは立ち上がる。



「そうだな」



 言葉とは相反した雰囲気を抑えられなかった彼へ、すぐさまリーベの声が飛んだ。



「何をするつもりだ?」


「俺が冷静じゃないことはわかってる。だからお前に頼った。

 それでもやらないよりはマシだ」



 それ以上は言わずにエーレは部屋を出た。





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