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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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【幕間】私はまだ呼吸をしている

 



 ルシウスがもう一度眠ったのを見届けたリーベは、静かに部屋を出た。


 幼い仲間の寝顔が、脳裏を掠める。それが他のイメージに連鎖される前に、思考を閉じることにした。



 更に数日、時間が出来た。

 リーベたちにとっても、この空間は鍛錬に最適でもあった。


 ここ三日、鍛錬に集中していたエーレの姿を思い返した彼は、嘆息をひとつ。



「私も見習うことにするか……」



 たまには剣の打ち合い指導を、シュトルツに乞うのも悪くない。

 ――いや、そうすべきだ。


 そうでないと、粟立つ諸々を抑え込むことだけで、無駄に時間を費やすことになるだろう。

 確信と言っていい未来予測に嫌悪感を抱きながらも、彼は二人を探すことにした。



 しかし、屋敷を出た途中で、二人の生命力が覚えのある位置に留まっていることを知り、踵を返す。

 リーベは、先ほどのシュトルツの言葉をすっかり失念していた自分に毒づきたくなった。


 同時に未だに動揺が抜けきっていないことを自覚する。


 あてがわれた広い四人部屋に戻ればルシウスがいるし、それを見て余計な思考を回してしまう羽目になるだろう。



 どうしたものか。

 たまにはじっくり向き合うことも悪くはないが……


 屋敷に戻り、部屋のある二階を見上げながら彼は悩んでいた。



 アイリスのこととなると、すぐこうなる。人の人生を一度では足りないほどの年数を生きてきた。

 だというのに、どうして未だにこうも――


 ルシウスを通じてアイリスの声を思い出した。その直後にルシウスが意識を失い、三日目覚めなかった。


 それは、アイリス(彼女)が目の前で苦しんでいたあの時間を思い出させた。

 体感として鮮明に。



「トラウマか……」



 人はこのことをそう呼ぶだろうし、自分でもそう思う。

 もっと違うことならば、克服のしようもあったかもしれない。


 リーベはこのことに関して、克服する方法を見出せなかったし、見出そうともしなかった。

 これだけが彼を前に進ませる動力だったからだ。


 そのためなら、いくら苦しみを伴ってもかまわないとも思っていた。


 全身を苛む苦しみ自体が私への罰に相応しい。それを実感することで、少しだけ息が楽になる。

 そんな自分を客観視した彼は、思わず自嘲した。



「私も末期だな」



 二人はそれほど長くせず、戻ってくるだろう。

 普段は避けるようにしているこの感情と向き合ってみるのも悪くない。



 諦念と共に落ちてきた思考を抱えて、リーベは一階の壁際に設けられたソファーに座ることにした。


 精密に組まれた木材の中に、綿のようなものが詰められている毛皮のソファー。毛皮は、この空間にしかいない動物のものだった。


 黄金色の毛皮。地上で売れば、さぞ高値がつくだろう代物。



 背に深く凭れて、壁に頭を預けてみる。植物が光を放つ照明が目に入った。


 あの花の照明をアイリスに見せたら、感動するに違いない。彼女の反応が自然と目に浮かび、深いため息がこぼれ出た。



 彼女を助け出した後の未来を描くことは、今まで何度もあった。

 その度に、叶わない未来を描くことは、愚者のやることであると自分を諫めた。


 悲願を遂げた先で、私が彼女の隣にいる未来はない。


 しかし、今のように――どうしても自然と浮かんでしまう。



 クロノスの加護を生まれ持つアイリスなら、エルフの空間にも耐えうるし、エルフたちも歓迎する。

 その上、彼女の人柄を持ってすれば、言葉は通じずとも、エルフたちと打ち解けることさえ可能かもしれない。


 自分には持ちえないあらゆる才を持つ彼女。そんな彼女の隣にいることが誇らしかった自分。



 出来る限り口に出さず、心の内でも言語化も避けてきた。一度形にしてしまえば、その前に戻ることは出来ない。


 本心をひた隠すために、エーレやシュトルツとは違う方法――口を閉じることで凌いできた。



 飲み込んできた多くの言葉は、(はら)に溜まり濁り切った(おり)となって、(はら)の奥まで浸食していくようだった。


 吐き出すこともしたくない。弱さを一度吐き出す術を身に着けてしまえば、もう内に留めておくことは出来なくなる気がしていた。

 だから彼は、理性で全てを押し殺し、その侵食を受け入れる他なかった。



 何千キロとある道のりを前にして、この足で仲間と共に、少しずつ進んできたはずだ。

 だが、振り返ってみると一歩も進んでいない。そんな感覚に襲われることだってよくあった。


 絶望というにはあまりにも生ぬるい。目の前が真っ暗になっても、どれだけ疲弊しても、焦点を失いながら、前に進むしかない。



 いつもはこうなる前に思考を引き上げ、閉じるようにしていたが、蓋を開けるとこうも容易く沈んでいける。


 私のものではない、そう思いたくなるほどの不安と焦燥が胸の中に渦巻く不快な感覚。

 遠のいていく感覚をなるままに任せるようにしようと、深く瞑目したとき――



(しろがね)の子」 気配もなく、すぐ近くから声がした。



 リーベは重い瞼を押し上げて、声のした右横へと視線をくれると、屋敷に来た時に歓迎を率先した女性エルフが、興味深そうな瞳でこちらを覗き込んでいた。


 彼女は大仰なまでに、大きく目を見開く。



「よかった。あまりにも動かないから、死んでるのかと思ったわ」


「呼吸はしていただろう」



 このエルフは一体何をそんなに驚いて……何を言っているのか。リーベは怪訝に思って眉を寄せる。



「人間は、呼吸をしながら死ぬこともあるって聞いたことがあるから」


「誰だ、そんな出鱈目を――」 彼の脳裏に、一拍遅れて他の解釈が浮かび上がる。「いや、そういうこともあるか」


「そうなのね! 人間って息をしながら死ねるの? 器用なのね!」



 彼女は真に感動したように、胸の前で両手を打った。


 リーベは比喩だろう、解釈を口にすることをやめておいた。このエルフの真意は汲み取れない。それにエルフと親しくなるつもりは毛頭なかった。



「ひとりでいるの? どうして死んでいたの?」



 彼女はリーベの前をうろうろし始めて質問を並べるも、返答は求めてないように思えた。



「そうだわ。新しい料理を作ってみたんだけど、味見してもらえないかしら?

 人間の料理を私も知りたいわ」



 ぐいっと進み出てきて、リーベの手を取ったエルフ。それは彼の嫌う距離感だった。

 そっと手を離して、まだ外にいるだろうシュトルツを思い出す。



「私は料理は得意ではない。長身の赤い髪の男がいただろう? あいつなら喜んでやるはずだ」


「ああ、(くれない)の子ね。そうなのね。じゃあ、戻ってきたら声をかけてみましょう」



 彼女は再び嬉しそうに手を打ったあと、リーベの肩に手を乗せる。彼は先ほどと同じようにそれを退けようとしたが――



「沢山食べてたのね。いいことよ」



 その前に、エルフが魔法でリーベの乱れた生命力を安定させてくれた。



「エルフと人間の共通してることは感情を食べることだもの」


「感情を食べる……?」



 おかしな言い回しをする。リーベは心地よい魔法を受けながらも眉を潜める。



「生命力の源は感情を食べることで作られるというのは、基本中の基本よ」


「言っていることは理解するが、その概念は初めて耳にする」


「あら」 エルフは軽く一歩後退すると、意外と言うように肩を竦めた。


「みんな感情を食べて大きくなるのよ」



 人から与えられる感情(もの)、自らの中から生み出される感情(もの)。それらを人は好んで食べるわけではない。

 だが、そうしないと生きていけないこともよくある。


 エルフにとって難なく出来ることが、人間には出来ないことも数多くある。



「納得していないようね?」


「人間はエルフのように強くはない。苦くて口にしたくない感情(もの)だってあるだろう」


「そうかしら?」



 彼女はおもむろに懐から、飴玉ほどの茶色いものを取り出すと、「食べてごらんなさい」と、口元に押し込んできた。


 拒否するのも面倒になって、それを受け入れた途端、がりっという嫌な触感と共に、口の中に広がったのは強烈な苦みだった。


 思わず顔を歪めてしまうと、エルフは楽しそうに小さく笑う。



「頑張って何度か噛んでみて頂戴」



 言われたまま五度、十度と噛んでいくと。



「これは……」



 苦みが不思議なほどなくなっていき、代わりにほんのりとした甘さ舌を撫でる。噛めば噛むほど甘味は広がっていき、最終的に口の中のそれは緩やかに溶けてなくなった。



「私たちの嗜好品よ。皮は苦いけど、中の実と皮が混ざり合ってどんどん甘味が増していく面白い果実(かじつ)よ」



 外の皮だけだと苦くて食べられない。中の実だけだけど味がしない。

 二つ両方が混ざり合うことで、甘味に変わる。


 彼女はそう説明した。



「人間と同じようにエルフにだって味わいたくない気持ちはあるわ。だから私たちはその度にこの果物を思い出すの」



 リーベはエルフをじっと見つめた。生き物として造りは違っていても、似通っているところは確実にある。


 自分よりも遥かに長く生きてきただろう――目の前の彼女の意見が言いたいことを汲み取った彼は、静かに瞑目した。



「よければ、その果実(くだもの)をいくつか分けてもらえないだろうか?」


「ええ、勿論」



 エルフは懐から皮袋を取り出すと、リーベの手に乗せた後、流れるように頭を軽く撫でてきた。



「いい子ね、素直で素敵よ」



 離れていく手、するりと踵を返したエルフ。頭部に残った温かさと慣れない感覚をゆっくり下に落としたリーベは、そっとソファーに体を預けることにした。


 この感覚を言語化するのは、あまりにも久しぶりすぎた。



「承認感、か……」



 広い一階へ、自分の声が溶けていく音に、彼は最後まで耳を澄ませていた。





ここまで読んでいただきありがとうございます!

幕間を挟みましたが、次はこの流れのまま「リーベの空白の四年間」を一話挟みたいと思います。

これからもよろしくお願いします。

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