表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

235/260

バレンタイン番外「唯一無二の価値を」

 



「はーい、エーレさん。これ」



 とある朝、レギオン支部のエントランスホールに降りてきたエーレへと、シュトルツが綺麗に包装された平べったい箱を差し出した。



「ん? ああ、あれか」



 それが何なのか、すぐに検討がついたらしいエーレは、「ん」とだけ頷いて受け取る。

 その様子を見ていたルシウスは、怪訝そうに首を傾げた。



 シュトルツはいつも以上に上機嫌で、軽い足取りでこちらまでやってくると。



「はい、おこちゃまも。リーベはおまけ」



 エーレより少し小さめの、同じような箱を渡してきた。



「え、なんですか? これ」


「おこちゃま、知らないの? 今日は特別な日だってこと」



 困惑しながらも受け取ったルシウスに、シュトルツは得意気に言いやる。



「ただの商業行事だろう」



 隣で苦笑したリーベの声で、彼はやっと今日が何の日あるか思い出した。



「そういえばバレンタイン、でしたっけ?」



 そんなイベントがあることを、最近知った。



「そう呼ばれている。起源を辿れば、豊穣を祈る祭りだったり、場所によっては殉教者を悼む記念日ーー」



 そう説明したリーベは、シュトルツを一瞥する。



「まぁ、それらが変質して今は商業行事になっているんだが」


「なんかさっきから、リーベの視線が冷たいんだけど! 甘いのが嫌いなのは知ってるけどさ!」



 リーベの説明にひとり納得したルシウスは、手の中の箱とエーレを見た。


 箱の丁寧に括りつけられたリボンを外してみる。すると中には、高級菓子店に売っていそうなチョコレートが六つ綺麗に並んでいた。



「え」



 思わず絶句する。チョコレートは高価だ。貴族でも頻繁に食べることはない。

 高位貴族や城付きのシェフならまだしも、実際にチョコレートを、これだけ綺麗に作れる人がこの国に何人いるだろうか。



「こ、これ……本当にシュトルツが作ったんですか?」



 にわかには信じられなかった。



「え? 当たり前じゃん。せっかくのバレンタインなんだから、手作りにするでしょ」


「いや、そうじゃなくて。こんな高級なもの、どこでいつ……」


「昨日、レギオン(ここ)の厨房借りたんだよねぇ」



 そういえば昨日、シュトルツの姿を見かけなかった。まさか、こんなものを作っていただなんて。



「チョコレートの扱い方なんて知ってたんですか?」



 そもそもルシウスは一度くらいしか食べたことがない。

 皇太子なのにおかしいと思われそうだけど、余計なものだと、あまり食べさせてもらえなかったのだ。



「まぁ、ほら? 俺ってこう見えてなんでもできるから?」



 そう答えたシュトルツは何故か目を逸らして、声を若干浮かせた。

 そこにリーベの苦笑が入り込む。



「そういえばお前。あの頃――」


「ちょ、言わないでよ!」



 珍しく、やいやいと言い合いを始めた二人に、ルシウスは今一度、手の中のチョコレートを見た。



「もしかして、エーレは毎回もらってるんですか?」



 今日は珈琲の気分らしいエーレは、いつの間にかテーブルを挟んだ正面に座っていた。彼はカップを口元に運んでいる。



「あ? こいつが勝手に渡してくるんだから、しょうがねぇだろ」


「なんて贅沢な……」


「贅沢も何も、昔からなんだよ」



 彼らのいう昔とはつまり。



「十代からってことですか?」



 ルシウスの問いに、エーレはリーベと同じように苦笑をこぼした。



「こいつは、小遣い叩いてチョコレート仕入れては、作り方練習してた頃があってな」


「ちょ! なんで言っちゃうの! 恰好つかないからやめてよ!」



 リーベを口止めてしている隙に、エーレの口から出てきた昔話。

 シュトルツは、バツ悪そうにしながらも、「まぁ」とエーレの前にある箱に目を落とした。



「そういう頃もあったよね」



 彼が何かを作ることが、得意なのは知っていた。

 チョコレートをこんな宝石のように作る方法を、ルシウスは知らない。



「無駄に凝っていたからな」



 同じく箱を開けていたリーベが、何かを思い出したように、再び小さく笑った。


 過去のシュトルツは、王城のシェフにまで作り方を請いにいったらしい。遂に頭がおかしくなったのか、と陰で噂が飛び交っていたこともあったそうだ。


 王家の剣の嫡男が、お菓子作りに小遣いを叩き、シェフにまで指導を請う。

 たしかにそう思われてもおかしくない。



「そんなに難しいんですか?」



 ルシウスのそれに答えたのはシュトルツだった。



「普通に溶かして固めるだけなら、誰でも出来るよ。

 でもほら? エーレさんに食べてもらうなら、それだけじゃ足りないから?」



 全力を尽くさないものをエーレに渡すなんて言語同断。そういうように、胸を張ったシュトルツに、「そうですか」とルシウスはエーレを一瞥した。

 彼はさっそく一粒、口に入れたところだった。










 結局ルシウスは勿体なくて、すぐに食べることはできなかった。

 寒い時期だ。部屋に置いておいても大丈夫だろう。


 そういえば今日は、恋人同士の日だとか、好きな人にお菓子を贈る日らしい。


 勿論市政ではチョコレートではなく、焼き菓子や揚げ菓子らしく、王国首都の大通りもその商業戦争に混ざって、あらゆる屋台が出ていた。

 これじゃひとつの祭りだ。



 ルシウスはエーレに頼まれたお遣いの最中、行き交う人を見ながら思った。


 どこを見ても恋人だらけ。

 この分だと、この国の人口もしばらく大丈夫だろうなぁ。そんな思考が遠くに過る。



「まぁ、僕には関係のないことだし……」



 羨ましくなんかない。絶対にない。


 恋もしたことがないし、恋愛もわからないし、そもそも異性を好きになったことも……ない。

 好かれたこともないと思う。


 城にいた頃は、異性との接触も限られていた。


 今はある意味、自由ではあるけど……



「好きってなんだろう」



 視界に入る恋人たちは、みんな幸せそうだ。

 異性と思いが通じ合うというのは、そんなに幸せなことなのだろうか。



 思わず、重い溜息が出た時、目的の魔鉱商についた。

 そこで用を済ませたルシウスが、さっさと帰ろうと踵を返した時だった。


 街にいる人々が霞むほど輝く金髪が目を焼く。

 その人物は、ルシウスが彼女を認識するよりもはやくに振り返った。



「あ、いいところにいるじゃない!」



 ミレイユだった。隣の人は……



「イレーネさん!」



 首都にやってくるとき以来の顔に、ルシウスは表情を明るくした。



「お久しぶりです」



 相変わらず、消え入りそうな声で頭を下げてきた彼女に、ルシウスはすぐに同じように挨拶をする。



「ちょっと、私に挨拶はないわけ?」


「あ、えっと。お久しぶりです、ミレイユさん」


「まぁ、いいわ。ちょっと付き合いなさい」


「え、ちょ……!」



 こちらの意思関係なく、いきなり手を引っ張られ声をあげても、勿論あのミレイユが離すわけもなく。



「エーレにお遣い頼まれてるんですよ! 早く戻らないと怒られ――」


「こっちから伝達送っておくから。今、それどころじゃないから!」



 鬼気迫る雰囲気、競歩でどこかで向かう彼女の様子に、それ以上食い下がれずに、黙ってついて行くしかなかった。










 着いたところは、とある大きな店の前。

 すでに大勢の人が、列をなして並んでいた。その中には貴族の使いだろうという風貌の人もいる。



「間に合ったわね」


「何があるんですか?」



 早速最後列に並んだミレイユは、うきうきとした様子で、隣にいるイレーネもどこか嬉しそうだ。



「今日限定の焼き菓子があるのよ! ひとり二箱しか買えないの!」



 なるほど、ルシウスは口の中で呟く。

 その二箱要因として、自分は拉致らされたのか。



 そうしてエレウシス第一刻(十一時)の開店とともに、どうにか計六箱を獲得したミレイユは、上機嫌で店を出た。

 一方、人込み(ほとんど女性)に押しに押されまくったルシウスは、たった半刻足らずで満身創痍に陥っていた。



「助かったわ」


「よかったです……」



 市政では買い物が戦争のように行われることがある。という事実を学んだルシウスは、げっそりしながらも、ミレイユが嬉しいならそれでいいかと息をつく。



 六箱もどうするんだろうか?

 まさか全部ミレイユと側近で食べるのかな……そう思っていた時、



「おい」



 ここにいないはずの声が後ろからした。

 驚いて振り返ると、何故かエーレがいた。



「あら、保護者のお迎え? 早かったわね」


「てめぇが意味不明な伝達送ってくるからだろ。何かと思えば……」



 エーレはルシウスたちが今しがた出てきた店と、ミレイユの手にある袋を見て、ため息を吐きだす。



「あんたに用があったのよ、お迎えも出来て一石二鳥でしょ?」



 そう言いながらミレイユは、買ったばかりのうち四箱をエーレへと突き出す。



「誰にも貰えてないだろう、かわいそーなあんたたちに、私からの義理よ!」



 ルシウスは一瞬目を瞬かせて、そっと一歩引くと、隣のイレーネに小声でそっと尋ねる。



「もしかして、最初からこのつもりだったんですか?」



 イレーネはちらりと上目遣いで、ミレイユを見ながら頷いた。



「本当は……ミレイユ様が手作りされたんですが、どうもうまくいかなかったようでして……」



 光の加護を受ける人が手ずから作ったものには、その加護が乗りやすい。そんな貴重なものではあったが、どうやらミレイユが納得しなかったらしい。



「もしかして、ミレイユさんがずっと持ち歩いてたあれって……」



 会った時から、ミレイユはひとつの袋をさげていた。


 イレーネはそっと頷く。どうやらあの中身が、ミレイユのお手製のお菓子らしい。


 前でやいやいと口喧嘩を始めた二人を見て、ルシウスは先ほどとは違う意味でため息を吐きだした。



 好きってなんだろう。何故か、そんな思考を思い出した。



 シュトルツのエーレに対しての想いも好きだろうし、僕だって仲間のことは好きだし、ミレイユさんも怖いけど、好きに間違いない。


 前で言い合っている二人も、おそらく……


 その先に辿り着こうとした瞬間、脳裏にエーレがミレイユに向けた言葉が流れた。

 信用はしているけど、信頼はしていない。



 ――うん、これは好きじゃないのかもしれない。



「好きって難しんですね……」


「はい?」



 帰ったら、シュトルツにもらったチョコレートを食べよう。


 そう決心したルシウスの頭の中には、あの宝石みたいなチョコが鮮明に浮かんでいた。

 なんか今すぐ食べたくなってきた。早くレギオンに戻ろう。



 そうして一歩、足を進めたと同時に、エーレが、ミレイユの手にさげた袋を取り上げた。戦闘以外で見かけない素早い動作だった。


 彼が手にしたのは、彼女の手作りが入っている方の袋。



「貰うならこっちでいい」



 どうやらこちらの小声での会話を、エーレはしっかり聞き取っていたらしい。



「ちょ! それはあげないわよ!」



 すぐに取り返そうと詰め寄るミレイユに、エーレは手の中の箱を押し付け、袋を彼女の手の届かないところへ持ち上げる。



「そんな高けぇもん貰えるか。それに……」



 エーレは袋の中から、ひとつ、紙で包装されたものを取り出すと、手早くリボンを外して中身を取り出した。



 一瞬見えたのは、ドーム状のパン菓子のようなもの。それを、ミレイユが制止するよりも早く、エーレはひと口頬張る。


 パン菓子にあるまじき、がりっという音が、ルシウスの耳に届いた。



 それにエーレは苦笑しながらも、軽く咀嚼し、ミレイユを見下ろしながら一言。



「お前が作ったんだろ? これで十分なんだよ」



 ミレイユはというと、袋を取ろうと背伸びした状態で一瞬、固まっていた。その隙に、エーレはさっさと踵を返してしまう。



 ん? ルシウスは首を傾げる。

 何かわかりそうになった気がする。なんだろう。



「ミレイユ様、よろしかったのですか?」



 心配したイレーネが駆け寄るが、ミレイユは両腕をだらりと脱力させ、沈黙している。振り返ったその眉間には、深い皺が刻まれていた。


 それを見たルシウスの脳裏から、ひらめきかけた何かが霧散していく。



「あいつ……今度あったらただじゃおかないんだから……」



 先ほどの上機嫌はどこへやら。鬼のように不機嫌になったミレイユは、腕の中の箱を見て、さらに眉を寄せた。



「せっかく買ったんだから、持って帰りなさい!」



 怒り心頭の様子で、足音を立てながら彼女はこちらへ歩み寄ってくると、箱を無理矢理押し付けてきた。

 ルシウスが拒否する暇もなく、そのままミレイユはイレーネを伴って、挨拶もなくズカズカと去ってしまった。



 逆方向へ行ってしまった両者。

 ルシウスは抱えた箱と、エーレから頼まれた魔鉱石を見て、深いため息と吐き出し、レギオンへ戻ることにした。










 レギオンの大きな鉄扉を潜った先には、仲間の誰もおらず、エーレの部屋にも彼らはいなかった。


 仕方なく、自分に割り当てた部屋に戻ると――



「どうしてここにいるんですか……」



 ルシウスは机の上に置いたままにしていたチョコレートが無事か、咄嗟に確認する。

 どうやらそのままのようだ。それもそうか。



「待ってたに決まってんだろ」



 机の前の椅子に座っていたエーレは、そのままちょいちょいと指を曲げてきた。


 ルシウスは魔鉱石と箱を渡しながらも、ベッドに座っているシュトルツと窓際に立っているリーベを一瞥すると、何故か彼らの手に、ミレイユが作った焼き菓子があった。



「よかったんですか? ミレイユさん嫌がってましたけど」



 嫌がるどころではない。今から人を殺しに行きそうな顔をしていた。



「あ?」



 エーレは先ほどそのミレイユから取り上げた袋から、ひとつ、紙で包装された焼き菓子を放り投げてきた。



「ちょうど四人分あった。本当に嫌なら持ち歩かねぇだろ」


「それは、そうですけど……」



 ルシウスは手のひらに収まった小さな包装紙を解く。


 やはりパン菓子だ。見た目は、綺麗にできているように見える。


 そう思って一口、頬張ろうとしたとき、パン菓子とは思えない硬い触感が歯を襲いーー


 同時にシュトルツの笑い声が響いた。



「焼きすぎたんだろうねぇ」


「甘すぎなくて、私は食べやすかったが」



 リーベの手には、いつのまにか焼き菓子がなくなっていた。


 たしかに僕でも、この出来だと納得できないかもしれない。

 プライドの高いミレイユなら尚更だろう。



 リーベの言ったように、焼き菓子はそれほど甘くなく、硬いことを除けば、味は美味しかった。



 しばらくの沈黙に、リーベ以外が焼き菓子を咀嚼する音だけが響いた。



 その中で、最後の一口を食べ終えたエーレが、包装されていた紙へ視線を落とし、何かを思い出すように小さく笑った。



「別に出来なんてどうでもいいんだよ。そいつが作ったことに意味があんだろ」



 同じく食べ終えたルシウスは、ふとこれを作っているミレイユを想像してみた。



 彼女は多忙を極めている。今日のように街に降りて、出かける暇もほとんど取れないのだろう。

 それなのに、時間を捻出したばかりか、慣れないのだろうお菓子を作った。



 そこには、唯一無二の価値があった。



「あいつが恰好つけたかったことなんて、俺には関係ねぇからな」



 そう言いながらも、エーレはミレイユが押し付けてきた焼き菓子の箱を開け始める。



「僕、シュトルツのチョコレートいただいてもいいですか?」



 あの宝石のようなチョコレートを作れるようになるまでにも、彼はお金と時間を割き、技術を身に着けたのだ。


 それがエーレためで、おまけだとしても、こうして食べられるのは有難い。



「どうぞ? エーレさんからは、もっとこうしろああしろって言われたけど……出来なんて関係ないしね?」




 箱を開ける。装飾品のようなチョコレート。これにケチをつけるエーレ……


 言ってることと、やってることが矛盾している。



 ルシウスは、綺麗な縦線が入った四角いチョコを頬張った。

 口の中に溶けていく甘味。中には少し違う種類の味がした。それらは一つになって、至福が舌に広がっていく。



「すごい……すごい美味しいです」


「それはよかった」



 当然と言わんばかりに軽く笑ったシュトルツは、エーレの空けた箱から焼き菓子を取っていく。



「やはり、市販のものは甘くて仕方ない」



 それに倣ったリーベは一口齧ったあと、残りをシュトルツの口に押し付けていた。



「俺が作ったチョコは食べてたじゃん」


「私のものだけ、甘さが控えめになってたことなんてわかっている」


「え? 俺そんなことしてませーん」



 なんのことでしょー? と、お菓子をぼりぼり食べ始めたシュトルツ。

 エーレはそんな彼を見て、さっと別のひと箱をキープしていた。



 ルシウスは手の中のチョコレートを、もう一つ摘まみ上げる。



 異性を好きになるとか、恋愛というものはまだわからないけど――


 僕はこの時間が好きだな。


 彼はそれを深く感じながら、表面がとげとげした丸いチョコレートを頬張った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ